第五章 地球を目指す頃

全ての始まり

 俺達が基地内にある会議室の様な部屋に通されて大きなテーブルの奥側に並んで席に着くと、クラオ団長は俺達とテーブルを挟んだ向かい側の席に座った。


 クラオ団長は少し険しい表情をしていた。


「さて、まずはあなた達の無事の帰還を祝いましょう」

 とクラオ団長はそう言い、お付きの男に飲み物を持ってくる様に指示をした。


「あら、新しいメンバーが増えたのね」

 とガイアとテラの姿を見つけたクラオ団長がそう言った。


「はい、ガイアと、そしてこっちがテラと申します」

 とガイアが自己紹介をした。


「まあ、神々しい名前だこと」

 とクラオ団長はそう言って俺を見た。


「ショーエン、あなたは以前、いつかガイア星に行きたいと言っていましたね?」


「はい。覚えて頂けていたとは、光栄です」

 と俺が答えると、クラオ団長は、

「それについて話さなければならない事があります」

 と言って、再び険しい表情になった。


 何だ?


 地球に行く事に何か問題でもあるのか?


 確かクラオ団長は過去に地球を管理していたはずだよな?


 そもそも日本の龍神を祀る神社の1つ、京都の貴船神社が祀るクラオカミノカミとはクラオ団長の事ではないのか?


 そう言えばレプトがおかしな事を言っていたな。


 俺達の理想郷とはテラである筈だとか何とか。


 つまり、俺が目指すべきは月の筈だってな話だ。


 とんだ世迷い言だと一蹴してやりたい話だが、もしかして、それと関連する話だろうか?


 俺がアレコレ考えている間もクラオ団長は押し黙ったまま、俺達に話すべき事の言葉を選ぶのに悩んでいる様にも見える。


「クラオ団長、どうか悪い話であったとしても遠慮なくお話し下さい。俺達は大抵の事に耐えられるだけの経験を積んできたつもりですよ」


 俺はクラオ団長を気遣うつもりでそう言った訳でも無いのだが、クラオ団長は安心した様に肩で大きくひとつ息をついて、


「気を使わせてしまいましたね。分かりました。では、ガイア星の真実について話しましょう」

 と、少し柔らかくなった表情で俺達の顔を見渡しながら言った。


「ガイア星について語るには、先ずは私達の祖先の話から始めなければなりません」

 とクラオ団長が語りだした。


 クラオ団長の話によると、俺達プレデス星人の祖先が「プレデス星で生まれた訳ではない」という事だった。


 元々は太陽系の惑星「マーズ」が起源とされていて、それが「人間の起源の星」なんだとか。


 つまり、火星の事だよな。


 そして火星で増殖した人間は、高い知能を持ち、火星から採掘される様々な資源から、エネルギーや金属、食材や薬、果ては電気や反重力物質に至るまで、様々なものを開発してきたそうだ。


 ところが、止めどなく溢れるアイデアや可能性を求め、人々は貪欲に資源を求める様になり、やがて火星の資源は枯渇の危機に陥ったのだとか。


 そこで目を付けたのが、火星から最も近い青い惑星であるガイア。つまり、地球の資源だったという訳だ。


 当時の地球には、それなりに秩序が保たれた文明があったそうだ。


 世界の統治者となっていたのは竜族で、様々な動物の交配によって配下を創造し、しかし大自然と共存する社会が築かれていたんだとか。


 そこで地球の豊かな資源を欲しがった火星の人間は、竜族とのコミュニケーションを試みた。


 その際に、人間の発明品を色々な竜族に見せてみると、竜族はそうした発明品にとても興味を持ったらしい。


 更に竜族は「高度な発明が出来る人間の遺伝子を竜族と掛け合わせると、高度な知能を持った竜族が生まれるのではないか」と考えた様で、竜族の長は、火星からやって来た人間との間に子を作る事を条件にして、地球の資源を分配する事を認めたそうだ。


