魔境(6) 魔王の首

「あと15分だな」

 と俺が言った。


 ここまでの経緯について、俺は他のメンバーとも情報を共有していた。


 まず、ティアとシーナからの報告によると、上空から見ていた限りでは、俺を狙っている者の姿は見つからなかった事。


 そしてメルス達の報告では、城壁の中はまるでメチル王国の様に活気があり、どうやら人々が魔王に虐げられている様には見えないという事だった。


 そして俺からの報告は、俺達が西側の大陸から飛んできた旅の商人で、この飛行機を兵器として売り込む事が目的でここに来たという事だ。


 シュベール達は、ユグルの帰りを今か今かと待っている様子で落ち着きが無くなって来ている。


 それもそうだろう。


 俺達はユグルが時間までに戻って来なければ、有無を言わせず「敵国に兵器を売りに行く」と言っている訳だからな。


 この戦術は、前世の地球の歴史でも多用されていたのを真似たもので、中世ヨーロッパの「石工せっこうギルド」が特に多用していた交渉術だ。


 それまでの王城の建築を依頼された石工職人達は、王城が完成した途端に「王城の秘密をバラされない為」という理由で国王に殺害される事が度々あり、それを阻止する為に「もし自分達を殺そうとしたら、王城の図面を敵国に送り付けるぞ」という脅しをかけられる様に作った組織が石工ギルドな訳だ。


 当然、国王にそんな圧力を掛けられるギルドなので、その後も石工ギルドは国家を動かす影の組織として暗躍し、その後継者達が世界で国家を裏で操り、2035年でもそのギルドの子孫達が世界の経済を牛耳っていた訳だが。


 俺がここでその策を真似たのは、俺が手っ取り早く「統治」に向かう為だ。


 出来るだけ早く魔王に会い、兵器を見せて服従させるか、それが無理なら魔王を討つ事もいとわないだけの覚悟を持っている事を示した訳だ。


「分かっていると思うが、ここで俺達を殺そうとしても無駄だぞ」

 と俺は釘を刺しておく。「俺達は遠く離れた仲間とも連絡する技術を持っている。お前達が俺達と敵対する場合、お前達が見た事も無い兵器が、この国を滅ぼすぞ」

 と俺は言いながら両手を広げて見せた。


 ユグルが戻るまでの猶予は残り10分。


 シュベール達が俺達をオームに向かわせない様に、ここで俺達を殺そうとするかも知れないと勘ぐった俺は、念の為に釘を刺しておいたのだ。


 シュベールは一瞬たじろいだ様にも見えたが、

「商人らしからぬ言葉を吐くのだな」

 と冷静な感想を述べただけで、「大丈夫だ。ユグルは必ず戻る」

 と門の奥を見ながら言った。


 すると、門の奥からはいくつかの馬の足音が聞こえて来て、俺が門の奥を覗き込むと、遠くから3頭の馬と、それに乗った騎士らしき者達がやって来るところだった。


「ああ、その様だな」

 と俺は肩をすくめ、「商人の時間への概念を尊重してもらえて光栄だよ」

 とシュベールを見て言った。


 3頭の馬は門を抜けて俺達の所まで駆けてくる。

 そして手綱を強く引いて馬を止めると、兜から顔を覗かせたユグルが俺の顔を見て、

「待たせたな!」

 と声を張り上げた。


 よほど急いで来たのだろう、ユグルは肩で息をしながら「どんなもんだ」と誇らしげでもある。


「ああ、時間通りに戻って来てくれてありがとう」

 と俺は右手を上げて応え、「で、俺達はここで商売の話が出来るのか?」

 と訊いてみた。


「それについては、隊長からお話がある」

 とユグルは言い、ユグルの後から付いてきた2人の騎士が兜の面を上げて顔を見せた。


 左の男は顎髭あごひげを生やした屈強そうな男で、腰には装飾を施した長い剣を携えている。


 右側の騎士は、どうやら女の様で、黒い長髪が兜の後ろからはみ出ているが、その顔つきは少し吊り目で、その瞳を見ると、瞳孔が縦長になっていて、まるで爬虫類はちゅうるいの目の様だった。


