魔境(10) 惑星開拓団への帰還
「あれから1年半になるんだな」
と俺はレプトの王城の跡地に建てられた神殿の最上階の窓から見える海を眺めながら呟いた。
俺の側にはティアとシーナが並んで立っていて、俺の呟きに呼応する様に
「あっと言う間だったね」
「過ぎてみれば早いものなのです」
と言った。
フェムトの解放から18か月、俺達は様々な事を行ってきた。
各国を回って政治塾を作り、それぞれに議会制度を作って民主国家として代表者を選出し、人々の手によって国を治める制度を作って来た。
更に農業以外の産業を沢山作った。
最も大きなものは自動車産業だ。
これはメルスの働きが大きい。
ガイアとテラも手伝ってくれたし、バティカに残してきたジューンに再会し、バティカでの資源採掘が思いのほか拡大している事も助けとなって、俺達は軽油を燃料として動かせるエンジンの開発に成功し、いわゆるディーゼルエンジンで動く自動車産業を確立したのだった。
前世の自動車メーカーが作る自動車には遠く及ばないが、エンジンとトランスミッションの設計と試行錯誤はメルスとライドが能力をフルに発揮して何度も失敗を繰り返し、それでも1年と経たずにモデルになる燃料自動車を完成させた。
そして多くの技術者を教育し、資源採掘、鉱石採掘、金属製造、金属加工、部品製造、そして電気産業までに発展していった。
発電技術はティアが能力を発揮してくれた。
前世の地球では原子力発電が主流だったが、俺達は日光による発電を主とした。
なので、天候によって発電能力は劣るが、この青い星に相応しいクリーンエネルギーが作れたと自負している。
重力制御の技術はここでは作れなかったが、これは俺達が特別な存在であり続ける為には触れてはいけない技術だったと思う。
人々には信仰が必要だ。
その信仰の対象は、やはり特別な存在でなければならないのだろう。
俺達が自由に空を飛ぶ姿は、彼らにとっては神々しい姿であったはずだ。
そしてその技術には手を出してはならないと、人々はそう考えたのかも知れない。
ま、俺も重力制御の技術は仕組がよく解っていないんだけどな。
そして文化の発展は目を見張るものがあった。
食文化はイクスの寄与したところが非常に大きい。
何より、全ての国に野菜工場を作り、人々から飢餓の不安を取り除いたのだから、その成果は人々から聖人扱いされて然るべきものだった。
そしてどこの街に行っても人々が華やいでいる。
これはミリカが作った衣装の文化が為せる業だ。
そして、衣装の文化は各国に合わせて独自のカラーを持たせていた。
それは、旅の商人がもっと他国への流通を行うべきだと考えたからだ。
各国の軍隊には、農村を襲う獣や、時折現れる盗人から人々を守る治安部隊として活躍してもらう事になった。
盗人が現れたのは、これまで既得権益にありついていた連中が、市民権を取り戻した庶民達から疎まれて生活しにくくなった事がキッカケで発生しだしたものだが、元々魔王の利権にあやかっていた者は少数であるし、窃盗や強盗の罰も厳しくしているので、徐々に数は減っている様だ。
そしてこの星の統治が概ね済んだと思える様になったのが最近の事で、シーナが普及した有線電話の仕組みが大陸中に張り巡らされれば、俺達がこの星でやるべき事は終わると言っても過言では無い筈だ。
人々は平和を満喫している。
フェムトの首都の中央広場には俺達7人の石像が建てられた。
そしてそこには小さな
「有線電話の工事は、あと数年はかかりそうだな」
と俺が言うと、シーナは
「あと6年はかかるのです。だけど、あとはこの星の人間達だけで出来る筈なのです」
と答えた。
「だよな」
俺は振り返ってティアとシーナを見て、
「この星での研修は楽しかったか?」
と訊いた。
ティアとシーナは顔をほころばせ、笑顔になっただけで言葉は発しなかった。
気が付けば、俺達はみんな17歳になっていた。
この18か月の間であの本の情報も調べたかったが、情報は何も得られなかった。
レプトで得られた物と言えば、魔王達が乗って来たであろう小型の宇宙船を見つけた事くらいだ。
宇宙船のメモリーにはあいつらの記録が残っていた。
日記の様なものだったが、そこに書かれていた内容は概ね「ガイアへの憧れ」だった。
龍と人間の故郷であるガイア。
いや、元々は竜の星だったと言っていい。
それが小惑星の衝突によって破壊され、火星を拠点にしていた人間が地球を復興し、いつしか人間が地球を支配していた。
そして、レプト星に避難してガイアへの帰還を夢見ていた竜達は、90億人にまで膨らんだ人間を相手にする事が出来ず、こっそりとガイアに忍び込み、裏からガイアを支配して転覆しようと目論んでいる事等が記録されていた。
もう何人かのレプト星人はガイアに潜伏しているという情報もあった。
それがいつ頃の事かは記録からは読み取れなかったが、もしかしたら、俺の前世でも既にレプト星人達は人間を操っていたのかも知れない。
だとしたら、今の地球はどんな状態になっているんだろうか?
