外伝:とある支配人の昔話
昔昔、あるところにそれはそれは不幸な子供がおりました。生まれつき頭の出来が悪く、物覚えもこれでもかと言わんばかりにひどく、まるで出来損ないという言葉がぴったりな子供でした。そしてそれをどうにかしよう、という大人もおらず、かつほかの子供たちからも手酷く虐めというものの標的にされていました。子供にとってそれらを意味するものはなく、ただ遊んでくれているんだと認識しており、ただひたすらに殴られても、蹴られても他の子供たちの輪にぐいぐい入っていきました。次第に気味が悪くなったのか、大人も他の子供たちもグルとなって出来損ないの子供を、事故と見せかけて殺してしまおうと計画しました。
幸か不幸か、出来損ないの子供には両親がおらず、たとえ死んでしまったとしても気に留める親族はいませんでした。否、いたとしても都合のいい厄介払いができるとして、喜んでその計画に加担していたでしょう。それほどまでに出来損ないの子供は、存在を許されていなかったのです。これを不幸と呼ばずして何と言うのでしょうか。計画を立てた大人と子供たちはさっそく、出来損ないの子供を呼び出して海へと誘い出しました。うまく崖のある場所に誘導し、そして出来損ないの子供を、子供同士のじゃれあいに見せかけて突き落としました。落下先には岩肌が露出しており、かつかなり高い場所から突き落としたので、確実に無事では済まない場所でした。罪悪感というものが薄い、もしくはない年齢の子供たちは、突き落としたことを嬉々として親である大人たちに報告しました。その報告を聞き、大人たちは安堵しました。成功したのだと。
しかしそれで終わりではありませんでした。念のため安全を確保したうえでその場所に降りて、遺体となっているであろう出来損ないの子供だったものを確認しようとすると、不思議なことにそれらしき影がどこにも見当たらないのです。確かに子供たちは突き落としたといいました。そしてそれを大人もしっかりとみていたのだから、間違いはありません。だというのになぜないのでしょうか。岩肌に飛び散っているはずの血液もなければ、何かしらの痕跡も残っていなかったのです。こんなことがあってはならない、そう結論付けた大人たちは隅々までそこを探しだしました。ですが、その行為は徒労に終わり、それどころかある1人が足を滑らせ、不運なことに岩肌に頭をぶつけてしまい、死んでしまったのです。次第に恐れをなした大人と子供たちは、逃げるようにそこから引き上げました。
その後、突き落とした子供の遺体は見つかることなく、人々の記憶から次第に消えていきました。
【外伝:とある支配人の昔話】
心電図の機械的な音が、規則正しく部屋内に響いている。心電図の大元には、1人の小柄な人間がつながれていて、目覚める気配は見られない。その人間の体は、見るに堪えないくらい継ぎ接ぎだらけになっていて、かつところどころ何かしらを移植したのであろう痕跡が目に見えてわかる。意図的に第三者が施したのであろうそれは、見ていて痛々しい。この人間に果たして何があったというのか。その答えを知るものが1人、ガラス窓越しから静かに様子を見ていた。
「呼吸は落ち着いている……脈拍も問題なし。異常らしい異常はない……見立て通り、適合手術は成功したか」
誰もいない部屋で1人、彼は誰に聞かせるでもなくつぶやいて、手にしていたタブレットに何かしらを書き記していく。するとすぐに部屋の扉が開き、別の人間が室内に入ってくる。ガラス窓の向こうの人間を見ると、ため息をついて彼に話しかける。
「適合手術が成功したのに、まだ目覚めないの」
「まあ無理もない。もともと高所から突き落とされて体内にあったものすべてをまき散らした身が素体なんだ。目覚めるのも遅れるだろうさ」
「……なくなってた体のパーツは?」
「問題ない。すべて完璧に合致した。拒絶反応もない。あとはただ待つだけだ」
「そう……」
物憂げな表情でガラス窓の向こうを改めて見やる。その表情は哀れみか焦りか。どちらともとれる顔の第三者───彼女は、過去を振り返るように口を開く。