「空を飛ぶ乗り物を売り込みに来た旅の商人とはお前達か?」

 と隊長が訊いてきた。


 俺は自動車を降りて両手を広げ、

「その通りだ。出来れば王都で実物を見せられればと思ってここまで来たんだが、案内を頼めるかな?」

 と訊いた。


 隊長は「ふんっ」と鼻息を吐いて俺達の顔を見渡し、「お前達の着ている服といい、不躾ぶしつけな態度といい、どうやら下卑げひた商人とは違うらしいな」

 と言った。


「不躾で悪かったな。俺達は西の大陸でもこんな感じでやってきたが、そこそこ人気者だったんだぜ?」

 と俺は、嘘も方便とばかりにそう言った。


 隊長はまた「ふんっ」と鼻息を吐いて、

「それが事実かどうかは、商談の席で判断させてもらおう」

 と言って、ガシャリと鎧を鳴らしながら左手で門の奥を指差した。


「商談の場を設ける。門の中に入るがいい」

 と、それまで黙っていた吊り目の女騎士が言い「付いて来い」

 と俺達に背を向けて門の方へと馬を進めた。


「りょーかい」

 と俺は肩をすくめて言いながら、メルスの方を見て、デバイスを通して騎士に付いて行く様に伝えた。


 女騎士を先頭に俺が次いで歩き、その後ろから自動車が付いてくる。


 自動車の左側にユグル、右側に隊長が馬に乗って随行し、自動車の後ろからシュベールが鎧をガシャガシャと鳴らしながら歩いて付いてくる。


 俺達は騎士に促されるままに門を潜り、城壁の中に入った。


 俺は顔を正面に向けたまま、視線だけを動かして周囲を観察する。


 更にデバイスで、ティアとシーナに「顔を動かさずに王都の情報を出来るだけ集めて、情報を俺に送れ」と伝えた。


 ティアとシーナは自動車の後部座席で向かい合って座っていたが、その視線はお互いの姿ではなく、その後ろに見える景色を見ていて、そこから得られる情報を集めていた。


 城壁の内側は、これまで見てきたバティカやメチル、更にオーム等と比べると、随分と近代化を進めている様にも見える。


 建物は5階建て位の建物が多く、その建物は前世の都市部でよく見たオフィスビルの様な建物で、どうやら石造りの建物の様だった。


 躯体の構造の種類に関係無く、全ての建物の道路側にベランダの様な張り出しがあり、その奥は木製の枠が付いたガラス窓が見えていて、そのガラスは透明な一枚ガラスの様だった。