やはりそれが気になって仕方が無い。
「そろそろ、ガイアを目指す事にしよう」
俺がそう言うと、ティアとシーナは頷いた。
レプト達が使っていた小型宇宙船は今でも動かせそうだった。
テキル星開拓団の基地まで移動するのは容易い筈だ。
「まずは小型宇宙船でバティカに戻り、それからクラオ団長の元に帰る。そして、クレア星に戻って学園を卒業しよう」
「とうとうクレア星に帰るのね。何だか懐かしい様な、だけど少し怖い気もするわね」
とティアが言った。
「どうして恐いのですか?」
とシーナが訊く。
「だって、今からクレア星に帰っても、クレア星では3年経過した事になるのよ? どんな風に学園が変わったのか、ちょっと考えると怖くならない?」
「確かに・・・そうかもなのです」
俺は渋い顔をして考え込む二人を見ながらフフっと笑い、
「変わったとしても、俺達がやって来たことだ。決して悪い変化は起きてない筈だぜ」
と言って二人を抱きしめた。
「お前達を愛しているぞ。俺もここでは本当にいい経験が出来たと思っている。辛い時もあったが、お前達はいつも俺を救ってくれていたぞ」
「私達をいつも救ってくれてたのはショーエンなのです・・・」
とシーナは少し涙声になっていた。
ティアもすすり泣きながら
「有難うショーエン。本当に沢山の事が学べたわ」
と言って俺の背中に腕を回して抱きしめた。
「よし、みんなを集めよう」
俺はデバイスで、メルス達に召集をかけた。
レプトの議事堂に居る人民総理大臣に別れを告げる為に。
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「これでお別れとは、とても寂しいですな、御使い様」
と総理大臣は寂し気な表情だ。
「お前達の事は龍神がこれからも天より眺めている。人々の力ではどうにもならない危機があれば、龍神が再び使いを寄こすだろう」
俺は淡々とそう言い、総理大事と握手を交わして踵を返した。
俺の挨拶を直立したまま見ていたメンバーが俺の姿を目で追っている。
左から、テラ、ガイア、ティア、シーナ、メルス、ライド、イクス、ミリカ。
「ライド。小型宇宙船の準備は整っているか?」
俺の言葉にライドが頷き、
「準備万端です」
と返事をした。
「よし、先ずはバティカに向かうぞ」
と俺が言いながら歩き出すと、皆も俺が通り過ぎるのと同時に踵を返して俺の後を付いてくる。
それを議事堂の人々が、誰とも無く拍手を送り、いつしか全員が拍手をしながら俺達の姿を見送った。
議事堂を出ると、この星で作った最新型の自動車が停まっていた。
「お送りします。どうぞお乗りください」
と運転席から出て来たのはダグラスだった。
「何だ、わざわざレプトまで来たのか」
と俺が声を掛けると、
「勿論で御座います。今の幸福があるのは、全て皆様のおかげです。それに、この自動車という乗り物ならば、フェムトから半日もあれば来れますからな!」
何とまあ、今朝電話で別れを告げたつもりだったが、そこから直ぐに走って来たという訳か。
「そうか。ではお言葉に甘えて乗せてもらうとするか」
俺達はダグラスに促されるままに自動車に乗り込んだ。
「神殿の裏まで頼む」
と俺はタクシーよろしくそう言うと、
「承知しました!」
とダグラスがシフトレバーをガチャリと動かして自動車を発進させた。
乗り心地は悪くない。道路の舗装も同時に進めた効果もあるが、サスペンションへのこだわりもあって、衝撃吸収効果は抜群だ。
シートも良い。元々馬車のシートが良く出来ていたので、その技術を流用したものだが、サスペンションとの相乗効果で乗り心地は前世の自動車よりも良い位だ。