「ちょうど明日だったかしら。あの子を拾って、もう半年がたつのね」
事の始まりは半年前、目の前に落ちてきた子供を拾ってからだった。
◇
その日はよく晴れた日のことだった。毎日の研究で息が詰まり、2人で海にでも出かけようと泳ぎに出ていたのだが、途中で疲れが出て、風通しの良いよさげな場所で休んでいた時。さて戻るかといったところで、突如として目の前に何かが落ちてきたのだ。すんでのところで1人がキャッチしようと手を伸ばしたが、悲しいことにその手はかすめ、無慈悲にもそれは岩肌に容赦なくたたきつけられた。あたりに飛び散る落ちてきたものの、脳漿や目玉、そして内臓の数々。見るに堪えない光景が広がった。誰が見てもわかるように、ひどい有様であった。しかし同時に、彼らの脳内にはまた別の考えがよぎっていた。
これは使える、と。
「持って帰ろう。痕跡は残すな」
「ええ勿論」
それから彼らの行動は早かった。瞬く間にそれをかきあつめ、飛び散った脳漿や血液の類、肉片はきれいさっぱり片づけた。これもあらかじめ持ってきていた、研究成果の液体のおかげであろう。そうこうしているうちに、また別のだれか、否集団が近づいてくるのが分かったため、彼らは急いでその場を後にした。
そのまま研究施設に戻ると、遺体だったものをまず加工しやすいように処理をする。その処理が終われば次は使い物にならないパーツを排除し、ありあわせのものでそのパーツを継ぎ足す。さらに飛び散ってしまった脳漿の代わりに、以前の研究で作り上げた人工脳を移植する。その工程が終われば、あとは生命維持装置につなげて、適合手術を施す。幸いにもこの手術で、子供は何とか息を吹き返すことに成功した。あとは目覚めるのを待つだけなのだが───
「ここまでかかるとはおもわなかったわ」
「まあそう急ぐな。久しぶりに子供に会えたのはうれしいが」
また深いため息をつく彼女に、彼は慰めるようにコーヒーを差し出す。遠慮なしに受け取ると、彼女はそのコーヒーを一口飲む。
その時だ。ガラス窓の向こうにいる子供が、ゆっくりと目を開けたのだ。体は全く動かさず、瞳だけをしきりに動かしている。おそらく彼が今いる場所が気になるのだろう。彼らはすぐにその場を離れ、ガラス窓の向こうへとむかった。
◇
気が付けばそこは暗闇だった。そして体が全く動かなかった。そういえば今まで何をしていたのだろうか。確かに起こった出来事が、まったくと言っていいほど思い出せない。そもそもここはどこだろうか。目を閉じているだけならば、その目を開ければいいだけの話だ。だが不思議なことにその気力が浮かばない。できることならずっとこのままでいたいような、そんな気がしている。このまま暗闇の中にいたなら、何かしらの被害を負うこともないだろう。むしろそのほうがいい。外になど出たくはない。と、思っていたのだが、さすがにこの暗闇の中ですることがわからない。何をしたら正解なのか。そもそも何をしたらいいのか。
悩んでいると次第に感覚が鮮明になっていく。聞こえがよくなり、規則正しい電子音が耳に入ってくる。次に触角が鮮明になる。どうやら自分は何か平らな場所で、寝かせられているということがわかる。それに付随して、なにやら明るい場所にいるということもわかる。ここはどこだろう。自分は今どういう状況なのだろう。目に力を入れて、その瞼を開く。
「……」
瞼を開き、最初に入ってきた世界はよくわからないものだった。瞳だけをいろんな場所に動かせば、入ってくる情報は脳内に記録されているものの中に入っていない。かつ、何かの上にのせられている、ということもありありとわかった。どうにか力を入れて周りを見渡せば、所せましと部屋の隅々に見慣れない鉄の塊のようなものが置かれているのが認識できる。それらが何かしらの機械であるのだろうということは理解はできたが、ではそこから推測される自らの状況と場所を答えろと言われると、まったく予測がつかない。とにかく、自分は何かしらよろしくないことをされたのだろう、と思うことにした。
