第4話 非日常の始まり

「ふぅ・・・」


「お疲れ遠山。じゃあな」


「あ、お疲れ。またな~」


 再び事件の現場を見た日の夜、その日の実習はやはり予想通りの事が行われた。

 2回目、更に予想していたとあって多少は前よりましだったが、それでもやはりげんなりしたらしく、実習終わりの帰り際、俊はヘロヘロになっていた。

 だがしかし、今から買い物に出掛けないといけない事を思い出した俊は気合を入れ自転車を漕ぎ出した。


 ・

 ・

 ・


「おもっ・・・」


 無事に食材を買う事が出来た俊なのだが、多少買い過ぎたのか、自転車が若干ふらついていた。そんな状態であるからスピードを出す事等出来ず、俊はゆっくりと家路への道を進んでいた。


「はぁ・・・毎度のことながら買いだしは面倒だな。車を持っていればもっと便利なんだろうけど、正直今の状態だと未だ必要ないしな。・・・原付でも買うべきか?」


 俊は免許自体は持っているのだが、住んでいる場所はド田舎という訳でもないし、大学やバイト先も自転車で十分に間に合う距離なので車を持っていない。

 しかしこう毎度毎度疲れるならば原付くらい買おうかと考えながら帰る。


 正に何時もの日常だった。



 ・・・ここまでは。



「けどこれだけ買えば1週間は持つはずだよな。来週は亮子の所にも一杯顔見せたいし、買ってきたの調理してタッパーにでも詰めとこうかなぁ・・・『・・・ッチャッチャッチャッチャ・・・』ん?」


 日常にぼやき、先の予定を考えている・・・そんな最中の事だった。俊は昨日も聞いた様な音を再び聞いた気がした。

 俊は『まさか・・・』と思いつつ何処から聞こえて来たのかと耳を澄ます。

 すると、どうやら後方から聞こえて来た様な気がしたので、俊はチラリと後方を見てみた。


「んっ!?」


 自転車を運転中であるからジッとは見えなかったものの、ポツリポツリとある街灯の光の下に俊はその影を・・・見てしまった。


「うわっ!犬・・・か?」


 しかもチラリと見えた感じが大きかった事も合いまり、俊は冷や汗を流してしまう。


「やばいやばいやばい・・・!あんなんにでも飛びかかられたら自転車ごと倒される!」


 俊の中には嫌な想像が広がり、最終的には自分事ぺろりと食われる妄想までしてしまった。だが直ぐに『現実的にはそうはならないだろう』と思い直し現実へと意識を戻す。

 だが現実に戻り現実的に考えた事で新たに『自分は食われないが食材は食われる』と俊は思い至った。


「俺の食料を食われてたまるか!おりゃぁぁっ!頑張れ俺~!」


 それならば先日の様に振り切ってやろうと俊は決め、自転車のペダルを強く踏み込んだ。

 しかしだ、先日逃げ切れた時と状況が違い、今回は荷物を大量に持っているので速度が出ない。


 その為・・・


『・・・ッチャッチャッチャッチャ・・・ハッハッハッハ・・・』


 後方から聞こえて来る音は近づき、更に吐息までもが聞こえてくるほどになった。俊も十分それには気付いているのだが、焦ったところで自転車を漕ぐスピードが速くなる訳でもなかった。


「うぅぅ・・・ひっ!?」


 いくら漕いでも漕いでも離れる様子のない気配に、俊は再びチラリと様子を伺う。・・・伺ってしまった。


「でかっ!?・・・って犬・・・なのか?」


 俊の視界にしっかりと映ったそれは、『犬』というよりは『狼』に近いような野性味を帯びた風貌をしていた。


「・・・ハッハッハッハ・・・」


 ペットじみた丸みではなくシャープでしなやかそうなフォルムに、血や砂でも付いているのか薄汚れた体、それに何処か威圧感のある眼光と、どこをどう見ても飼われている犬ではなく野性の狼・・・そうでなくとも野犬であろう事がありありと解る風貌をしていた。


 そのあまりに突然に現れた非日常の生物を見て、俊はもしかしたらこれは夢ではないかと疑った。


 だがそれは・・・その非日常の生物自身によって否定された。


 その野犬は俊が恐れていた行動をとったのだ。


「・・・ハッハッハッハ・・・グルァッ!」


「うわぁっ!?」


『飛びかかられた』のである。

 そして勿論と言っていいのか、俊の危惧通り自転車は飛びかかられた事により倒されてしまい、俊は自転車から投げ出されてしまった。


「うごっ・・・っうぅ・・・」


 何とか地面に手を付き受け身はとったモノの、俊は地面に体を打ち付けてしまい激しい痛みを感じた。


 それにより、これが正に現実だという事を野犬に解らされた訳だが・・・今は『ありがとう』だの『この野郎』だのと、お礼や罵倒をしている余裕は俊にはなかった。


「つつ・・・ひっ!?」


「グルルルルッ・・・」


 野犬が俊に迫っていたのだ。


「く・・・来るなっ!ッシ!シッシッ!」


 俊は迫りくる野犬に対し、追い払うように手を振り言葉を発した。・・・だがそんなモノで怯むようならば最初から追ってこないだろう事は明白なのだが、今の俊にはそんな事を考えている余裕はなかった。


