地球(14) 星の守り人

「ショーエンさん、私の母星の言葉を解するのですね。とても嬉しく思います」


 リトルグレイのイグアスがデバイスの無声通話でそう言った。


 マジか。


 リトルグレイなんて、前世の地球人がイメージする「ザ、宇宙人」じゃねーか。


 まさか俺がリトルグレイと会話する日が来るとはな。


「イグアス、お前は火星に帰る為に、ここで地球人に宇宙船の開発をさせようとしているんだな?」


「はい、その通りです」


「で、地球人からは、その見返りとして何を要求されているんだ?」


 俺の問いにイグアスが俯き、


「インターネット通信技術と、反重力技術、そして電離層活用技術です」


 と答えた。


 俺は情報津波を使いながらイグアスの答えを聞いていたが、イグアスは嘘はついていない様だ。


 インターネット通信技術は確かにそうだ。


 事実、前世の地球でも、アメリカ軍が最初に技術を開発して、さらなる通信技術が出来たのをいい事に一般への普及をさせていた。


 恐らくは、前世の時もイグアスから得た技術知識によって出来上がったインフラだったのだろう。


 反重力技術は、やはりシエロ合金が作れずに研究は難航している様だ。


 イグアスが最も欲しているのがこの技術だろうに、哀れな事だ。


 そして、電離層活用技術か。


 これは前世の地球では都市伝説的な存在だった技術だが、アメリカ軍は既にこの技術を完成させているらしい。


 俺が前世で2020年位に読んだ都市伝説の本で、世界を牛耳る秘密結社がアメリカ軍を使って人工地震を起こした事があるとされていた。


 1994年のロサンゼルス大地震、1995年の阪神大震災、2011年の東日本大震災などがそうらしい。


 これらは全て、電離層活用技術によってアラスカにある施設から電磁波を発し、電離層に反射させて地球の裏側の海底に埋めた原爆を爆発させる事で地震を引き起こされたとされるものだ。


 3件の地震も、まさに「300人委員会がやりました」と言わんばかりに、その全ての地震が「11」という数字が並ぶ日に起きている。


 ロサンゼルス大地震は1994年1月17日。

 阪神大震災は翌年の1月17日。

 そして東日本大震災は2011年3月11日だ。


 まさかこれらが、イグアスが提供した技術によって引き起こされていたとはな。


 ・・・しかし、地球人とはどれほど愚かな生物なんだろうか。


 同類の命を虫けら程度に見ているのか。


 弱肉強食なのは世の常だが、少なくとも獣は「生きる為」に弱者を襲って食らう。


 しかし「300人委員会」がやっている事は「自分達だけが豊かな生活を営み、他の人類を奴隷化する為」に同類の弱者を襲っている訳だ。


 これを「弱肉強食」と呼ぶのは、少し違うんじゃないか?


 何より、自らを「特別な存在」だと思い込んでいる「300人委員会」にも怒りが湧く。


 俺達プレデス星人でさえ「人間工場」で作られた、ただの「優性遺伝子を持った人間」だというのに、たかが地球で生まれた人類程度が、「ルシファーを信仰している」程度の下らない理由で特別扱いなどされて良い訳が無い。


 なので、奴らのを潰さなければ、この世界のカオスは治まらないだろう。


 とはいえ、俺達は地球においては特別な存在かも知れないが、全知全能という訳じゃない。


 魔法の力で「300人委員会のみを綺麗サッパリ消し去る」なんて事は出来ないのだ。


 そうした権力や財力を持つ連中に中途半端なダメージを与えたところで、奴らがそれ以上の報復行為に及ぶのは目に見えている。


 そうされれば俺達だって無事ではいられないのは明らかだ。


 そうした連中を無力化する為には、「コイツには絶対に勝てる訳が無い」と思わせる程の「絶望」が必要なのだ。


 そして、その絶望というのが「信仰している神の敗北」と俺は考えている訳だ。


 だからこそ、俺達はここに来たんだからな。


 俺はイグアスを見つめ、更にデバイスで会話をする事にした。


「俺達は7年前に地球に来た。月に居るアルティミシアに小型宇宙船を貰ってな」


「何と、では、あなたがたの宇宙船は地球にあるのですか?」


「ああ、日本という国に隠してあるぜ。もっと言えば、小型宇宙船は俺達のもの以外にもいくつか地球にあるらしい。だから、お前がここにいつまでも居なくちゃならない理由なんて無いんだよ」