 なるほど。


 建築技術はフェムトの王都の方が高そうだ。


 建物が石造りなのはバティカやメチルと同じだが、間取りに規則性がある。


 道路側にベランダを設置しているのがその証拠だ。


 更に一枚ガラスの窓なんて、この星に来てから初めて見る技術だ。


 大きな一枚ガラスを作るのは高度な技術が必要だ。


 前世の地球の中世ヨーロッパでは、教会などにガラスが使われたが、大きな一枚ガラスが作れなかった為に、小さな色々なガラスを貼り合わせたステンドグラスにしていた訳で。


 プレデス星やクレア星では当たり前に使われていた一枚ガラスだが、この星の中心である筈のバティカ王国にも無い技術を東の大陸で自然に普及したとは思えない。


 やはりフェムトの国王はレプト星からの脱獄者って事で間違い無いだろう。


 あとは、この国の国王と直接目を合わせる事が出来れば、情報津波を使って必要な情報は得られる筈だ。


 ティアとシーナも注意深く景色を見ている筈だが、今のところデバイスでのメッセージは無い。


 ティア達が主に見ているのは、俺に害を為す者が居るかどうかだろうし、恐らくは景色よりも騎士達の動向が気になっているかも知れない。


 何せ、話に聞いていた爬虫類人間と思しき女騎士が目の前に居るのだ。


 俺は一通り景色を見てから、女騎士の後ろ姿を見ながら情報津波を使ってみた。


 後ろ姿だけでは得られる情報に限りがあるが、意識の仕方を工夫する事で、それなりの情報を集められた。


 彼女の名前は「レベル2601」。

 レベルとは強さの値では無く、どうやら「グループ26の01番目」という事の様だ。

 やはりフェムト国王の秘術によって、ドラゴンと人間の遺伝子を掛け合せて創造された人造人間の様だな。


 グループは46まであり、数字が大きくなればなるほど新しく誕生したグループという事らしい。


 更にグループは11人ずつで構成されているらしいが、グループ01から17までは先の戦いで既に全滅しており、今はグループ18が2人、グループ19が6人、グループ20が9人で、グループ21からが11人ずつで構成されている様だ。


 なるほど、つまり現在の爬虫類人間は303人居るという事か。


 更に彼女は産みの親である魔王への忠誠が厚い様だ。


 恐らく他の爬虫類騎士も同様だろう。


 爬虫類騎士達は要注意だな。


 人間の軍勢についても調べておきたいところだな。


 俺は女騎士から視線を外し、歩きながら隊長の方に顔を向けて隊長の目を見た。

「なあ、隊長さん」

 と話しかけながら俺は情報津波を試みる事にした。


 隊長の名前はダグラス。

 元々この国の軍隊の兵士だったが、魔王がフェムトを統治しだした時に軍隊の中で「反魔王派」と「魔王服從派」の対立が起こり、ダグラスは「反魔王派」に志願した事がきっかけで隊長になった。


 しかし、派閥同士の抗争が魔王の策略の一部だと気付き、家族を守る為に魔王服從派に転身して、今も魔王服從派のフリをしながら魔王討伐の機会を伺っている様だ。


 ダグラスにとって俺達は、魔王に対抗出来る兵器の販売に来たかも知れないが、未知の兵器を売り込みに来た辺り、もしかしたら魔王の手先の可能性もあり、自分が魔王に試されているかも知れないと疑っている様だ。


 なるほどな。


 なら、コイツはうまく利用したいところだ。


 俺はダグラスの目を見ながら、

「俺達は旅の商人ではあるが、人々の幸福を願う龍神の使途でもあるんだ」

 と言ってみた。


 するとダグラスの眉がピクリと動き、視線をレベル2601の方へと向けてから、再び俺を見た。


「そうか。旅の商人が何を信仰しようが興味は無いが、我々は魔王フェムト様の忠実なる騎士。この国では龍神の名など軽々しく語らぬ事だ」

 とダグラスは俺と爬虫類騎士を交互に見る様な視線移動をしてから、俺に「静かにしろ」とでも言いたげな視線を送って来た。


 おうおう、そんな怖い顔をしなくても大丈夫だよ。


 と俺は心の中で思いながら、デバイスでティアとシーナ、ライドとメルスにも「この隊長は味方になり得る男だ」とメッセージを送ってからライドの方を少し見ると、ライドは軽く頷いて俺を一瞬だけ見てすぐに視線を進行方向に戻した。