「しかし、御使い様のお力は我々の様な凡人には計り知れませんな。たった2年でここまで世界を大きく変えてしまわれるのですから」
とダグラスが運転をしながらそう言った。
「ショーエンなら当然なのです」
とすかさずシーナが口をはさむ。
「はははっ! そうでしたな! 当然の事でしたな!」
とダグラスは笑いながら応え、「さて、神殿に到着しましたぞ」
と言って車を停めた。
「ああ、ここまで送ってくれて感謝する。お前も達者で暮らすがいい」
と俺は努めて御使いらしく接し、「いつか、この大陸に混沌が訪れる事があれば、また龍神の使いが現れる事もあるだろう。その時は、その御使いにも良くしてやってくれ」
と言って車を降りた。
ダグラスは運転席から降りて俺達全員が降りるのを確認すると、
「本当に、有難うございました!」
と言いながら深々と頭を下げて、俺達が見ている間、ずっと顔を上げなかった。
「さらばだ」
と俺は一言そう残し、みんなを連れて神殿の裏に停めてある小型宇宙船の元まで歩いた。
神殿の裏に入る直前にダグラスの姿を横目で見てみたが、ダグラスはまだ頭を下げていて、遠目で良く分からなかったが、その肩は震えて泣いている様でもあった。
ああ、何だかんだで、この星の連中はみんないい奴だったよな。
遺伝子異常で狂暴になっていたのは竜人だけだ。
クラオ団長に会ったら、この事をきちんと報告しておかないとな。
小型宇宙船はすぐそこにあった。
ライドが整備してくれていたから問題は無い筈だ。
小型と言っても観光バス位の大きさはある。
光速航行も出来る機体らしいし、相当運動効率の良い機体に違い無い。
とはいえ、まずはバティカに向かうだけだから、通常飛行できれば充分だ。
「さ、ここが入口です。荷物は既に積み込んでおきましたから、忘れ物の心配はありませんよ」
とメルスが案内してくれた。
「ああ、ありがとうな」
と俺はメルスに声を掛けながら、宇宙船のハッチを潜った。
中は広くは無いが、左側に操縦席が2席。右側に2列シートが真ん中の通路を挟んで4つ並んでいる。
そして一番奥には少し大きめの3列シートがあり、どうやらライドが特別に作ったシートの様だ。
「俺はあの奥の席に座ればいいのか?」
と操縦席の入り口でこちらを見ていたライドに訊いた。
「そうですよ。その為に作った特別シートですからね」
と思った通りの答えだった。
「みんな、ありがとうな」
と俺は一番奥の真ん中に座り、ティアとシーナが両隣に座った。
ガイアとテラは俺の斜め前の席に座り、
「何だかすみませんね。僕達まで連れて行ってもらう事になって」
と言いながら席に着き、「テラがどうしても地球に行きたいって言うもんで」
と苦笑いした。
言われたテラは
「だって、見たいじゃん? 地球」
と言いながら俺を見て「ねえ?」
と首を傾げる様にして上目使いで俺を見る。
「お前達を同行させられるかはクラオ団長の指示を仰ぐ事になるけど、団長がいいって言うなら、俺は構わんぞ」
と俺は答えておいた。
どちらにしても、クラオ団長との通信はバティカに行かなければ出来ない。
ここはクラオ団長のいる基地から見れば、テキル星の丁度反対側に位置しており、通信が届かないのだ。
「では、出発します!」
と操縦席のライドとメルスが声を上げると、期待はシュイーンと微かな振動を始め、座席の後ろに設置されたモニターに外の景色が投影された。
なるほど。
窓は無いけど、あちこちのモニターで外の景色が見られるんだな。
こりゃ解放感があっていいや。
微かに上昇する感覚が身体を襲い、モニターの景色からは外の建物が眼下に落ちていく様に見える。
やがて、ブウンと低い音と共に振動が伝わり、少し前屈みになる様なGを感じたかと思うと、機体はものすごい速度で加速を始めた。