「そうでしたか・・・、この60年間、ずっとこの施設に幽閉されていて、デバイスが使える人類が他に居なかったので、外部の情報が得られずにいました。しかし、宇宙船が他にもあるのなら、私がここに居なくてはならない理由はありません」


「そうか、ならばお前を火星に帰してやる代わりに、お前も俺達に協力してくれるか?」


 俺がそう言うと、イグアスは大きく頷いて


「もちろんです」

 と短く答えた。


 俺はデバイス通話を終え、ブッシュを見た。


「ブッシュよ。今俺はこのリトルグレイと会話をしたんだがな」

 と言うと、ブッシュは驚いた様に


「宇宙人の言葉が分かるのですか?」

 と俺を見返した。


「ああ、分かるぞ。お前達が神という存在を何と勘違いしているかは知らんが、この地球においての神とは、お前達で言うところの『宇宙人』の事だからな」


「何と!?」

 とブッシュはそれこそ飛び上がらんばかりに驚いていた。


 全知全能の神だと思っていた存在が、実は宇宙人の事だったという事への驚きだろうか、それとも、人間が神によって創られたという信仰が覆ると思ったからだろうか。


「お前達地球人を創ったのは、我々の祖先だ。お前は白人の遺伝子を優性遺伝子だと思っているのかも知れないが、俺達はそんな優劣はつけていない。ただあるのは『特性』だ」


「特性ですか・・・」


「ああ、白人は知能を高く作り、黒人は身体能力を高く作り、そのバランスを取ったのが黄色人というだけの事だ。白人が優秀だなどと勘違いもはなはだしい。むしろそれは、そう考えなければ『自尊心』を担保出来ない白人の脆弱ぜいじゃくなエゴイズムでしかない」


「そうでしたか・・・、とはいえ、今我々から神という存在を取り上げてしまっては、世界の秩序が保たれなくなってしまいます。どうか、神の存在を消すような事は・・・」


 と言いかけたブッシュを俺は右手を上げて制止し、


「案ずるな。ルシファーは倒すが、俺達が新たな神になり代わってやる。俺達が統治する世界がどんなものか、お前はその目で見る事になるだろう」


 と言うと、ブッシュはその場に膝を着いて、

「・・・私は、新たな歴史が始まる瞬間に居合わせる事が出来るという事ですな?」

 と俺を見上げながらそう訊いた。


 俺は頷き、

「そうだ。だから、俺がルシファーを名乗るレプティリアンを倒した後は、アメリカは日本への経済制裁を解き、日本の鮫沢首相と和解を申し出ろ。更に、ソ連と中国との融和政策を取り、特に中国の覇権政策を許さない立場を明確にしろ」

 と政策について念を押し、「それがお前が生き残る唯一の道だ」

 と付け加えた。


 愚かにも人間とはその場しのぎの嘘をつく。


 自分の命が惜しいが故に、他人を殺しても良いのだという免罪符を得ようと嘘をつく。


 かつてヒトラーが言った。


「人は大きな嘘に騙されやすい。小さな嘘は自らもつくが、大きな嘘は怖くてつけないからだ」


 と・・・


 そうして「大きな嘘」で大衆を騙し続け、世界を支配しようとしてきたのが「300人委員会」だ。


 だから俺は、それを許した根源であるレプティリアンを許さない。


 レプト星人とプレデス星人の間で結ばれた太古の契約は、「月を介して火星に資源を送り続ける事」と、「地球をレプト星人が住みやすい星にする事」だ。


 レプト星人が住みやすい環境にする為には、地球の酸素濃度を高める必要がある。


 何故なら、レプト星人とは本来恐竜の様な爬虫類生物で、巨大な身体を持っているのが本来の姿だからだ。


 その為には地球をもっと緑豊かな星にして光合成を活性化する必要がある。


 しかし、その為には二酸化炭素を過剰に生む生物を減らさなければならない。


 つまりは人間の数を減らさなければならないという事だ。


 今、正に世界はそのように動いている。


 二酸化炭素を減らす為に人類の数を減らす政策だ。


 その為に食品添加物で人間を病気にし、癌で死にやすくしている。

 製薬会社は人間を不妊症にする成分を薬に混ぜている。

 農業を営む者達にも、不妊症を誘発する農薬を使わせている。

 更に、大地震の様な災害を起こして人間を減らし、戦争を起こして人間を殺す。


 これらが、さも「良策」であるかの様に考えている「300人委員会」と、それをバックアップしているレプティリアンの存在は、俺が求める「俺が生きたい世界」とは相容れない存在なのだ。


