第2話:大衆食堂 紅竜房

  九龍市クーロン・シティで最も人々の往来が多い、中心地区。通常生活を営むもの、薬剤を売りさばくもの、ただただ己の力を他人に振るうもの、体を売るもの、その体を買うもの。様々な人々がごちゃごちゃに行き交う。その中でも一際人々が集まる場所があった。空腹を訴える丁度その時、九龍市で1番栄えるとも言えよう。その中心的な場所というのが、


大衆食堂たいしゅうしょくどう 紅竜房こうりゅうぼうである。



【第2話:大衆食堂 紅竜房】



 九龍市中心街、その中でもかなり目立つ場所に食堂はある。紅の竜が上へ上へと登るオブジエが大きく施されているその食堂は、九龍市で最も人が入る食堂と言っても過言ではない。味も良ければ献立メニュウも多く、またその味のバリエイションも広いときた。軽めの食事をとるもよし、がっつりと腹を肥すもよし、デザートをお供にくだらない雑談をするもよし、更には酒を片手に阿呆のような話を花を咲かせるもよし。ワガママな客人たちの願望を一挙に叶えた場所が、紅竜房なのである。

 その紅竜房を取り仕切るのは、九龍市では珍しい、和服きものを身にまとったとある人物。糸目であるからか、常に笑顔を浮かべているように思えるその人物は、この街にふさわしく、倫理観など母親の腹に置いてきたと言わんばかりであった。名を『お弓おゆみ』と言う。例に漏れずお弓かのじょも九龍市の『四皇よんこう』のうちの一人だ。


「いらっしゃいませ。お席にご案内致します」


 お弓は普段厨房で料理を作っているが、時々自らホールスタッフとして立ち、客人たちを招き入れる。たおやかに席まで誘導すると、手に持っていた献立表メニュウボオドを広げると、ベルを鳴らしてお呼び下さいね、とだけ残してどこかへと去っていった。


 紅竜房の献立メニュウは普通のように見えるが、実は全くの逆である。これら全てはお弓による客人モルモットに対するに過ぎない。料理のほぼ全てにが混入されており、それを食した客人モルモット達の反応を見てさらに別のに売りさばいているのである。客人モルモットが薬剤入の料理を食べて発狂しようが死のうがどうでもいいこと。自らの手元にが入ってくれば良い。。この街にふさわしく、食堂。この食堂からまともな状態で帰ろうと思うのなら、それなりの薬剤への耐性を付けるのは必須と言えるだろう。耐性を付けていたとしても、で帰られるかと言えば、保証は出来ないが。


 種類が豊富な献立メニュウの中から、特に気になったものを選び、ベルを鳴らせばお弓女将はすぐさまやってくる。料理をいくつかピックアップし、それを伝えるとにこやかにまた厨房の奥へと去っていった。それにしても随分と賑やかな食堂である。どこを見てもどんちゃん騒ぎで運ばれてきた料理に優雅に舌鼓をうつものなどほとんど見えない。それがこの食堂の魅力であるのやもしれないが。

 そんなことを思いつつ、客人はぼおっと何をするでもなく店の中を眺めていると、女将が料理を手にして帰ってくる。目の前に出された目的の料理はいい感じに湯気が立っていて、色合いも眩いほどに綺麗なものだ。


「お待たせ致しました、名物『九龍ピザ』です」


 慣れた手つきでピザカッターで均等に切り分けると、タバスコや粉チーズを隣に置くと、ごゆるりとどうぞと言い残して、また去っていった。

 さて、この九龍ピザ。確かに九龍市の名物として売り出されるほど人気の献立メニュウではあるのだが、あくまでそれはの名物。ピザの上に乗せられたバジルと思しきものは、全てである。更には色とりどりな具材のほとんどはMDMAというもの。そう、つまりは。主にからくりが口出しをして完成されたものだ。そのため味付けもも、全てからくりの為のものと言っても過言ではない。


 だからこそ、この九龍ピザは───と、されている。口にできたとしても、それは九龍市にくらいなもので。


「───あら」


 お弓が皿をさげ向かった客席には、中途半端に残った食べかけの九龍ピザと、客人がそこにいた。


「……成程こうなりますか」


 お弓は特にそれを気にすることなく、懐からメモ帳を取り出して何かを書き始める。ある程度それを書き上げると、客人を無視して、食べかけの九龍ピザが乗った皿を取り上げる。すでにそれは冷めきってしまっていて、例え食べかけの部分を除いて食べたとしても、美味しくはないだろう。お弓はため息を着く。


「食べ物は粗末にしちゃいけないのに」


 そう呟いてお弓は冷めた九龍ピザを温め直し、ラリった他の客人の口の中に、





「はい、大衆食堂紅竜房です」


 紅竜房は今日も賑やかだ。やってきた客は相も変わらず。そんな中、紅竜房に1本の電話が入る。お弓はその電話を取り、いつもの言葉を口にする。


『お弓ー、デリバリー』

「あらからくり。今日は早いのね?」

『思った以上に腹減っちまってさあ。いつものよろしく』


 相手は同じ四皇よんこうの、雑貨屋店主からくりであった。いつも決まった時間にこうやって電話を寄越してきて、デリバリーをお弓に頼む。もちろん、求めているものはひとつしかない。



「───はぁい、。確かに」



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