「すごいのです! 景色があっという間に流れていくのです!」
とシーナが喜んでいる。
「これまで、ゆっくりした移動ばかりだったから、何だかこの感覚って久しぶりよね」
とティアが言ったが、ほんと、その通りだと思うぜ。
「クレア星に帰ったら、また重力制御室で身体を鍛えないとなぁ・・・」
と俺は、テキル星に来た頃に比べると随分と鈍ってしまった自分の身体を眺めながらそう言った。
「バティカまでは2時間程度です。それまではお休み頂いて構いませんよ」
とメルスが言うのを聞いて、俺はそうしようと思った。
そう思ったのは俺だけでは無かった様で、イクスはミリカと頭をくっつける様にして既にうたた寝しているし、ガイアとテラも同様だった。
ティアとシーナも辺りを見回して、顔を見合わせ、二人して頷いたかと思うと、俺の腕に頭を乗せて目を瞑った。
俺はハハッっと笑い、目を瞑って仮眠をとる事にしたのだった。
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「到着しましたよ」
というライドの声が聞こえた。
俺が目を開けると、やはりライドの姿がそこにあった。
「おはようございます。よくお眠りでしたね。バティカに到着しましたよ」
とライドが教えてくれた。
「ああ、有難う」
と俺が身体を起こすと、ティアとシーナは既に目覚めていた様で、
「おはようショーエン。よく寝てたね」
とティアが笑いながら言った。
「ああ、よく寝たな」
と俺はあくびをしながら立ち上がり、「さて、じゃあ久々のバティカ王と面会といくか!」
と言って歩き出した。
ハッチは既にメルスが開けていて、俺達が降りやすい様にタラップを広げていた。
俺が地面に足を着けた時、遠くから俺を呼ぶ女の声が聞こえた。
「ショーエンさーん!」
と門の入口から走って来るのはジューンの姿だった。
「よお! 久しぶりだな!」
と俺は右手を上げて応えた。
「やっぱりショーエンさんだ! お帰りなさい!」
とジューンは息を切らしながら俺の前まで来た。
「あんたのおかげで私は幸せな生活を送っているよ! いつかお礼をしようと思って、ずっと待ってたんだ!」
とジューンはまくし立てる様にそう言うと、「噂は聞いてるよ! 東の大陸で偉業を成し遂げたんだって?」
と訊いてきた。
「ああ、そうだな。誰から聞いたんだ?」
と俺が訊くと、
「旅の商人さ! 魔王を倒して自動車を作った神の御使いが居たって聞いてさ! 実際、その商人が自動車に乗ってきた時にピンと来たんだよね!」
「なるほど、東の大陸から既にここまで商人が来る様になってたんだな」
「そうさ、東のメチルって国からはエンジンが無い人力の自動車を売り込みに来た事もあって、今じゃ人力自動車はこの国でみんな重宝してるしね。あんた達の功績は相当なもんだと思うよ。同郷の人間として、こんなにうれしい事は無いね!」
「あんたも盛況の様だな、ジューン」
と俺はいつの間にか日に焼けて浅黒くなった肌のジューンを見ながら、「それに随分日に焼けた様だ」
と付け加えた。
「ああ、ここの鉱石資源は膨大にあるからね。つい力が入って、色々な鉱石を掘り出したんだよ。中でも金の採掘が順調で、今じゃこの国の金貨の製造にも一役買ってるんだ」
「ほほう、そりゃいいな。俺にも金塊を譲ってほしいもんだ」
と俺は冗談のつもりで言ったんだが、
「勿論さ! いつかショーエンに渡そうと思って精製した金塊があるから、明日にでも届けるよ!」
「そうか、今日はバティカの王城に宿泊するつもりだから、明日の朝に王城まで持ってきてもらえるか?」
「分かった!」
とジューンは言ってから「あ、今から国王に会うんだよね? 何だか邪魔しちゃったね! じゃ、また明日!」
