過去編

外伝:とある雑貨屋の昔話

 昔々、ある所に、1人の人間がおりました。人間はとてもとても心が弱く、またとてもとても暗い暗い顔をしていました。常に人の顔色を伺い、それに伴った言葉を発する。空気をひたすらに読み、自らの意見は押し殺す。他人の意見こそ正しい、自らの意見は全てが間違っている。なればこそ、自分はそれに合わせた行動をしよう、生活を送ろう。普通になろう。必死に人間は普通になろうとして、自らの全てを押し殺していました。

 ある時、そんな生活に限界がとうとう来て、誰も知らせずにひっそりと人生を終わらせることを決意しました。自らの両親に相談しようともしましたが、いつも家を開けていて話そうにも話せませんでした。生きていた中で両親の顔をまともに見た事すら、ほとんどなかったのです。自分の子供のことを放置し、一体どこへ行っているのだろうか。そんな人たちの事など、親とは思いたくない、認めたくない。ならばもう終わりにしてしまおう。どうせ死んだとしても、気づかれないのだから。

 人間は遺書を書くこともせず、誰に言うことも無く、1本の紐を手に入れて、何処へと向かい、良さげな場所を見つけたと思ったら、その場所に紐を吊るしました。丁度人の頭を吊るせそうな輪っかを作ると、人間はその輪っかに自らの頭を通しました。もう思い残すことは無い。ようやくこの苦痛から逃れられる。終わりにできる。

 人間は笑いながら、踏み台を蹴飛ばしました。



【外伝:とある雑貨屋の昔話】



 何かしらのやわい刺激を受け、目をゆっくりと開く。死後の世界に来たのだろうかと、心做しかワクワクしながらぱっと起きると、そこは見慣れぬ部屋であった。あたりをぐるりと見回してみれば、所狭しと置かれているフラスコや何かしらの実験器具。そして今自分がいる場所は、どうも手術台かなにかの上らしい。手首や足首などに拘束具などは付けられていなかったため、そこから降りてしっかりと地に足をつける。挙動の確認のために、手を握ったり開いたりし、または首を左右に動かしてみたり。準備運動のようなものが終わると、次に部屋の探索に移ることとした。今いる部屋の中はどうも実験か何かを行うような場所らしい。遠目からでは良く見えていなかったが、近づいてみてみれば、ところどころにホルマリン漬けにされた、が並べられている。まるでフィクションに出てくる研究施設のような場所だな、とひとり思った。

 暫く部屋の中を探索していると、大きな姿鏡を横目で見つける。死んだと言えど、こうして意識がある以上、身だしなみは気をつけなければならない。そんな変なプライドから来るのか、人間は下を向きつつその姿鏡の前に立つ。目を閉じて一息付き、よし、と気合を入れて顔を上げると、そこには姿が写っていた。


「……あ?」


 床まで伸びた白いロングヘア、緑と青で彩られた瞳、さらには体のいたるところに埋め込まれたジッパーの数々。明らかにこれは自分自身ではない。まるでゲームのアバターキャラクターのような現実離れした容姿。いったいこれは誰だろうか。そもそも自分は確かに首をくくって、意識が飛んで、それで。死んだはず、確実に死んだはずなのだ。であれば今この時は、死後の世界でよいのだろうか。随分とまあ妙な世界だなと他人事に思いつつも、自らの体───右腕に埋め込まれたジッパーの取っ手部分を手に取り、興味本位でそれを下に下ろす。するとどううだろう。開かれた場所から、何かしらの強烈なが自らに向けて突き刺してきたのである。それは殺意とも何にも表せないものであった。薄気味悪さを覚え、ジャッと一気にジッパーを閉める。妙なものを見てしまった。


