夢、四分の一
蠟燭と蠍
ロウが垂れる。
ぽた、ぽた。
蝋燭は短くなる。
ぽた、ぽた。
垂れるロウは何処にいくんだろう。
ぽた、ぽた。
私は何処にいくんだろう。
ぽた、ぽた。
ぽた、ぽた。
ぽた……
溶け切った蝋燭。
火は消えて─
夜は深まる─
深夜。
深夜、街の中。
「何となく、歩き、まだ朝焼けは遠い」
そう、朝はまだ訪れない。
私はいわゆる不良に分類される。
今日も深夜、寝静まった街をふらふらと、歩く。
私は眠ることが嫌いだ。
なんだか、死に近い気がして、嫌いだ。
それに夢も嫌いだ。
あんな意味のわからない世界、気が狂う。
携帯電話を取り出すと時間は日を越したことを表していた。
「あと、6時間。」
「もうすぐ、おわる。」
住宅街の夜は否応なしに恐怖を感じさせる。
冬の季節には虫は居ない。
ただひたすらに静か。
静寂が街を包む。
携帯電話を操作し、小説投稿サイトへとアクセスする。
ここは私の夜の暇な時間を消し去ってくれる。
ここに向かってつらつらと意味のない文字を連ねるだけで時間はあっという間に過ぎていく。
《投稿者:蒼の詩人
どうにも寒気がする。
寒気。
荒れ狂いだした空は悪天候。
照りつける陽の光は滅び。
ノーサインは死の遣い。
赤い、信号は、安全の印。》
「くだらない…」
私はいつもそうだ。
くだらないものばかり。
くだらない。
回る。
夜は車も通らない。
道の真ん中を歩く。
この世界が全部私のものになったかのような、そんな気分。
冷たい風、一寸先も見えない暗闇。
そんな世界頼まれても欲しくないけど。
夜は嫌い。
それに、太陽の光は浴びられない。
別に、吸血鬼とかそういうファンタジーの類じゃないけど。
一見の家に目をつける。
黒の屋根のカーキ色の壁。
平屋。
窓の鍵が開いている。
しめた。
どうやらトイレの窓のようだ。
窓は高いが…なんの困難もなく、届く。
中は洋式便器が一つあるだけ。
マットもなにもない。
トイレットペーパーもセットされていない。
その上ホコリを被っている。
「…人は住んでいなさそうだが…。」
トイレの扉を開ける。
「広…」
…広い。
とにかく広い。
壁が外壁以外見当たらない。
それに、壁だったかもしれないところ…にはぶち抜かれたあとがある。
「凄いところに来ちゃったなあ…」
加えて部屋の中央には所狭しと蝋燭が並んでいる。
とても正気とは思えない。
ここだけ別世界のよう。
「あ…」
足がふらつく。
ロウの溶ける匂いが私を眠りへと誘う。
死へと近づける。
「…いぎ…」
抵抗も虚しく、夢へと引きずり込まれる。
蠍。
蠍が居る。
私の手のひらの上に、蠍が居る。
他はわからない。
今得られる情報は蠍が私の手のひらの上に居るという情報だけ。
蠍。
何処か、愛らしい。
何処か、恐ろしい。
蠍を柔らかく、そっと、大事に、てのひらに。
クロユリが咲き乱れる。
今は、夏。
熱い空気があたりに満ちる。
灼熱の砂漠が広がる。
まるでこの蠍を中心に世界が出来上がるよう。
さらさらとした砂が作られる。
足に少し沈み込む感覚がある。
近くにサボテンが生える。
緑の色が強すぎて、リアリティがない。
遠くにピラミッドが見える。
単純な三角にしか見えない。
砂漠にクロユリが咲き乱れる。
絵画のようで美しい。だが、現実味がない。
蠍はもぞもぞと手のひらの上で動く。
少しくすぐったい気もする。
美しいクロユリに囲まれ私の気持ちは落ちる。
どよんとする。
どうにも優れない。
クロユリが、嫌いだ。
いやだ。
クロユリが私になにか、ブツブツと言っている。
クロユリが私を何故か、じっと見ている。
クロユリが私に手を伸ばしてくる。
クロユリが、だんだんと近づいてくる。
クロユリが、私を呪っている。
手の中の蠍はぴくりとも動かない。
砂漠は黒色に侵食されていく。
私の周りに壁のようにクロユリが囲む。
クロユリはまるで壁のよう。
壁のようなものはクロユリ。
伸びてくる茎が、私の腕を掴む。
手を開こうとする。
やめろ。
蠍は渡さない。
私の、私の…ッ!
抵抗は虚しく、手は開かれた。
ぐちゃぐちゃに潰れたものがあった。
ぐちゃぐちゃ。
殻のようなものが手に刺さる。
蠍は潰れた。
死んだ。
私が、殺した。
現実味のない砂漠とクロユリに比べ、これは本物。本物の死。
蠍は私の、大切な何か…だったはずなのに。
「やがて、クロユリは…」
「クロユリは…」
「クロユリは私の手を開くだけ。」
クロユリ…
クロユリの花言葉
クロユリの花言葉は、
「呪い」
「……?」
生き返ったかのよう。
死の淵から引き戻されたかのよう。
ここは、家。
手にはねちゃねちゃした感覚がある。
「…ロウか…」
溶けたロウが手に絡みついている。
まだ少し温かい。
気づけば、窓の外は太陽の光がさす。
あぁ…朝が来てしまった。
今日一日はここで待ちぼうけだ。
太陽の光は私の体に毒、死をもたらす。
ねちゃねちゃしたロウを取りながら。
ねちゃねちゃしたロウは取れながら。
蝋燭たちの真ん中で眠っていたようだ。
まるで、儀式のよう。
まるで、生贄のよう。
ポケットから携帯電話を取り出し、時間を見る。
15時23分
あと、3時間ほどの辛抱。あと3時間で、私はまた、外に。
「赫い。」
手のひらに、赫いロウがついている。
煌々ときらめく。
いや、きらめいていない。
赤い、くすんだ、ロウ。
まるで握りつぶしたかのよう。
これだけは完全に固まって、殻のよう。
蠍のよう。
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