 そうして生まれたのが、2種類の竜人だ。


 竜の姿ではあるが知能が高いドラゴン。そして、人の姿ではあるが知能はさほど高く無く、しかし体表が鱗に覆われて強靭な肉体を持った竜人。


 竜族は、比較的身体が小さい「竜人」を好んだ。


 自然界では、身体が小さく強靭である方が獲物を捕らえる上でも便利だったからだ。


 しかし「知能が高い竜人」がなかなか生まれない事に不満を持った竜族は、火星の人間を竜人の配下として融通する事を求めて来たという。


 つまり、知能の高い人間を竜人の為に働かせたかったという事だろう。


 人間は、その竜族の長の要望は一旦は断ったが、地球の生物と人間の遺伝子を掛け合わせて新たな人類を創造する事を約束した。


 そうして地球上に、人間の姿に似せて作った「人類」が生まれた。


 掛け合わせる生物の差によって「人類」は4種類に大別された。


 比較的知能が高い「白い人」。

 比較的体力が高い「黒い人」。

 貧弱だが感覚が鋭い「青い人」。

 バランス力が高い「黄色い人」。


 なるほど。

 白人、黒人、黄色人と・・・、青い人は初めて聞いたな。


 ともかく、その4種類の人類を竜人の配下として創造し、交配する事によって数を増やし、そのおかげで竜族は高度な文明を築く事が出来たのだという。


 人間は、地球の「人類」からの資源の供給を受ける為に、地球の近くに巨大な基地を作る必要があった。


 そうして長い年月をかけて作られたのが「テラ」だという。


 つまり、月は人工的に作られた「巨大な基地」だという訳だ。


 しかしその後、地球にとって重大な事件が起きた。


 それが小惑星の衝突だ。


 竜族の国は衝突場所からは離れていたが、その後にやってきた地球規模の氷河期によって命を脅かされ、逃げ場を失っていた。


 そこに火星の人間達が、竜族を他の惑星へと避難させる為に巨大な宇宙船を用意した。


 それにより、竜族の一部は地球から脱出する事が出来た。


 一時的に竜族を避難させる場所として選ばれたのが「テラ」。つまりは月だ。


 月の中には宇宙船の製造工場もあり、竜族を危険視していた人間達は、早急に竜族をどこかに追いやらなければならないと考えていたのもあって、光速航行が可能な最新鋭の宇宙船を、竜族の避難用の船として提供する事を決めた。


