地球(11) 神の使いの国葬外交

 1990年2月6日、日本の天皇が崩御ほうぎょした。


 世界を二分する経済対立が起こってから1か月後の出来事だ。


 昭和の時代が終わりを告げ、新たな元号が「平成」になった。


 これは、新しく天皇に即位する皇太子が「世界の平和が成る様に」と願った事からそう命名されたのだという。


 昭和天皇の国葬が2月11日に行われる事が決定し、国民は皆、一つの時代の終わりを目の当たりにし、これまでの日本の発展を振り返りながら、その思い出を噛み締めている様だった。


 しかし、おそらくこの世でただ一人、俺だけが違和感を感じていた。


 いや、もっと前に気付いていた事ではある。


 しかし、考える事が多すぎて、この現実を直視していなかっただけの事だ。


 俺が何を気にしていたかと言うと、「昭和が65年まであった」という事だ。


 前世で俺が生きていた日本では、昭和は64年1月7日までしか無かった。


 1989年1月8日以降が平成元年となり、俺が中学1年生の3学期の時の出来事だった。


 しかし、この世界では昭和が65年2月6日まで続き、平成の元号になるのが1990年2月7日からだ。


 確実に歴史は変わっている。


 もう俺が前世で生きていた日本では既に無い。


 タイムトラベル理論で必ず出て来る「バタフライエフェクト」なんてレベルの変貌では無い。


 国際情勢も前世とは大違いだし、日本の発展レベルも俺達が介入した事で大きく変わった。


 実は俺達は、首相官邸での会合から3週間後の1月28日、いつもの鮫沢との会談で、「作戦遂行の為にもアメリカに渡航したい」と申し出ていた。


 しかし、これまでは俺達の要望を全て叶えてくれた鮫沢が、この日は珍しく俺達に意見してきたのだ。


「アメリカに行くのは、来月以降にして頂きたい」


 鮫沢がそう言うので理由を訊くと「天皇陛下が間もなく病院に入院される」のだと言う。


 1989年1月6日に一度体調を崩して入院したが、その時は一命をとりとめた。

 それが昭和64年の出来事だ。


 そして、その後も定期的に医師による診察が行われてきたが、会談前日の1月27日の診察で、天皇の余命がもう残り少なく「長くても残り2週間だろう」と医師にそう述べられたという事だった。


「そうか。ならば国葬が行われるだろうから、アメリカやソ連の元首を、日本に招待するのが先という訳か」


 と俺が言うと、鮫沢も「それが宜しいかと」と頷いたのだった。


 そして今日、鮫沢が言っていた通りに昭和天皇が崩御し、明日から平成の時代が始まる事になった。


 国葬は、来週の2月11日に行われる。


 前日の2月10日には、多くの国家首脳が日本を訪れる事になるだろう。


 外務省では既に各国に国葬の案内を伝えており、アメリカやソ連、中国も国葬への参加を表明しているそうだ。


 1月に首相官邸で会合した時に共有した作戦では、アメリカとの貿易外交によって、「日本はアメリカとの融和を望んでいる」と見せかけてアメリカの首脳に近づき、直接俺達の姿を見せて「神の意志」を伝える事で、アメリカに居るであろう「黒幕」を知る事を目的にしていた。


 事実、外交ルートで日米貿易の再開に向けた交渉が行われており、アメリカが望む「日本の先進技術情報の公開」を餌にした所、アメリカはその情報を「独占的に入手出来るなら経済制裁を解く」とまで言い出しているそうだ。