 ティアとシーナからは「了解」と短いメッセージが届く。


 ライドとメルスが一瞬顔を見合わせていたので、二人は認識を共有出来ているだろう。


 しかし俺は、俺が龍神の名を出した時に、女騎士が殺気の様なものを発したのを見逃さなかった。


 俺達はまだ街の南の端にいるらしい。

 フェムトの街は大きいが、活気があるエリアはもっと中心部の様だ。

 この辺りが比較的閑静なエリアだからか、遠くから人々の喧騒がエコーの様に反響してかすかに聞こえてくる。


 俺達がどこに向かっているのかとレベル2601が乗る馬を見ていると、馬は広い通りから細い路地の方へと向かって行く。


 自動車がギリギリ通れるくらいの幅の路地のようだ。


 俺はその意図を図ろうと情報津波を試してみた。


 すると、レベル2601の殺気の様なものを感じ、俺は自動車が路地に差しかかる手前で咄嗟に

「止まれ!」

 と言って足を止め、両手を横に広げてメルスが操縦する自動車を制止した。


 ヤバい。

 殺気がある奴が細い路地に俺達を引き込もうとするのはヤバい。

 何か行動を起こされた時に俺達の動きが封じられるからだ。


 自動車はバックも出来るが、前進ほどに自由に動かせないし、バックギアでは馬より早くは走れない。


 俺の声に反応した爬虫類の騎士は馬ごと振り返り、

「ふうううっ!」

 と、まるで動物が敵を威嚇する時の様な声を上げながら腰の剣に手を掛けた。


「なあ、隊長さんよ」

 と俺は女騎士から目を離さずに一歩下がって剣の間合いから離れ、「俺達は殺される為に街に通されたって事か?」

 と訊いた。

 俺の視界には映らないが、ティアが隊長の方を見ている筈だし、シーナがユグルの方を見ている筈だ。

 更にメルスがシュベールの方を見て、皆が小型のレールガンを手の内に隠し持っている。


 勿論俺も左手にレールガンを持っていて、女騎士に銃口を向けているが、この騎士達には俺達が武器を持っている事は認識できないだろう。


 俺の質問に答える前に隊長は

「レベル2601。剣から手を離せ」

 と命じ「お前のしている事は、フェムト王を危険にさらす事にもなり兼ねんぞ」

 と付け加えた。


 レベル2601は「ふううっ!」と威嚇いかくする様な声を上げながら、隊長の言葉の意味が理解できないといった風な顔だ。


「よう、女騎士さんよ。隊長の言葉の意味が理解できない様だな?」

 と俺は代わりに声を上げた。


「もしお前が俺を傷つけた場合、俺達の仲間がお前達の敵国に、より強力な兵器を大量に売り込む事になるって事だ」

 と俺はニヤリと笑い、「そうなれば、お前が崇拝すうはいする国王も無事では済まんぞって事を、この隊長さんは言ってる訳だ。お分かり?」

 と女騎士を小バカにする様な口調で続けた。


 女騎士は爬虫類の様な目を見開いて顔をしかめ、それでも敵意を込めて俺の顔を見ていたが、やがてあきらめた様に右手を剣から離し、「ふん!」と鼻息を吐いて振り向き、また路地の奥へと進んで行く。


 俺はその後ろ姿を見ながら情報津波を試したが、敵意は消えていないものの、殺意の様なものは少なくなっている事が分かった。


 俺はダグラスの方を見て、

「目的地はこの先で間違い無いんだろうな?」

 と念のため確認をしてみる。


 ダグラスは肩で息を吐いて

「ああ、間違い無い」

 とだけ言って、女騎士の後に続く様に馬を進めた。


 ユグルがメルスに「前進する様に」と促し、俺が頷くとメルスが自動車を路地の中へと進ませた。

 自動車が俺の前を通る時に俺も自動車に飛び乗り、後方のユグルとシュベールの姿を見ながら情報津波を使ってみた。


 俺の視線の意味をどう理解したかは分からないが、ティアは前方の二人をにらみつけ、シーナは後方の二人をにらみつけている。


 俺の情報津波には、ユグルとシュベールの現在の感情をおぼろげに受け取る事が出来た。


 二人とも隊長への忠義は厚いが、どうやら爬虫類騎士への信頼は無い様だ。

 それが国王の作った兵隊であるが故に何も言えない様だが、本能的に爬虫類騎士に対する嫌悪感を持っている事が分かった。


 情報津波は、過去の行動等の情報はよく集まるのだが、感情だったり心の中だったりの詳細が分かる訳では無い。


 ただ、その生き物が発する喜怒哀楽の様なものがおぼろげに感じられるのと、敵意の様なものがどこに向けられているのかが把握できる程度だ。


 だが、こうして「誰が味方に成り得るか」という情報が欲しい時には情報津波のこうした効果は役に立つ。


 少なくとも、ダグラスは俺達の味方に成り得るし、ダグラスに忠義を誓うユグルとシュベールもその可能性はあるだろう。


 ただ、魔王に心酔していて感情優先で行動を起こしかねない爬虫類人間達は味方には成りえないし、どうやら騎士団の中でもうとまれている存在の様でもある。


 隊長は普通の人間の様だが、ドラゴンの血肉を混ぜ合わせた爬虫類騎士の様な戦闘能力が高いくせに感情的な奴らが大勢居るってのは、なかなか統率しづらいのではないか?