 様々な情報を収集し、別の銀河に竜族が住めそうな惑星を見つけ、人間達は竜族に移住を勧めた。


 その惑星が「レプト星」だ。


 レプト星は、地球と比べると重力が6倍近くある。

 しかし、竜族の強靭な肉体ならば移住は可能だろうという説得が叶い、竜族はそれを承諾した。


 しかし、竜族は自分達だけで別の星系に移住するのは不安があると言った。


 何か困った事があった時に、やはり人間の知能を必要とするという訳だ。


 そこで、その宇宙船には100人近い人間も一緒に乗る事になり、その星系までの航海で同行する事になった。


 航海の途中で、人間達はレプト星とは別の人間の移住に適した惑星を見つけた。


 それが「プレデス星」だった。


 竜族の希望もあり、宇宙船に乗った人間達は、プレデス星への移住を決めた。


 レプト星もプレデス星も、自然の豊かな星ではあったが、竜族や人間が住めるように開拓するには、やはり知能の高い生き物の知恵が必要だった。


 そこでプレデス星では知能が高い人間を創るプラントを作り、レプト星の開拓と、プレデス星の開拓を同時に行う事になった。


 プレデス星は、人間の製造プラントを作る事には成功したが、増加する人間を居住させるには大陸が小さすぎた。


 9割が海という惑星であった為、増え続ける人間を移住させる惑星が必要になった。


 そこで、最も近い惑星を開拓し、そこで人間が生活できる様にした。


 それがクレア星だ。


 人間達は、火星の資源が枯渇した事や、地球が小惑星の衝突によって機能不全に陥った経験を経て、更に他の惑星の開拓をしておく事が重要だと考えた。


 そうして出来たのが「惑星開拓団」なのだという。


 惑星開拓には、人間の中でもより高度な知能を持った者が必要となる。


 そこで、クレア星を「惑星開拓団」の育成を主とする星と定め、プレデス星を「人間創造」の為の工場にする事を決めた。


 一方その頃、地球から資源を吸収できなくなっていた火星は、みるみる資源が枯渇してゆき、やがて人間が居住する事も困難な状況に陥っていた。


 そこで火星から脱出し、一時的に月へ避難する事になった。


 月へ避難した人間達は、地球の補修をする事を決めた。


 惑星開拓技術に長けた人間は、数千年の時をかけて地球を補修する事に成功した。


 すでに竜族は居ない地球の資源を自分達で自由に出来ると思い込んだ人間達は、地球に移住する事を決めた。


 しかし、移住を決めて準備をしていた時に気付いた事があった。


 一部の竜族が、一部の生き残った人間達によって守られていた事を。


 そして、地球の自然治癒力による機能回復を待っていた数千年の間に、人間達は小さな文明を作っていたのだ。


 結局、月から調査団を派遣し、地球の現状を調査する事になった。


 生き残った竜人は「シュメール」という男だった。

 少数しか居ない軟弱な人間達を襲う獣等から人々を守る王として君臨し、その代わりに人間達はシュメールを王としつつ高度な文明を高い知能を活かして創っていたのだった。


 過酷な環境だった地球上で、竜人と人類は生きていく為に、持ちつ持たれつの関係だったという訳だ。


 調査団はそれを見て感動したという。


 人類が、火星人の協力も無いのに独自の文化を創り上げていた事にだ。


 そして調査団はこうも思った。


 この先、どのように発展するのかを見てみたい、と。


 月に帰った調査団は、地球の状況を鑑みた上で、今後も地球の独自の発展を見守る事に決めた。


 しかし、今の人類の数だけでは、何かの災害が起こればすぐに滅びてしまうかも知れない。


 なので、実験も兼ねて少しだけ手伝う事にした。


 まず地球の南半球に、体力に長けた「黒い人」を作って資源を保存させようとした。


 次に知能に長けた「白い人」を作って北半球に配置し、独自の文明をどの様に作っていくのか観察する事にした。


 最後に、一番大きな海の真ん中に世界の大陸を模して作った島国を作り、バランス力に長けた「黄色い人」を作って配置し、世界の発展との比較対象にした。


 そして、赤道直下に残っていたシュメール達はそのままにしておき、火星人達は月から人類の観察を始める事にした。


 月日が流れ、やがてシュメールは滅んだが、人間との間に子孫を作っていた。

 竜の血は薄くなってゆくが、紛れも無く竜人の子孫が存在していた。


 竜人の子孫には、これまでの歴史についてきちんと伝承されていた様で、いずれは地球を竜族の星として取り戻す事を目論んでいる様だった。


 しかし、その間にも人類は増え続けた。


 1億年位経った頃、地球にはいくつもの国が出来ていた。


 竜人の血筋は受け継がれていたが、その頃には竜の血は薄まっていて、ほとんど人間と大差は無い様に見えた。


 千年に一度、火星人は月から調査団を送り、地球の様子を現地で確認していた。


 その時に出会う人類は、火星人と比較すれば技術力は随分と低かったが、文化力は想像を絶するほどに高かった。


 天から舞い降りる調査団の姿は、地球上の人類には神々しく映った様で、調査団は地上の人類から「神」と呼ばれ、伝承が残されていった。


 そんな中、地球上での調査で人類に可能性を感じていた一人の男が「地球に住みたい」と言い出した。


 その男は人々から「神の化身」と呼ばれ、彼らの価値観に合わせるべく「私は神の子だ」と名乗った。


 しかし、これまで調査団と触れ合って「神の姿」を思い描いていた、人類の国の統治者の一人は、自らを「神の子」と名乗る男が居る事が許せなかった。


 しかし、人類には想像も出来ない様な、奇跡的な技術を目の当たりにした民衆が増えるにつれ、「神の子」の人気は高まっていくばかりだった。


 それがどうしても許せなかった人類の国の統治者の一人は、「神の子」を名乗る男を、でっち上げた人類が作った罪によって処刑してしまった。


 やがて、世界中に散らばる「調査団に出会った事がある人類」によって、様々な「神」という概念が作り上げられた。


 そして、「神から聞いた言葉」を聖なる言葉として記録したものを子々孫々に受け継ぐ為に、仲間を集めて神殿を作り、「聖書」や「コーラン」等と呼んで大切に保管していた。


 しかし、彼らが出会った調査団の人間はそれぞれ別々の人間だ。


 話した言葉も違えば、価値観も違う。聞いた人類側の解釈が様々だった事もあり、地球上の人類は、「宗教」によって分裂し、やがては「自分の信じる宗教が最も尊いのだ」と考える様になってしまった。


