第8話:血縁
【第8話:血縁】
ここは
「一通り、目は通したな?」
その一言に、軽くため息をついてお弓が返した。少し困惑した表情を露わにして。
「ええ。……まさか、まさかねえ」
「どうすんだよコレ。今までにこんなに頭抱えた案件ねえぞ」
「ほんとどーすりゃいーのー……」
「では───話を始めるとしようか。我々の、生みの親が束ねる組織の対処について」
◇
話は前日の休暇日に遡る。
「あんな
真っ先に思っていたことを
「組織ですが、どうも旧九龍城にある様です。何を思ってそこを根城としているのかは知りませんが」
「あ? あのボロ城にか? 何考えてんだマジで」
旧九龍城、というのは
そして今、四皇のかつての生みの親が束ねるという妙な組織が、その誰もいないはずの九龍城を根城にしているという。本当に訳が分からない。何を狙っているんだろうか。皆目見当もつかず、
「あんなボロ城にぃ? 住み着いてェ? バケモンを作ってるゥ?」
「本当に頭がイカレてらっしゃいますね、御両親」
「ほんとそれな? マジでイカレすぎてんだ」
と、しかめっ面をお互いに晒しながら会話をしていると、店の電話が鳴り響いた。なんだなんだ今日は休暇日だぞ、と思いつつも
「はいヨロヅノカラクリヤー」
『四皇招集だ、明日
「……へーい」
いつものお決まりの言葉を言えば、帰ってきたのは
「なんと?」
「明日店休み。四皇招集だとよ」
「でしょうね」
「こりゃお弓も
「御意」
せっかくの休暇日が面倒なことになりやがった。
◇
そうして今に至る。四皇が頭を抱える存在、それが彼らの生みの親たち。頭を抱える理由は深刻なものだ。悲哀?恐れ?憎悪?否、そんなものでは無い。そんなものでは無いのだ。彼らが生みの親に頭を抱える理由、たったひとつだけ、とても簡単で、とても深刻なもの。それは何かと言うと。
「あのイカレキチガイ変態共何考えてんだマジで!」
そう、彼ら四皇を飛び越えるほどの、彼らがまだマシに思えるほどの───
「どうしろってんだよほんと……」
「本当にね」
「考えたくないー……関わりたくもないんだけどー……」
「……それには同意する」
四皇という立場ではあるものの、相手は自分たちの生みの親。どこから手を出したものか、どこから潰せばいいのか、考えれば考えるほど頭が痛くなる。なんせ自分たちが存在してきた中で、ぶっちぎりで
と、全く話が進まず、良くない空気が漂ってきたところでお弓が不意に口を開いた。
「……いっそのこと、直接会ってみる?」
「へ? あの人たちに?」
「そう。どう攻めても結局変なことをされるのは見えてるでしょ。ならあくまで穏便に、直接会いに行くだけっていうのもアリじゃないかしら」
ぱちん、とお弓が手をたたけば、残りの3人はま抜けた顔を晒して見せた。
◇
「……で、来ちまったわけだ」
「結局これしか案がなかったからな」
グダグダな四皇会議が終わると、彼らは流れるようにここ、旧九龍城に来ていた。体を落ち着かせるためかそれ以外か、煙管やらタバコやらを各々吸い始める。紫煙を燻らせ、彼らは目の前の巨大な城を仰ぎ見た。
「いつみても壮大ね」
「ボロボロだけどねー」
上へ上へとただ積み木を積み上げただけのような、ともすれば今すぐにでも崩れ落ちて来そうな、しかし確かな威圧感を与えてくる、目の前にそびえ立つ巨大な城。そこに在るというだけで、奇妙な不安感が延々と襲いかかってくるそれは、まるで四皇の彼らが、来るのを待っていたかのように、閉ざされていた扉を自然と開く。音もなく、誰の手を借りるでもなく、城の入口をさらけ出した。
「───行くぞ」
◇
中に入るとそこは至る所に無人の屋台。当然の事ながら、それらを手入れする者などなく、全てが風化していて元が何であるかなど、ほとんど分からなくなっている。ホコリや塵は雪のように舞って、積もるだけ。その積もり積もったホコリ達を無遠慮に巻き上げて、彼ら四皇は進んでいく。彼らの進む靴音だけが、旧九龍城に響いていた。