そんな中、突然見知らぬ2人組がノックもなしに入ってきた。いったい誰だろうか。その顔には笑顔が浮かんでおり、医者か看護師が目覚めた自分に気づいて入ってきたのだろうか、と思いきや、思ってもいなかった人物たちであったことを突き付けられる。
「目覚めたか……長かったな」
「ようやく研究が成功したといえるわね」
この2人は何を言っているんだろうか。研究とは何なのだろうか。いろいろと言いたいことがあるのに、思うように口が動かない。それどころか声も出ない。どうしてしまったんだろう、本当に。もはや、自分自身ではない別の誰かに代わってしまったようだった。
「さて。まずは君の自我のチェックからいこうか。君の名前は?」
2人組の1人が聞いてくる。自分自身の名前、そういわれて当然のように答えようとしたが、なぜか不思議とまったく出てこない。確かに名前はあったはずだが、一文字も脳内に浮かばないのだ。一言も何もしゃべれないでいると、今度はまた別の質問を出される。
「ふむ……では、年齢はいえるか?」
その問いにも、答えられなかった。いったい自分が何歳なのか、思いつかなかった。その後も簡単な質問を繰り返されたが、一つも答えられなかった。どうしてだろう、何も答えられない。
「……まあ、想定通りだな。とりあえず、今の状況の説明をしておこう」
ひとつ咳ばらいをすると、研究者は今に至るまでの話を始めた。曰く、一度自分は死んだ身であること。体が飛び散って悲惨な状況にあったところを、彼らが拾ったこと。そして今いる研究施設で治療などを施して半年がたったこと。すべてが衝撃的な内容であった。記憶障害が起こっているのは、おそらく飛び散った脳漿の代わりに人工的に作られた脳を移植したからであろうことも。すべてが信じがたい内容だった。そして最終的に命が戻ってきた決定的な理由が、とある適合手術を施されたからであることもさえ、信じがたいものであった。
「適合手術について気になるか? イエスなら瞬き1回、ノーなら2回だ」
当然気になる。1回だけ瞬きをすると、満足そうにまた話を続ける。
「適合手術というのは、人工的に人間を、強力な力を持った人外へと変化させるものでな。その手術で適合し、見事人外へと変貌した存在のことを、我々は
「そうよ、これは素晴らしいことなの」
「そして
「街が大きくなれば、ゆくゆくは研究施設をそっちに移そうと思っているの」
「かつ、我々が手掛けた君の成長も見られるからな」
「ええ。私たちが手掛けた子だもの。一番すごくて強いに決まっているわ。だって元々、貴方はわざわざ腹を痛めてまで産んだ子供だから」
「育て方がわからなくて外に放り出したんだけれどもな」
「でもこうして戻ってきたじゃない、流石は私たちの
嬉々として話す2人組に、恐怖と怒りすら覚える。こんなことのために、好き勝手に体を改造されたのか。しかも実の両親だ? 育て方がわからなくて外に放り投げただ? 挙句の果てには戻ってきてくれた? どういう神経をしているんだ、このクズどもは。お願いだから戻してくれ、誰が好き好んで人外になりたいと言った、頼んだ。しかし、どうあがいても元の自分に戻してくれることなどないだろう。こんな人間たちが自分をこうした。こうさせた。それだけで怒りや恨みといった、どす黒い感情を形成させるには充分すぎた。しかし今、そのどす黒い感情を表に出す手段はひとつも手にできていない。どうにか力を振り絞ってそれを言葉にしようと、口を懸命に動かす。
「……カ」
「ん? 言葉を発しようとしているのか」
「何かしら」
かろうじて出た声は、かすれていたもののしっかりと言葉として紡がれようとしている。その様子を、2人はもはや恍惚ともとれる笑みを浮かべて、次の言葉を待った。
「……かみさま、おなか、へった、ねむい」
その言葉を最後に、意識は再び暗闇の中へと落ちていった。
◇
暗闇の中、誰かの声が聞こえた。先ほどの研究者たちとは似ても似つかぬ声だ。その声は確かに自分を呼んでいる。それが自分の本来の名前かはわからないが、しっかりと自分自身を呼んでいるという妙な確信があった。目を開けて、そちらへと向かう。
