地球(5) 政治家との会談
羽田空港でのライドは楽しそうだった。
この時代は国際線が成田空港に移行していてほとんど国内線しか発着していない羽田空港だったが、ライドの目を楽しませるには充分だった。
人力では無く、ディーゼルエンジンで動くプロペラ機。更にジェットエンジンで動くジェット機などは、その構造を自分なりに想像し、ガイアやテラとも燃料について話し合い、色々な事を頭の中で組み立てながら、新たな飛行機の設計をする事を考えている様だった。
その後に寄ったのは港区の三田にある自動車販売会社のショールームで、メルスをはじめ、みんなが4輪駆動のジープの様な車やワンボックスカー、セダン等にも興味を持って見ている様だった。
生憎、免許証が無いので試乗は出来なかったが、メルスがショールームの自動車のボンネットを開けてエンジンの駆動系を見ている時は、本当に楽しそうだった。
「このレベルの駆動なら、僕でも作れそうな気がしますよ」
と、ショールームから出た後にメルスがそう言ったのを聞いて、とても頼もしく思ったものだ。
その後俺達は、タクシーに乗って東京タワーまで行き、エレベーターで東京タワーの展望台まで登って東京の街を見渡す事にした。
「これが、この国最大の都市だ。テキル星のどの都市よりも大きいし、プレデス星人の技術を使わずに、現地の人類だけで発展した都市なんだ」
俺がそう説明すると、みんなは頷きながら景色を見つめている。
「高層ビルはニューヨークの方が大きいけど、都市としての規模は東京の方が大きいかも知れませんね」
とガイアがそう言った。
確かにそうかも知れない。
この時代、日本で一番高い高層ビルは池袋の「サンシャイン60」だった。
この時代のニューヨークの摩天楼と比較すれば、東京には高層ビルなんて無いに等しかった。
当時日本で一番高かった東京タワー。
その展望台からは東京の街が一望でき、天気が良ければ池袋にあるサンシャイン60の姿を見る事も出来た。
展望台の隅には喫茶コーナーがあり、俺達はそこでオレンジジュースを注文する事にした。
「さて、俺の計画についてみんなと共有しておこうと思う」
俺はそう言うと、デバイスを使ってみんなに計画の概要を送信した。
その内容はこうだ。
各メンバーにはそれぞれ日本でビジネスを始めてもらう。
それらを取りまとめる持ち株会社として俺が経営を統括する。
自動車製造会社、小型飛行機製造会社、太陽光を使って発電し、電線を必要としない電力供給をする電力会社、この時代にはまだ無いインターネットを誰でも利用できる様にする通信網を構築する通信会社、そして、飲食店の展開と、アパレルブランドの展開。更には、ガソリンに変わるエタノール系のエネルギーを供給するエネルギー会社。
それぞれを、メルス、ライド、ティア、シーナ、イクス、ミリカ、ガイアとテラに監理監督してもらう。
そしてそれらで得た利益を株式や為替で運用する金融会社を俺が経営する。
これらを発展させる事で、政治の世界は俺達を無視できなくなる。
そうなれば、この世界を裏で牛耳ろうとしている者が、必ず俺達との接触を試みる筈だ。
この時代の地球上では想像も出来ない技術を使った自動車を作る事で、特にアメリカやドイツの自動車メーカーは俺達の元へ産業スパイを送り込んでくるだろう。
飛行機だってそうだ。法律の壁を作って俺達の業界参入を阻んでくるかも知れない。
電力などは特にそうだ。
兵器に転用できる原子力発電による核融合技術は、戦争ビジネスで世界を支配しているアメリカが放っておく訳が無い。当然アメリカの舎弟として働く日本の政治家も黙ってはいないだろう。