 俺達にアメリカを優遇するつもりは無いのだが、アメリカは常に日本に対して強気な交渉をせずにはいられないのだろう。


 とはいえ、表面上は随分と強気な態度のアメリカだが、実際のところは虚勢であると言わざるを得ないだろう。


 何故なら、日米のパワーバランスは、既に前世の日米関係とは大きく異なっていたからだ。


 前世との一番の違いとは、やはり俺達が作った会社だ。


 この時代には無かった筈の技術を用いた自動車が日本車の技術の革新を招いた事もその一つだ。


 世界の自動車産業はドイツ車が最も信頼を得ていたものの、世界最大の市場はやはりアメリカだった。


 アメリカでは大きな車体に豪華な内装の車が人気を博しており、力強いトルクと大きなエンジンで、燃費の悪さなど気にせず広い道路を豪快に走る車が大半を占めていた。

 所有する自動車の車種が「豊かさ」のバロメータになっていた事もあり、石油産業でうるおっていたアメリカ経済を象徴する様でもあった。


 なのに俺達は、走りの質と乗り心地、更には燃費の良さと安全性の高さを高次元で実現した次世代の自動車の技術を、メルスとライドの発明により既に特許を取得しており、しかも日本国内の自動車メーカーには惜しみ無く特許技術の公開を行う事を発表した為、日本と正常な国交を結んでいた国々は、近い将来公表されるであろう優秀な日本製の自動車を購入する為に、アメリカ車の輸入を制限する事態にまで発展した国もあったのだ。


 他にも、世界の高級アパレルブランドが、こぞってミリカが開発した「形状記憶生地」を輸入しているにも関わらず、アメリカ政府は日本製の生地の輸入を制限した事が仇となって、アメリカ製のアパレルブランドが世界での優位性を欠いていた。


 ハリウッド女優にアメリカ製のドレスやスーツを着せて宣伝してはみたものの、値段が高いだけで品質が劣るアメリカ製の衣服を購入するまでには至らなかった。


 結局アメリカのアパレル会社は、日本製の生地をヨーロッパのメーカーから高値で仕入れなければならないという事態を招き、アメリカ国民の不満を買っていた事もアメリカ政府を不快にさせた理由の一つだろう。


 更に、イクスが開発した米粉で作ったパンやパスタが健康に良いとヨーロッパで人気が出ており、健康志向の流行に沸く世界の食品業界でアメリカの食品企業が出遅れたのも、多文化国家をうたうアメリカのプライドを傷つける結果となっていた。


 他にも、世界中で人気を博していた日本製のテレビゲームにも輸入制限をかけたアメリカ政府は、代わりに自国でビデオゲームを色々開発してみたものの、「土管工ブラザーズ」の様なヒット商品は生み出せず、「日本製のゲームの輸入を解禁しろ!」と子供を持つ親たちから不満が噴出する事態に発展し、アメリカ政府の与党議員にも「日本に更なる経済制裁を課して弱らせろ!」という勢力と「日本製品の輸入を解禁しろ!」という勢力に二分され、アメリカ政府内の対立で政権維持さえ危ぶまれる始末だった。


「世界の経済秩序を乱す日本に、更なる制裁が必要だ」


 とアメリカ大統領が公の場で発言したが、どうやらその威勢の良さも、国民の支持は得られずに空回りしている様だ。


 しかし、アメリカが主導する三国同盟は、武力をチラつかせて他国を威嚇する事においては巧者こうしゃであり、アメリカやソ連の圧力に屈した国もちらほら存在した。


 しかし、そうした外交圧力は日本を擁護ようごする国のメディアによって一般大衆の耳目に触れる事になり、「武力で屈服させようなどと、アメリカの正義とは一体何なのか」という疑問を世界に投げかける運動へと発展した。


 そんな動きもあり、確かに三国同盟の政治圧力は威圧的で強力ではあったが、そこに追従した国はそれほど多くはなかった。


 三国同盟に追従したのは、カナダ、イギリス、フランス、オランダ、東ドイツ、北朝鮮、韓国の7か国だけで、中立を宣言したのがスイス、スペイン、イタリア、西ドイツ、オーストラリア、インドの6か国。


 残りの180か国は日本を擁護する勢力に傾いており、中でも反米国家として名高いトルコの首相は、


「日本は文化の発展と卓越した技術力を元に、ビジネスをしているだけだ。秩序を乱す要素はどこにも無い」


 と公式に日本を擁護する意志表明を行った。


 そもそもトルコは親日国家だ。第二次世界大戦時に、和歌山県沖で遭難したエルトゥールル号の乗組員を、当時敵国であった日本国民が救って世話をしてくれた事に大きな恩義を感じていたのだ。