 だとすれば、この爬虫類共を殲滅せんめつすれば、この国の騎士団は案外簡単に俺達の味方になるかも知れない。


 うむ、その策は検討しておく価値はありそうだな。


 俺はそんな事を考えながら、顔を進行方向に向けて路地の先を見つめていた。


 路地の先には、三叉路が見えている。


 正面に石造りの5階建の茶色い建物があり、その両側に道が伸びている様だ。


 何気ない景色にも見えるが、この星に来てから見た街の道路は、地形が平坦な所では碁盤の目の様な配置になっている所しか見た事が無い。


 なので、この様な三叉路は初めて見る。


 どの様な意図でこんな都市計画をしているのかは分からないが、これまでに見てきたこの星の文化とは明らかに違う事だけは確かだ。


 レベル2601の馬が三叉路を右の道に進んで行き、ダグラスもそれに続いた。


 俺達が乗る自動車も三叉路を右側に進めると、その先には周囲よりも1層高く造られた建物に囲まれた、半径30メートル位の円形の広場に出た。


 広場に入ると、その中心辺りでレベル2601の馬が止まり、隊長の馬は俺達の自動車を広場の縁に沿って停車する様に促した。

 俺達の後ろから付いて来ていたユグルとシュベールもダグラスの傍に移動して停止した。


「マズいですね」

 とライドが小声で言った。「この広さでは飛行機モードにしても離陸出来そうにありません」

 とライドが続け、俺の顔を見ながらデバイスで「広場の縁に沿って加速すれば飛べます」とメッセージを送って来た。


 やるな、ライド。


 ダグラス達に聞こえるか聞こえないか位の声で困った様なセリフを聞かせ、偽情報を掴ませようとしている訳だ。


 これまでこいつらが嘘をついたところなど見た事が無かったが、クレア星育ちのライドはプレデス星育ちのティア達程にはピュアでは無いのかも知れないな。


 ともあれこの状況でライドの機転はありがたい。


 俺は大きく頷いて、ライドと同じくダグラス達に聞こえるか聞こえないか位の声で、

「危なくなったら、向こうの路地に逃げるとしよう」

 と言いながら「俺が合図したら離陸できる準備をしておいてくれ」とデバイスでメッセージを送った。


 ダグラスとユグルが俺達の方を見て少し顔をしかめ、シュベールはレベル2601の方を見ていた。


 俺もレベル2601の方を見ると、爬虫類騎士がこちらを見てニヤリと笑っていた。


 なるほど、かなり耳がいいみたいだな。

 30メートル位離れた場所に居る俺達の会話が聞こえたのだろう。


 そして、この先の路地からは逃げる事など出来ない事を知っているのだろうな。


 はははっ、そんな事はお前のその表情を見れば解るっての。


 俺が前世で生きていた地球って星はな、こんな星なんかよりもっとカオスだったぜ。


 国家ぐるみの陰謀にまみれ、歴史年表は戦争話で埋め尽くされる様な星が地球なんだ。


 こんな善悪が分かりやすい社会じゃ無かった。


 善人に見えて詐欺師だったり、崇高な宗教に見えてボッタクリ組織だり、正義の味方を自称しながらやってる事は金融支配だったり、語り出したらキリが無い程に腐敗した社会を抱えた星が地球なんだ。


 コイツらがどれ程の悪事を働いているのか知らないが、情報津波で地球が如何にカオスだったかを知っている俺が、こんな奴らの罠に引っかかる様なヘマはしねーよ。


 俺はそんな事を考えながら、それでも敢えて困った様な表情で自動車を降りて、左手に小型レールガンを握りしめたまま自動車の荷台からキャリートレーを取り出して左脇に抱えた。


