医学部不正入試に思う



 この記事を書いている5月19日、順天堂大の医学部不正入試問題に関する訴訟の判決が出た。原告は、順天堂大による不正な点数調整で入学試験に不合格となった13人の女性。東京地裁は順天堂大に合計805万円の支払いを命じた。

 原告のひとりは「男尊女卑があるなら受験しようとは思わなかった」と取材で語っている。通った予備校の学費、交通費、受験料。多額の費用が発生したに違いなく、また性別をもとに差別された事実が及ぼした心理的影響はいかばかりか、察するにあまりある。それらを踏まえての賠償費用とすれば、額が少なすぎるように思う。

 私見を述べれば、大学側を擁護する点はない。すべての対応が悪手に回り、言い訳も稚拙だった。女性であるから原告側の気持ちに肩入れしていると断りを入れるつもりはない。男性だったとしても同じ思いを抱いた。

 

 憤りを感じるのは水面下で平然と差別が行われていたことだ。さも平等に採点しますといったふうに見せかけておきながら、現実は女性を差別していた。それが気に入らない。バレなければよかろうという魂胆が透けている。

 差別を正当化したいならきちんと公表すればいい。「男性を優先するので女性の倍率はこれくらい高いです」と受験前にアナウンスをしていれば、受験者の取る手段は変わった。受験を避けた人もいただろう。

 それをせずにいたならば、最初から落とすつもりの層から受験料をせしめたと捉えられても仕方がない。差別が悪いことだと理解したうえで隠ぺいした体制に強い不信感を抱く。


 大学側を擁護する意見でよく見かけるのは「医師の労働環境の過酷さ」だ。休みが少なく労働時間が長い医師に向いているのは体力のある男性であり、男性を有利に扱うのは仕方がないという意見だ。が、私はまったく賛同できない。

 医師の労働環境が過酷であるだとか、女性は妊娠や出産があるからという主張も根本的な考えが抜けている。

 まず「今の医師界が」過酷ではあるのは「医師を志す」受験生には関係ない。過酷である状況を改善することが先であり、過酷な業界に耐えうる人のみを選別するのはおかしい。

 過酷だから男性を有利にするのは「今後もこの状況を改善するつもりはないから耐えられる人材が欲しい」と、将来への努力を放棄しているように取れる。

 女性の妊娠・出産も同義で、妊娠・出産で職場を離れるから男性を有利にするのではなく、妊娠・出産をしても問題なく引継ぎができ、問題なく復職できる環境を作るべきではないのか。ましてや、すべての女性受験者が妊娠・出産をするとは限らない。その視座が欠け、女性=妊娠する と捉えているバイアスも浮き彫りになっている。


 このような偏向は、かえって優位に立たされる側の負担を増やすだけだと感じる。

 キャロライン・クリアド=ペレス著『存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』(河出書房新社)では、まさにこういった例をデータを用いて解説している。

 世の中の様々な「標準」は男性基準で決められている。社会の仕組みのみならず、家電、税金、機械、災害現場といった様々な場でだ。本作はそれらが内包する別の問題をも指摘する。

 私が驚いたのは、自動車の設計に女性の身体構造はいっさい考慮されていないという話だ。男性の体格・手足の長さで自動車の構造は決められており、性能テストでもマネキンはほとんどが男性の体格をしている。女性のマネキンはせいぜいが助手席に座らされているだけだというのだから驚きだ。

 もし女性の身体に合う車が存在したのなら、交通事故やそれによる死亡者はどれだけ減るだろうかと筆者は述べている。

 このほかにも様々な用例が挙げられているので、ジェンダー問題や男女間格差等に興味がある方はぜひ読んでいただければと思う。


 今の日本の働き方も男性中心の考え方だ。健康な男性を使いつぶすかのような社会モデルが当然とされている。(そもそも週5で8時間労働の時点で嫌だ、週3で3時間労働がいいという私見はこの際置いておく)

 そのしわ寄せを受けているのもまた男性が多数だ。しかし一向にその現状は変わらない。男女間の格差を是正したい女性の声を封じようとする人も中にはいる。


 男性ばかり危険な仕事をしていると思うのなら、その基準を変えればいい。女性は重いものを持てるのかと凄むのなら、女性でも持てる重さに規定を変えればいい。男は金を稼がねばと思うなら、男女同一賃金を実現すればいい。

 それが、ゆくゆくは男性が今抱えている負担を軽くするのではないか。この現状は男女間の格差をそのままにしているがゆえに生じているものとは違うのか。男女を差別するから男性が苦しい思いをしているのではないか。

 この事象――差別をするゆえに優遇されている側が不利益を被っている事実、とでもいいかえればいいだろうか――は、「差別コスト」と呼ばれるものだ。これについては、TED talkでソン・アラム氏が言及していたので、こちらも気になる方は調べてみてほしい。


 賃金を男女間で揃えるのも就労の基準を見直すのもできないことではない。それをせず、すでに存在する不均衡に頭を働かせずして不利益を受けている側が是正を望むのを糾弾するのはおかしいと思う。

 

 不正入試問題は入試のみの問題ではない。ジェンダーや日本の労働基準の問題でもある。旧来の規範に疑問を持ち脱却せねば、今後も同じような思いをし、将来を踏みつけにされ、払わなくてもよかったお金を払う人が出てしまう。

 しかしながら、これをきっかけに社会がよくなったとしても、不正受験で不合格にされた女性たちが費やした時間が戻ってこないのもまた事実だ。

 今回の問題がいかに影響を及ぼすものか、多くの人が考えてほしいと願ってやまない。












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