と言ってジューンはまた走り去ってしまった。
なんとも元気な女だな。
始めて出会った時とは大違いだ。
だけど、こうして出会った人がみんな元気で幸せそうなのは良い事だ。
俺はこの星の統治の仕組み作りに成功したって事でいいんだよな、きっと。
俺達全員が小型宇宙船を降りて、目の前の神殿を横目に王城の入口に向かって歩き出すと、王城の入口から、国王と王妃が小走りで出て来る所だった。
「ショーエン様! お帰りなさいませ!」
とバティカ王が言いながらこちらに向かってくるのを、王妃と大勢のメイドが追いかけてくるのが見えた。
「噂はお聞きしておりますぞ! さすがは御使い様方ですな!」
と国王も表情は明るい。
「随分と元気じゃないか。良い事でもあったか?」
と俺が訊くと、
「何をおっしゃいますか! もうこの大陸に悪事を働く者もおらず、バティカに攻め込む国も無いという話をジューン殿からお聞きしておりますぞ!」
ああ、そういう事か。
確かに、バティカ王国の純血の遺伝子を狙って他国が攻めてきたと思ってたんだったな。
そもそもその認識が誤解だった訳だが、この星全体で産業が発展し、人々が皆豊かになってきたから、おそらく誰も遺伝子の優劣など問題にしなくなったってのが大きいんだろうな。
大体、遺伝子の優劣がどうのこうのってのは、皆が貧しくて自尊心の担保が見つけられないから無理やり出来たものでしか無いのだろうし。
皆が経済的にも豊になり、平和で暮らせる様になれば、そんな小さな自尊心などどうでも良くなるものだ。
仮に遺伝子で劣っていたとしても、自由に生きていけるだけの豊かさがあれば、遺伝子の事など気にもしないさ。
皆、自分が自分でいて良い理由が出来ればそれで幸せを得られるんだから。
「明日まで王城で世話になるつもりだ。急な話だが対応は可能か?」
と俺が国王に訊くと、
「勿論で御座います! すぐに宴と湯あみの準備をさせますぞ!」
と国王は大声で言い、すぐ傍にいたメイドに「すぐに御使い様のお部屋を準備せよ! 食卓と湯あみの準備もな!」
と指示を出した。
言われたメイドは
「直ちに!」
と数人で駆けて行ったが、みんな何やら嬉しそうに見える。
うんうん。
みんな嬉しそうに仕事をしてるんならいい事だ。
いつの間にか俺も笑顔になっていたのかも知れない。
俺の顔を覗き込むティアとシーナがニンマリとして俺を見ていた。
「どうした? 二人とも」
と俺が訊くと、シーナが
「ショーエンが嬉しそうだから、私達も嬉しいのですよ」
と言った。
「そうか、そうだな! みんな幸せになったんだ。やっぱ嬉しいよな!」
とおれが声を張り上げると、
「嬉しいー!」
とミリカとイクスの声が後ろから聞こえて来た。
それを見たライドとメルスが吹き出して、ガイアとテラも吊られて笑っていた。
「あの、そちらのお二人は?」
と国王がガイアとテラを見て訊いた。
「ああ、紹介が遅れたな。この二人は俺と同郷の者だ。この二人の部屋も頼む」
と俺が言うと、国王の後ろに残っていたメイドが急いで王城の方へ駆けて行くのが見えた。
「私が指示するまでも無かったですな」
と国王は苦笑まじりでそう言い、「ささ、とりあえずお部屋でおくつろぎ下さい」
と俺達を王城へと促したのだった。
----------------
食事の準備が出来るまでの間に、俺はクラオ団長への通信を試みていた。
「ショーエン・・・、随分と久しぶりの通信ですね?」
と久々に訊くクラオ団長の声は依然と変わりなく落ち着いた声だった。
「お久しぶりです、クラオ団長。 ミッション完了のご報告の為に連絡を致しました」