 だから俺は傲慢と言われようともレプティリアンを許さない。


 そうだ、これが俺の出した結論なんだ。


 これで世界を救える筈なんだ。


 人間は愚かだが、バカでは無い。


 人間同士で殺し合わなくても、他の生存戦略を考える事が出来る筈だ。


 俺はそんな人類の可能性に賭けたい。


 俺はイグアスの方を見て、


「イグアスよ、地球人を裏で操るレプト星人が居る事は知っているな?」

 と訊いた。


 イグアスは少し考えていたが、


「爬虫類の姿をした人間は見た事がありませんが、地球人が『ルシファー』と呼ぶ者なら、この施設の地下深くに居るのを感じた事があります」

 と答えた。


「つまり、直接見た事は無いが、デバイスで何かを察知した事があるという事だな?」

 と俺が訊くと、イグアスは黙って頷いた。


 それで充分だ。


 レプティリアンもデバイスは装備しているだろうが、イグアスのものよりもっと旧型なのだろう。


 でなければ、イグアスがレプティリアンの存在に気付いているのにレプティリアンがイグアスの存在に気付けない筈が無い。


 俺達のデバイスは最新型だ。


 シーナの通信中継器を俺達のデバイスの波長に合わせれば、俺達だけがレプティリアンの存在を特定する事だって出来る。


「シーナ、聞いての通りだ。レプティリアンの居場所を探知してくれ」


 俺が言うと、シーナは「了解なのです」と言いながらキャリーバッグから中継器を取り出し、波長を設定してから起動した。


 すると俺達のデバイスに、他のデバイス所持者の位置が示される。


 俺達9人とイグアスを示す印の他に、地下200メートル程の所に2つの印。


「レプティリアンは2人居る」


 俺がそう声に出して言うと、ブッシュは目を見張って


「ルシファーが二人も!?」

 と声を上げた。


「さあな。どちらにしても、地下200メートル程の場所に居るのは確かだ。地下に降りる方法だけ教えてくれ。あとは俺達だけでやる」


 俺はそう言ってみんなの顔を見た。


 ティア、シーナ、メルス、ライド、イクス、ミリカ、ガイア、テラ。


 みんなの表情は硬いが、この数年間で築いた絆は本物だ。


 テキル星からしか同行していないガイアとテラも、この数年で俺への信頼も厚くなったし、地球のカオス状態を知って「悪魔の手から取り戻したい」と考えている。


 大丈夫、俺達の心は一つになっている。


「よし、行くぞ」

 俺がそう言うと、士官兵が地下への入口へと案内してくれた。


 イグアスは俺達と同行するつもりの様で、最後尾でついて来ていた。


 リトルグレイは人間が住めなくなった火星の環境が生んだ知的生命体だ。


 月を経由して資源を受け取り、火星を人間が住める環境に改善する為に惑星開拓団が利用している作業員の様な存在だ。


 リトルグレイはプレデス星人に仕える事が使命であり、俺達に付いてくるのもその為だろう。


 地下への入口は、いくつかの厳重に閉じられた扉の奥にあった。


 その扉を開けると、そこは20メートル四方の大きな部屋だった。


 部屋の隅には5メートル四方の、大きなエレベーターが剥き出しになっていた。


「こちらのエレベーターで施設の地下に入れます。私も行った事が無いので、ご案内できるのはここまでです」

 と士官兵が言い、俺は片手を上げて

「ありがとう。ここまでで十分だ」

 と言ってから「あなたには妻や子供は居るのか?」

 と訊いた。


 士官兵は驚いた様に俺を見返し、

「はい、妻と、12歳になる娘が居ます」

 と答えた。


 俺は頷きながら、

「そうか、家族を大切にしなさい。娘が未来に生きる世界が幸福に満たされる様に祈りなさい。 俺達はこれから、その為に仕事をする。次のあなたの仕事は、大統領達を安全な場所で待機させておく事だ」