「なんで体にジッパー……? っていうか今服着てねぇんか? やばくね」


 そこでハッと気づく。今の自分は全く服を着ていないことに。つまりは全裸の状態で、今の今まで部屋の中を探索していたことになる。さすがにそれは不味い、という結論に至り、とりあえず軽くでいいので身を隠せるものを探すことにする。するとすぐにそれらしきものは見つかった。よく病院などで、入院患者が着ることになる病衣がこれ見よがしに吊るされてあったのだ。これ幸いとそれを手に取り、一瞬にして身に着ける。少しばかり大きいかと思われたが、案外体にはぴったりと合っていたようだ。適当にそこに捨て置かれてあった下着類も身に着け、あとはここからどうしたものかと考える。今の自分が果たして本当にであるかも曖昧であるのに、下手に外に出ようものなら、何が起こるか分かったものではない。であれば無暗矢鱈に外へ出るべきではないだろう。そもそも外に出られるかわからないのだが。そうなると今この状況でできることはただ一つ。


「寝るか……」


 そもそも自分は確かに死んだのだ。死んだ後に寝るというのは些かおかしくないかとは思いつつも、少し前まで横たわっていた手術台のような場所で、のんきにも再び横になり目を閉じた。





 あれからどれくらいの時間が経っただろうか。再び意識が浮上すると、まず耳に入ってきたのは聞き覚えのない第三者の声。何かを言い合う声だろうか、あまり雰囲気はよろしくないようであった。しかもそれが今の自分の位置と、そう離れていない場所で繰り広げられているらしく、目を開けるにも開けられない状況であるといこともわかった。確実に今目を開けようものならばその言い合いに巻き込まれる。さすがに自分とかかわりのない人物たちのくだらない論争に、わざわざ入りに行くなど死んだ後でもごめんだ。そう思い、そのまままた寝ようと決意した。が、なかなか睡眠の波は来てくれず、ただただ目を閉じている時間が流れていく。その間にも第三者たちの言い合いはだんだんとヒートアップしていく。しかも質の悪いことに、どういうわけか悪化するのではなく、逆に良い方向に盛り上がっている気がするのだ。それはそれで目を開けずらい。しかし、その時間も案外長くはなったようで、1人が満足したのか部屋を後にすると、一気に静寂がやってくる。しばらくの静寂の後、残った1人が声をかけてくる。


「やあ。お目覚めいかがかな」

「……誰だお前」


 明らかに自分に対して声をかけられたのがわかったので、渋々目を開けてその第三者を見る。そこにいたのは全く見覚えのない人物で、思わずついそんなことを言ってしまう。その問いに対し、第三者は特に気にすることもなく、否、無視して話を続ける。


「体の調子はどうだ? 崩れたりはしてないか?」

「絶対興味本位と好奇心で聞いてんだろテメェ」

「それ以外に何がある? なんせ私が手掛けたからね、研究者として確認するべきことを確認しているだけさ」

「キッショ」


 やや芝居がかって堂々とそう言う第三者に対して、げんなりとした顔で思ったままの感想を口に出す。だがそんなことも気にせず、研究者だと自称するその人物は、また話を続ける。


「んま、私ばかり話していてもアレだからねぇ。何か知りたいことはある?」

「全部」

「だろうネ! じゃあ始まりから話そうか!」


 満足げにうなずくと、研究者はつらつらとすべてを話し始めた。語られた内容は衝撃的であり、また理不尽な怒りさえわいてくるものだった。


「ちょうどフィールドワーク中に興味深いものを見つけた時だったんだ。ビビッと来たのさ。それが君の死体だったわけだけども。まだ死にたてホヤホヤの新しい死体だったもんで、持ち帰ってさ。そんでまあまずいろいろ体を弄らせてもらったよ! えーと内臓取り出して、生殖器を取り除いて。キレーな状態にしたら次は体にジッパーをたくさん埋め込んでみたのよ。かっこいいし。んで、そんだけじゃ多分生き返らないだろうからどっかで見つけて捕まえておいた、と融合させてみたらあら不思議! 髪色は変わるし髪の毛はやばいほど伸びるし、心臓は取り除いたはずなのに心拍が復活するし! まー試しにジッパー開いたらその変な生き物が中に入るっぽくて目が合ったからそっ閉じしたけど。そんでまあほっときゃそのうち起きんでしょっつって、放置してたら君がおきたってワケ! 私天才だわ」