「グルルルッ・・・」


 当然の様に野犬は意に介した様子もなく、俊へとの足で近づいてくる。

 その様子を見て俊は尻もちをついたまま後ずさりするのだが、背中のリュックが邪魔をして上手く動く事が出来なかった。


「・・・っ!」


 そのお陰と言っていいのか、俊は自分が大量の食材を背負っている事を思い出した。

 俊は慌ててリュックを背中から前にやり中に手を突っ込む。そして偶々手に当たったそれを野犬の近くへと放り投げた。


「グルッ!?グルアッ!・・・ガゥ?」


 最初は物を投げられ攻撃されたと思ったのだろう、野犬は警戒し咆えた。それを見て俊も『失敗だったか!?』と慌てたのだが、野犬は直ぐに何かに気付き、投げられたへと視線を移した。


「あ・・・焼き鳥・・・」


 俊が投げたのは『惣菜もちょっと買っておくか』と偶々思い買った焼き鳥だった。しかもどうやらその焼き鳥、自転車から投げ出された時に少し封が空いたらしく、匂いが漏れていた。俊が見た限り、野犬はどうやらその匂いに気付いて視線を移したように思われた。


「グル・・・?ガウ・・・ガウ!」


 それを裏付ける様に、野犬は焼き鳥に気付いた後からは俊より焼き鳥に興味が映った様で、焼き鳥をガツガツと食べ始めた。

 俊はこれ幸いと、リュックの中から匂いが強く犬が好みそうなモノを選び野犬の方へと投げる。そしてその隙に倒れた自転車の傍へとそろりそろりと近寄った。


「多少傷はついてるが全然動くな。よし」


 自転車へと辿り着くと動くかを確認し、傍に落ちていた買い物袋の中身を適当に選び再び野犬の方へと投げておく。


「・・・ガウガウ・・・グルル」


 野犬は美味しい食べ物に夢中なのか、俊の方には見向きもしなくなっていた。だがそれは俊にとっては好都合なので、俊はそのまま注意を引かぬ様ゆっくりとその場を離れた。


 ・

 ・

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 その後、少し離れたところで俊は自転車へと乗り込みダッシュした。そしてそのままものすごい勢いで自転車を漕ぎ、近くにあった交番へと駆け込んだ。


「あのお巡りさん!」


「はい?どうされましたか?」


「あのっ!さっきそこでっ・・・・」


 俊は先程あった事を警官へと説明する。警官も最初は『はい、それで?』と余裕の表情だったが、何故か野犬に襲われたと聞くと焦ったような表情になり、何処かへと電話をかけ始めた。


「はい。ええ。・・・派出所です。はい、お願いします」


「・・・あの、お巡りさん?」


「ああ、悪いね。保健所へ電話したのさ」


「成程」


 それからも俊は『もう少し詳しく。他に覚えている事は?』等と質問をされ、それが終わると怪我の有無等も尋ねられた。それに俊は一応自転車が転倒した際の傷を報告すると、警官は念の為と病院に行く事を進めてくれた。

 俊としても大学でいろんなケースを聞いていたので、念の為と思いその警官の勧めに乗る事に決めた。


「救急車を呼ぶよ」


「あ、救急車を呼ぶほどではないと思います」


「そうか。なら病院まで送ろう。もしかしたら野犬もいるかもしれないしね」


「あ、はい・・・。ならお願いします。あ、でも俺自転車出来てるんですけど・・・・」


 病院も近く、頭を打ったとかでもないので救急車は呼ばなくても大丈夫だと申し出たのだが、野犬の事もあり警官は病院、それに病院後は自宅まで警官が送ってくれる事となった。その際自転車の事を聞いてみると、置いておいても良いとの事だったので明日の朝バスに乗って交番まで取りに来ることとなった。


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 その後、俊は大学横の病院へとパトカーに乗せられ訪れた。何故か警官立ち合いの元軽い検査が行われたが、結果は多少の擦り傷と打撲と診断された。

 その後は警官の宣言通り自宅まで送られた俊だが、気分は最悪だった。それは決して医者や警官に嫌な事を言われたとかではなく、唯々買いだした食材をほぼ失った事によるモノだった。

 だが愚痴ったところで食材が戻って来るわけでもないので、俊は文字通り『犬にでも噛まれたと思って忘れる』事にした。



 こうして非日常的だった俊の一日は終わった。



 しかし・・・この非日常だと思った一日は、後に日常的なモノへと変化する事となった。


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