 俺がそう言うと、士官兵は「ぐっ」と声を出して涙を流した。

 そしてすぐに口元を引き締め、大統領にした様に、俺達にも直立姿勢で敬礼をした。


「ご武運を!」


 士官兵の敬礼に見送られ、俺達はエレベーターに乗り込んだのだった。


 ---------------


「どうやらエレベーターを降りたらすぐにレプティリアンと遭遇しそうだな」

 と俺はデバイスに表示されたレプティリアンと思しき印が近づいてくるのを確認していた。


「敵にこちらの存在を知られない様に、通信をジャミングしておくのです」

 とシーナがすぐに対応を始めた。


 シーナが作った通信妨害技術なら安心だ。


 俺達が迫っている事をレプティリアンに気取られる事は無いだろう。


 エレベーターはこの時代としては高速で下降しているのだろうが、俺達の気が焦っているのか、随分と長い時間に感じる。


 ゴウンゴウンと唸りを上げるエレベーターは、徐々にその速度を落としている様だった。


「間もなく到着するみたいだな」


 と俺がそう言い終わるか否かのタイミングで、エレベーターは最下層の空間に入り、ゆっくりと停止した。


 剥き出しのエレベーターに俺達10人が乗っているのを見る目があった。


 一つは身長5メートル位のドラゴンの目。


 もう一つは、見た目は俺達と何も変わらない、プレデス星人の様な年老いた男の目だった。


 俺はドラゴンとその男の目を見返した。


 距離は30メートル位。


 レールガンなら充分に狙撃できる距離だ。


「来たか、ショーエン・ヨシュア」

 と年老いた男が言った。


 何!? 何故俺の名前を知っている!?

 今初めて会う筈なのに!


 俺は驚いてその老人を見返した。


 そして、俺はその年老いたプレデス星人の姿を捉え、愕然とした。


 俺はこの男を見た事がある!

 そしてよく見れば、このドラゴンもだ!


 それは、俺が学園で夢に見たドラゴンとローブの男の姿だった。

 いや、夢で見たものよりも随分と年老いている。


 俺は情報津波を使い、老人とドラゴンへと意識を向けた。

 しかし、不思議な事に情報津波は発動しなかった。


 俺は老人とドラゴンから目を離さず、

「何故俺の名前を知っている?」

 と、右手にレールガンを握りしめながらそう訊いた。


 老人はドラゴンの前足に座り込む様にしながら俺を見て、大きく息を吐いた。


 そして、

「君がここに来る様に仕向けたのは私だからね」

 と言った。


 どういう事だ!?

 あいつが俺をここに呼び寄せたという事か?


「どういう意味だ?」


 俺は心臓の鼓動が早まるのを感じていた。


 これまではいつも情報の上で優位に立っていた俺が、この世界に来て初めてのだ。


 情報津波も使えない上に、奴らは俺の名前を知っている。


 そんな俺の焦燥しょうそうに気付いたのか、老人はゆっくりと頭を左右に振りながら、


「我々は君達に危害を加えるつもりは無い。落ち着きなさい、ショーエン。いや、『星の記憶を持つ者』と呼んだ方が良いかな?」


「!!!!!」


 今、あいつは俺の事を「星の記憶を持つ者」と言ったか?


 もしかして「あの本」の事を言っているのか!?


「星の記憶って・・・、どういう事?」

 とティアが心配そうに俺の傍に寄って訊いた。


「ああ・・・、俺にもよく解らないが、俺は相手の情報を読む能力がある。その特性をそう呼ぶんだと思うが・・・、奴らは俺よりも高度な能力がある様だ。気を付けろ、ティア」


