第10話:九龍市

 ここは九龍市クーロン・シティ。欲と栄華に塗れた街。金と力さえあれば、欲しいものはなんでも手に入る。名誉も、愉悦も、快楽も、薬剤も、何もかもがなんでも手に入る。しかしなんでも手に入るが故に、全てのことが手前の自己責任にしかならない。体を改造しようが、薬剤に手を出そうが、性欲の本能に従おうが、息をしようが、命を育もうが手前の勝手。そいつのやった事。尻拭いも責任をとる者も、面倒を見てくれる者も誰もいない。全てが全て、自分自身でどうにかするしかない。助けるものなどどこにもいない。そうしてできた、最凶で最低で最悪で、甘美な欲の街を、人々はこう言った。


、と。



【第10話:九龍市クーロン・シティ



 この街には絶対的な権力者が4人いる。雑貨屋の店主、大衆食堂の女将、賭場の支配人、そして管理局の局長。絶対的な力を持ち、街全体を支配する頂上的な存在の彼らを、九龍市クーロン・シティに住まう人々は、敬意と畏怖を込めてと呼んでいる。

 四皇は底が知れない。そもそも近づこうにも近づけない存在であるため、彼らの本来の恐ろしさや力の強さを知らない住民もいる。そんな住民が、愚かにも四皇達を軽く捻ってやろうなどと拳を振り上げたりするのだが、物の見事にもれなく全員跡形もなく消え去っている。若しくは存在ごと。生きて帰ってきた者は今までに1人も存在しない。

 四皇は謎が多い。全員がであることには間違いないのだが、それ以外に関してはほぼ謎に包まれている。普段どこに居るのか、どうやって生きてきたのか、性別はあるのか、年齢は、生まれは、その他諸々。一部明確にされているものもあるが、そこは割愛。


 さてそんな謎ばかりが多い四皇だが、彼ら同士の関わり合いは意外と多かったりする。例えばある時、雑貨屋の店主が上等な薬剤を仕入れたとくると、女将は食材に使うため、支配人は賭け事に使うため、局長は単なる興味本位からそれを求めにやってくる。またある時は食堂で新しい献立メニュウを開発したとあれば、ほかの3人はとりあえず酒と薬剤を片手にやってくる。さらにある時は支配人が賭場で大乱交パーティを開いたとあらば、騒ぎを聞きつけた局長がどこからともなくやってきて、こっそり薬品を回収しに来た雑貨屋も一緒にしょっぴいたり。さらにさらに街でたまたまおおよそ元の形が人とは思えない合成獣を見つけたとあらば、四皇でそれの処理をしたり。そのほかTPOをわきまえずに酒池肉林バカ騒ぎをしたりなんやかんやで、四皇同士の関係性は非常に強い。しかしこうして関係は非常に良好なものの、時にはで意見がぶつかり合い、下手をすると街全体を巻き込んだ大喧嘩戦争が始まることもある。例えば雑貨屋と局長が、本当に些細なことで意見の食い違いがあり、ヒートアップの末に街の約3分の1が見るも無残な姿に成り果てたり。ある時は女将と支配人が、賭け事の結果に納得がいかず、双方本気の殺し合いを繰り広げて、その日仕入れた品物しょうひんがパァになり、とばっちりを受けた雑貨屋店主が2人の喧嘩にあろうことかを持ち込んで結局街の一部が跡形もなく消し飛んだり。これ以上話を上げ続けるとキリがないので、そろそろ割愛。

 そういったこともある四皇たち。いつ、どんな形で、どうやってこの良好な関係性が崩れるのか、わかったものではない。もしその兆候などが事前にわかる予測装置など生み出した日には、九龍市クーロン・シティの住民から英雄として語り継がれることになるであろう。無論、そんな日もそんな人物も、この先現れることは未来永劫ありえないのだが。今日の街のギリギリ保たれている均衡は、ほかでもない四皇たちによって握られている。





 今日の九龍市クーロン・シティはいつにもまして剣呑な雰囲気であった。どこもかしこも皆ピリピリとした空気しか流れていない。いつもならば、屑と糞のバーゲンセールといわんばかりに、あちらこちらで爆竹を投げ合ったり、ラリった連中の乱交パーティが始まったり。そんなことがあってもおかしくないのだが、今日は全くと言っていいほど見かけない。それどころか、休暇日ほどではないにしろ、やたらと静かなのだ。一体どうしたことか。その答えは、やはりというか、と言うべきか、街の絶対的な権力者たる彼ら四皇の体調にあった。


