第2話 カップル成立

突然の告白に俺は驚きを隠しきれず、口が開いてしまう。


小波はじっとこちらを見つめて答えを待っていたが、気が動転しており思考が回らず、返す言葉を出せない。


「すみません。やっぱり、いきなりこんな事言われても困っちゃいますよね」


小波は俺を気遣ってか、苦笑いをして誤魔化したが、どことなく寂しそうな表情が見て取れる。


一見、羨ましい話に聞こえるかもしれないが、そう簡単にはいかない。

何故なら、普通の交際であるならば俺も告白を受け入れていたかもしれない。

だが、小波の望みは俺の嫁になること。すなわち結婚をすることなのだ。


そんな大事なものを、俺がその場その時の気まぐれといった、軽い気持ちで承諾するのは小波に対して失礼だ。

こういうのは、ちゃんと小波の事を知り、好きになってから決めたいのだ。


よって、今の俺には小波の望みを受け入れるつもりはない。

かといって、小波は勇気を振り絞って俺に告白をしてくれたのだと勝手ながら思っている。

なのに、ストレートに無理と断るのは残酷なのではないか。


その分、誰にも満たすことができない程の高いハードルの条件を提示し、小波に諦めてもらう方が少しは気が楽なのではないだろうかと考える。

そこで、俺はさっそく実行に移す。


「なら、条件がある。毎日欠かさず、俺に弁当を作る。週に三回は膝枕。他の男とは必要な時以外は話さない」


これが俺にとって考えられるハードルの高い条件だ。

これをすんなりOKされてしまって、俺にはどうしようも……。


「はい、構いませんよ」


小波は余裕な面持ちで、笑って答えた。


なに!?

宛が外れ、俺は困惑する。


このままでは押しきられてしまうと、俺は苦し紛れに無理難題を押し付ける。


「そ、それと、将来的な事を考えて、貯金は三十万はあった方がいいな」

「これでどうですか?」


小波は鞄から口座通帳を取り出すと、何の躊躇もなく俺に見せてくる。


俺は記されている残高に自然と視線がいき、数を数える。

いちじゅうひゃくせん……。五百万!?


無茶難題のつもりだった三十万は、十倍どころか、それ以上の額で余裕に越えていた。

あまりにも予想外すぎる桁に、言葉が出ない。


もはや、小波が何を言おうがもう驚くことはないだろう。


そもそもな話、なぜ小波はそこまでして俺の嫁になりたいのかが分からない。

心当たりも全くなく、思い当たる節がない。


「なあ、どうして俺なんだ? 顔を合わせたのだって、今日が初めてのはずだろ」

「それはどうですかね。じゃあ、これならどうですか?」


小波は鞄から箱のケースを取り出すと、そこからメガネを手に取り顔を掛ける。


そこで、俺はハッと小波の正体に気が付く。

小波はトンっと音を立てて一歩迫る。


「アヤ君」

「お前……、まさかあの楓か!?」


小波の正体は、数年前に引っ越したはずの幼馴染みだった。

メガネを掛けていなかったとはいえ、ここまで気が付かなかった自分が情けない。


楓は章人が自分を覚えていた事が嬉しく、両手を前に出してテンションが上がる。


「そうです。あの楓です!」

「けど、名字は守野もりのじゃなかったか?」

「それなら、母方の名字に変わったからです」


名字が違うことに納得し、俺は久々にあった幼馴染みである小波の顔を眺める。


「そうだったのか……。にしても、見ない内にすっかり変わったな」

「はい」


小波はそう返事を返すと、意味ありげにこちらをじぃ~っと見てくる。


「何だ?」

「もっとこう、他に言うことがあるんじゃないんですか?」


そう言われても反応に困る。

強いて言うならと俺は髪について触れる。


「……髪が伸びたことか?」


小波はハァっとため息を溢すと、呆れた様子で俺を見る。


「……アヤ君は相変わらず鈍感なままなんですね。そんなんじゃ、女の子からモテないですよ」


小波の言葉に少しは苛立つ。


「悪かったな。……で、なんでまた急に嫁にしてくれだなんて言ったんだ?」

「約束です」

「約束?」


思わず疑問系になってしまう。

いくら過去を思い返しても、そういった約束を交わしたことなんて記憶にない。


「忘れたなんて言わせませんよ。それで、答えはどうなんですか?」


小波は畳み掛けるように、俺に選択を迫る。


「そう言われてもな……。婚約となるとそう易々と決めるわけにはいけないと思うんだ。何というかこう、物事には順序があるだろ」

「それも一理ありますね。でしたら……確か、彼女が欲しいんでしたよね?」


先程の正司との会話を聞いていたのだろう。


「なら、こういうのはどうですか? お試しにアヤ君と私が付き合ってみるというのは。期限は一年、その間にアヤ君が私の事を好きになってくれれば、さっきの告白を受ける。中々いいとは思いませんか?」


小波の話は魅力的だった。

俺が小波を好きになれば、そのまま告白を受け入れ、そうでなければ話はなかったことになる。

よって、どちらに転んでも互いに納得のいく結果になるという事だ。


そして、なによりお試しとはいえ俺に彼女ができる事。

俺にとっては悪い話ではなく、むしろ都合の良い話なのだろう。


「まあ、それなら」

「では、これでカップル成立ですね。一応、言っておきますが他の女の子に浮気なんてしちゃダメですかよ」

「するかっての」


俺は即答した。

小波はクルッと、背を向けると振り向き際にこちらへ手を振る。


「では、話も終わりましたし、私はこれで」

「ああ、気を付けて帰れよ」

「はい」


小波は用事でもあるのか、足早に屋上を後にしたのだった。




楓は屋上の扉を閉めると同時に、寄り掛かって座り込んでしまう。

一気に、我慢していた感情が溢れ、楓は顔を真っ赤に染めて悶絶する。


「い、言っちゃった。お嫁さんにしてくださいって、私……っ!」


楓は両手を胸に当て、高鳴る鼓動を押さえようとするのだった。

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