第5話:時間外労働
今日も今日とて
【第5話:
けたたましい警報音が、
収容所に到着すれば、そこはもう既にてんやわんやの大騒ぎであった。どこから逃げただの、誰が逃がしただの、はたまた誰の責任だの。顔を顰めて
「まず状況を説明しろ」
その一言だけで場が一気に静まる。そして空気が張りつめる。無理もない、久方ぶりの脱獄者が出て大騒ぎをしている所に、局長の、そして四皇のうちの1人がこうして現場に来て、自分たちに命令をしているのだ。心の声をそのまま言うのであれば、一目散に逃げ出したい状況であるだろう。だが現実はそれを許してはくれない。ようやく落ち着いたある1人が、手を挙げて
「は━━━━。まず脱獄したのは、ナンバー538の収容者です。本日2回目の点呼の際に、突如として姿を消しました。脱走の兆候はありませんでした」
「宜しい。セキュリティは起動していたか?」
「無論です」
「そう。セキュリティは確かに起動していた。どんな存在であれ、絶対に出られない様に万全の状態で敷かれていた。……が、その万全のセキュリティを突破して、今回脱獄者が出た。ここから考えられるものはなんだ」
「は━━━━。特殊能力、でしょうか」
「正解だ」
収容所はありとあらゆる脱出を防ぐため、やりすぎな程のセキュリティが敷かれている。窓は全ての部屋に存在しておらず、仮に壁に穴を開けて出ようものなら、1週間は使い物にならなくなるほどの電流が身体中に流れる。どこぞへと移動する為に外へ出た際、隙を見計らって拘束具を外そうとすれば、外そうとした拘束具で拘束されていた部位が切断される。他にも人権と尊厳がない、
「特殊能力で脱獄する収容者……今回で何件目だ?」
「4件目です」
「……セキュリティの組み直しだな」
近頃、どこで手に入れたかも分からない、特殊能力を駆使して脱獄する収容者が現れた。通常のヒトであるならば絶対に持つことは無い、極めて非現実的な力。それが特殊能力である。この街では珍しくもないが、その力を手に入れるための代償は、想像を絶するものだ。具体的に言うとするならば、腕1本が無くなるならまだマシな部類で、脳の一部分が欠けるだとか、だるま状態で不死身になるとか、そういった代償がくっついてくる。そんな危険を承知してでも、特殊能力を手に入れたい層は一定数存在するようで、街にはそれらしき存在がちらほらと見かけられる。とはいえある程度の対価を支払い、代償をなかったことにすることが可能なので痛くもかゆくも、というのが現実だが。そこもこの街ならではというべきか。
「脱獄者は気配遮断、身体透過、加えて影消しの特殊能力を取得していました。ですのでそれらを一切使用できない部屋に収容していました。が」
「鍵を外した奴がいると?」
「可能性はなきにしも、ですね。さらに付け足すとすれば……」
ちらり、と気まずそうに
「……ヨロヅノカラクリヤ債務不履行者です」
「この一件はすべて私に預けろ」
その答えが返ってきたのは、きわめて早かった。
◇
ところは変わり、ヨロヅノカラクリヤ。今の時期は閑散期であるためか、店主である
しかしそんな願いはすぐに砕け散ることとなる。いきなりけたたましく店の電話が鳴り響いた。一気に顔をしかめる
「はーいヨロヅノカラクリヤー。何の用だこの野郎」
『なんだ生きていたのか』
「テメェせっかくの閑散期に何電話よこしてんだ
けだるそうに決まりの言葉を開くと、帰ってきたのはいま最も耳にしたくない声。苛立ちを隠さずに返事をすると、電話をかけてきた張本人、
『たった今、収容所で脱獄者が出てな』
「ハァー? 何回目だよセキュリティガバガバにもほどがあんだろ」
『どうも脱獄したのは特殊能力者だ』
「あーいつものお決まりのパターンか。で?なんでこっちに電話してくんだよ関係ねーだろ」
『その脱獄者、貴様のところの債務不履行者なんだが』
「クソオブクソじゃねーか!」
思わず電話に向かって怒鳴りつける。つまり
『言っておくが、このまま電話を切るのなら今すぐ貴様の店に向かうぞ』
「あ? やれるもんなら」
『先月の決算内容に不備がありすぎるのでな』
「チッ」
『で、だ。この一件に協力するのであれば、その話はチャラにしてやってもいい』
「求めてるもの全部話しやがれ、用意してやる」
『話が早くて助かる』
「はぁ……余計な仕事やらせやがって」
せっかくの閑散期で、客も少なければ
「もう今日は仕舞いだ仕舞い! これ以上仕事なんてやってらんねぇわ!」
意を決して椅子から立ち上がり、店の外に出ていた看板を、閉店に切り替えた。
「こっからは何が来ても
◇
送られてきた品物、というのは、ダース単位の墨汁である。確かに気配遮断、身体透過、加えて影消しの特殊能力を持っているとあるが、質量に関する特殊能力は調べる限りその脱獄者は持っていなかった。居場所さえ特定してしまえば、あとは何らかの形でその墨汁をかけてしまえばいいだけ。前提の居場所の特定だが、そんなものは
「さて。作戦を開始するぞ」
◇
「オイ、この前送った墨汁代。寄越しやがれ」
数日後、四皇全員が一堂に会して食事をとっていると、ふと
「2人とも何かあったの?」
そう聞かれれば
「収容所で脱獄者が出たんで、それの確保を手伝わされたんだよ」
「あら……久しぶりじゃない? 脱獄者なんて」
「しかもウチの店の債務不履行者。ケッ、せっかくの閑散期に余計な仕事をさせられたぜ」
「それで、その脱獄者はどうなったの?」
「墨汁まみれになって、収容所に戻されたとよ。空から墨汁がたーっぷり降ってきたらしいぜ」
「ああ、成程。その墨汁、
「代金はこれっぽっちももらってねーけどな!」
盛大な舌打ちをして、さらに椅子に深く腰掛ける
「先月の決算表はチャラにしてやっただろう。それが対価だ」
「……ケッ!」
2人のそんな様子に、お弓はくすくすと笑うのみ。と、それまでずっと食事に夢中だった
「てかさー、その脱獄者さー、
その問いに、ちらりとお互いを見る
「さてね」
終
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