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 辺りはすっかり暗くなり、月明かりが道を照らす。別れ際、前田君が「名前で呼び合おう」と提案した。

「そうだね、ゆうき」

 私は頷いた。

「これからもよろしく、美央(みお)」

 前田君は笑顔のまま背を向けた。私はその背中が見えなくなるまで手を振り続けた。

 美央。

 前田君が好きのは姉だった。私ではなく姉だった。聞き間違いかと思ったが、あの鮮明な声を疑うことはやっぱりできなかった。

 私の目には涙。ひとつまたひとつと涙があふれる。止めようとしても止まらない。心が苦しい。とてもとても……。

 前田君に見えていたのは姉の姿。その目に私は映ることができなかった。

 でも。

 でも楽しかった。一日だけだけど楽しかった。大好きな前田君と一緒の時間を過ごせて楽しかった。

 楽しかった……。なのに……。なのに……。涙が止まらない。

 姉の待つ家に帰らなければならない。嫌だった。姉が悪いわけでもない。前田君が悪いわけでもない。多分、私も……。誰も悪くない。

 私の足は自宅の玄関前で動かなくなってしまった。

「み、美花、おかえり」

 その時姉がちょうど玄関を開けた。

「お姉ちゃんのバカっ!」

 涙を隠すため私は姉を振り払い、ひとり部屋へと向かう。




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