 と俺は苦し紛れにそう言い、ティアを右手でかばう様にして一歩前へ進み出た。


 俺よりも高度な能力を有するって言葉にティアがピクリと身体を震わせて反応していたが、こればっかりはどうしようも無い。


「俺はあんた達を夢で見た覚えはあるが、まさかその夢もあんた達が俺に見せたなんて言うんじゃないだろうな?」


 俺は精一杯の虚勢を張ってそう訊いた。


 しかし、返って来た答えは、

「その通りだ。私が君を選んで、君に夢という形で見せた歴史の1ページだ」

 だった。更に老人は「何なら、夢の内容まで詳しく話した方が良いかな?」

 と続けた。


「そうか・・・」


 俺は咄嗟にはそれ以上言葉が浮かばなかったが、ふと思い当たる事があった。


 そうか・・・、そういう事か。


「なるほど。あんたも星の記憶とやらを持っているんだな?」

 と俺は訊いてみた。


 もうそれしか思い当たらない。


 プレデス星人と言えども普通の人間だ。


 超能力があるなんて事も無ければ魔法が使える訳でも無い。


 ならば、この不可解な状況を飲み込める理由は「あの本」しか無かった。


 あいつも、別の「あの本」を手に入れたんだ。


 そして、転生をして何かを成し遂げ、そしてここに居るのだろう。


 老人は小さく頷き、

「そうだ。私は今から2億年前の火星で生まれ育ち、そして火星に人間が住めなくなるその時まで火星で生きていた。そして、火星に隕石が衝突する直前に出会った1冊の「星の記憶」によって、私は150年前のプレデス星へと転生したのだ」

 と言って俺を見た。


「150年前・・・」


 俺はもう一度、老人の姿をよく見た。


 老人とはいえ150歳以上には見えない。


 おそらく肉体年齢は80台後半くらいだろう。


 つまりは、150年前にプレデス星に転生し、惑星開拓団かどこかの船で光速航行を行い、少なくとも宇宙船の中で10年近く生活していたという事だ。


「で? あんたが得た能力は何だ? 他人の夢に現実を見せる能力か?」


 俺がそう訊くと、老人は首を横に振り、

「私の得た能力は、星の記憶を書き写す能力だ」

 と言った。


 意味が分からない。


 星の記憶を書き写すってどういう事だ?


「・・・書き写す?」


 俺がそう訊き返すと老人は頷き、肉声で語る事に疲れたのか、大きく息をついてデバイスで語り掛けて来た。


「そうだ。君が夢で見たと思っているそれは、君の星の記憶に、私の星の記憶を書き写した時に起こる現象によるものだ」


 老人の話はこうだ。


 そもそも「全ての星」は生きていて、感情もあるのだという。

 そして、星々は宇宙に生まれ出てからガスにまみれて産声を上げているのだそうだ。

 プレデス星人の本来の役目は、そうした赤ちゃん星を大人の星になれる手助けをする事であり、それが「惑星開拓」なのだという。


 いわば、人間の身体の中に40~100兆個に及ぶ菌が住んでいる様に、星々にも様々な生物が住む事で、星が大人になってゆけるのだとか。


 星々は生まれてから100億年の寿命があり、地球は現在46億年。

 人間に例えるなら働き盛りの中年だ。


 その星にある植物が言わば星の細胞とも言える存在で、動物が菌の様な存在。


 細胞を活性化する菌もあれば、細胞を壊して人体を病気にしてしまうウイルスや菌がある様に、動物もそうした効果を星に与えているという事だ。


 その中でも「人類」は特殊な存在で、惑星の植物と動物のバランスを監視し、惑星が恒星から得た栄養を消費して排出する「資源」という名の排泄物を、適切に処理をする事で惑星の健康を維持する事が使命なのだという。


 ところが「人類」には重大な欠陥もあり、人類は「強欲と傲慢によって、嘘をつき、他人を騙し、植物を騙し、果ては星を騙して繁栄しようとする事がある。


 これが人間でいうところの「癌」のような存在らしい。


 なので惑星開拓団は、そうした「癌」を浄化し、又は排除して、惑星の健康を保たなければならないのだとか。


 その為に、人類が正しい行いを続けられる様にする事が必要で、その手段として「価値軸を人々に流布する」事を行ってきたのだとか。


 その価値軸を作って人類に教育する存在を「神」と呼び、神の教えを人類に流布する存在が「宗教組織」として広まっているのだという。


 これまでにも沢山の惑星開拓団の人間が地球の「神」として存在していたようだ。


 シュメール、アッシリア、エジプト、インカ、マヤ、メソポタミア、ペルシャ、ギリシャ、インド、ボリビア、果てはアメリカにも、文明のあったところには必ず始祖として「神」があり、神の教えを受け継ぐ為に、地上の人類と結婚して子孫を残し、世代を超えて脈々と受け継がれて来たという。