「・・・それはつまり、遺伝子異常の狂暴化した人間を消滅させたという事ですか?」
「ある意味では消滅させたと言えるでしょう。しかし、どちらかというと、これは改善をしたと言った方が正しい表現になると思います」
「そうですか・・・。分かりました。 では、迎えを寄こすので、こちらに帰還するのがいいでしょう」
「あ、いや、それは結構です」
と俺はすぐに口を挟んだ。「今日はバティカの王城で皆に別れを告げようと思います。なので、明日の夕方にこちらで手に入れた小型宇宙船で基地まで行きます」
と俺が言うと、クラオ団長は少し声を低くして
「宇宙船を手に入れたとはどういう事ですか?」
と訊いて来た。
「実は・・・」
と俺は、レプト星から来た連中が遺伝子異常を引き起こしていた事、その連中を消滅させた事、150年目の物だがレプト達が乗っていた宇宙船を入手した事をかいつまんで話す事にした。
「何と・・・、知らぬ間に奴らがこの星に来ていたというのですか。それをあなた達が消滅させたというのですね?」
「はい、その通りです」
俺が答えた後、クラオ団長はしばらく無言で押し黙った。
「あの・・・」
と俺が口を開くと、
「いえ、いいのです。この話は明日こちらに来た時に会ってお話をしましょう」
と言って「では、明日の夕刻に会える事を楽しみにしていますよ」
と少し急いだ様に通信を切られた。
「何だ?」
と俺は
その時、部屋の扉がノックされ、
「御使い様、お食事のご用意が整いました」
とメイドの声が聞こえた。
「よし、とりあえずメシにしようぜ!」
と俺はティア達に向かって言い、部屋の扉の方へと歩き出したのだった。
-----------------
今、俺達は風呂に入って自室に戻って来たところだ。
食事は豪勢だったし旨かった。
イクスの教育の賜物だと思うが、料理の質は明らかに向上していた。
メイド達の働きも良く、特に俺達へのサービスはどこぞの高級料亭にも引けを取らないレベルだった。
メイド達も俺達への奉仕に誇りをもっていて、誰が俺に一番の奉仕が出来るかと競っている様にも見えた。
風呂は俺達の邪魔をする者は居なかったし、ティアやシーナが嫌がる様な事は何も無かった。
みんな学習しているんだ。
2年近く不在にしただけで、ここまで質が向上しているのはスゴい事だ。
これなら学園に戻っても、きっと良い光景が見られるに違いない。
「最初に来た時と比べれば、ここのメイド達もずいぶんと良い仕事をする様になったのです」
とシーナも太鼓判の仕事ぶりだ。
評価の厳しいシーナが絶賛するんだから、彼らの仕事ぶりは本当に良くなったって事だよな。
「じゃ、明日に備えて、そろそろ寝るとするか」
と俺が言うと、ティアとシーナが
「えー・・・?」
と変な声を出しながらガウンを脱いで全裸になる。
あ~・・・、そういう気分なのね。
仕方が無い。付き合うか。
「よし、今夜は寝かさないぞ!」
と気合を入れ、俺もガウンを脱ぎ捨ててティアの胸に顔を埋め、シーナの太腿に手を伸ばした。
俺達3人は薄闇の中でベッドのシーツに皺を作りながら、お互いの身体をまさぐり合った。
二人の体温を直接肌に感じながら、俺はやっぱりこの二人を妻にして良かったと心から思った。
俺はこいつらと地球に行きたい。
俺の心の故郷とも言える、しかし腐った社会が蔓延する地球。
レプト達が理想郷と
俺は二人の身体との摩擦で生まれる快楽に身を沈ませながら、心の中で誓うのだった。
------------------
「結局、ぐっすり寝ちゃったね」
とティアが目覚めた俺に言った。
そうだったな。
今夜は寝かさないぞ! などと言っていた俺だったが、3回戦が終わった後には疲れて睡魔に襲われていた。