更に通信技術に至っては、20年後にはアメリカが世界をその技術で支配してゆくが、俺はそれよりも早く無線で通信できる技術を世に送り出す。
そして音楽の配信なども行える様にして、メディアとしての機能も俺達が参入していく。
これで、テレビやラジオ、新聞などを使ってプロパガンダや洗脳を目論んでいた連中が俺達に注目するだろうし、金融市場を俺達が操作し始めれば、金融支配を目論むユダヤ資本が黙ってはいないだろう。
しかしそれには庶民を味方に付ける必要があり、その為に、質の良い飲食店の展開とアパレルブランドの展開を行い、庶民レベルにまで俺達の名声を轟かせる。
そして得た利益の一部を貧困国家や国内の貧困層への支援に使い、国民が死にたくなる社会にならない様に制御する。
そこまでの力を得れば、政治家が必ず俺達の力を利用しようと群がってくる。
世界を動かすのはこの時だ。
その準備を行う為に、俺達はまず「日本人」になる必要がある。
出生が不明で戸籍も無い俺達がいきなり国民になる事は不可能だ。
だから特別な手続きで、俺達は正式な日本人になる為にこれから具体的に動き出す。
それが出来れば正式に起業し、莫大な利益と力を手に入れ、この星を支配しようと目論む連中を倒す準備を整える。
そして準備が整った時、世界を支配しようとする奴らの準備が整う前に、奴らに「宣戦布告」する。
その戦いに武力を使わずに勝利すれば、俺達はこの星を平和の内に統治できる様になる。
しかし、その戦いに負ければ、俺達の命はこの星で潰える事になるだろう。
「大雑把ではあるが、こういう計画だ。意見したい者は居るか?」
俺はみんなを見渡してそう訊いた。
みんなはまだ状況を飲み込めていない様にも見えたが、
「私は当然賛成よ」
とティアが一番にそう言った。
「勿論私もなのです」
とシーナもすぐに答えた。
「僕達は、ショーエンさんに付いて行くと決めた時から、どんな事でもやろうと考えていました。壮大な計画過ぎて、少し恐ろしくもありますが、僕達の命は元々100年程度のものです。残り80年の使い方として、これほど有意義な使い方は他に無いと思いますね」
メルスがそう言うと、イクスや他のメンバーも頷いて、
「異論はありません!」
「やらせて下さい!」
と皆が賛成してくれた。
「まさか僕達が世界を支配できるような企業オーナーになる日が来るなんてね」
とガイアがそう言った。
「とんでもないセレブになれる日が来そうね」
とテラは少し楽しそうに言った。
「いいか? 力を得るって事は、それだけ責任も大きくなる。俺達はこの星を統治する為に、人類と同じステージで戦うんだ。地球の人類の大半は、テキル星の様に神の存在を本気で信じている訳じゃない。人類を導く為には、人類に還元する為の利益が必要なんだ」
俺はそう言って、もう一度みんなを見渡す。
みんなは黙って頷き、
「やりましょう!」
とまるで何の憂いも無いとでも言う様に、そう応えたのだった。
「よし! じゃあ、目下の目的は、公的な身分証を入手して、この国の国民として戸籍を持つ事だ。まずはみんなで『日本人』になる事を目指すぞ!」
「はい!」
そうして俺達の壮大な計画が幕を開けた。
1981年3月26日の午後2時46分の事だった。
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3月27日、17時。
俺達は浅草から吾妻橋を渡った先にある印刷屋を訪ねていた。
俺達の偽造免許証を受け取る為だ。
印刷屋の店主は俺達に9枚の偽造免許証を手渡してくれた。
俺は店主が持っている本物の免許証と見比べながら、
「ナルホド、公安委員会ノ特殊インキヲ使ッタトコロマデ本物トソックリデスネ」
と言った。