 つまりはこの研究者は、単なる好奇心と興味本位で、死んだはずの自分の体を研究施設に持ち帰り、色々勝手に体を改造してくれた挙句、奇妙なものと融合させて、ものの見事にに仕立て上げてくれやがったらしい。しかも先ほど視線をぶつけてきたジッパーの中のものは、自分と融合したよくわからない変な生き物、だということも分かった。ということは今自分の中には、自分自身の精神と、謎の生き物が共存していることになる。精神的な意味でも、物理的な意味でも。なんということをしてくれやがったのでしょう。そんな言葉が脳裏によぎるが、口に出すことはなかった。それほどまでに今、衝撃的なことを告げられ、そのショックの大きさに声すら出なかったのである。

 研究者はさらに続ける。


「そんでえ。いざというときはね、そのジッパーを全部開けてくれれば、中の謎生物と完全融合してやばいくらい強くなると思うから! そういう計算データがあるから大丈夫! 安心していいよ」

「できるわけねーだろバカか」

「バカと天才は紙一重、といいまして」

「度が過ぎてんだわ」

「まそれは置いといてさ。なんか異常とかない? ないよね? 変わったこととかは?」

「あ? あー……」


 そこでふと気が付いた。自分は今まで、こんなにもと。いや、もうすこし言葉遣いには気を付けていた。ここまで露骨に口は悪くなかった。ただなぜだろう、今このしゃべり方が、どうしようもなくしっくりきてしまう。まるで前からこんな話し方だったように、とても性に合っている。これも体を改造されたが故か。首をかしげていると、研究者はさらに口を突っ込んでくる。


「多分ねぇソレ今まで押さえつけてたもんが解放されてるからだとおもうよ。君めっちゃくちゃ我慢してたでしょ生きてる間。死んで融合した今、押さえつけてた蓋がバーンとはずれて、表に出てんだろうね。まーそれは些細なやつだからねダイジョーブ」

「……つーかここどこだよ」

はご存じ?」

「は? クソ治安で有名な?」

「そう! ここはそんなクソ治安で有名な九龍城! でもねえもうすぐこの都市城終わりそうでさ」

「はぁ?」


 聞けば今いる研究施設がある九龍城という場所は、短い間で巨大都市になったはいいものの、統治者や権力者がいなかったせいで、都市機能が徐々に終わりを迎えているという。外に出れば薬剤、暴力、乱交のオンパレード。まるで糞という糞を一気に集めて長時間煮詰めた最悪の鍋のような治安であるせいか、治めようとする人物が現れるも、すぐさま謎の勢力によって消される……ということを繰り返しているとか。そんな治安では確かに終わるのもうなずける。かといって今の自分が、まじめったらしく新たな生活を送るかと言われたら否であるが。


「そこで新しい街を作ろうと思ってて」

「おう、勝手にやれや」

「ううん。君に任せようと思ってる」

「はぁ?」

「実は君のほかによさげな人材がほかに3人いてねぇ。君らがより強い権力者になったらおもしろそうだなって。あと私が手掛けたからこそ強いってことをね」

「クズじゃねーか」

「あと、さんざん罵詈雑言はいてるけど、私君の母親だぞっ」

「───あ?」

「アッごめんそんな目で見ないで」


 唐突にとんでもない爆弾が投げ込まれ、思わず腕のジッパーを開いて、思いっきり全力で謎生物とともに研究者───もとい、母親をにらみつける。にらみつけられた母親は、予想外のにらみが来たからか、サッと手で顔を覆い隠す。こいつは今、自分の母親だといわなかったか? まともに家に帰らず顔も合わせず、しまいには死体に変わり果てた自らの子供を、持ち帰って好き勝手にいじくりまわしたというのか。子供があまりの苦しさゆえに、自ら死を選んだというのにこいつは。ならばそうだ、今ここで、殺してしまおう。憂さ晴らしに、殺してしまおう。

