第10話:九龍市
ここは
人権と尊厳以外なんでもある街、と。
【第10話:
この街には絶対的な権力者が4人いる。雑貨屋の店主、大衆食堂の女将、賭場の支配人、そして管理局の局長。絶対的な力を持ち、街全体を支配する頂上的な存在の彼らを、
四皇は底が知れない。そもそも近づこうにも近づけない存在であるため、彼らの本来の恐ろしさや力の強さを知らない住民もいる。そんな住民が、愚かにも四皇達を軽く捻ってやろうなどと拳を振り上げたりするのだが、物の見事にもれなく全員跡形もなく消え去っている。若しくは存在ごと無かったことにされている。生きて帰ってきた者は今までに1人も存在しない。
四皇は謎が多い。全員が人ならざるものであることには間違いないのだが、それ以外に関してはほぼ謎に包まれている。普段どこに居るのか、どうやって生きてきたのか、性別はあるのか、年齢は、生まれは、その他諸々。一部明確にされているものもあるが、そこは割愛。
さてそんな謎ばかりが多い四皇だが、彼ら同士の関わり合いは意外と多かったりする。例えばある時、雑貨屋の店主が上等な薬剤を仕入れたとくると、女将は食材に使うため、支配人は賭け事に使うため、局長は単なる興味本位からそれを求めにやってくる。またある時は食堂で新しい
そういったこともある四皇たち。いつ、どんな形で、どうやってこの良好な関係性が崩れるのか、わかったものではない。もしその兆候などが事前にわかる予測装置など生み出した日には、
◇
今日の
「───?」
「
「───♪」
「うぅん……も~ちょっと待っててぇ~……」
「───……」
「もぉ~……
「───?」
「うーん……ごめんねぇちょっと寝てくるぅ」
「───!」
ふらふらと立ち上がり、どこかへと消えていった
『なんすかー、なんか用でもあるんすか。こちとらボスが頭痛ひどくて荒れ放題で、いろいろと手ぇ焼いてんすけど』
「───♪」
『……ん? もしかして
電話の向こう側にいる相手───
「───、───。───?」
『へ?
「───」
『いーやこっちも手一杯なんすよ。ただでさえ街が異様に静かなんで。休暇日でもねーのに……いや十中八九四皇の方々の体調が起因してんのかもしんないすけど、今現場離れるわけにいかねーんすよ』
「───」
電話の向こうでかなり疲れ切ったため息が聞こえてきた。相当忙しいのだろう。
『まぁ何かしら進展あったら教えるっすよ。そっちも調べものとかあんでしょ?』
「───!」
『了解す。んじゃなんかあったら電話するんでー。お疲れーっす』
そこで電話は途切れた。どうやら局長たる
「───……、♪」
◇
いくらか街を練り歩いた後、
「いらっしゃいませ……あれ、
入店した彼、ないしは彼女を迎え入れたのは、同じ四皇の1人であるお弓──ではなく、その補佐の
「───!」
「ああ、やっぱり。そのことで来たんだ。ウチも女将が今日は体調悪いみたいで。いつもならホールに出てるんだけど、さすがに奥で休んでるよ」
「───」
「だろうね。
「───♪」
「ほんと何事だろうね。
そういって
「ま、置いといて。こっちでも原因究明の調査はこれからするんだけど。
「───♪」
「……カラクリヤ行くの? 多分向こうも今調査中だろうから、あんまり情報入ってないんじゃないの?」
「───!」
「面白半分とか、君ほんと考えなしだよな」
だから
「とりあえず。何かしらわかったらこっちからも連絡するからさ。電話は出てくれよ」
「───♪」
「あと。誰彼構わず路上で馬乗りになるなよ」
「───?」
「気分次第じゃないんだって。ただでさえ四皇が体調崩してるんだから、余計な仕事を押し付けたくないんだよ……」
ため息をついて手をひらひらと振る。それに対し
「……女将、聞いてましたね?」
「あらバレた?」
突然の来客がつむじ風のように帰って行ったあと、
「起きてきて大丈夫です?」
「随分と楽になったから、起きてきちゃった。まさか
「あ、女将。口から漏れてます。黒いの」
「あらやだまだ本調子じゃないみたいね」
どんどん話していくうちに、お弓の口元から、黒い液体のような何かが漏れ出てくる。それを
「まだお休みしていたほうが良いのでは?」
「あまり寝ていても疲れるだけだから、このまま起きてることにするわ。それに」
「それに?」
くすくすと笑いながらお弓は続ける。
「もうそろそろ治ると思うのよ。この不調」
なにか確信めいた言葉に、
◇
「───!」
「おや……
次に訪れたのはヨロヅノカラクリヤだった。店は閉め切っているというのに、何を思ったか、あらかじめ
椅子に
「結論から言いましょう。今回の四皇の不調はすべて、一時的なものでしかありません」
「───?」
「ええ、本当に一時的なものです。ただ問題がありまして」
そこまで言うと、
「……そう遠くない先で、この街───
カ、と間抜けた声が
「ええ、消えます。先ほど結果が出ました。貴方も感づいてはいたでしょう。あの方々四皇は、すなわち
「───……?」
