第6話:大怪獣バトル

 人権と尊厳以外なんでもある街、九龍市クーロン・シティ。金と力さえあれば、あとは手前の好きなように、好きなだけ色々なことが出来る。つまりは。例えば、街のど真ん中で大乱行ガンギマリパーティーを開いたりだとか、転がる巨大なボビンパンジャンドラムを作り出して街を爆発させたりだとか、はたまた宇宙に行くための船スペースシャトルを飛ばしたりだとか。ともかく異様な光景を見ることもできるし、作り出すこともできる。そんなイカレすぎクソッタレた街では今、街の中心地区のど真ん中に、雄叫び産声をあげていた。



【第6話:大怪獣バトルにちあさ



 事の始まりは賭場の支配人メイメイが、暇人達四皇に寄越してきた噂話だった。ちょうどその時、それぞれがそれぞれの理由でヨロヅノカラクリヤに集まっており、世間話に花を咲かせている最中のこと。ふと明明メイメイがそれまでの話を切って入れてきたのだ。


「そういやさー。ここ最近な実験施設が出来たっぽいんだよねー」

「妙ちきりん……?」

「そー。なんていうかぁ、典型的な悪い研究機関みたいな」

「なんだそれ。正義のヒーローに相対する悪の組織、みたいなやつか?」

「それそれ!」


 からくりのまさしくといった例えに、明明メイメイは顔をぱぁっと明るくさせる。

 意外にもほどがある、と言われればそれまでだが、このクソッタレ肥溜めの街にも、子供向けの娯楽というものが存在している。それが、と俗称されているテレビ番組である。内容としては、スケールの大きいよからぬことを企んでいる、を倒すため、日々激闘を重ねるの物語、というもの。九龍市クーロン・シティにはとてつもなく不釣り合い、不相応な娯楽なのだが、これがなぜか長寿の人気コンテンツとなっている。やはり道徳や倫理観のかけらもない街でも、こういった勧善懲悪の物語は意外と必要とされているのかもしれない。惜しむらくはそれを求めている人間が、九龍市クーロン・シティの人口の5%に満たないというところか。

 そんな娯楽に出てくるような、典型的な悪の研究機関が、どうも九龍市クーロン・シティに出没したらしい。何が目的で、どんな行動をしているのか。この街で為せることなど山ほどあろうが、ありすぎるがゆえに皆目見当もつかない。なんせここは、この街は、だ。やろうと思えばなんでもやれる。一体何が目的なのだろうか。頬杖をついてからくりは口を開く。


「まじでなにがしてェんだそいつら」

「情報が少なすぎるわね。ねぇ明明メイメイ、ほかに何かないかしら」

「おーん……なんか変な実験やってるとかー」

「随分とあいまいな情報だな」

「しょーがないでしょー、なぁーんかまじで変な実験らしいもん」

「この街じゃ変な実験なんざ、変でもなんでもないだろ」

「そうねぇ」

「とはいえ、貴様がそこまでになるのは珍しいな。調べておいたほうがいいか」


 明明メイメイが珍しくうなっている姿を見るに、相当変な実験なのであろう。空燕コンイェンは手にしていたタバコに火をつけ、目当ての品物しょうひんの代金───否、札束をカウンターに置き、店を後にした。どうやら例の実験施設と研究機関を調べ上げるつもりらしい。置かれた札束を数え、軽く毎度ありぃ、とつぶやくとからくりはそれを懐の中へとしまい込んだ。そして傍らにあった煙管に草を詰め込み、それに火をゆっくりつけると、ひとつ吸い込む。


「公僕は忙しいこって。言ってもそこまでじゃねぇだろ。その研究組織とかやら」

「あら、案外そうじゃないかもしれないわよ」

「お弓は呑気にいうよなぁ。ま、ウチに何かしらの利益が降っかかってくりゃ、万々歳なんだけどな」

「それはウチも同じよ。明明メイメイもそうでしょう?」

「そりゃね! お金が降ってくればなんでもだいかんげーい!!」

「んじゃ、そろそろ代金くれや。今日はもう店じまいすっからよ」

「はいはい」

「はーい」


 からくりがそういえば、2人は懐から空燕コンイェンと同じように代金という名の札束を取り出し、手渡す。それを受け取ると満足そうに笑みを浮かべ、


「毎度ありぃ」


 と、返した。





 数日後。今日も今日とて紅竜房こうりゅうぼうはにぎわっていた。薬剤でキマりにキマった客、もはや自我を保てていない客、ただ単に騒ぎまくっている客などなど。まるで一種ののようであった。そんな光景を気にせず、女将お弓はいつもと変わらずに厨房に立ち、腕を振るっていた。出所不明の調味料をふんだんに使い、新しく仕入れたハーブをアクセントとして加え、最後にどぎつい色をしたソースをかければ、名物の九龍ピザの出来上がりだ。今日もいいピザができた。これをまずはからくりに食べてもらおうと、物質転送装置の上に乗せ、送り付けた直後のことである。