だんだんと進むにつれ、中の様相も変わっていく。無人の屋台で詰められていたかつての商店街らしき風景は、進むにつれてホルマリン漬けにされた何かしらが入っているガラスケース一色に移り変わる。そして人通りも全くのゼロからぽつぽつと増えていく。彼らの横を通りすがる人々は皆、興味深そうに、また心底珍しげにチラチラと視線をよこしてくる。それらを一切気にせず、または意に介せず彼ら四皇はどんどん道を進めていく。
「……着いたか」
そうしているうちに四皇は行き止まりと思しき扉の前に辿り着く。その扉には大きく、『組織長室』と書かれていた。誰かが大きな溜息をつき、また誰かが頭の痛みを抑えるように手を当て、そして誰かが無遠慮にしかめっ面を晒しながらその扉を蹴り飛ばした。
「───久しぶりィ!!」
「あぶねっ!!」
瞬間、部屋の中からミサイルがごとく飛んできた何かしらを、油断していた
「───何してやがんだお袋ォォーッ!!」
ビリビリと叫びが響き渡る。常人であれば鼓膜が破けてしまうほどの、とてつもない声量で
「久しぶりだねぇ、私たちの可愛い
「そうだね、元気だった?」
彼らに突然抱擁されたからか別の理由か、
その光景を見つつ、隣にいたお弓は長い溜息をつき、すっと普段細められている目をゆっくりと大きく開く。開かれた目は真っ黒で、真ん中に瞳孔と思しき赤い点が爛々と光り輝いていた。彼女の視線の先には、やはり自らの生みの親たち。彼らは彼女を見つめ返すが、それ以上は何もしてこない。だからこそお弓は安心できなかった。何もしてこない以上、こちらからなにかするのは愚行にも程がある、と。ならばこちらも何もしないでおこう。触らぬ神に祟りなし、と言うから。彼女のそんな心情を知ってか知らずか、彼らもまた彼女に関わろうとしなかった。関わっても無駄なことだと踏んだらしい。
そして残る四皇の1人、
「久方振りですね。父上、母上」
「……親に切っ先を向けるとは、随分と偉くなったものだな?」
「貴方方の教育の賜物でしょう」
「そんな教育はしていなかったはずだけれども……精々快楽グッズで色々と後ろを開発してただけよ」
「何をしてくれやがるのですか本当に」
「恥ずかしがるな」
「そういう問題じゃないが?」
「ちなみにこの人の後ろはもう開発しきってるから安心していいわよ」
「本当になんてことを言ってくれやがるのですか」
両親から放たれた衝撃の一言に、
「つか、ンなことしに来た訳じゃねぇんだわ。おいアンタら何考えてんだマジで。おかげで来たくもねぇこんっなボロ城に来る羽目になってんのわかってんだろ?」
不意に
「まずひとつは、街の様子が知りたかったの」
「わが子たちが支配を握る巨大都市が、思いもしないもので荒らされたらどうなるのか……」
「まるでアリの巣に純粋な好奇心で、砂糖水を無遠慮にぶちまける子供みたいにね」
「おかげでとてもいい
「次に、組織を作っちゃった理由だけど。私たちでいろいろ盛り上がっちゃったのよぉ。研究とか論文とかで意気投合して、その場のノリで立ち上げたのよねー」
「フフ。なつかしいわぁ」
和やかに笑いながら話を続ける血縁者たちに、四皇の空気はますます悪くなっていく。井戸端会議のノリで妙ちきりんな組織が立ち上げられ、あまつさえホームビデオを撮るテンションで街の様子を見る名目で、巨大生物を作り上げて好奇心のままに街に放り込む。こういったことをすべて、純粋な好奇心で片づけて、実際にやってのけてしまうくらいには相当イカレているのだ。改めて自らの生みの親にため息しか出てこない。不機嫌な顔を隠すつもりもなくそちらを見るが、そんなことは全く意に介さず、血縁者たちは話を続ける。
「あとはあなたたちの今の状況を知りたかったのよね。ちゃんと動いているかどうかとかも」
「親としても気になっていたしな」
「元気そうで何よりだ」