たどり着いた先には、また新たに見たこともない人物が、こちらを推し量るように見据えていた。しかしすぐにその目は、何やら面白そうなものを見るものに変わる。これはいったい誰だろう。目の前の人物は少し笑うと、口を開かずに声と言葉を届ける。
『───こんにちは。いや、初めまして、というべきかな。人を脱し、男でも女でもなくなった者』
直接脳内に響くものだから、若干の気味悪さを覚える。しかし目の前の人物はその様子を気にせずに、無視して 話を続ける。
『私は君と融合した者。あの人間たちが適合手術と言っていた施しで、君は人間を逸脱した。全く人間とはかくも面白い。人間の手で、人間をやめさせることをいとも簡単に成し遂げる。そうは思わないか。まあ生殖器を男のものと女のものと、ふたつも同時に植えつけるのはさすがに悪趣味もいいところだろうと思うがね』
何を言っているんだ、と思うのもつかの間、また矢継ぎ早のように声が響く。
『話がそれたな。こうして私と君は融合し、融合体となった君は
そこでだ。そういいつつその人物は、ちらりと視線をよこした。
『取引をしないか? 私は私自身の力という力を君に与える。点在している記憶達もすべてどうにかしよう。その代わり、君は私に、これから起こるとてつもなく面白いイベントを間近で見させてくれ。
どうだい───そう問いかけるそれは、ゾッとするほど美しい笑顔を浮かべていた。それに対し恐怖心を覚えて否定するような言葉を口から出そうとするが、実際に出てきたのは肯定の言葉だった。まるで目の前の人物が、その言葉を言うように何かしらの細工をしたのではないかと思うくらいに、自然とその言葉が口から出てきたのだ。ぎょっとした顔を浮かべるが、そいつは満足そうににこりと笑い、言葉を続ける。
『よろしい。取引成立だ。さてと、この会話が最後になるだろうから、ひとつ、君からの質問に答えよう。なんでもいい、気になることを聞き給え』
その言葉を聞き終えるや否や、真っ先に「お前の名前は何なんだ」と問いかける。予想だにしていなかったものが来たのか、きょと、と間抜けた顔をして、直後に高笑いをして答えた。
『良いだろう。教えてあげよう───私は、人間が
その言葉を最後に、再び意識は暗闇の中へ溶けていった。
◇
次に目を覚ました時、そこは先ほどまでいた研究施設の中ではなかった。それだけで何故か心はほっと安堵する。あの親だと言ったクズどもの顔など、二度と見たくない。そのクズどもがいないだけで、こんなにも喜べるなんて。しかしここはいったいどこだろうか。誰がこんなところに運んできたのだろうか。もしかして気が付かないうちに自分の足で来ていたのだろうか。起き上がってみればなんだか異様に体が軽い。手を握ったり開いたりし、首を左右に動かしてみる。あれほどまでに動かなかった体が、全速力で鬼ごっこができるくらいには、軽くなっているのだ。その勢いで、寝転がっていた場所から飛び起きて、うんと背伸びをする。体の軽さとともに、なんだか頭も軽い気がする。妙にさえわたっている気がする。すごくすっきりした気分だ、外にでも出てみようかと思うが、どうも現在地がわからない。しかしそんなものはどうでもいい。こんなにも体が軽いのだから、外に出て走り回ってみたい。そうと決まればさっさと出てしまおうと結論を出した、彼、または彼女は思いっきり勢いよく、部屋の隅にあった扉を開ける。すると、とんでもない光景が目に飛び込んできた。
「うぇ?」
繰り広げられていたのは、男も女も、年齢も問わない大乱交パーティー。それぞれが快楽に身をよがらせ、ひと時の絶頂を味わっていた。男女だろうが男同士だろうが女同士だろうが関係ない。全てが全て、快楽という快楽を楽しんでいた。あまりにも盛り上がりすぎており、突然やってきた彼または彼女の乱入にも、誰も気づいていないようであった。
目に飛び込んできたその光景に、少しばかり間抜け顔を浮かべるも、それも直ぐに笑顔に変わる。なぜなら───とても、とても楽しそうに思えたからだ。この世の何よりも、どんなものよりも。
「あはっ! 混ぜてもらおー!」