何度目かの絶頂を迎えたシーナは満足そうに眠ってしまい、もう一度俺を迎え入れようと股間を弄るティアは、最後の力を振り絞った俺の努力の甲斐あって、俺と共に果てて、繋がったままの姿でいつの間にか眠ってしまっていた。
こんな体力の限界まで愛し合ったのは生まれて初めての事だった。
これはこれで良いもんだな。
前世のバイト先の店長が言ってたっけ。
「俺は腹上死が一番幸せな死に方だと思うな」
ってさ。
その時の俺は「それは相手の女が大変な事になるだろ」と思ってバカにしていたが、今なら店長の気持ちが少しわかる気がした。
ハハッ、俺もバカの仲間入りって事かね。
心の中で自嘲しながら俺はティアの額にキスをして身体を起こした。
「いつの間にか眠ってしまったんだな」
と俺が言うと、既に目覚めていたシーナが、
「私が目覚めたら、ティアとショーエンが繋がったままだったのです。だから私がちゃんと引っこ抜いて寝かして布団を掛けたのです」
と説明していた。
ティアはその姿を想像したのか、顔を赤らめてシーナに向かって頬を膨らませて拗ねた様な顔をしていたが、これまたどちらも可愛いね。
ほんと、俺は幸せ者だな。
「今何時だ?」
と俺がデバイスで時刻を確認すると、既に正午を5分ほど過ぎていた。
「もう昼じゃねーか」
と俺が言うと、シーナが
「メイドが朝食の知らせに来たけど、ショーエンが眠ってるからって言って追い返したのです。だけど、後で部屋に食事を運ばせる事は出来るのです」
と応えた。
「そうだったのか。思ったよりも疲れたたのかも知れないな。だけど、おかげでよく眠れたぜ。有難うなシーナ」
と俺はシーナの唇にキスをすると、シーナはムフフと変な声を出して顔を赤らめていた。
「とりあえず腹は減ったな。食事を運んでもらうとするか」
と俺はベッドから出て服を着て部屋の扉を開けて、廊下で控えているメイドに食事を運ぶ様依頼した。
メイドは礼儀正しく頭を下げて、廊下を小走りで去って行った。
扉を閉めて俺は窓際に立ち、外の様子を眺めてみた。
「ほほう」
と俺は声を出した。
以前には無かった景色がそこには見えた。
まだ
石油の採掘はジューンの仕事の成果だと思うが、ソーラーパネルは東の大陸でティアが作ったものだ。
バティカにも既に設置されているという事は、いつの間にか商人の交流が盛んになっていたという事なのだろう。
こうして自分達で作った仕組みが社会に浸透していくのを見るのは気持ちが良いものだ。
あれも俺の作った物だとか、これも俺の仲間が作ったんだぜ、とか。
この社会に俺達という存在が必要にされているという気がするのだ。
これは自尊心を最高に満たしてくれる景色だ。
誰かに必要とされる事。
これが人間が人間である為の必要条件なんだろうな。
ほどなく部屋の扉がノックされ、
「お食事をお持ち致しました」
というメイドの声が聞こえた。
服を着たティアが部屋のドアを開けて料理を乗せたワゴンをそのまま受け取り、
「温め直してくれたのね。心遣いに感謝するわ」
とメイドに伝えると、メイドの顔は途端に明るくなり、ペコンと頭を下げて
「ごゆっくりどうぞ!」
と言うと、頭を下げたままゆっくりと扉を閉めて姿を消した。
「さ、メシの時間だ」
と俺がテーブルの席に着くと、シーナも俺の隣に座る。
更にティアもテーブルに皿を並べて料理を盛りつけ、俺の右隣に座って両手を合わせた。
「いただきます」
と皆で声を合わせて言い、一緒に食事を楽しんだ。
最高に幸せな時間だ。
俺は本当にそう思ったのだった。
----------------
その日の16時頃、俺達は王城の隣にある神殿の前に集まっていた。
ライドは既に小型宇宙船の点検を済ませていつでも飛び立てる様に準備をしている様だった。