 今回の事も「義理を果たすのは当然」とばかりに率先して動いてくれたのだった。


 トルコの英断も大きな力になったが、鮫沢が世界に向けて発したスピーチが影響力を発揮したのは間違い無い。


 俺もそのスピーチを聞いた時には、鮫沢の心意気に感動したものだ。


「アメリカを主とするソ連、中国の三国同盟の目的が、日本の文化と技術の発展を我が物にせんと企む謀略である事は明らか。アメリカは日本に経済制裁を課しているが、日本の立場を好意的に受け止めていただいた国々の支持もあり、我々の経済的影響はごく軽微だ。むしろ、アメリカ国民にこそ、その悪影響が及んでいるのではないのか。我々に敵対意識は無いが、アメリカによる妬みの心がそれを阻害している」


 そう前置きした鮫沢のスピーチは、次に状況を注視していた各国首脳の心を掴む話へと展開した。


「日本は先の大戦において、アジア諸国を植民地とする西欧諸国と戦った。日本は大戦に敗れはしたものの、世界の全ての植民地の解放に成功した。今我々を擁護頂いている国々とは、すなわち先の大戦で西欧諸国の支配から自由を掴み取った国々であり、彼らは誰が真の侵略者であるかを熟知している。日本政府は、その国々の義理堅く誠実な姿勢に心を打たれた! 日本は更なる発展を遂げ、必ずや今回支援して下さった国々へと恩返しをする事をここに宣言致する!」


 このスピーチによって、ソ連に弾圧されてきた小国、アメリカに石油利権を貪られて来た産油国、現在も経済侵略を受けているアフリカ諸国などが、こぞって日本を支持する事を表明した。


 この動きはアメリカやソ連、中国にとっても想定外だった事だろう。


 アメリカやソ連、中国といった三大強国が優勢と見て追従したカナダや韓国は「計算が狂った」とパニック寸前になっていたそうだ。


 この時代はまだ「ジャパン アズ ナンバーワン」のブランドが生きていた時代だったというのも有利に働いたと言える。


 前世の2000年以降の様に弱体化した日本では、アメリカやロシアといった強国を相手に、こうはいかなかったに違い無い。


 1990年という時代、まだ世界の情勢が第二次世界大戦の傷を引きずっていたからこそ成し得たファインプレーだ。


「ねえショーエン、このアメリカって国、どうするつもりなの?」


 ティアがテレビを見ながらそう訊いて来た。


 俺は顎に手を当ててしばらく考え込み、


「アメリカごと救うつもりでいるぜ」

 と答えた。


 ティアはそれを聞いてほっとした様に頷き、


「どうやってこの状況を打開するの?」

 と確認する様に訊いて来た。


 俺はティアの肩を抱き寄せながら話し出した。


「アメリカって国は、エネルギー産業と兵器産業がメインで巨大になった国だからな。俺達が進める技術革新によって、最も経済的ダメージが大きいのはアメリカだ。今、国家存亡の危機にどう立ち向かうかを思案しているところだろうから、まずは俺達に敵意が無い事を示してやる必要があるだろうな」