「ああ、これは俺の自信作だよ。ちょっとやそっとじゃバレる事は無いと思うが、あんまり大きいな事件とかを起こすとさすがにバレるだろうから、本当に頼むぜニーチャン達よぉ」
さすがこの時代の日本の職人だ。
手触りといい仕上がりといい、本物と見比べても遜色は無い。
俺は金貨袋から5枚の金貨を取り出し、
「コレハ追加の御礼デス」
と言ってカウンターに金貨を並べ「コノ国デハ使エマセンガ、金トシテノ価値ハアリマスヨ」
と俺はそう言って軽く会釈をし、
「サスガ日本ノ職人ハスバラシイデスネ。ドウモアリガトウ」
と礼を述べて店を出ようとすると、店主がカウンタの奥から
「ちょっと待ってくれニーチャン!」
と声を掛けて来た。
「何デスカ?」
と俺が振り向くと、
「俺の大学時代の後輩が、今は国会議員の先生業をやってるんだ。いつまでも偽物の身分証って訳にもいかねぇだろうし、早く本当の身分証を持った方が俺やアンタ達の為だろう? 議員やってる後輩には俺から声を掛けてやるから、その後輩の議員に会ってみねぇか? 与党議員だから、色々できる筈だ。金はかかるだろうが、アンタ達、すげぇ金持ちみたいだからさ」
おお、早速国会議員とのコネクションが出来るなら悪くない。
俺は足を止めて店主に向き直り、
「イイ話デスネ。オ願イシマス」
と頼む事にした。
「おう! じゃあ、また明日の夕方にでも連絡をくれや! 電話番号はコレだ」
と店主はカウンターに置かれた黒電話の横にあるメモ帳にボールペンで店の電話番号を書きなぐり、紙を一枚破って俺に手渡した。
「分カリマシタ。ヨロシクオ願イシマス」
俺は電話番号の紙を受け取ると、番号をデバイスに記録して店を出た。
「さて、明日の朝にはホテルをチェックアウトしないといけないから、別の宿を探しておくか」
俺はそう言うと、浅草の雷門の向かいにある筈の、観光案内所の方へと向かったのだった。
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観光案内所では色々な情報を得られた。
この時代の観光案内所は、観光名所や宿泊所の情報は勿論、質屋や本屋、飲食店の情報に至るまで、案内所のスタッフが足で稼いだ生の情報が直接聞けた。
40年後には案内所の観光案内がモニターで利用者が検索して探すだけの味気ないものに変わってしまうだろう。
それを思えば、この時代の「仕事人」達は、本当に一生懸命にサービスをしようと頑張っていたんだと感心する事も多かった。
俺達はまず、案内所で教えてもらった質屋に行く事にした。
そこは富士宮市で行った何でも買い取ってくれる質屋とは違い、貴金属のみを取り扱う質屋だった。
ダイヤモンドやルビー、エメラルドやサファイア等と共に、金の買い取りも行っていた。
俺達は残った金塊を査定してもらい、結果3660万円の現金にする事が出来た。
先ほど出来たばかりの偽造免許証を使い、現金を受け取る。
現金を持ち運びやすい様にと、丈夫な生地で出来たバッグに入れて渡してくれた。
何とも親切な質屋じゃないか。
この時代の日本人は、本当に気の利いたサービスをしてくれるもんだな。
第二次世界大戦後の殺伐とした時代を経験したからこその親切さなのかも知れないが、どちらかと言うと、苦しい時代を一丸となって復興し、発展させてきた団塊の世代ならではの気質というものなのかも知れないな。
「
と俺はそう言ってバッグを受け取って店を出た。
次に俺達は一旦ホテルに戻り、現金を入れたバッグを部屋の金庫に入れて、夕食の為にみんなで「浅草 今半」と書かれた提灯が灯るすきやき屋へと向かった。
趣のある木造店舗の中は、俺の中の日本人の心を溶かす様な落ち着きのある空間で、着物を来た女性店員が、俺達9人全員が入れる広めの座敷へと案内してくれた。