「そう、そうですよ
「───?」
「正直もうどうにもなりません。四皇の意思はこの街の意思であると同時に、この街の意思は四皇の意思である。つまり決まっているんです。終わりが」
静まり返る部屋の中。響くのはどこからともなく聞こえてくる風の音だけ。
「───……?」
「いつになるかはまだわかりません。現に、あなたが来る少し前に、体調が回復したらしく、外へ出かけられたので。行先は
瞬間、
◇
「おい
「当たり前だ。どうもこの街は終わりを迎えたいらしい」
「ッチ、終わろうとすんのは勝手だけどよ、こっちに被害をばらまくなっつーの」
場所は変わり、
「なんとなく想像はついていたが……面倒なシステムを組んでくれたようだな」
「……やっぱあの場でぶっ殺しといたほうが正解だったんじゃねーか」
「とはいってもあの場で殺していたら、いろいろと聞けなくなっていたぞ」
「ッチ……あんのイカレキチガイ変態どもがよ」
イカレキチガイ変態共───即ち、旧九龍城に巣くっている、彼ら四皇の生みの親のことである。どうも妙なシステムは生みの親たちが仕組んだものらしく、話をするたびに腹の立つ顔が脳裏に浮かんでしょうがない。
つまりはこの終焉まっしぐらなこの街をどうにかするには、生みの親に話を通してどうにかしてもらうしかないらしい。しかしそんなことを伝えたとして、彼らが素直にはいそうですか、と応じてくれるだろうか。その答えは否、である。彼らならば逆に面白がって、余計なシステムをまた取り込んできそうなものだ。そしてこういうだろう。
「最高のエンターテイメントをよろしく……ってか。あークソクソクソ!」
あまりの怒りに
「
と、そこへ第三者がノックもなしに入ってきた。扉を蹴破って乱入してきたのは、教会で休んでいるはずの
「とりあえず───扉は閉めろ。会話が漏れ出るだろう」
「ごめんドア壊しちゃった」
ごめんぴ。まるできらきらとした効果音が似合いそうな顔になって、
「……貴様はこういう時に限ってろくでもないことをするな」
「テヘッ!」
「ほめてねーんだわ」
◇
ところは変わり、
「女将、どうしてそんなに笑っているのです」
「ふふふ。あのね
「……質問の意味が分かりかねます」
「ああごめんなさい。難しかったかしら。なら聞き方を変えましょうか。どうしてこの街は───
予想だにしていなかった質問に、
「我々のような存在がいるから……ですか?」
「ふふ、簡潔にすればそうね。そう、私たち四皇や、貴方達補佐のような、ヒトならざる者がいる限り……この街は存在してきた、存在できたのね。なんせこの街の意思は、私たち四皇の意思。私たち四皇の意思は、この街の意思。私たちが存在あれと思えば、この街は存在し続ける。たとえどんなに破壊をされようが、破壊しようが、経済が崩壊しようが……存在し続けるの。それは街の意思でもあるから」
でもね。とお弓は一息のあと、閉じていた真っ黒な目をあらわにし、聞いたこともないような声で、それはそれは楽しそうに続ける。
「四皇のうち1人でも……終わってしまえと強く、より強く思ったら、どうなるのかしら?」
その姿はまるで修羅の様。ただただ、純粋に終われと、すべて消え去ってしまえと、願ってやまない無垢な子供のように、楽しそうに、愉しそうに、悦に浸っている。そこで
今回の騒動は、このヒトがすべてを終わりにしたくて願ったのだ、と。
◇
「つまり、この場にいねぇお弓がすべての元凶ってことか」
「そうだ。現に我々はこの街の終わりを願っていない。むしろその時が来るとしたら、それこそ街の意思を待たずにとっくに壊している」
「───?」
「こわいねえそうだねえ
「───♪」
「何ぶっとんだ約束事交わしてんすかあんたら」
時を同じくして局長室では、
「本来であれば、四皇の意思が一致しなければ動くことはないんだが」
「お弓の意思の力がそんだけ強いってことだよねー」
「……アイツもやっぱイカレキチガイ変態共の血は引いてんだな」
「となると、どうします。店主殿、局長殿、支配人殿」
「残すか終わらすかってことすか」
「そうです。結局は貴方方四皇の意思が尊重されますから。この───
「───♪」
補佐は見据える。
しかし、彼ら四皇が出す答えなど、すでに決まっている。まだ、まだ暴れたりないのだ。この───クソッタレで最低で最高のこの街で。
「当然、残す。存在させ続ける。それ以外に何がある」
「まだやりたんねぇしなァ!」
「いーっぱいやりたいことあるもん!!」
その言葉とともに、彼らは己の武器を手にする。蛇腹剣、パイルバンカー、ガトリングガン。主たちの投げられた言葉に、補佐達もにやりと笑い、どこからともなく己の武器を取り出して構えた。大量の札、アンチマテリアルライフル、巨大な鎌。それぞれの獲物を携え、彼らは局長室を飛び出す。目指すは元凶、
人権と尊厳以外なんでもある街で、
九龍編・了
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