「アメリカの自尊心を壊さない方法をとるってことね」


「ああ、その通りだ」


「となると、次は技術支援か何かをするつもり?」


「そうだな・・・」

 と俺はそこで口ごもった。


 アメリカに技術支援を申し出るのはいいのだが、アメリカの「エリア51」の存在が気になる。


 表舞台に出ていない技術を研究していると言われる施設だ。


 これまでに出会ったCIAのエージェントもエリア51の事はよく知らない様だったが、アメリカ政府の一部要人はその現場の事を知っている筈だ。


 その現場で何が行われているかを知る為にも、アメリカの政府要人と俺が直接対面し、情報津波を使う必要があると考えている。


「アメリカが本当に求めているものが何なのか、直接会って確かめる必要があるだろうな」


 俺がそう言うと、ティアは「わかった」と大きく頷き、


「じゃあ、国葬に訪れる首脳と会談をして、その後、見返りとして、みんなでアメリカに行くのが良さそうね」


 と言った。


「アメリカに行くのですか!?」


 とそれまで俺達のそばで何も言わなかったシーナが突然声を上げた。


「シーナ、突然どうした?」


「アメリカに行くなら、絶対に調べたい事があるのです!」

 とシーナが声を張り上げた。


 いつも何かを記録しながらテレビを見ているシーナだが、テレビで得られるアメリカの情報なんて、ニュースの他には映画かドラマくらいしか無いと思うのだが・・・


「何を調べたいんだ?」


 念のために俺が訊くと、シーナは身を乗り出す様にして


「この前テレビの映画に出て来た『自動車型のタイムマシーン』を調べたいのです!」

 と言った。


「タイムマシーン?」


「そうなのです! デロリアンズとかいう名前のタイムマシーンなのです! 未来に行くならまだしも、過去に行けるタイムマシーンなのです! これはすごい発明なのです!」


「シーナ、それって・・・」


 バックトゥザティーチャーって映画に出て来るやつだろ? と言いたかったが、目を輝かせて俺を見るシーナに、サンタクロースの存在を教えられない親の様な気持ちになってしまった俺は、


「まあ・・・、アメリカに行ったら、ガイアとテラにハリウッドを案内してもらうといいかもな・・・」

 と言う事しか出来なかったのだった・・・


 ---------------- 


 1990年2月11日、国葬はおごそかな雰囲気の中、無事に執り行われた。


 鮫沢は、国葬参列の為に日本を訪れた各国首脳と挨拶を交わしていく中、アメリカ、ソ連、中国の首脳とだけは、国葬が行われる前に首相官邸に招いて会談を行った。


 そして、そこには俺とティアも招かれていた。


「サメザワさん、アメリカには好条件を提示するのに、我々ソ連には何も無いのかね?」


 ソ連の書記長、ゴルバチョイがそう苦言を呈した。


「それを言うなら我々もだ!」

 と中国の総書記、江沢明も声を荒げている。


「サメザワ、アメリカへの独占提供という話でなければ、我々は交渉のテーブルに着いた意味が無い。分かるな?」

 とアメリカ大統領、ジョイス・ブッシュは傲慢な態度だ。


 口々に勝手に話し出す三国同盟の首脳を相手に、鮫沢は平然としていた。


 鮫沢は右手を軽く上げて3人の話を制止し、ゆっくりと3人を見渡してから口を開いた。


「私はね、実のところ、あなた方が三国同盟を結んだ事を喜ばしく思っているのですよ」


 鮫沢の言葉に一同は怪訝そうな顔をした。


「それはどういう事かね?」

 と訊いたのはブッシュ大統領だった。


 鮫沢はブッシュ大統領を穏やかな視線で見据え、


「大統領、アメリカとソ連は長きに渡り、冷戦を続けて来られた。それは、アメリカにとってソ連の軍事力が脅威であったからに他ならない。そうですな?」


 と質問を口にする。


「ふん、脅威などとは思っておらんよ。しかし、我々三国は核兵器を所有しており、お互いが三竦さんすくみ状態に成らざるを得んのは仕方が無い事だ」


 ブッシュは面白く無さそうにそう返した。


「でしょうな。しかし、冷戦状態にあったアメリカとソ連が、今回手を組んだのは事実でしょう。その仲介役は、我々日本だったとは思いませんか?」


 と鮫沢がそう口を開くと、ブッシュは苦虫を嚙み潰した様な顔で舌打ちをしながら、


「仲介役などとおこがましい事を言う。日本は我々との同盟を裏切って、独自に発展しようとしたではないか!」


 と声を荒げた。


 しかし鮫沢が「ふふふ」と笑うのを見て、ブッシュは片眉を上げて

「何がおかしい?」

 と詰め寄る様に訊いた。


「いえね、我々日本は、日米同盟の約定を違えた事など一つもありませんよ。今回の事は、アメリカが日本の急激な発展を妬んだ事から始まった、ちょっとした夫婦同士の痴話ゲンカだと私は思っているのですよ」


「痴話ゲンカだと?」

 と今度はゴルバチョイが顔をしかめた。


「我々ソ連は、君たちアメリカと日本を夫婦仲だとは見ていない。親子関係・・・、いや、むしろ主従関係だと見ているのだが?」


 ゴルバチョイの言葉にブッシュも頷き、

「ああ、その通りだ。大戦後にGHQが日本を統治した7年間で支配が終了したなどとは思っていないだろうな? 我々は民主主義国家の旗を掲げているが故に、表面的には統治を終わらせた形をとっているが、実際は今もなお、日本をコントロールしている事に変わりは無い」