テーブルにはすき焼き鍋が2つ準備されており、俺がすき焼きを9人分注文すると、やがて野菜や肉を盛りつけた皿がテーブルに並べられる。
店員がお手本として、最初に肉を数枚鍋の中で焼いて、割り下を入れて軽く煮る様にし、溶いた生玉子を入れた小皿に高級な松阪牛を使ったすき焼きを入れて俺の前に置いた。
「よし、みんな。今のをお手本にして、あとは自由に食べてくれ」
と俺が言うと、みんなは「いただきます!」と日本語でそう言ってすき焼きを作り出した。
最初は生玉子に驚いていたシーナも、イクスが「これは美味しい!」と絶賛しているのを恐る恐る眺めていたかと思うと、俺も玉子に潜らせた松坂牛を旨そうに食べているのを見て、やがて俺の真似をする様に食べ始めた。
食べ始めるともう箸は止まらない。
すき焼きとはそういう料理なのだ。
すき焼きを食べ終えると、最後に店員が白米を持ってきて、すき焼きの残った割り下を使った雑炊を作ってくれた。
甘い割り下で作った雑炊に、上からかけた溶き卵が半熟で固まり、最後に細かく刻んだ青ネギと海苔を振りかけて、小さめの茶碗によそってみんなの前に置いて行ってくれる。
「ごゆっくりどうぞ」
と店員は額に汗を光らせながら、本当に気持ちの良い笑顔でそう言い、この店が名店と呼ばれる所以は料理だけではなく、店員のクオリティも大きいのだろうなと思った。
俺達は全ての料理を食べ終えると、大満足で店を出た。
料金はなかなかに高額ではあったが、クオリティを考えれば妥当な額だ。
2020年代に流行った、無駄に値段だけが高いカフェの料理を知っている俺からすれば、ここの料理はむしろ安いと感じる程だった。
「あれは牛の肉ですよね! あんなに甘く美味しい肉にする為に、どんな飼育をしていたんでしょうか」
とイクスは料理研究家の血が騒いでいる様だ。
「ああ、勿論牧場で放し飼いにしてたり、牛に酒を飲ませたりと飼育で工夫もしているだろうが、あの旨さの主な理由は『肉の熟成』だぞ」
と俺はそう言った。
「熟成?」
とイクスは新たな学びに目を輝かせている。
「ああ、温度と湿度を厳しく管理した倉庫内で肉を吊るしておいて、表面にカビが生えるまで熟成させるんだ」
「カビですって!?」
「ああ、そうだぜ。そして、カビが生えた部分をそぎ落として見れば、その中には熟成された最高に旨い肉が出来上がってるって訳だ」
「なんと・・・、いや、実際にあれを食べたら、それを信じるしかありません。学園でショーエンさんが言っていた発酵技術にも驚きましたが、熟成という概念があるとは・・・、まだまだ食を極めるまでの道は長いようです」
「しっかり研究して、最高の熟成肉を作れる様になってくれよ。この国の熟成肉は、この星の中でも一番旨いんだ。この国の肉のレベルを超える旨い肉が作れれば、お前は宇宙一旨い牛肉を作る男になれると思うぜ」
俺がそう言うと、隣にいたミリカが目を輝かせ、
「イクスが宇宙一の男になれるなんて! ああ! なんて素敵な事でしょう!」
と両手を組んで、もう我慢できないといった様子でイクスの腕に抱き着いている。
こりゃ、今夜はお熱い夜になりそうだな。
俺はそんな事を思いながら、ティアとシーナを両腕に沿えて、ホテルへと向かう道を歩いていたのだった。
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翌朝、俺達は「西浅草ビューホテル」をチェックアウトし、渋谷へと足を運んだ。
ガイアとテラの要望に応える為ではあったが、この時代の渋谷や原宿は、ロックンロール族やらカラス族やらが、歩行者天国になった道路の脇にラジカセを置いてロックンロール音楽を流しながら踊っているという風景が広がっていた。