「───?」

麗麗レイレイ~、ごぉめんねぇ今ちょっとする気分じゃなくて~」

「───♪」

「うぅん……も~ちょっと待っててぇ~……」

「───……」


 九龍市クーロン・シティ唯一の教会。人の気配が全くない時間帯に、シスター姿の明明メイメイと、神父服に身を包んだ誰かが、何やら意味深な会話を繰り広げていた。どういうわけか、珍しく明明メイメイは気怠げに教会の椅子に横たわっていて、今にも溶けてしまいそうなほどだ。それを気にせず、神父服に身を包んだだれか──明明メイメイの補佐である麗麗レイレイは楽しそうに、で話しかける。常人ならば全く理解できない言語ではあるが、明明メイメイは言っていることが分かっているようで、そのまま普通に返事を返す。それに対し麗麗レイレイが、指で輪を作り、その輪の中に舌を入れるようなジェスチャーをとれば、まともに返事をする余力もないのか、ひらひらと手を振られ、む、とすねたような顔を作る。


「もぉ~……からくりもお弓も空燕コンイェンもみーんな頭痛いって言ってるし……」

「───?」

「うーん……ごめんねぇちょっと寝てくるぅ」

「───!」


 ふらふらと立ち上がり、どこかへと消えていった明明メイメイを笑顔で見送れば、麗麗レイレイはすっと真顔に戻り、いつの間にやら手にしていた端末をいじくり、いずこへと電話をかける。数回のコールののち、まったくやる気がなさそうな声が耳に入ってくる。


『なんすかー、なんか用でもあるんすか。こちとらボスが頭痛ひどくて荒れ放題で、いろいろと手ぇ焼いてんすけど』

「───♪」

『……ん? もしかして麗麗レイレイすか? 珍しいすね、アンタからくるとか』


 電話の向こう側にいる相手───空燕コンイェンの補佐である雲嵐ウンランは、突如としてかけてきた麗麗レイレイに驚き、少し慌てたように要件を聞いてきた。対し麗麗レイレイは変わらず、何かしらの言葉で話し始める。


「───、───。───?」

『へ? 明明メイメイさんもすか? 心当たりとか、いやないっすよ。つか今ちょっと調べてる最中っして。もしかしたらからくりさんとお弓さんも、同じように頭痛でダウンしてるっぽいっつーんで』

「───」

『いーやこっちも手一杯なんすよ。ただでさえ街が異様に静かなんで。休暇日でもねーのに……いや十中八九四皇の方々の体調が起因してんのかもしんないすけど、今現場離れるわけにいかねーんすよ』

「───」


 電話の向こうでかなり疲れ切ったため息が聞こえてきた。相当忙しいのだろう。


『まぁ何かしら進展あったら教えるっすよ。そっちも調べものとかあんでしょ?』

「───!」

『了解す。んじゃなんかあったら電話するんでー。お疲れーっす』


 そこで電話は途切れた。どうやら局長たる空燕コンイェンも同じような不調を訴えているらしい。しかもそれがからくりやお弓にも来ているという。四皇全員が同じ不調を訴え、かつそれが同タイミングで来るということは、よくない知らせか何かが、この街に来るのやもしれない。考えすぎかもしれないが、ここまでのことは以前にはなかった。そもそも四皇が、疲労以外で体の不調を訴えたことなど一度もないのだ。つまりは四皇が出現してから、もしくはこの街が、街として機能し始めて初めてのことになる。確実によろしくないことが起こりそうだ。


「───……、♪」


 麗麗レイレイは何か思いついたのか、それまで着ていた神父服を脱ぎ捨て、代わりにチャイナドレスのようなものを身にまとい、街の外へと駆け出していた。





 いくらか街を練り歩いた後、麗麗レイレイがたどり着いた場所は、大衆食堂の紅竜房こうりゅうぼう。しかしそこにいつもの賑わいという名のヤクをキメあった騒ぎはなく、あるのは食事を楽しむごくごく限られた一般人の歓談のみ。少々首をかしげながらも、麗麗レイレイは遠慮なく店の中へ入る。


「いらっしゃいませ……あれ、麗麗レイレイ? どうしたのいきなり……ってわけでもないかな」


 入店した彼、ないしは彼女を迎え入れたのは、同じ四皇の1人であるお弓──ではなく、その補佐の郁瑠かおるであった。店の中がいつもより静かであるからか、特に忙しそうに走り回っている、というわけでもなさそうだ。丁度配膳を終えたあたりなのであろう空っぽのお盆を手にしたまま、郁瑠かおるは突然の来客をそのまま裏に通した。