「女将、外にバカみたいな巨大生物がいます」

「ごめんなさい、もうちょっと状況の説明が欲しいわ」


 いつもお弓の補佐をしている人物───郁瑠かおるが厨房の中へ入り込むと、突拍子もないことを言い始めたのである。あまりの言葉に、かつ突然だったこともあってか、お弓は少し困ったような表情を浮かべて、続きを促した。さも平然と郁瑠かおるは説明を続けた。


「ほんの数分前です。外に突然バカみたいな巨大な生物が現れたんですよ。なんというか、すごいあほ面の。例えるなら……そうですね、タコみたいな、イカみたいな。そんな感じです」

「造形の説明そんなに難しいの?」

「ええ。いっても九龍市クーロン・シティですし。さほど不思議なことじゃないと思いますけど。……なんですけど。なんというかその、気持ち悪いんですよね。

「あら」


 そこで明らかに郁瑠かおるの表情が曇った。普段全くの無表情で、喜怒哀楽などすべて消えたといわんばかりの郁瑠かおるが、そんな表情を見せるとは。お弓は今日は赤飯かしらね、などと場違いなことを思いつつも、厨房から外へと出ていく。そしてその郁瑠かおるが言いにくそうにしていた理由を、一瞬で理解した。


「あら~……」


 足は鶏、胴体はけむくじゃら、両手にはハンマー、両腕には鋏がくっついており、尻尾は蛇で顔はタコだかイカだかのあほ面。この世のものとは思えない、な巨大生物がそこに存在していた。これは確かに気持ち悪い。しかも突っ立っているだけでなにもしてこない、というのがまた更に気持ち悪さを助長させる。長いことこの九龍市クーロン・シティに身を置いているとはいえ、ここまでのものはさすがのお弓も目にしたことはない。おそらくそれはほかの四皇も同じであろう。

 しばらく見つめていると、騒ぎを聞きつけたのかほかの四皇も駆け付けた。しかし彼らはそれに恐れることはおろか、驚くこともなかった。むしろ造形の気持ち悪さに、若干ながら引いているようであった。あの何事にも動じない空燕コンイェンですら、「うお」と小さく声を上げたくらい。


「なんかでっかいのいるー!」


 そんな中、変わらず目を爛々と輝かせ、嬉しそうに飛び跳ねる明明メイメイは、この場ではある種の癒しともいえた。あくまでこの場限りの話ではあるが。


「誰だよアレ作ったの」

「本当に大きいわよねぇ」

「いや大きいっつーかキショいっつーか」

「何もしてこないのが猶更気色悪いな」


 そんな風に思い思いの感想を言い合っていると、突如その巨大生物はキラリと目を輝かせて、まるでスローモーションのように動き出す。そいつが動くたびに、街が揺れて立つどころではなくなる。やけに重い地響きが、九龍市クーロン・シティを襲う。そしてあろうことか、その巨大生物は思いっきり腕を振り上げ、街をその腕で破壊し始めたのだ。ズン、と建物が崩されていく。


「オイコラ公僕コンイェン! テメェ管理局の局長だろうが何とかしやがれ!」

「貴様何を言っているんだ、1人に押し付けて帰るつもりか」

「たりめーだろーが!」

「というか押し付けても帰れなくない?これ」

「立ててないものね私たち」

「だー! いい加減揺れ収まりやがれ!帰れねーじゃねーか!」


 そうからくりが叫ぶと、ふと巨大生物は動きをピタリと止める。それに合わせるように、地面の揺れも収まっていく。なんとかまともに立てるようになったが、突然背後から謎の高笑いが聞こえてきた。


「ハッハッハ! 九龍四皇ともあろう方々がなっさけない! とんだ肩透かしですなぁ」

「なんだそのテンプレみてぇなセリフ」

「誰が噛ませ犬ですとぉ!?」

「言ってないのよねぇ」


 そちら側を振り向くと、いかにもな白衣を身に着けた連中が、にやにやと笑いながら四皇を見下していた。からくりがあきれながら返事をすると、何を曲解したのか、地団太を踏みながら反論をしてくる。しかしそれもすぐに収まり、咳ばらいを一つすると、言葉を続ける。