リーゼント頭にサングラス姿で奇抜なファッションをした男達が躍っているのを、周囲で若い女たちが黄色い歓声を上げながら写真を取ったりしている。
中には一緒に踊り出す女も居たりと、この時代の日本人は全力で人生を楽しんでいる様に見えた。
テラが望んでいた様なクレープ屋の店は見当たらなかったが、ケータリングでクレープを売っている車の屋台を見つける事は出来た。
2020年代に渋谷で女子高生達が殺到していた店のクレープ程ハデなメニューは無かったが、テラはそれでもクレープを食べられた事を喜んでいたし、ティアやシーナにも俺がクレープを買ってやると、
「ホットケーキとはまた違った美味しさなのです!」
と言って、シーナは特に興奮している様だった。
2020年前後の女子高生の間で流行するくらいだ。現在進行形で女子高生と言えるシーナ達がクレープを気に入るのは当然の事なのかも知れないな。
俺達は渋谷から少し北上して、原宿の方へと向かう事にした。
この時代の竹下通りは既に「歩行者天国」になっていて、ここでは「ロックンロール族」やら「カラス族」と呼ばれる、リーゼント頭にサングラスをして、黒ずくめの衣装を着て音楽に合わせて路上で踊る若者達が沢山いた。
「あれは何をしているの? 運動?」
ティアが不思議そうにそう訊いた。
「ああ、あれはダンスって言って、まあ、リズムに合わせて身体を動かして、出来るだけ自身をカッコ良く見せようとしてる感じかな」
と俺がそう説明すると、
「カッコいい? アレが?」
とティアは、まるで石ころでも見る様な目で、踊っている若者達を眺めていた。
まあ、時代が古いので俺もアレをカッコイイとは思っちゃいないが、高校生時代はロック音楽が好きだったし、エレキギターを演奏したり、バンドブームに乗ってライブなんかもやった事もあるので、彼らの気持ちは何となく分かるつもりだ。
要は、彼らは「女にモテたい」のだ。
俺はティアに、動物が異性に対して行うセックスアピールの様なものだという事を説明し、
「ふうん・・・」
ティアは踊っている彼らの姿を眺めながらそう呟いたが、あまり納得できていない様な顔をしている。
「アレはな、見ててもツマラナイけど、参加すればそれなりに楽しめるものなんだよ。今度、機会があれば俺達もダンスに挑戦してみるとしよう」
俺はそう言うと、デバイスで時刻を確認した。
時刻は15時半を回っていた。
まだ早いかも知れないが、印刷屋に電話してみてもいい頃かも知れない。
俺達は竹下通りを原宿の方へ抜け、幹線道路の歩道に設置された電話ボックスを見つけて、印刷屋へ連絡してみる事にした。
「ああ! 待ってたよ!」
受話器を手に俺が名乗ると、印刷屋の主人は開口一番でそう言った。
「例の国会議員の先生に連絡したんだけどよ、あんた達の事を話したら『是非会いたい!』って大興奮でよ!」
と印刷屋の主人こそ興奮している。
「兎にも角にも『直ぐにアンタ達と会わせてくれ』ってうるせーからよ! 今夜にでも時間を作ってくれねぇかな」
なるほど、随分とアッサリと政治家とのパイプが出来そうだが、これは俺達にとってもいい話だし、断る理由は無いな。
「勿論デス。ドコデ待合セシマスカ?」
「それなんだけどな、神楽坂の料亭で会いたいらしいんだ。住所は聞いてるから、今から言う場所に向かってくれるか?」
「今カラデスカ?」
「ああ、今からだ。俺も直ぐに後輩の議員に連絡入れるからな! 何時くらいに行けそうだ?」
原宿から神楽坂なら国鉄だけで行ける。
代々木上原で乗り換えて、総武本線で飯田橋で下車すれば、神楽坂までは徒歩で10分程度だ。
