第5話

「「がんばれー!」」


体育館に無数の声援と、ボールを地面にバウンドさせる音が響いている。


今日の体育は、他のクラスの三組合同で行われており、クラス対抗でバスケの試合をしていた。


俺の方にボールが回ってくると、後ろから小波の声が聞こえてくる。


「アヤ君、がんばってくださーい!」


小波は精一杯の声を振り絞って、声援を送った。

その応援で俺の心に火が付き、小波の気持ちに応えようと攻撃に仕掛ける。

フェイントをして相手を交わし、一気に距離を詰めると、地面を蹴りあげてダンクシュートを決めた。


すると、たちまち体育館はクラスメイト達の嬉々とした歓声で包まれる。


楓もまた喜びのあまり両手でガッツポーズを取り、天真爛漫な笑顔を見せる。


「やったっ! やりましたよ!」

「少し落ち着け」


そう智仍は、楓の肩に手を乗せて落ち着かせようと試みる。


「それにしても、アヤ君があんなにバスケが上手だなんて知りませんでした!」

「そりゃあ、元エースだったからな」


叶香は意味深に言った。


「元、ですか?」

「ああ、章人がバスケを辞めたのも丁度、去年の今頃……。って、こんな話したってつまんないよな。やめだ、やめ」


そう叶香はどことなく憂鬱そうな顔をすると、強引に話をするのを止めた。

丁度、気になるところでお預けにされてしまい、楓はもどかしい気持ちでモヤモヤする。


楓が我慢できずに続きを聞こうとしたとき、シュートが決まった合図である笛がなる。

すると、楓の横で智仍が呟く。


「おっ、また章人がシュートを決めたぞ」

「よしっ! その調子だぞー!」


叶香は手を口に当てて、章人達にエールを送った。

試合は白熱し、叶香と智仍は完全に夢中になっている。

そのため、とても聞き出せるような気持ちにはなれず、楓は諦めて章人の応援に戻る。





無事、試合に勝利した俺の元へ真っ先に楓がやって来る。


「お疲れさまでした、アヤ君」

「よくやったな」


智仍はグッジョブと親指を立てる。


「いいプレイだったぞ、章人!」


そう叶香はニンマリと笑みを浮かべ、タッチを求めてきたので、俺はそれに応じて手を合わせた。


すると、小波はあからさまにムムムと、ヤキモチを焼いていた。


「俺は?」


空気となりかけていた正司は、自らを指差して問い掛けた。


「お前は何にもしてなかっただろ」

「そうだぞ。あろうことか、試合中もずっと女子ばかりに気を取られていて、ちっとも参加してなかったじゃないか」


そう、叶香と智仍に容赦なく言われてしまい、正司は苦い笑みを浮かべて頭を撫で下ろす。


「これまた辛辣だなぁ~」


楓もフォローのしようがなく、「あはは……」と苦笑いをするのだった。


そんな章人達の向こう側から、女子の黄色い声が聞こえてくる。

ふと、楓が目をやるとそこには、肩ほどまでの藍色をした髪を縛り、高身長でかつクール系の雰囲気を漂わせた女子、八木玲佳やつき れいかの姿があった。


「玲佳さんっ、頑張ってください!」

「私、応援してますから!」


ファンの女子達の熱い声援に、玲佳は穏やかな顔をして丁寧に答える。


「うん、ありがとう。頑張るよ」


玲佳の爽やかな笑顔に、ファンの女子達はハートを射ぬかれ、思わず頬を染めた。


楓が玲佳を見ていると、気に掛けた叶香が声を掛ける。


「どうしたの、楓?」

「あの方は?」

「そっか、楓は知らないんだっけ。女バス《うち》のエースだよ」


叶香は試合に備えて、軽くストレッチをしながら答えた。

続けて、智仍がうる覚えな感じで言う。


「確か、アイドルだったんじゃなかったか?」

「えっ! そうなんですか!?」


楓が驚くと、正司は肩をすくめて言う。


「逆に知らなかったのが驚きだね。何せ、学校随一の有名人なんだからさ」


事実、玲佳はアイドルグループ『ポラリス』のメンバーであり、それは学校では周知の事となっている。

だが、アイドルの時とは違い、学校では髪を縛っているため、玲佳だと気付かないことも珍しくない。


そんな中、玲佳はこちらへ向かって歩み始めた。

途中、章人の方にチラッと目線を送り、やがて楓の前で立ち止まる。


「あなたが小波楓さん?」

「はい、そうですが」


突然の事にやや困惑気味になる楓。

先程までの雰囲気とはうって変わり、玲佳からは冷たさを感じる。


「単刀直入に言う。この試合で私が勝ったら、あなたには章人と別れてもらいたい」


唐突な申し出に楓は動揺して、返す言葉が浮かばない。

そもそも何故、付き合っているのがバレているのかも分からず、更に混乱する。


叶香もまた、玲佳の言葉に顔をひきつらせている。


「マジかよ……!」

「えっ、二人ってそういう関係だったのか?」


それを鵜呑みにして驚愕する智仍。

正司はやれやれといった様子でニヤケ面を浮かべると、章人の肩に手をポンっと置く。


「章人、遂にお前も修羅場を体験する日が来たんだな」

「やかましい」


そう章人はツッコミをいれた。

章人には玲佳がこのような事をする理由に心当たりがなく、強いて言うなら中学の後輩位だという事くらいだ。


楓はからかわれているのではと、少しばかり苛立ちを見せる。


「な、ななな……急に何を言ってるんですか!」

「私は本気。負けるつもりはないから」


そんな玲佳の堂々たる宣戦布告に、楓の火がつく。


「……望むところです、私だって絶対に負けませんから!」


そう、楓は目を光らせ意を決したような面持ちで言い返したのだった。

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一生のお願いです、私をお嫁さんにしてください!と転校生の美少女に求婚はされたんだが 一本橋 @ipponmatu

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