「───!」

「ああ、やっぱり。そのことで来たんだ。ウチも女将が今日は体調悪いみたいで。いつもならホールに出てるんだけど、さすがに奥で休んでるよ」

「───」

「だろうね。からくりさんとこのさかきくんからも連絡あったよ。これでいくと勿論、空燕コンイェンさんも……」

「───♪」

「ほんと何事だろうね。九龍市クーロン・シティ始まって以来の異常事態じゃない?」


 そういって郁瑠かおるは自ら注いで来た緑茶を一口飲む。当然緑茶は麗麗レイレイにも出されていたのだが、その緑茶には一切手を付けない。代わりに持ってきていた烏龍茶を、出された緑茶にそのまま注ぎ、プラスしてをどばどば入れ、出来上がった緑茶だったものを一気に飲み干す。その様子を見て、しかめっ面を隠さずに郁瑠かおるはよくそんなもの飲めるね、と口を開いた。対し麗麗レイレイはただ笑うだけ。


「ま、置いといて。こっちでも原因究明の調査はこれからするんだけど。麗麗レイレイはどうするつもり?」

「───♪」

「……カラクリヤ行くの? 多分向こうも今調査中だろうから、あんまり情報入ってないんじゃないの?」

「───!」

「面白半分とか、君ほんと考えなしだよな」


 だから明明メイメイさんの補佐できてるんだろうけど。そういいつつ、手前に出した茶菓子を一つ手に取り、口の中へと放る。


「とりあえず。何かしらわかったらこっちからも連絡するからさ。電話は出てくれよ」

「───♪」

「あと。誰彼構わず路上でになるなよ」

「───?」

「気分次第じゃないんだって。ただでさえ四皇が体調崩してるんだから、余計な仕事を押し付けたくないんだよ……」


 ため息をついて手をひらひらと振る。それに対し麗麗レイレイはケラケラと音もなく笑い、店を後にしたのだった。


「……女将、聞いてましたね?」

「あらバレた?」


 突然の来客がつむじ風のように帰って行ったあと、郁瑠かおるはさらにため息をついて、第三者に向けて声を発する。それに呼応するように、奥から誰かの声が聞こえてきた。ほかでもない、食堂の女将であり四皇の1人である、お弓だ。体調を崩しているから、奥にある自室で休んでいるはずなのだが、いつからか補佐たちの会話を後ろで聞いていたらしい。少しふらつきながらもお弓は郁瑠かおるのほうへと近づき、椅子に座る。


「起きてきて大丈夫です?」

「随分と楽になったから、起きてきちゃった。まさか麗麗レイレイが来てるとは思わなかったわぁ」

「あ、女将。口から漏れてます。黒いの」

「あらやだまだ本調子じゃないみたいね」


 どんどん話していくうちに、お弓の口元から、黒い液体のような何かが漏れ出てくる。それを郁瑠かおるが指摘すれば、お弓はすぐさま持っていた手拭いで口をおさえる。おさえられた手拭いには、口元から漏れ出たであろう黒い液体のような何かが、じわりじわりと染みていく。


「まだお休みしていたほうが良いのでは?」

「あまり寝ていても疲れるだけだから、このまま起きてることにするわ。それに」

「それに?」


 くすくすと笑いながらお弓は続ける。


「もうそろそろ治ると思うのよ。この不調」


 なにか確信めいた言葉に、郁瑠かおるは首をかしげるだけであった。





「───!」

「おや……麗麗レイレイですか。珍しい。用件は……いえ、わかりきっていることを改めて聞くのは無粋ですね。奥へどうぞ」


 次に訪れたのはヨロヅノカラクリヤだった。店は閉め切っているというのに、何を思ったか、あらかじめ明明メイメイからくすねていた雑貨屋に入るためのカギを使い、無遠慮に入店する。からん、と小気味いい音がなれば、たまたま売り場に出ていたさかきが、突然の無遠慮な来客者を驚きつつも迎え入れる。軽く息をつくと、さかき麗麗レイレイを、店の奥に通す。そこに四皇であり店主であるからくりの姿はなく、ただ静寂が場を支配するのみ。

 椅子に麗麗レイレイを座らせ、その対面に自らも座ると、あらかじめ用意していた烏龍茶を差し出す。それを受け取れば瞬く間に飲み干し、何も考えずにさかきにお代わりを要求する。しかしうまいことそれを回避すれば、さかきはゆっくりと話を始める。