「コイツは我々研究チームが作り出した最高傑作! その名も合成獣キマイラくんです! どうです、素晴らしくかわいらしい見た目をしているでしょう?」

「あの人頭イカれちゃってるのね」

「この街じゃそれ悪口にもならねーぞお弓」

「その通り! この街で最もイカレてるあなた方に言われる筋合いはないっ!」

「言い切りやがったぞあいつら」

「決めポーズまでやっちゃってるもんねー」

「果てしなくダサくないか」

「うるさいっ!」


 心底心外だと言いたげなその研究者たちは、ともかく、と仕切り直しをする。


「我々の目的はただ一つ……あなた方四皇の座です! 我々がその座に座れば、この街はさらに発展を遂げ、ついには銀河に進出する!! ついでに気に食わない美形たちを叩き落したい!!」

「後者が本音ねきっと」

「ひがみダッセぇ」

「そんなこと言ってると、どうなっても知りませんよォ! 行くがいい合成獣キマイラくん! まずは邪魔なそこの美形たちを叩き潰すのです!!」


 冷や汗をついに流し始めた研究者がそう叫ぶと、巨大生物キマイラくんは再び動き出し、両手を四皇めがけて振り下ろす。それを難なく彼らは飛んでよけると、それぞれの武器を構える。鉄パイプ、短刀、二丁の銃、細身の刀。それらを一斉に巨大生物に……向けるのではなく、勝ち誇った笑みを浮かべていた研究者たちに向けた。巨大生物のほうに行ったと思っていた彼らは、阿呆のように口をあんぐりと開けた。なぜあっちに行かないのか、流れ的に向こうであろうと。しかし四皇はそんなものは知ったこっちゃないと、簡単に研究者たちを倒した。一応、聞いておかなければならないことがあるので、手加減はしておいたが。


「よっわ」

「うるさいっ……こちとら一介の研究者だぞ……がくっ」

「口に出すんかい」


 すっかり気絶してしまった彼らを放置し、残る巨大生物と相対する四皇。しかし今手にしている武器では、おそらく長期戦になるであろうと踏んだのか、どこからか別の武器を持ってくる。巨大生物はそんなのお構いなしに、ブレーキがなくなったからか、破壊行動を激化させ、至る場所を壊しつくしていく。


「街がいつまで保つかわからんな。手早くつぶすぞ」

「わかってらァ」

「ふふ、この子を使うのも久しぶりね」

「いえーい! 今日は暴れていい日だー!」

「調子乗ってお弓んとこの食堂つぶすなよ明明メイメイ

「もっちろん!」


 空燕コンイェンが手にしていた細身の刀は、姿形を変え蛇腹剣じゃばらけんへ。からくりが手にしていた鉄パイプはその場から姿を消し、代わりに巨大なが現れる。お弓が構えていた短刀は柄の部分だけが残り、代わりに黒い弦が弓を張る。明明メイメイが携えていた二丁の銃は融合し、複雑な機構をした巨大なガトリングガンへと変貌する。それぞれがそれぞれの真の武器を手にすると、いぜんとして暴れ狂う巨大生物へと切っ先や銃口を向ける。


久々に楽しめそうだヒーローの真似事は御免だ


 誰かがそうつぶやくと、四皇はもう動き出していた。





「疲れた、しばらく店休むわ」


 巨大生物キマイラくん騒動から1日。からくりからお弓のもとへそんな連絡が入ってきた。最も、彼女も疲れていたのは事実なので、今日は雑貨屋と同じく紅竜房もお休みだ。思った以上に真打ちを使用した時の疲労度が半端じゃないものだった。今までは何もなしに使っていたんだけれど、とお弓は思う。原因としては、おそらくあの巨大生物がやたらと硬かったことだろうか。手早くつぶそう、とは言ったものの、想定以上の時間がかかってしまった。


「それにしても……」


 あの硬さは異様であった。九龍四皇わたしたちがあんなにもてこずってしまうなんて。なにかしらの細工はされていたと見て、間違いないだろう。否、それよりも気になるのはあの研究者たちである。いったいどうしてあんなものを作り上げたのか。四皇の座を狙っているとは言っていたが、だとしたらなんであんな方法をとったのか。そもそも誰なんだあれは。しかし自分1人で考えていても何も進まない、わからない。その辺は空燕コンイェンのほうで徹底的に調べ上げているだろうから、その結果を待つだけだ。あの巨大生物も回収したと聞いているし。


「はぁ……今日はもうずっと寝ていようかしら」


 あまりにもな1日であった。処理しきるには時間がかかりすぎる。お弓はなぜか自分の寝室で倒れていた明明メイメイを布団に運び、自らもその隣で寝ることとした。



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