 そのエゴが人類の分裂を生み、人々は対立し、やがては人類同士が殺し合う様にまでなってしまった。


 それらを月から見て不憫に思っていた火星人だったが、面白い人類の動きも察知していた。


 それは「黄色い人」の動きだった。


 小惑星の衝突によって「青い人」が絶滅してしまった今、他の人種よりも「感覚」が鋭い黄色い人が、月からの微弱な電波を受信しようとしていたのだ。


 それは実際に成功していた様で、黄色い人は「神」の存在が沢山居るのだと理解していた。


 他国から得られる情報も無下にせず、様々な情報を吸収して、最もバランスの良い「人類の在り方」を探求していたのだ。


 そして「調和がとれている事が最も尊い事だ」という価値観に行き着き、彼らはそれを体現する「神の代弁者」とする事に決めた。


 島国に住む黄色い人類は、神の代弁者が体現する生き方を参考にして生活を営む様になっていた。


 欲望を抑え、助け合う事で調和を作り、限られた資源の中で幸福に生きていくモデルを創り上げようとしている様だった。


 月から見ていた人間達はその考え方に感銘を受け、プレデス星に移住した同胞達にも様々な可能性についてレポートを送って情報を共有する事にした。


 一方、人間の生産工場として機能していたプレデス星の統治者は、月からの情報を受けて喜んだ。


 プレデス星では、遺伝子上では優秀な人間が生産されているはずなのだが、成長と共に病弱になったり精神を崩壊したりする事例が後を絶たずに、その原因を調査中だったからだ。


 月からの情報を得たプレデス星の研究者は、それが人間の体内の7割を占める「水」にある事を突き止めた。


 既に地球でも一部の人類が信仰をしているという対象に「水の精霊」というものがあったのだ。


 これの研究を行った結果、水には感情があり、水の気分次第で人間の健康を左右する事が分かったのだ。


 そこでプレデス星は「水にストレスをかけない社会構造」を徹底的に研究して設計し、現在の様なプレデス星の社会が出来上がったのだという。


 つまりプレデス星人とは、レプト星に住む竜人の発展をサポートする人間を生産する工場でありながら、優良な火星人の遺伝子を最良な状態で継承してゆく為の星でもあった訳だ。


 なので、プレデス星で「レプト星に相応しい人間」はレプト星に送還して竜人達への「祖先の時からの約束の品」となり、「惑星開拓に相応しい人間」はクレア星に移住させて、火星人が望む「優秀な火星人」を育成しているという訳か。


 で、惑星開拓団の中でもエリートである人間は、祖先の火星人と同じ能力があると認められる為、プレデス星人にとっての「最高の栄誉」とは、月に招待されて、月の居住者になる事だという事らしい。


 そして、俺が「ガイアに移住したい」と言った事は、「地球の人類に殺されるリスクが高い」というのが惑星開拓団の上層部の見解で、なので俺の希望は簡単に認められないだろうっていうのが、クラオ団長の話の全容だった。


「クラオ団長・・・、ひとつ、質問してもいいですか?」

 と俺は、いつの間にかテーブルに置かれていたお茶を啜りながら口を開くと、クラオ団長は静かに頷いた。


「クラオ団長はガイアに行った事があると言ってましたよね? それは、テラに居たという意味ですか? それとも、本当にガイアに降りたという意味ですか?」


 俺の質問にクラオ団長は静かに息を吐き、一度目を瞑ってから少し遠くを見る様に目を開けて、昔を思い出す様に話し出した。


「私がテラに居た時に、一度だけガイアの調査団に任命された事があるのです・・・」


 クラオ団長の話はこうだ。


 惑星開拓団の中でも、特に遺伝子工学について優秀だったクラオ団長は、ガイア星の中でもバランス力に優れた黄色い人種について、参考に出来る能力が他に無いかを調査する為に調査団員に任命されたそうだ。