 と言って鮫沢を見返した。


 鮫沢はにこやかに頷きながら、


「そうですな。少なくとも、1985年まではそうでしたな」

 と言った。


「どういう事だ?」

 と江沢明が横やりを入れた。


「いや何、1985年のプラザ会談で日本はアメリカ主導の為替ルールの改変を拒んだ事があったでしょう。あの時に、残念な事に当時の首相であった中曽路が、事故によって亡くなってしまいました」

 と鮫沢が話しを始めたところへ、ブッシュが

「我々が殺したんだ」

 と口を挟む。


「何と!?」

 と驚く江沢明を横目に、鮫沢はゆっくりと頷き、


「もちろん分かっておりますとも。そして、会談の直前にジャンボ旅客機を墜落させたのも、プラザ合意を迫っていたアメリカの仕組んだ事でしょう?」

 とブッシュの顔を見た。


 ブッシュは首を左右に振りながら、

「ふん、当時はレーガソが大統領をしていたからな。あいつがどう指示したかは知らんが、CIAならそれくらいの事はやるだろうさ」

 と言いながら不機嫌そうにふんぞり返り、足を組んで「で? それがどうしたというんだ?」

 と鮫沢を見下す様にして訊いた。


 鮫沢はブッシュを見返しながら微笑は崩さず、

「あの飛行機事故、実は一人も死者がおらんのですよ。おかしいとは思いませんでしたかな?」

 と言った。


 鮫沢のセリフに、3人の顔が引きつるのが分かった。


「どういう事かね?」

 とゴルバチョイが訊いた。


 鮫沢は笑顔でゴルバチョイの方を見て、

「なあに、私が首相になった時、国会で話した通りなんですがね・・・」

 と言いながら、部屋の隅の椅子で会談を見ていた俺とティアの方をチラリと見て、「我々には、神のご加護があったというだけの事ですよ」

 と言ってガハハと豪快に笑った。


 そんな鮫沢の姿に3人は呆気に取られた様に言葉を失っていたが、最初に我に返った江沢明が口を開き、

「そうだ、あの二人は一体誰なんだ? 書記官にしては議事を書き取る様子も無いし、ボディガードにしては華奢きゃしゃ過ぎる。それに、どう見ても日本人には見えないし、さっきから気になっていたんだが?」

 と鮫沢に詰め寄った。


 鮫沢はゆっくりと立ち上がり、


「これは申し訳ない。ご紹介が遅くなりましたな」

 と言いながら俺の方を見て頷いた。


 それが鮫沢の合図だ。


 それまでの間、俺は情報津波で3人の情報を集めていた。


 その時間を稼がせ、ある程度の時間が経過してから俺を彼らに紹介させるという流れだ。


 俺はこの間に3人の情報を十分に集められた。


 あとは、俺達が渡米する約束を取り付けられればそれでいい。


「このお二方は、古来より日本に伝わる神々の一柱、龍神クラオノカミノカミの使いの方々、ショーエン様と、ティア様です」


 その言葉を合図に俺達は立ち上がり、その場でフワリと浮遊して、会談が行われている円卓の方へと移動した。


「うわああ!!」

 と江沢明が悲鳴を上げて立ち上がり、部屋の反対側に向かって後ずさった。


「う、浮いてる!?」

 とゴルバチョイは腰が抜けたのか、立ち上がる事も出来ずに声を上げた。


 ブッシュは椅子から立ち上がったものの、声も出せずに俺達が近づいてくるのを目を見開いて見るばかりだった。


 ブッシュはしばらくして我に返り、


「こ、これは一体・・・、どういうトリックだ?」

 と、まるで俺達が浮遊しているのが手品か何かであると思っている様だ。いや、そう思い込もうとしている様に見える。


 俺はブッシュから2メートル位離れた場所で浮遊したまま停止し、


「何を驚いている? お前達の国では、ジーザスクライストを信仰しているのではないのか?」

 と言いながらゴルバチョイの方にも視線を向け、「ジーザスはマリアに身ごもらせて産ませた人間だったが、俺達は天より舞い降りた、龍神の使いだ。宙に浮いている程度で何を驚いているのだ」