 しかし近年になって、人類が「癌化」しているのだそうだ。


 地球を病にさせる行いが目立つ様になり、この老人とドラゴンは「地球を守る為に、一度人類を死滅させる必要がある」と考えた訳だ。


 しかし、老齢のドラゴンとこの男ではそれを行う事が難しく、人類に協力者を募ったところ、白人の集団が「その役を担います」と申し出てきたというのだ。


 それが「300人委員会」という訳だ。


 しかし、星々にも「自浄能力」があり、惑星開拓団だけでは足りない力を、補える力があるのだという。


 それが「星の記憶」なのだという。


 地球は今や「末期がん」の状態で、多くの力を必要としていたらしい。


 そこで、まずはこの老人に「星の記憶を広める力」を与え、更に「必要な仕事を可能にする力」を与える為に「星の記憶」を細分化したものを「本」という形で具現化し、然るべき人物に行き渡る様に、地上にバラ撒いたのだとか。


 つまり俺が手に入れたのは、地球が人間に求めた力の一部が封じ込められた「星の記憶」であり、俺には「人々を導く力」を。ガイアとテラには「排泄物である資源を消費する力」を与えたという事だ。


「なるほど。つまり、俺が地球の人々を導く事を望んでいるんだな?」


 俺がそう訊くと、老人とドラゴンは頷いた。


 そうか・・・


 不思議な気分だ。


 こいつらは倒すべき敵だと思っていたが、どうやらそういう訳でも無いらしい。


 月の基地で地球を見下ろしているアルティミシアも、地球が「末期がん」だと知っていて、手をこまねいていたという事か。


 そして、この老人とドラゴンは、地球という星を病魔から守る為に、癌化している人類を一旦死滅させようとして「300人委員会」にその仕事を託したという事だ。


「しかし、その方法は間違っていた様だな」

 と俺は老人を見据えて言った。


「どういう事かな?」

 と老人が顔を上げた。


「あんた達を慕ってきた300人の人類は、優良な人類などでは無いって事だ。むしろ、そいつらが癌の根源だと言ってもいい」

 と俺は、事情を呑み込んだ上でそう返した。


「300人委員会ってのは、確かに人類を削減する事が出来るだろう。それは結果的にこの星を守る事になるのかも知れない。しかしな・・・」

 と俺は老人とドラゴンの方へと歩み寄りながら、「地球にとって害悪だからと人類を死滅させれば、動物と植物のバランスがとれる存在が居なくなり、やがて地球は壊滅的な病魔に襲われるぞ」

 と言った。


 人間だってそうだ。


 子供の時に、子供が何でも口に入れるのは、ただ腹が減っているからじゃない。

 色々なものを口に含んで、身体に耐性を付ける為にやってる事なんだ。


 そうする事で、よりその環境に馴染んだ身体に成長できるからだ。


 地球も生き物なら同じ事が言える筈だ。


 毒を全て排除しても、残るのは耐性が無い病弱な地球だ。


 ちょっとした外敵からも身を守れない惑星なんて、天寿を《まっと》全うできる筈が無い。


 ならば、弱毒性の人間を残しつつ俺達が統治し、強力な癌になり得る「300人委員会」を排除した方が地球の為だ。


 人間の身体だってそうだ。


 風邪を引く度に解熱剤なんて飲んでたら、免疫機能が低下するに決まっている。


 風邪を引いたら熱が出るのは当たり前だ。


 これは自浄作用なんだから。


 何でもかんでも薬を飲んで、善玉菌まで死滅させてしまえば、あとに残るのは抵抗力の無い病弱な身体だけだ。


 だから、地球の自浄能力を高めてやるためにも、善玉菌は残しておく必要がある筈だ。


 俺がこうした理論をデバイスで伝えると、老人とドラゴンは顔を見合わせた。


 そしてしばらくして、こう言った。


「この星が、君を選んで『星の記憶』を渡したのだから、君の言う事が正しいのかも知れない。君がここに現れた時点で、私の役目は終わっていたのだな・・・」


 老人はゆっくりと立ち上がると、5メートル位の距離まで近づいた俺の元へと歩み寄って来た。そして、


「ならば、君が正しいという事を証明してみなさい」

 と言うと俺の右手を指さし、「それで我々の命を終わらせてくれないか」

 と言った。


 元からそのつもりで来たとはいえ、事情を知ってしまえばこの老人とドラゴンを殺す必要性を感じない。


 むしろ倒すべきは「300人委員会」じゃ無いのか?


