04
「……誰?」
「誰ってVDのマネージャーですけど」少女が答えた。
見えすいたのウソを……と思ったが、そういえば動画にたまに映り込むライトブラウンの髪には覚えがある。いろいろ突っ込みたい部分はあった。でも今は――
「けーちゃん。聞いてほしいことがある」
「仕事はどうしたの?」
「二人で話したい」
手を取った。だがマネージャーという少女が未加の手を振りほどいた。
「ウチら仕事中なんで」
「仕事?」
テーブルには食べかけのピザ。投げだされたスマホの画面にやりかけのゲームアプリが見えた。
「三分でいい。お願い」
「仕事って言ってんじゃん」
「大事なことなの。けーちゃんにとっても」
「あのさぁオバサン」
体温がすっと下がった。
少女を見下ろす。
悪びれもせず頬杖をついて、初対面の大人に対する態度と思えなかった。次第に顔じゅうがマグマような熱で満たされた。
「いい加減気づけば? 自分が特別とか思ってんの? K1のストーカーかよ」
「特別だよ。なにも知らないでしょうけど」
「名前は未加。三十路の人妻。外食企業勤務。VD初期からのファン。これまでに匿名で6120万円の献金。派手な成金」薄く笑って手をひらひら振った。「ぜーんぶ知ってますけど?」
「なんで……」
未加がK1に目を向けると、彼はふいっと下を向いた。
「けーちゃん!」
「大声で名前呼ばないでもらえます? 周りに勘違いされたら困るんで」
「私は彼の……っ」
「恋人?」
「……そうよ」
「残念。それ私」
「は?」
「K1の恋人は私だって言ってんの。もう1年かなあ」
「なに、言ってるの?」
「彼19歳だよ? あんたみたいなオバサン本気なわけないじゃん。冷静に考えろよ」
嫌な汗が背中を伝った。
恋人?
ナイショの……彼女?
「けーちゃん?」
そんなわけない。
「ねえ」
彼の肩をガシッと掴んだ。
「ねえッ!」
「みーちゃん」
「なに」
「ゴメン」
「ゴメンって……なに」
「黙ってて、ゴメン。言いだせなかった」
「なんで……なんでよ? 私は? 嫌いになった?」
「そんなことない」
「じゃあ」
「みーちゃんが好きだよ」
「じゃあ私たち」
「でもこいつのこと、もっと好きになっちゃったんだ」
「……なにそれ」
「だから、ゴメン」
「バカにしないで! じゃあ昨夜のはいったい――」
あの約束はなんだったんだ?
味方だと言ってくれた、あの言葉は。
「もうK1につきまとわないで。マネージャーとして言っとく。警察呼ばれたくないよね?」
「彼は私が好きなの!」
「だから年齢考えろよ」
「会社じゃみんな"見た目よりずっと若いね"って言う! あんたみたいなガキには到底払えない額を美容に費やしてる! 私は頑張ってるッ! けーちゃんだっていつも!」
「いい歳してそんな脚どばーっと出して。恥ずかしくない? それで会社とか行くわけ? 本気で?」
「ガキにはわかんない! このパンツ20万だから。そこらの安物ブランドじゃない。あんたなんか門前払いされるようなお店だよ。わかりっこない!」
「つまり自分に自信がないんだ?」
「はぁ?」
「化粧とか美容とかハイブランドで身を守ってないと、私とケンカもできないってことでしょ。金チラつかせて若者のカリスマを誘惑して、それで満足?」
全身が怒りでわなないた。だが反論するたび、自分が羽虫より粗末な存在に落ちていくように思えた。
K1が「もうやめとけ」と少女のおでこをコツンと叩いた。
その「もうやめとけ」が、未加の心を粉々に砕いた。
わかってしまった。
どうあがいても勝ち目がないことが。
「みーちゃん」
「ねえ……私、嫌になった?」
「違うよ。ただ、こいつのこと好きになっちゃったんだ」
「酷い……許されると思ってる?」
「ゴメン。本当にゴメン」
「
――瞬間、未加のなかで大切なものが音を立てて壊れた。
怒りが一気に冷めていき、次第に暗い感情が頭を支配した。汗が止まらない。まばたきを忘れた。息ができない。
「……みーちゃん?」
K1の言葉すら遠い。
――今、
視界が歪む。立っていられない。
――今、私、なんて言った?
二度と見たくない母の顔が浮かんだ。
『夫を裏切るなんて絶対に許されないわ! 神様が見てるの。別の男性とつきあうなんて……地獄に堕ちるの!』
よくよく見れば、母と思っていたその顔は未加自身の顔だった。
この世でいちばん嫌いな女の、顔だった。
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