 その時の調査団は3名で構成されたらしい。


 3人共に遺伝子工学のエキスパートで、今回の調査目的は明快だった。


 共に調査団に任命された男は「白い人」の調査に、もう一人は「黒い人」の調査に行く事になった。


 これは遺伝子の差を比較する為に必要な調査だった。


 しかし、クラオ団長がガイアの島国に降り立った時、運悪く現地の黄色い人に見つかってしまったらしい。


 クラオ団長は「もしかしたら殺されるのでは」と恐怖し、辺りを見回して遺伝子改造で創造した生物で身を守らせる事が出来そうな動物がいないかと考えていた。

 すると、やぶの中にヘビの姿を見つけた。


 うまくすれば小さな龍が作れるかも知れないと考えていたが、黄色い人は、かなり訛りのあるプレデス星の言葉で

「天女が降りて来なすったで。なんも持ち合わせとらんが、こいでも食べてみい」

 と言いながら、懐から取り出した植物の葉で包まれた白い柔らかな玉を差し出されたという。


 言葉は聞き取りづらいし、デバイスは通じない。


 しかし言語はプレデス星の言葉にも似ていて、どうやら善意で白い玉を差し出したのだという事は感じたそうだ。


 そして、恐る恐るその玉を受け取ると、黄色い男はもう一つ同じ物を懐から取り出し、包み紙を広げて取り出した白い玉を、自分の口に運んで食べてしまったという。


 黄色い男が同じ様にしろとばかりに見て来るので、クラオ団長は一口だけかじってみたらしい。


 すると、モチモチとした中にほんのり甘い味がして、もう一口食べてみると、それはとても旨いものだったそうだ。


 俺が思うに、クラオ団長が食べたのはおにぎりか何かってところだろうな。


 で、それに感謝したクラオ団長は、何かその男に善行で返す事が出来ないかと思い、藪蛇を捕まえてその場で遺伝子の改変を行い、小さな龍を作って小型デバイスを埋め込み、黄色い男の用心棒として渡したそうだ。


 その場はそれだけで済んだそうだが、その頃の日本て何時代なんだろうな?

 クラオカミノカミと言えば古事記とかにも出て来る神様だ。


 クラオ団長の肉体年齢からすると、およそ50年前くらいの出来事か?

 光速移動による時間差を考えると、西暦1500年位の出来事って事か?


 だとすると、古事記が書かれた時期と合わない気もするが・・・


 俺はそんな事を考えながら話の続きを聞いていた。


 クラオ団長は日本に降りて人々の営みを見て回ったが、技術力は低いし、そもそも金属を製造する技術が見当たらなかった。


 しかし、刃物だけは金属が使われていて、黄色い人はその刃物を使って、動物や人も切っていた。


 しかも大勢の人がぶつかり合って刃物同士を切りつけ合っていたらしく、恐ろしくなったクラオ団長は1か月も滞在する事が出来ずに月に戻ったんだそうだ。


 月に戻ったクラオ団長は、遺伝子の調査がうまくいかず、臆病だった自分を恥じていたそうだが、1か月後の調査終了時期になっても他の調査団員が戻って来ず、デバイスで調査した結果、現地の人類に殺害された事が分かった。


 結果、ガイアの人類の動きは、もうしばらく月から傍観するという決定がなされたそうだ。


 で、月での成果を挙げられなかったクラオ団長は、テキル星の惑星開拓団に配属され、この星の生物の遺伝子で作った巨大な龍の活躍もあって龍神として成果を出せた為に今の団長としての地位で居られるという事の様だ。


 なるほどな。


 これは、地球の歴史や地球人について無知であるが故の失敗談だ。


 俺が同じ失敗をするとは思えない。


 が、少し気になる事もある。


 てっきりクラオ団長は京都の神社に祀られるクラオカミノカミの事だと信じて疑わなかったけど、それが誤解かも知れないという事だ。


 だって、時間軸が合わない。


 俺の前世の最後の記憶が西暦2035年だ。


 そこから転生してプレデス星で生まれた訳だが、俺が地球で死んだと同時に転生したのだとしても、あれから18年近く経過している訳で、つまり今の地球は西暦2043年にはなっている筈だ。


 そこから500年ほどさかのぼったところで、地球は西暦1550年位の筈だ。


 日本の歴史で言えば室町時代、足利義輝が治めていた時代の筈で、その頃に「金属が刃物しかない」なんて事は無かった筈だ。


 それに京都の貴船神社に残されている伝承の内容とも違うし、クラオ・カームと名乗ったのが「クラオカミノカミとして伝わった」という俺が信じていた仮説は破綻しちまった訳だな。