 そう思ったならば行動は早かった。いたるところに埋め込まれているジッパーを全開にし、謎生物と完全融合を果たす。全身が黒い何かに覆われ、どろどろとした液体がところどころから滴っている。完全にそれまでの面影は残っておらず、そこにいるのははっきりとといえる何かのみ。その黒い何かはゆらゆらと母親のほうへと近づくと、思いっきり大口を開け、





 そこからの記憶はほとんど消えてしまった。気づいたら別の場所へと移されていて、喰らったはずの母親はなぜかピンピンしていた。対する自分はというと、まっさらな土地と、ぽつんと在った店のような建物を目の前にして投げ出された。いったいこれで何をしろというのだろうか。服も髪の毛もいつの間にやら整えられていて、いかにもそちら系のマフィアです、と言わんばかりの恰好になっていた。呆然としたままその店のような建物を見れば、すでに看板があって、かろうじて読める文字で、ヨロヅノカラクリヤ、と書かれてあるのが分かった。


「……こっから街をつくれってか?」


 げんなりとした顔でつぶやく。まっさらな土地で、ぽつんと存在している店らしきもので。彼、ないしは彼女はとんでもないことを丸投げされたようだった。ゲームじゃないのにどうやれというのか。ため息をついてその店の中へと入っていった。


「お? なんだ物あんじゃねーか」


 中に入ればそこは商品棚や品物でぎっちりと埋められていた。しかし並んでいる品物はほとんどが薬剤や葉っぱ、といった明らかにアウトなものばかり。世が世ならこの店は物理的につぶされていただろうな、とは思う。少し店の中を見てまわると、非常に興味をひくものを見つけた。それはそれはとても高価な、かつ美しさと気品にあふれた煙管であった。隣にはその煙管に使うであろうものがずらりと並んでいた。その中から気になったものを1つとると、さっそく煙管の中にそれを詰め込む。ちょうどポケットの中にあったマッチ箱を手に取り、火をつけて紫煙を燻らせる。


「ッ、うえっ……」


 吸い方が悪かったのか何なのか、あまりの苦さに思わずせき込む。しかし懲りずに2回目を吸うと、思ったより早くになじんでくれたようで、少しばかり美味い、と感じる。これはいいものだ。


「さぁて───、好き勝手されたし、こっちも好き勝手やってやるとするかね」


 にやりと笑ってカウンターの奥へと向かう。するとそれと同タイミングで店の扉を叩く音がした。どう声をかければいいものか悩んだ後、適当に「いらっしゃいませラッシェー」と声をかければ、客と思しき人物が店の中へと入ってくる。


「あれ、ご店主変わりましたか?」

「えぇ? ここ店主いたんか」

「ええ。顔はわからなかったんですけど。フード被ってて。その、貴方は新しいご店主で間違いないんです……よね?」


 全身真っ黒な、いかにもカラスと言わんばかりの格好をしたその客は、彼ないしは彼女を視界に入れるなり、驚いた様子で問いかけてくる。どうもこの店は別に店主がいたらしいが、その店主が突然いなくなってしまったという。ということは彼ないしは彼女は、今この店の新たな店主になったと言っても差し支えないのだろう。なんせ前の店主が居なくなったのは、気が遠くなるほど昔の話だと言うから。


「……そー、ね。そんであってる」

「もし良ければ、ご店主のお名前、お聞きしても?」


 そう聞かれ、しばらく考え込む。そういえば自分は1度死んだのだ。前まで名乗っていた名前は無意味に等しいだろう。であれば、新たな名前をここで付けるのが良い。とは言っても悲しいかな、良い名前が思いつくはずもなく。しばらくの長考の後、苦し紛れに口から出た最初の言葉は、な名前であった。



「───……ヨロヅノカラクリヤだから、からくりとでも呼んでくれ」



 これが後に、九龍市クーロン・シティの四皇である、雑貨屋ヨロヅノカラクリヤ店主、からくりの始まりである。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る