と、そこまで言うと、何やら意味ありげな表情を浮かべて四皇を見つめ返す。その目はまるで笑っておらず、常人であればあまりの不気味さに思わず目をそらしてしまうそれは、彼らにとってみれば挑発にしかならなかった。が、そんな挑発に乗るほど彼ら四皇も馬鹿ではない。怪訝な顔を崩さずに、
「それで。一体これからどうするつもりで。こちらとしてはこれ以上、我々に余計な仕事をさせないでほしいものですが」
「そうカリカリするな。もうすでにこちらの目標は達成されたといっても過言ではないし、街には手出ししない」
「街、には……? つまり我々事自体にはちょっかいを出すと?」
「気分次第だね、ねえアンタ」
「ああ気分次第だな」
「さっきっからいねぇなとは思ってたがなにやってんだ親父ィ」
妙に引っかかる単語をおうむ返しのように繰り返せば、不意に天井から逆さづりのような状態で、新たな人物が現れる。その人物に対し、
「いやあ本当は母さんがお前を捕まえたところで私も出ようと思ってたんだが……見事にタイミングを外してな」
「出てくんな」
「とまあ、これからは街には手出しをしないが、お前たちにはいろいろと気なることがあるからなんかやろうとは思ってるからな」
「やらないでくださる?」
「おや君はあの旅館の娘さんか。久しぶりに見たが随分ときれいになったもんだ」
ついお弓が口を開いて会話に割って入ると、
「お弓、殺すのは今ここじゃないし今この時じゃねぇ。いいか、ここで殺したら事後処理クソ面倒なことになるぞ。組織もそうだ、何よりこのボロ城ウチらで処理しねぇといけなくなんぞ、いいのか。やめとけ」
「そうだ。殺すならこの城を跡形もなくつぶした後だ。いいか」
「……」
「随分生ぬるいわね?」
「所詮その程度でしかないのか。いくら四皇になったといえど……教育に失敗してしまったらしいな」
「貴方私たちを親だと認めたくないらしいけど、私たちもこんな子が娘だなんて、願い下げよ。もっと出来のいい子を作ればよかったわ」
やれやれとかなり大げさに肩を落として見せる。しかしそのしぐさの一方、反応が気になるのかちらちらと目線だけを彼女によこしているようだ。あからさまなその態度に、
「さ、帰りましょう。用も済んだことだし、とりあえず街のほうには手出ししないみたいだし。仕事もあるし。帰ったら九龍ピザでも食べましょう」
そんな両親を全く視界にも入れず、彼女はぱちんと手をたたいて部屋を後にした。その様子に四皇はあっけにとられたものの、真っ先に
「ダッハッハッハ! こーりゃ傑作だわ! 確かにもう用なしだしな、帰るわ! じゃーなガイキチ共! 二度とその面見せんじゃねーぞ!! ヒー……アッハハハハ……」
そのまま笑って中指を全力で立てながら、続いて部屋を後にした。さらには
「
そのまままた部屋を後にする。最後に残されたのはいまだ抱擁されたままの
「……」
「ねぇ今どんな気持ち?実子に無視されてどんな気持ちだい?」
「ねぇちょっとかわいそうよ……フフ」
組織長室に残されたのは、四皇たちの生みの親たちだけ。だが、そこではさらに混沌の様相が繰り広げられることとなっていた。
◇
旧九龍城をあとにした四皇たちは、お弓の食堂へと集まり、彼女お手製の九龍ピザをこれでもかとむさぼっていた。しかし彼らの顔にあったのは、喜びではなく疲労の一色のみ。みな疲れ切った顔で、何も言わずにピザをただただ食らいつくしている。しかもなんということだろうか、ピザの上に本来乗せられているであろう、薬剤や奇妙なハーブ類が全く乗っていないのである。つまりはただの普通のピザ。だがそれをこうして食べている、否、いつもの九龍ピザを食べようと思えないほど、今の彼らは疲労しきっていたのだ。
最後の1枚を誰かが平らげ、傍らにあった烏龍茶を飲み干すと、
「……余計な労力使っちまったな」
「明日も休暇日にしない?」
「……そうするか」
「さんせーい……」
皆疲れきった表情で、自らの仕事場へと戻っていく。
翌日、
終
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