 何だよ、ちょっと歴史ロマンを感じていたのに。


「とにかく、あなた達が如何に優秀だとしても、いえ、優秀なればこそ、あなた達をガイア星に降り立つ危険に晒す事は認められません」


 クラオ団長はそう話を締めくくった。


「そうでしたか・・・」

 と俺は腕を組んで目を瞑り、どうしたものかと考えた。


 調査団が殺されたという話は理解したが、それは中世の歴史上の出来事だ。


 第二次世界大戦後の地球に住む人類は、今の俺達の姿を見ても「神様」だなんて思わない筈だ。


 勿論、空から降って来る姿を目の当たりにされたらどうなるか分からないが、こっそり地上に降り立ち、どこか発展途上国で身分証を作成、そしてどこかの先進国に移住するという手順を踏めば、命の危険など大してある様には思えない。


 それには資金が必要になるのは確かだが、バティカでジューンに貰った金塊を売れば、かなりの資金になる筈だ。


 そこから情報津波をうまく使えば金儲けなどいくらでも出来るだろうし、俺には明るい未来しか見えないんだけどなぁ・・・


 うん。


 やっぱ、俺は地球に移住したいよな。


 俺はそう腹を決めて目を開けた。


「クラオ団長。俺達はそれでもガイア星への移住を目指したいと思います。何の偶然か、ここにはガイアとテラという名を持つメンバーも揃っています。この巡り合わせは、きっと大いなる力の賜物だと思うのです」

 と俺は食い下がってみる事にした。


「大いなる力・・・ですか。星の記憶を記す存在があるというのは伝記として知られていますが、その存在を実際に見た者は居ませんよ?」

 とクラオ団長がそう言うと、テラがそこで立ち上がり、


「私は星の記憶を見た事があります」

 と口にした。


 みんながテラを見た。


 ガイアが「はあっ」とため息をついて「仕方が無いな」とでも言う様に肩をすくめ、「クラオ様、実は私も星の記憶を目にした事があります」

 とそう言った。


「それは本当ですか?」

 とクラオ団長は疑っている様子だ。


 ガイアとテラは頷いて、

「確かにこの目で見ました。しかし、それを見たのはこの世界でではありません。ガイアで見たんです」

 とテラがそう言い終えるのとガイアがテラの口を塞ごうとしたのが同時だった。


 ガイアに口を塞がれたテラは「モガッ」と変な声を出したが、もう手遅れだった。


「それはどういう意味ですか?」

 とクラオ団長は険しい顔でガイアを見ている。


 ガイアはその剣幕にビビッてしまった様で、顔はクラオ団長の方へ向けたまま、視線を俺に向けて来た。


 はあ~・・・、余計な事を言っちまったな。


 さて、どうやってこの場を納めるべきかね。


 俺は考えを巡らせ、頭の中で最善の方法を模索した。


 ガイアとテラは違うが、俺達はまだ学生だ。


 行動の自由を得る為には、学園や惑星開拓団の想像を超える優秀な成果が必要だ。


 それに比べて、ガイアとテラは惑星開拓団の中でも落ちこぼれで「移住者グループ」に所属してテキル星に移住しただけだ。


 クラオ団長がそんな二人の意見を鵜呑みにする筈がない。


 仕方が無い、ここはアレしか無いだろうな。


 どんな不可思議な事も、全て解決できる万能の言い訳。


「クラオ団長・・・、実は・・・」

 と俺が口を開くと、みんなの視線が俺に向けられるのが分かった。


 俺は目を開けてクラオ団長を見据え、

「実は、俺も星の記憶と思しき本を、ガイアの地上で見た事があるんです」

 と言うと、クラオ団長だけならず、ティアやシーナまでが信じられないといった表情で俺を見て身を乗り出した。


「その本のページは全て白紙で、だけどそれに触れると、俺の頭の中にものすごい量の知識や情報が流れ込んできたんです」

 と言うと、クラオ団長は震えながらゆっくりと身体を起こして立ち上がろうとしていた。


 そして俺は、笑顔で言った。


「いやまあ、夢の中での話なんですけどね?」


 ドンガラガッシャーン、という擬音が聞こえてきそうな程に、クラオ団長を含むその場の全員が見事にズッコケた歴史的な瞬間なのだった・・・。

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