少し前まで確かにあった理性という理性は、あの暗闇の中の出来事から完全に消え去ってしまっていた。今彼または彼女の中にあるのは本能だけ。この場所がどんな場所だろうが、どうでもいい。今まさに目の前で、楽しそうなことが起きているのなら、それに混ざるだけ。楽しいことをするだけ。それの何がいけないというのだろう。着ていた服を脱ぎ捨て、継ぎ接ぎだらけの体が顕になる。そして意気揚々と乱交パーティーに混ざって行った。
◇
「……は? 教会跡で乱交パーティー?」
「見ちゃったんすよ、ここに来る前。やっばい数の人達が喘ぎまくりでうっさくて」
別の場所にある小さな雑貨屋。そこでは店主が煙管を吸いながら、買い物に来た客と談笑を楽しんでいた。その際、客からとんでもない話を聞かされることになった。どうやら外れにある教会跡にて、無差別の乱交パーティーが開かれているという。その内容に店主はゲンナリとした顔を浮かべて、キモ、と一言。
「つかその教会跡、数日前に人が1人入ってくの見たんすよね。寝泊まりしてるなら多分その人も巻き込まれてるかもしんないすけど」
「うーわ引くわ。てかこんな場所に教会跡ォ? 神に祈る気狂いが居んのか」
「いやあ、いる所にはいるんじゃないすか? いつからあんのかは知らねっすけど」
「知らなくていんじゃね。ま、跡地とは言え、教会で乱交パーティーとか、神とやらもひっくり返んじゃねーの」
「そっすね。つーわけでこれくださいす」
「
話にオチを着けると、客は札束と引き換えに商品を手に店を後にした。その後ろ姿を眺めながら、店主はただ一言。
「……教会って言う名前のラブホじゃねーだろーな」
ぽつりと誰に聞かせるまでもなく呟いた。
◇
「あはっ♡」
その教会跡では、数日がたった今でも、乱交パーティーが行われていた。しかし流石に数日も経てば精魂尽きた者は増えていき、最終的にはただ1人を残すのみとなった。散々絞り、または搾り取られたというのに未だに快楽を求める彼または彼女。相手がいなくなると、ピタリとその動きをやめて、あからさまにガッカリとした顔を浮かべる。
「むーう……つまんない!」
全裸の状態で立ち上がると、備え付けられていたシャワーをおざなりに浴びて、それまで着ていた服を着るのではなく、壁にかけてあったシスター服を身につける。絞り尽くされて倒れていた人間が付けていた、白い液体でべたべたになった眼鏡を引っこ抜き、適当に洗ってそれを掛ける。
「わお! ぴったりー!」
嬉しそうにクルクルとその場で回り出す。その行為に意味などない。ただしたかったからしているだけに過ぎない。
「うーんこれからどーしよ……なぁーんかしたいけどぉー」
途端にぴたりと回るのをやめると、人差し指をこめかみに押し当て、ぴぴぴぴ、などと言ってみる。しばらくそうやっていると、なにか思いついたのか、笑顔で大きな独り言を言う。
「そーだ! ここ教会だしー、教会開こ! あとほかにぃ……楽しいことってなんだろ? うーん……」
シスターはさらに考える。楽しいこととは? 最高に身をよがらせる、甘美なひと時を味わえるものといえば? 変わり果てた脳で、そこに詰め込まれている情報をしきりにあさってみる。長い思考の末、情報の海から拾い上げたものは、ギャンブルという単語であった。それが今まで脳内の奥底にしまわれていたのか、はたまた、かの者と融合したときに与えられたものなのかは、今となっては知る由もない。しかしシスターは、それが心底楽しそうに思えた。ひとつの遊びで、金、内臓、尊厳、自由等等、人間が生きていくうえで必ず必要なものを湯水のようにつぎ込み、ある者は勝利の美酒に酔いしれ、ある者は身ぐるみを剥がされ寒空の下絶望にむせび泣く。これ以上に楽しそうなことがあってたまるか。ならばそのギャンブルをやれる場所を作らねばならない。シスターは満足げにうなずいた。では、
「えへへ、楽しいこといっぱーい!! あっ、そうなるとお名前も決めなきゃ? だよね! えーと……め、ま、……めい、あっ、
これが後に、教会のシスター及び、賭場
終
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます