第7話:休暇

 生命を宿し、何かしらで生計を立てている以上、どうしようが休暇というものは必要になる。学問に励もうとも、仕事をしようとも、ただ自堕落に生きていても。体力、精神、その他諸々。何かしら一つは休暇を求めて体にサインを発信する。それはこの九龍市クーロン・シティにおいても同じことだ。いくらクソッタレの街だとしても、休暇という甘美な飴は皆が求める。毎日考えなしに祭りという名の悪事のあれやこれを働いていても、疲れというものは出るものだ。その疲れがは、あえて掘り下げないでおく。

 だから、この街には『休暇日』という恒例行事のようなものが、一定の周期で設けられている。その休暇日こそ、九龍市クーロン・シティが世にも珍しいに変貌する日なのである。それはもう、恐ろしいほどに静かな日なのだ。あの四皇がどうやっても何も動かないのだから。



【第7話:休暇】



 さて、この休暇日。設けられたのはきちんとした理由がある。事の始まりはこの街が、巨大な街として機能し始めた直後の出来事であった。まだそれこそ四皇たちが、四皇として存在する前───というよりかは、なる直前で4人が、強大な力をつけてきたころの話といったほうが合っているだろう。その頃はまだお互いに面識すらなかったものの、3、という噂だけは全員が耳にしていたという。それぞれに思うところはあったものの、どうにかして会おう、という考えは4人全員に存在していなかった。「自分の利益以外どうでもいい」と考えている連中なので、仕方ないといえば仕方ないだろうが。

 しかしえにしはかくも不思議なもので、会おうともしなかった4人はある日、偶然にも出会ってしまう。しかもタイミングがいいのか悪いのか、全員が、それぞれの理由で、1か所で。最初はそれこそ眼中にもなかったのだが、次第に場に集まった自分以外の連中が持つ、独特ので、例のずば抜けて強い3人だとはっきり理解してしまった。そのあとは想像に難くない。まず真っ先ににらみ合いになったのは、雑貨屋店主からくり管理局局長コンイェンである。お互いにお互いを、、だと認識したのだ。言葉も交わさずただただ黙って、にらみ合いをする。それを若干冷めた目で静観していたのは食堂の女将お弓。隣にいた意味も分からずはしゃいでいた賭場の支配人メイメイをうるさいと一言、片腕だけで押さえつける。

 しばらくにらみ合いが続いた後、何が癪に障ったのかは不明だが、雑貨屋からくり局長コンイェンはほぼ同時にお互いの武器───鉄パイプと刀を手にして振るったのだ。武器がぶつかりった衝撃か、火花が散る。女将お弓は少しばかり驚きつつも、巻き込まれないようにと一歩外れる。しかし何を思ったのか、押さえつけていたはずの支配人メイメイがいつの間にやら、を構えて暴れ始めた2人に向け発砲しだした。間一髪、2人は弾丸を避けることに成功するが、やらかした本人はきゃらきゃらと笑うのみ。それも気に障ったのか、途端に喧嘩とも呼べない喧嘩は数を増やして続く。雑貨屋からくりが鉄パイプでいたるところをぶん殴り、局長コンイェンが負けじと刀で斬り裂き、支配人メイメイは何も考えずに楽しそうに、二丁の銃を乱射する。まさに地獄絵図、といった言葉がしっくり来てしまうほど、ひどい光景が広がっていた。

 ただ用事をさったと済まそうとしていただけなのに。早く帰って新しい献立メニュウを試したかったのに。ただ1人、一歩引いていた女将お弓は空を仰ぐ。深く、長い溜息をついた後、懐に隠していた短刀を手にし、瞬間、たまたま近くにいた局長コンイェンの左目を。そこから短刀を引き抜くと、左目だったものがまるごと。あまりの行動と光景に、全員が動きを止める。


「……お前、な、なにやってんだ?」


 当事者以外全員が思っていたであろう言葉を、雑貨屋からくりが口に出す。その問いに女将お弓はただ一言、はっきりと答えた。



 そこから先はもうひどいものだった。左がなくなったことにより、若干の動きの遅れはあったものの、お前の目玉も抉ってやると言わんばかりに女将お弓ばかりを狙う局長コンイェン。ひたすらに暴れたりないのか、だれかれ構わず殴り飛ばす雑貨屋からくり。本性を出したからか、はたまた目玉を抉ったからか、ハイになって糸目を開眼させ、真っ黒な目を露わにしてトんだ女将お弓。特に理由はないが面白いし楽しいからバカみたいに銃を乱射しまくる支配人メイメイ。この喧嘩と呼べない喧嘩───すなわち、は次第に街全体に波を広げていく。騒ぎに便乗して暴れ狂う者、気に入らない奴をつぶすチャンスだと考え戦いに交じる者、よくわからないが空気を読んでしまい武器を手に取る者、賭け事を始める者等々。しまいには街の半分以上がその大乱闘によって、ほぼほぼ崩れ去ってしまった。最終的にはによって、参加していたほとんどが跡形もなく消え去ってしまったので、4人もようやく正気に戻ったのだが。

 その後、正気に戻った彼らが目にした光景は、ほとんど更地と化した九龍市クーロン・シティであった。もちろん、女将お弓の食堂も、雑貨屋からくりの店も、なにもかもが消え失せていた。おまけに全員、とてつもない疲労感が体に襲い掛かってきていた。最早何かをやる気すら起きない。ただ。休みたいのだ、どうされようが、休みたい。何も考えず、泥のように眠りたい。すべてを拒絶したいほどに、を体も精神も求めていた。


「……なあ、もうどっかで休もうぜ。疲れた」


 これからやらなきゃなんねえことは、休んだ後にやろうぜ。雑貨屋からくりの一言に、他3人は静かにうなずき、適当な寝床を作り、眠りに落ちた。





 これがきっかけとなり、また四皇のかつての戒めとして、が街全体で設けられた。この日に関しては、薬剤も、乱交も、その他悪事も、すべてがとなる。つまりはこの街にとってのある意味最も息苦しい日。なんせ労働ですら禁止事項の一つに挙げられているのだ。いったい何をすればいいのやら、というのが街で暮らす大半の住民の意見だが、これを設けたのが絶対的な権力者たちである四皇であるから、安易に口出しはできない。この日ばかりはおとなしく静かに過ごすのみ。結果、街の大通りも中心地区も、いやというほど、不気味なほどに静かになるのだ。何せ人が1人もいないのだから。


「休暇日最高……」


 そしてここに、この休暇日を優雅に過ごしている者がいた。そう、雑貨屋店主からくりである。余計な客は来ない、そもそも休暇日だから店を開く必要もない、鬱陶しい妙な電話も来ない。なんと楽園なことか。自堕落に自室の寝台で、ごろごろと寝転がっていた。もうこのまま休暇日おわらなきゃいいのに。そう思ったりもするが、それだと金が入ってこないし、好物の九龍ピザが食べられない。さすがにそれはマズイか、と考えを改める。かといって余計な仕事をしたくはない。嗚呼、どうしたものか。これも休暇日だからこそ考えられることなのかもしれない。


「店主殿。休暇日のところ失礼しますが。少しがあります」

「あ? おいさかきどういうこった」


 そうしているうちに、部屋の外から何やら第三者───補佐のさかきの声が聞こえてきた。普段の休暇日では彼もまた別の場所で休暇を取るのだが、今回ばかりは少し面倒なことが起こってしまったらしい、からくりのもとへとやってきたようだ。からくりはゆっくりと体を起こして、さかきを招き入れ、彼が手にしていた書類を受け取る。どうも内容はしばらく前に起こった巨大生物キマイラくん事件のことらしかった。


「研究組織、施設、その他を調査した結果なのですが。面倒なことになりまして」

「……オイ、これ」

「はい。そうです」


 パラパラと書類をめくっていく手が、ある場所でぴたりと止まる。そして記載されたとある文字を、指先でなぞる。その指は確かに



「四皇の皆様全員の、かつてのがトップにいます」



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