「結論から言いましょう。今回の四皇の不調はすべて、一時的なものでしかありません」

「───?」

「ええ、本当にです。ただ問題がありまして」


 そこまで言うと、さかきは長い溜息をつく。


「……そう遠くない先で、この街───九龍市クーロン・シティは消えます。文字通りに、跡形も、地図からも、果ては記憶や記録からも」


 カ、と間抜けた声が麗麗レイレイから聞こえた。


「ええ、消えます。先ほど結果が出ました。貴方も感づいてはいたでしょう。あの方々四皇は、すなわち九龍市この街そのもの。あの方々が何かを思うとき、それはこの街全体の意思と同義。つまりはあの方々がこの街を壊す───と思うとき、同じくしてこの街は壊れる。概念的な意味でも、物理的な意味でも。そしてそれは、逆も同じなんです。この街が消えようとしたとき、あの方々も消える。その意思は四皇の体に出るんですよ。いい例が休暇日です。あの方々が休暇を求めるとき、街も休む。逆に街が休暇を求めれば、四皇もまた体が休暇を求める。この街は常にバランスをとっているんです」

「───……?」

「そう、そうですよ麗麗レイレイ。今この街は、のです。だから四皇の体が一気に不調を訴えたわけです」

「───?」

「正直もうどうにもなりません。四皇の意思はこの街の意思であると同時に、この街の意思は四皇の意思である。つまり決まっているんです。が」


 静まり返る部屋の中。響くのはどこからともなく聞こえてくる風の音だけ。麗麗レイレイは少しの沈黙ののち、さかきに問いかけた。


「───……?」

「いつになるかはまだわかりません。現に、あなたが来る少し前に、体調が回復したらしく、外へ出かけられたので。行先は九龍塔クーロン・タワーとおっしゃっていましたが……」


 瞬間、麗麗レイレイは店を飛び出していた。





「おい空燕コンイェン。わかってんだろうな」

「当たり前だ。どうもこの街は終わりを迎えたいらしい」

「ッチ、終わろうとすんのは勝手だけどよ、こっちに被害をばらまくなっつーの」


 場所は変わり、九龍塔クーロン・タワー最上階、局長室。随分と体調が回復したからくり空燕コンイェンは、互いにしかめっ面を隠さずに突き合わせ、手にしていた調査書を机の上にたたきつける。


「なんとなく想像はついていたが……面倒なを組んでくれたようだな」

「……やっぱあの場でぶっ殺しといたほうが正解だったんじゃねーか」

「とはいってもあの場で殺していたら、いろいろと聞けなくなっていたぞ」

「ッチ……あんのイカレキチガイ変態どもがよ」


 イカレキチガイ変態共───即ち、旧九龍城に巣くっている、彼ら四皇の生みの親のことである。どうも妙なシステムは生みの親たちが仕組んだものらしく、話をするたびに腹の立つ顔が脳裏に浮かんでしょうがない。

 つまりはこの終焉まっしぐらなこの街をどうにかするには、生みの親に話を通してしかないらしい。しかしそんなことを伝えたとして、彼らが素直にはいそうですか、と応じてくれるだろうか。その答えは否、である。彼らならば逆に面白がって、余計なシステムをまた取り込んできそうなものだ。そしてこういうだろう。


……ってか。あークソクソクソ!」


 あまりの怒りにからくりはそこにあったダストボックスを思いっきり蹴とばす。壁に激突し、ダストボックスは見るも無残な姿へと変わり果てる。


からくりー! 空燕コンイェンー! なんか街が終わるって聞いたんだけど! どゆことー!?」


 と、そこへ第三者がノックもなしに入ってきた。扉を蹴破って乱入してきたのは、教会で休んでいるはずの明明メイメイ。どうやら同じく体調が回復したらしく、そのままの勢いで九龍塔クーロン・タワーへとやってきたようだ。その顔は驚きと困惑で満ちていて、いかにも「どうして?」と言いたげな目をしている。その明明メイメイの後ろからひょっこりと顔を出したのは、先ほどまでヨロヅノカラクリヤにいた補佐の麗麗レイレイさかき。加えて申し訳なさそうに空燕コンイェンの補佐である雲嵐ウンランが、新たな書類を持ってやってきていた。急ににぎやかになった局長室を、部屋の主である空燕コンイェンがひとつ咳払いをして鎮めさせる。