直ぐに行けば17時までには余裕をもって到着出来るだろう。
「17時ニハ到着出来マス」
俺がそう言うと、印刷屋の主人は受話器の向こうで手を打って喜んでいるのが伝わる。
「よっしゃ! じゃあ今から場所を言うから、しっかりメモしてくれよ!」
メモなどとらなくてもデバイスで記録出来るのだが、
「ハイ、ドウゾ」
と、神楽坂の料亭「喜忍亭」の住所と、待合せ相手の議員の名前を教えてもらったのだった。
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「スミマセン、鮫沢先生トココデ待合セテイルノデスガ」
俺が料亭の入口扉を開けると、料亭の女将が出てきて、直ぐに俺達を廊下の奥の座敷へと通してくれた。
どうやらこの料亭は、国会議員のお忍び会談など珍しくも無いのだろう。
随分と慣れた対応で、言葉も少なく余計なおせっかいも無い。
これが高級料亭ってものなのかもな。
そう思いながら俺達は、20畳はありそうな広い和室に並んだ座椅子に座って待ち人が来るまでくつろいでおく事にした。
10分位経過した頃、部屋の襖が少しだけ開き、料亭の女将が顔を覗かせた。
「鮫沢様がお越しになりました。こちらにお通ししても宜しいでしょうか?」
「アア、オ願イシマス」
俺がそう返すと、女将は
「かしこまりました」
と言って襖を閉め、すり足で廊下を歩いて行くのが分かった。
今日会う鮫沢という男。
どうやら衆議院議員の中でも与党の重鎮として活躍しているらしい。
俺が子供の頃は、国会議員の名前など興味もなかっが、今はそういう訳にもいかない。
程なくして、襖の向こうで女将の声がした。
「鮫沢様をお連れ致しました」
「ドウゾ」
と俺が短く応えると、襖がスッと開き、格幅のいい60歳前後の男が三つ揃いのスーツに身を包んで現れた。
「いやぁ、急なお話で驚きましたが、お会い出来て光栄ですな」
野太い声でそう言う鮫沢を見ながら俺は、軽く情報津波を使った。
鮫沢隆二、59歳。
民自党の衆議院議員として4期目のベテランの様だ。
政党内では過去に2人の総理を輩出した中堅の派閥に属しているが、2年前に派閥のトップが病死して以後、派閥トップを狙っていたが政治力で敗れ、現在の派閥長を総理にして、鮫沢も大臣の座を狙って様々なコネクションを作っているらしい。
印刷屋の主人とは大学の山岳サークルで先輩後輩の関係にあたり、今回の面会は、俺をアメリカから送られた特殊工作員だと思ったからの様だ。
なるほどな。
つまりはアメリカから工作員が来るのは日常的な事であり、尚かつ工作員に取り入ってコネクションを作る事は、鮫沢にとっては光栄な事だという事だ。
そして間抜けな事に、鮫沢は俺達をアメリカの工作員だと思い込んでいる訳だ。
ならば利用させて貰うとしよう。
「私が鮫沢です。急な誘いにも関わらず、お越し頂けて光栄ですな。それにしても、皆さんは随分とお若いですな」
鮫沢は向かいの座椅子ドカっと座ると、俺達を見渡してそう言った。
「失礼致します」
と女将の声がして、中居が3人で大きな盆に乗った料理を卓の上へと並べ出した。
「酒は何がお好みですかな?」
と鮫沢が言いながら、両手でビール瓶と日本酒の瓶を持ち上げて俺に見せる。
「私はビールを。他の者は茶を」
俺はこれまで発音の勘を取り戻す為の練習をデバイスで作ったアバターにさせていた。これにより、カタコトだった俺の日本語が突然流暢になる。
俺の流暢な日本語に、女将が少し驚いた様に、着物の袖で口元を隠した。
「驚かせたかね?ミセス」
そう言いながら俺はグラスを持ち上げて鮫沢の前に付き出した。
鮫沢はビール瓶を傾けて俺のグラスにビールを継ぐ。
