9龍/四廃者達
サニ。
九龍編
第1話:ヨロヅノカラクリヤ
ここは
『人権と尊厳以外なんでもある街』、と。
【第1話:ヨロヅノカラクリヤ】
九龍市には4人の権力者がいる。市管理局の局長、大衆食堂の女将、雑貨屋の店主、そして賭場の支配人。この4人はいつからか九龍市のほぼ全てを牛耳るようになり、いつしか絶大な力を持つようになったのである。全てにおいて尋常ではないほどの『何か』を手にした彼らを、人々は恐れの意をも込めて『四皇』と呼ぶようになっていった。
さて、そんな九龍市の郊外にぽつんとある古びた店の話をしよう。ここは四皇のうちの1人、『雑貨屋の店主』が取り仕切る『ヨロヅノカラクリヤ』という店である。この雑貨屋は九龍市が『人権と尊厳以外なんでもある街』というように呼ばれている最も大きな要因であり、全てを『終わらせた』元凶である。ヨロヅノカラクリヤこそ無ければ、九龍市は今よりずっとまともな都市として発展を遂げていたことであろう。しかしそれはたらればの話。現在の九龍市の惨状を見れば、そんなことは夢物語で終わる。
ヨロヅノカラクリヤは代々『なんでも取りそろえている雑貨屋』であり、取り扱うものも本当に至って健全なものだけであった。しかし何がきっかけになったのかは今でも不明だが、突如としてそれまでなかった『薬物』や『カラフルなお菓子』まで取り入れるようになり、あまつさえそれらを広めてしまったものだから、まるで肥溜めのような治安を作り上げてしまった。その時広めた当の店員が、今のカラクリヤの店主であり、四皇の1人なのである。名を『
機は果たして何者なのであるかは分からない。しかし『おおよそ人ではない』、ということだけは確かである。そして性別すらも分からないときた。店主のことを探ろうとすれば、その瞬間にはミンチにされて店先に並べられていることであろう。ミンチとして形が残っている分、まだマシではあるのかもしれないが。
カラクリヤの開店時間はまちまちだ。それこそ店主である機の気分が乗った時にだけ開店する。それが一日ずっと続くのか、それとも途中でやる気が失せて突然終わるのか。すべて店主の気分次第である。終日やる気すらわかず、本来一応定められている店休日では無いのに、休む日もしばしば。もはや店休日を決めている意味をなさない。そんなものはただの飾りだと言わんばかりに、我が道を行く。代わりに興が乗って開店している日もあるが、大抵店に出しているのは決まって『庶民には手が出せないシロモノ』ばかり。それでも売上を出しているのは、例の『お菓子』のおかげであろう。
「
あからさまに舐め腐った態度で客を迎え入れれば、もう既に『まともじゃない』取引は始まっているのだ。
◇
いつものようにカラクリヤは開かれる。金を用意し、品物を陳列し、外の看板を光らせればそれは営業中の合図。今日も今日とてカラクリヤに客は入る。さて今日はどんな客が来るのか。
───カラン、と扉が開く音がした。
「
気だるげな声で店主は出迎える。出迎えられた客はどこか思い詰めたような顔で、カラクリヤに並べられている品物を眺める。それを店主──
「何さお客さん、探し物?」
「……ええ、探してるんですよ」
客は話しかけられたあと、少しの間を置いてそう答えた。それ以降口を閉ざし、店主などには目もくれず品物を漁り出す。あれでもない、これでもない。妙な唸り声を出しながら陳列棚をまるでひっくり返すように崩していく。そんな調子の客に
「……これは」
「テメエの探しモンはこれだろ?さっさと金払って帰れ。失せ物探しで長居すんじゃねーよ」
「────あ、ありがとうございます」
「んな言葉ぽっちで腹が脹れるかっての。ホレ、代金コレな」
「こ、こんなにするんですか……?」
「あ?適正価格だ。さっさと払え」
「これのどこが適正価格だと言うんですか!」
「テメエそれマジで言ってんのか?」
喚く客に対し、
「───あのな、ウチは適正価格として出してンだワ。高いか安いかを決めんのは客自身だ。結局金を出すのは客なんだからな」
分かったらさっさと代金を置いていけ。言外にそう含ませると、手にしていた煙管をカンカンと鳴らした。
「テメエの失せ物だが───そいつァもう九龍市じゃお目にかかれねぇ代物だ。仕入れんのにも苦労したんだぜ?それをテメエ『こんなにするんですか』ってなぁ、脳みそ腐ってんのか?」
バーカ、と店主は最後に付け足す。
客の失せ物、それは『腕時計』である。そもそも九龍市では時計という概念が消えて久しい。時計なぞなくとも、この街はとてもとても薄暗く、昼間であろうとも日が街に当てられることは無い。ならば時計などあったとしても意味が無い。いつだってこの街は『秩序』があった試しがない。昼間というのは一般的には秩序と正義が行き届いた時間帯であろう。そんなものは家畜にでも食わせとけ、というのが九龍市だ。
故に『時計』という概念が消えた。それに伴い、『腕時計』という存在も消えた。その結論に至ったのがおおよそ何十年という単位レベルの前。今この時、『それら』を目にしたり、ましてや手にするなどというのは、この街で『人権』と『尊厳』を金で買うレベルで難易度が高い事なのである。
「アタシはその失せ物にあるエピソードなんてェモンは知る気もねえ。くっだらねえことに時間なんて取られたくねえからな。だが、『大元の価値』っつぅもんは理解ってンのよ。『だから』、それがウチの適正価格だ」
「……」
「で?払うンか?それとも───」
「────テメエの『体』売っぱらって足しにでもするか?」
◇
数日後、ヨロヅノカラクリヤは『何事もなかったかのように』、店を開いていた。扉の前に「暫く休み
「
今日も今日とて扉が開く。どういう訳か店主はかなり機嫌が良いらしい。何かあったのかと、命知らずな何も知らない客は店主に問うた。しかし店主はニコニコと笑顔を崩さずこう答えた。
「───いい『
ヨロヅノカラクリヤ、本日も開店と相成ります。
終
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