第7話 闘い

大会当日。

それほど大きい大会では無い。


しかし、ココで優秀な成績を収めた選手は、オリンピックでも活躍、金メダルを獲る、という縁起の良い大会だ。

その為わざわざこの大会の為にだけ、出場する選手もいる。

その為とてもレベルが高かった。


それなのにオレは今、とても落ち着いている。





「もう会えない」

そうあかねが言ったあの日。

オレはあかねと師匠に会いに戻った。


あかねの父親が転勤で関西に行く事が決まり、あかねも急ぎで関西の高校に推薦変更する事になった。その為時間はあまり残されていない。


師匠は、オレ達の話を黙って聞いて、


「……分かった。なら、ご両親をここに連れて来なさい。お話をさせていただこう」


そう言ってもらえた。


後日。

両親たちと共に、道場を訪ねた。

師匠は、淡々と語り聞かせるように、これまでの事を話してくれた。


オレがあかねと同じ学校に行く為に、道場に通っている事。

塾にも通い、努力している事。

また、師匠の元教え子達から有望な子がいれば、自分の所に迎え入れたい、そう言われており、関西でも結構な学校に顔がきくから、あかねの行く所でもなんとかなる、等々。


そこまで話して、オレの両親よりも、あかねの親御さん、特に母親の方は、びっくりして声も出せなくなっていた。

そもそもオレと付き合っている事を、薄々とは感じていたが、まさかそこまで、という思いだったのだろう。


その間あかねの父親は、一言も声を発していなかったが、キリッと目を鋭くして、


「お話はわかました」

静かに話すあかねの父親。オレに向き直り、


「一郎君。キミがそこまで娘の事を想ってくれている事には、驚きと感謝の念にたえない」


少しホッとする。が、


「しかし、一つだけ聞きたい。

キミはそれでいいのかね?キミはまだ若い。選択肢も多い。これから色々な人との出会いもあるはずだ。

なのにキミはもう将来、あかねと一緒になりたい、そう言っているように聞こえるのだが?」


「はい。オ…僕は、あかねさんと将来を共にしたいです」


そこまで言った途端、2人の母親は卒倒しそうになった。(オレの父親は凍りついていたし、あかねは顔が真っ赤になっていた)


だけど本心だった。オレは言葉を続けた。


「あかねさんは将来、検査技師になりたい。そう聞いています。

自分の将来像を彼女はちゃんと持っています。そして、僕も持っています。

それは…オリンピックに出て、金メダルを獲る事です!」


そこまで話したオレ。師匠以外の全員が驚いていた。


誰にも話したことが無かった。

あかねにも、だ。こんな事を考えたのはここ最近だった。


あかねの父親は微笑んで、


「……わかりました。では私達も娘の為に協力いたしましょう」

と言ってくれた。(母親達はまだ何か言いたそうだった)



親公認となったオレ達。

その後は家族と師匠の間で情報交換が繰返し行われ、なんとか進学先は決まった。

あかねは問題無し。

オレは例の条件クリアだけだった。


その為、オレはこれまで以上に日々努力を重ねていった。




控室で着替え、一人集中するオレ。

今日ですべてが決まる。

なのに心は静かだ。

やがて選手集合、入場となった。



一方……



観客席にあかね達がいる。


あかねは自分の身体を抱く様にして震えていた。

そんなあかねの肩を抱きしめて大城が、


「あーちゃん、坂井なら大丈夫だよ〜」


「でも…こ、こわい。もしもって考えたら…」


反対側から伊東が、

「あーちゃん。アイツなら大丈夫だよ。ここんとこ道場では負けなしだったんだから。おじいちゃんも飯田さんも、大丈夫だって言ってた。それに…」


伊東は2人まとめて抱きしめて、


「あーちゃんが信じてあげなかったら、誰がアイツの事、信じてあげられるの?ほら見て、入場だよ!」


あかねは、すぐに一郎の姿を見つけた。


「イッチーーーー!!」


一郎は、右手を肘のところで曲げ、拳をつくっていた。


「き、聞こえてる!イッチーに聞こえてる!」


「ほら、あんた達も、声出して!」


西やんもひー君も、


「「「「「イッチーーー!」」」」」



……聞こえた。あかねの声が。みんなの声が。


オレは一人じゃない。

みんなが見てくれている。

あかねが、あんなに大きい声でオレを呼んでいる。


開会式が終わり、各予選場に散る。オレは第一試合だ。

会場、審判団に礼。お互いに礼。


「始め!」


その瞬間、


  「すべての音」が消えた。

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