「とりあえず───扉は閉めろ。会話が漏れ出るだろう」

「ごめんドア壊しちゃった」


 ごめんぴ。まるできらきらとした効果音が似合いそうな顔になって、明明メイメイは手を合わせて空燕コンイェンに言い放った。


「……貴様はこういう時に限ってろくでもないことをするな」

「テヘッ!」

「ほめてねーんだわ」





 ところは変わり、紅竜房こうりゅうぼう。いまだ黒い液体のような何かが漏れ出ているのか、お弓は手拭いを口元にあてていた。とはいっても、あてていた手拭いがことごとく黒く染まり切ったために、すでに5枚目の手拭いであるのだが。しかしそれにかかわらず、彼女はクスクスと笑うのみ。笑うたびにごぽりと零れ落ちて、手拭いは真っ黒に染まる。何がそんなにおかしいのだろうかと、純粋に郁瑠かおるは彼女に聞いてみた。


「女将、どうしてそんなに笑っているのです」

「ふふふ。あのね郁瑠かおる。この街はどうして今まで存在できたと思う?」

「……質問の意味が分かりかねます」

「ああごめんなさい。難しかったかしら。なら聞き方を変えましょうか。どうしてこの街は───九龍市クーロン・シティは今まで、大規模な破壊をされたとしても、こうして復興できたと思う?」


 予想だにしていなかった質問に、郁瑠かおるは戸惑いつつも、自らの答えを出す。


……ですか?」

「ふふ、簡潔にすればそうね。そう、私たち四皇や、貴方達補佐のような、がいる限り……この街は存在してきた、存在できたのね。なんせこの街の意思は、私たち四皇の意思。私たち四皇の意思は、この街の意思。私たちがと思えば、この街は存在し続ける。たとえどんなに破壊をされようが、破壊しようが、経済が崩壊しようが……の。それは街の意思でもあるから」


 でもね。とお弓は一息のあと、閉じていた真っ黒な目をあらわにし、聞いたこともないような声で、それはそれは楽しそうに続ける。


「四皇のうち1人でも……と強く、より強く思ったら、どうなるのかしら?」


 その姿はまるで修羅の様。ただただ、純粋に終われと、すべて消え去ってしまえと、願ってやまない無垢な子供のように、楽しそうに、愉しそうに、悦に浸っている。そこで郁瑠かおるはただ1人、気づいた。気づいてしまった。



 今回の騒動は、、と。





「つまり、この場にいねぇお弓がすべての元凶ってことか」

「そうだ。現に我々はこの街の終わりを願っていない。むしろその時が来るとしたら、それこそ街の意思を待たずにとっくに壊している」

「───?」

「こわいねえそうだねえ麗麗レイレイ、終わるときはガンギメパーティーしようね?」

「───♪」

「何ぶっとんだ約束事交わしてんすかあんたら」


 時を同じくして局長室では、雲嵐ウンランが持ってきた新たな書類の内容で話題が持ち切りなっていた。その中に記されていたのは、大衆食堂、紅竜房こうりゅうぼうの女将、および四皇のお弓について、ここしばらくの動向や状況などが、事細かに記されていた。その内容をすべて真とするならば、彼女は今、九龍市クーロン・シティを、動かずに滅ぼそうとしている。ほかでもない街の意思の力を使って。理由……は、ないに等しいだろう。単に興味がわいたから、好奇心が湧いたから。それ以外に何もない。純粋で無垢で残酷な、何も知らない子供のように、壊したくなってみただけ。である。


「本来であれば、四皇の意思が一致しなければ動くことはないんだが」

「お弓の意思の力がそんだけ強いってことだよねー」

「……アイツもやっぱイカレキチガイ変態共の血は引いてんだな」

「となると、どうします。店主殿、局長殿、支配人殿」

「残すか終わらすかってことすか」

「そうです。結局は貴方方四皇の意思が尊重されますから。この───九龍市クーロン・シティは」

「───♪」


 補佐は見据える。自らの主四皇を。補佐は求める。自らの主四皇の答えを。1人はわかり切った顔をして、1人は望む顔をして、1人は愉し気な顔をして。

 しかし、彼ら四皇が出す答えなど、すでに決まっている。まだ、まだ。この───クソッタレで最低で最高のこの街で。


「当然、残す。存在させ続ける。それ以外に何がある」

「まだやりたんねぇしなァ!」

「いーっぱいやりたいことあるもん!!」


 その言葉とともに、彼らは己の武器を手にする。蛇腹剣、パイルバンカー、ガトリングガン。主たちの投げられた言葉に、補佐達もにやりと笑い、どこからともなく己の武器を取り出して構えた。大量の札、アンチマテリアルライフル、巨大な鎌。それぞれの獲物を携え、彼らは局長室を飛び出す。目指すは元凶、女将お弓が待ち構える大衆食堂へと。



人権と尊厳以外なんでもある街で、四皇の存続街のおわりを賭けた、壮絶な戦争が始まりを告げる。



九龍編・了

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