 そんな俺の考えを見透かした様に老人は言った。


「我々は彼らにとってはルシファーという『神』なのだよ。我々が存在する限り、彼らを消滅させても、同じ様な者が現れるだろう」


 その通りだ。


 激しく同意だ。


 本物のルシファーが過去のどの「神」の事かは分からない。


 しかし、今現在、この時代においてのルシファーとは、目の前にいるこの老人と、このドラゴンなのだ。


 火星に資源を送る契約も、すべては地球の排泄物である資源を適切に循環させる為の手段に過ぎなかった。


 しかし今、地球は闘病中なのだ。


 それを直す事が出来る可能性があるのが地球の人類であり、しかし、地球の人類を正しく導かなければ地球が病魔に蝕まれてしまう。


 その役目を俺が担うかどうかをここで決めなければならない。


 俺は大きく肩で息をし、何度か深呼吸をした。


 そして、決めた。


「分かった。あとの事は俺達に任せてくれ」


 俺はそう言うと、デバイスでメンバー全員に指令を出した。


「レールガンの照準を、眼前のドラゴンと老人に合わせろ」


 全員が右手を前に出し、レールガンを突き出して起動させる。


「今まで、ご苦労だったな。この星は必ず回復に向かうだろう。地球に選ばれた俺が約束するよ」


 俺がそう言うと、ドラゴンも老人も静かに頷き、その表情は微笑んでいる様でさえあった。


 そして俺は一度だけ瞬きをして、そして声を張り上げた。


「撃てぇ!!」


 バシュバシュシュン!!


 という微かな摩擦音が聞こえたと同時に、ドラゴンと老人の身体がはじけ飛んだ。


 明らかな即死で、苦しむ暇も無かっただろう。


 彼らの魂がどこへ行くのかは分からないが、きっと地球が俺達の行いを見ているのだろう。


 そして、今日の事も「星の記憶」に書き加えられるに違いない。


 俺はそんな事を考えながら、床に崩れ落ちる肉片を眺めていた。


 今日の出来事は、人類の目にはどう映るのだろうな。


「悪魔を倒した神」と映るのだろうか。


 それとも、ただの「人殺し」だろうか。


 または「神を殺した悪魔」と呼ばれるのかも知れない。


「ショーエンさん。あの本は一体何でしょうか」

 とメルスが言った。


「どの本だ?」

 と俺はメルスの視線の先を追う。


 しかし、俺の目には本らしき物は見当たらなかった。


「メルス、俺には本なんて見えないぞ?」

「私にも見えないわ」

「私もなのです」


 という俺達にメルスは、

「ほら、これですよ」

 と言って、床から何かを拾い上げる様な素振りを見せた。


 そしてライドは俯いて自分の手の平を見ながら、

「随分と分厚い本ですが、何も書かれていませんね・・・」

 と呟いている。


 まさか・・・!


「ショーエンさん、もしかして、あの本じゃないんですか?」

 とガイアが声を出した。


 俺はガイアの言葉に頷き、

「ああ、どうやらその様だな」

 と言って、メルスの元へと歩み寄った。


「メルス、その本の中には何も書かれていないだろ?」

 と俺が訊くと、メルスは頷き、

「その様ですね」

 と答えた。


「それが『星の記憶』ってやつだ。俺達にその本の姿は見えないが、この星に見込まれた者だけがその本を手にする事が出来るんだ。ちなみに、俺も『星の記憶』を取り入れた事があるぞ」


 俺がそう言うと、メルスは嬉しそうに

「そうなんですね! なら、僕もショーエンさんみたいになれるんでしょうか」

 と言っている。


「どうだろうな、俺に託された仕事はこの星の統治だったようだが、メルスは何か別の役目を負わされるんだと思うぜ」

 と俺が言うと、メルスは「そうですか」と言ってから両手に持っているであろう「あの本」の表を見たり裏を見たりとどうすればいいか悩んでいる様だった。


「まあいい、とりあえず俺達のここでの目的は果たした。地上に戻って大統領に知らせてやらないとな」

 俺はそう言って心の中でドラゴンと老人が安らかに眠れる様にと祈りを捧げ、エレベーターの方へと歩き出したのだった。


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