 と、半ば呆れた様な表情を作りながらそう言った。


「か、神の使いだと?」

 とブッシュは信じられないといった顔で、俺達の頭から足先までを何度も見ていた。


「信じられないか? ならばお前の事を語ってやろう」

 と俺は先ほどまで情報津波で収集したブッシュについての情報を語りだした。


「お前は悪魔を崇拝する組織と契約しているな? その名はイルミナティ。レプティリアンを信仰の対象として、ネバダ州のエリア51にある地下施設でかくまっている様だな」


 俺が語りだすと、ブッシュの顔がみるみる青ざめていく。

「そ・・・、そんな・・・」

 とうわ言の様に言うブッシュに、俺は更に語り掛ける。


「そして・・・、そうか。お前は直接会った事は無いようだな。その信仰対象のレプティリアンの名は、『ルシファー』というのだな。お前は愚かにも、ルシファーの指令を受けた人間の指示に従っているだけの操り人形と成り下がり、ジーザスを信仰する国民を騙しながら、私利私欲を満足させてきたのだな。あわれなものだ・・・」


「ま・・・、待ってください!」

 とブッシュがその場で椅子から滑り落ちる様に床に膝を着き、「わ、私はただ、指示に従っているだけの使い走りです! どうか、命だけは・・・」

 と言いながらその場に突っ伏してしまった。


 その様子を傍から見ていた江沢明が、

「な、何をバカバカしい事を言っているんだ? 神など存在する訳が・・・」

 と口走るのを、


だまれ黄色いチャイニーズ風情が!」

 とブッシュが頭を上げて江沢明をにらみつけた。


「誰にも言っていない・・・、家族にも、誰にも・・・。私があの方の指示に従っている事を知っている者など、誰も居る訳が無いのだ!」


 ブッシュは震える声でそう叫ぶ様に言うと、「もしこれを知っている存在があるとしたら、それはルシファー様以外には神しか居ない・・・」


「ば・・・バカバカしい! 神だの悪魔だのと、欧米人は本当に信じているのか?」


 江沢明はブッシュをなじる様にそう言ったが、俺は江沢明の方を向き、


「愚かだな、江沢明よ。この男は悪魔ルシファーを信仰しているのだ。『悪魔』の存在を信じている者が、神の存在を疑える訳が無かろう?」

 と言って、今度は江沢明から得た情報を暴露し始めた。


「江沢明・・・、そうか、お前は漢奸かんかんの血筋なのを隠して共産主義者を名乗って来たのか。そして、全ての人を騙して共産党員をつらぬき、今の地位を得たのだな。漢奸かんかんの血筋だと知られれば、漢民族を裏切った背反者として虐げられるのか。身を守る為とはいえ、素性を隠して生きて来ながら、今はお前自身が本来の血族を裏切っているのだな」


「な、なぜ・・・それを・・・?」

 と江沢明は額に脂汗を滲ませながら、声も震えている。


 俺は涼し気な表情で江沢明を見据え、

「神の使いとは、こういうものだからだ」

 と短く答えた。


「で、ブッシュ、ゴルバチョイ、江沢明とやらよ、我々が守護するこの日本との関係を、今後はどうするつもりか?」


「ソ連は手を引きます!」

 と一番に手の平を返したのはゴルバチョイだった。


 ソ連もキリスト教徒が多い国だ。俺が神の使いとなれば、日本と対立するのは得策では無いと考えた様だった。


「ち、中国も手を引きます・・・」


 江沢明も渋々そう口にしたが、アメリカのブッシュだけは身体を震わせながら言葉を発せられずにいる様だった。


 俺はブッシュを見下ろし、

「ブッシュよ。お前は日本との交渉に失敗すれば、お前に指示を与えた人間の手の者によって暗殺される事になっているのだな。しかし、私の怒りを買えば、当然お前の命は無いと、そう考えている様だな?」

 とそう訊いた。


 別に俺の情報津波は心を読める訳じゃないが、ブッシュの立場を理解すればそれくらいは想像がつく。


 案の定、ブッシュは

「は、はい・・・、私はどうすれば宜しいのでしょうか・・・」

 と俺に教えを乞おうとする始末だ。


「簡単なことだ」

 と俺は今もまだ頭を床に擦り付ける様にしているブッシュを見下ろし、


「近いうち、我々をエリア51に案内するがいい。私が直接、ルシファーと対峙してやろう」

 とそう言ったのだった・・・

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