そして鮫沢がビール瓶を卓に置くと、今度は女将がビール瓶を持ち上げて、鮫沢のグラスにビールを注ぎ入れた。
「我々の出会いに、乾杯」
と鮫沢は言って、手に持ったグラスを俺のグラスに当ててチンと鳴らした。
俺はビールを一口飲み、
「鮫沢さん、あなたは総理大臣になる気はあるか?」
と言いながら鮫沢を見た。
鮫沢は驚いた様に目を見開いて少し動きを止めたが、直ぐにグラスのビールを一気に飲み干すと、グラスをタンッと音を立てて卓に置いて、背筋を伸ばした。
「私を総理にして頂けるので?」
鮫沢はそう言い、空になったグラスにビールを注ぐ女将に
「女将は席を外してくれるかね」
と声をかけた。
女将は
「失礼しました」
と畳に両手を付いてお辞儀をし、そのまま座敷を出て襖を閉めた。
「君が使える男なら、総理大臣にしてやろう」
俺は努めて工作員らしく振る舞いながら、「但し、我々の要望を満たせた場合の話だ」
と付け加えた。
鮫沢は値踏みするように俺達の顔を見渡し、ティアの姿に目を留めて少し鼻の下を伸ばしていた。
「随分とお綺麗なエージェントですな。こりゃ、男として美人に喜んで頂ける様に頑張らんとイカンでしょう」
と鮫沢はそう言うと、ビールをもう一口だけグビリと飲み、「詳しいお話を伺えますかな?」
と付け加えた。
「宜しい。では、我々の要望を伝える」
この男は、どうやら大臣になる為なら少々の悪事など意に介さないらしい。
そこで俺は、少し要望を増やして伝える事にした。
先ずは俺達の日本での住居の確保。
更に全員の日本国籍と、それを証明する為の身分証の発行。
そして、会社の設立と様々な資格の取得に必要な経歴の捏造だ。
「なるほど。私に官僚を動かす事が出来るかどうか、試そうという訳ですな」
「出来ないのか?」
と俺がまるで下らない物でも見る様な目で鮫沢を見ると、鮫沢は巨躯を少し身震いさせて、右手で自分の額をペチンと叩き、
「腹を括るしか無いという事ですな。分かりました。やらせて頂きましょう」
と言って、今度は身体を前のめりにさせると、
「で、ご要望が全て叶った後、私はいつ総理大臣になれますかな?」
鮫沢の目は俺の目をじっと捉えていた。
ここまでトントン拍子で話が進んではいたが、鮫沢も俺達が本当にアメリカの工作員なのかを再確認したいのが分かった。
俺は過去の記憶を呼び起こしながら、鮫沢の目を見返した。
「1985年に、ニューヨークのプラザホテルで日米為替のルールを変える会議を行う。今の外務大臣が参加するのだろうが、持ち帰ったアメリカの要望を、総理大臣は合意しないだろう。しかし、合意しない場合は、日本で民間の飛行機の墜落事故を起こす。被害者の救助活動を我々は支援するフリをして邪魔をする。その時に、お前は救助活動がうまくいかない責任を、全て総理大臣に押し付けろ。それが俺達が与えるチャンスだ」
俺はそう言うと、席を立ってシーナの顔を見た。
シーナは頷いて300万円分の金塊を卓に置き、
「シッカリ働きナサイ」
と、まだカタコトが抜けない日本語でそう言いながら立ち上がり、俺の隣に立った。
それを合図に他のメンバーも立ち上がり、先に襖の外へと移動した。
俺は鮫沢のほうに顔を向けて、
「お前が私のコマになるなら、長い政権を経験させてやる。もし裏切れば、この国が滅ぶと思え」
俺はそう言ってニヤリと不敵な笑みを浮かべて見せた。
鮫沢は俺を見返し、身震いしながら正座して姿勢を正し、俺に向かって土下座した。
「総理になれるなら、毒を食らう覚悟は出来ております。必ずやご要望にお応え致します」
と、畳に額をつけながらそう言ったのだった。
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