俺達が小型宇宙船の前まで来て振り返ると、国王と王妃、そして王子と姫。更に騎士や貴族とメイドやシェフまで、王城で働く全て者が集まったのかと見紛う程の人数が俺達の見送りにやって来ていた。
「みんな、これからも誠実に生きよ! 龍神はいつでもお前達を見守っているぞ!」
と俺は声高に言い、そして最後にこう言った。
「お前達のおかげで良い旅になった。皆の献身に感謝を。そして、お前達も達者でな!」
そして俺が小型宇宙船に乗り込むと、集まった人々から地面を揺るがす様な歓声が発せられた。
「うおおおお! 御使い様ばんざーい!」
「有難うございましたああああ!」
そんな声があちこちから聞こえるのを背に受けながら、俺達は宇宙船へと乗り込んだ。
俺達が座席に座るのを確認すると、ライドが最後の安全点検を行い、
「では、出発します!」
と言ったかと思うと、ブウンっと低い音を立てて機体が上昇を始め、モニターからは眼下へ流れていく景色が見えていた。
何だろうな。
子供の頃、田舎の婆ちゃん家を出る時がこんな気持ちだったかも知れないな。
大して思い入れなんて無い筈なのに、何となく物悲しくなるこの感じな。
俺は別れ際にジューンから貰った布袋を開けて中を見てみた。
「うおお、すげーな」
と俺は声を出した。
ズッシリと重いそれはやはり金塊で、情報津波で得た情報では、地球で言うところの18金だった。重さは4.5キログラム。地球で売れば一体いくらになるんだろうな?
4000万円くらいかな?
「綺麗な金属ね。何に使うの?」
とティアが訊いた。
「いつかガイアに行った時に必要になるものなんだ。大切に保管しておかないとな」
と俺は答えた。
「ふうん」
とティアは金塊を見ながら、「精密機器を作る時に便利そうなんだけどな」
と言っているところがティアらしい所だ。
「ああ、必要な時には使う事もあるだろうな」
と俺は言いながら、いつしか成層圏を飛び出してモニターに映る景色が宇宙空間になるのを見ていた。
「ほら、もう宇宙に出たぞ」
と俺が言うと、シーナがシンの姿を見つけて
「バティカはもうすぐ日が暮れるけど、宇宙に夜は無いのです」
と呟いた。
まったくその通りだ。
「間もなく基地に到着しますよ」
とライドが言った。
いつの間にか無重力空間に来ていた様で、身体が座席から浮き上がりそうになっている。
「ああ、基地に着けてくれ」
と俺が言うと、
「了解!」
とライドは器用に宇宙船を操縦していた。
すぐに俺達が乗る小型宇宙船は基地のドックに到着し、ライドの巧みな操縦のおかげで、無事にドックに接続された。
「到着しましたよ! 初めての操縦にしては上出来ですよね」
とライドは自画自賛しているが、ほんと、ライドの言う通りだと思った。
俺達は荷台から荷物を降ろして宇宙船のハッチから基地に降りると、格納庫の入口から屈強そうな男に付き添われながらクラオ団長がやって来るのが見えた。
「待っていましたよ。無事に再会できて何よりです」
とクラオ団長はいつも通りのおっとりした話し方で語りかけて来た。
「こちらこそ、お元気そうで何よりです」
と俺はクラオ団長の顔を見て応えた。
「皆も元気そうね。さあ、準備ができたらこちらにいらっしゃい。大切な話があります」
とクラオ団長は俺達を基地の中へ入る様に促した。
「了解です」
と俺は応え、「さあ、みんな。準備はいいか?」
とみんなの顔を見渡した。
みんなは無言で頷き、
「行きましょう」
というティアの言葉を合図に、一斉に地面を蹴ってクラオ団長の方へと無重力の中を進んで行くのだった。
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