 そして俺は、何も持っていない右手を開いて肩をすくめ、

「なぁ、隊長さんよ。ここが商談場所って事でいいのか?」

 とダグラス達の方に大きめの声で訊いた。


 ダグラスは頷き、

「そうだ、ここは軍の集会場でな。この時間なら邪魔も入らんし、丁度良いだろう」

 と言った。


 ユグルはよく解っていないと思うが、シュベールは門の外で飛行機が実際に飛ぶところを見ている。

 案の定、シュベールが俺達の方を見て

「しかし、ここでは空を飛べないんじゃないのか?」

 と心配そうに訊いてきた。


 俺は困った様な顔のまま、

「そうだな、騎士さん。ここでは空を飛ぶ事は出来ないが、あんたは俺達が空を飛ぶところを見ていただろう?」

 と言い、「それに、俺達は西の大陸からこの乗り物に乗って、数時間もの時間をかけて海の上を飛んで来たんだ。これだけの人を乗せて空を飛べるって事がどういう事か、分からん人達じゃないんだろう?」


 するとダグラスが一歩前に歩み寄り、

「お前達が売り込みに来た空を飛ぶ乗り物っていうのは、この乗り物の事なのか?」

 と訊いた。


 俺は首を縦に振り、

「そうだ。これを兵士を運ぶ為の乗り物だと思ってくれ。この乗り物は、西の大陸では既に流通している乗り物だ。なので、俺達がこれをこの東の大陸で流通させる事は、兵器を売る為の土台作りだと考えて欲しい」

 と言ってからティアとライドを見て、飛行機モードにして大型のレールガンを設置する様に指示をした。


 ティアとライドは荷台から大型のレールガンを取り出し、翼を広げた自動車の荷台に横向きに設置し、その砲口は、爬虫類騎士の方に向けられていた。


「その鉄の棒は何だ?」

 とダグラスが訊いた。


「これかい? これは俺達が作った兵器の一つだ。こうやって荷台に設置すれば、この乗り物が空を飛ぶ兵器にもなるって訳だ」

 と俺は説明しながら、「そうだなぁ・・・」

 と辺りを見回してからもう一度ダグラスの方を見て、


「何か、破壊してもいい物とかはあるかい? この兵器の力を見せたいんだが」

 と言った。


 ダグラスは首を横に振り、

「ここでの破壊行為は禁止だ。どんな兵器なのかを説明するだけでいい」

 と俺に言った。


 俺は頷きながら、

「うんうん、仕方がないな」

 と言ってレベル2601の方を見て、まるでテレビショッピングの司会の様なノリで語りだした。


「さあ、騎士の皆さん。あちらの女騎士はずいぶんと強そうですが、果たしてこの兵器とどちらが強いのでしょうか?」

 と俺は意気揚々と語りだし、「もちろんこちらの兵器が100倍強いって事で間違いない訳ですが、兵器は国民の幸せの為に使われなければなりません。この兵器で何を破壊すれば平和になると思いますか?」

 と俺はレベル2601の方を見て言った。


 レベル2601は突然の質問に目を丸くした様子だったが、

「ぐ・・・、そんな鉄の棒が強い訳があるか! 私の剣は、龍神さえ切り刻むぞ!」

 と、どうやら言葉は話せるらしく、少し怒った様な口調で言った。


「ああ、いけませんね。頭の悪い人はこれだから・・・」

 と俺は言いながら肩をすくめ、「私は、何を破壊すれば平和になるかと質問したのに、返って来たのは本当に頭の悪い答えです」

 と言ってダグラスを見て、


「あんな頭の悪い騎士がいたんじゃ、この国の平和を守るのも大変でしょう?」

 と苦笑しながらそう言い、「そうだ、もし私があの女騎士を一撃で粉砕できたら、この兵器がとても強い兵器だという事を信じてもらえますか?」

 と俺は口調は冗談めかしているものの、ダグラスの目をじっと見ながらそう訊いた。


 俺の意図は伝わるだろうか。


 俺はダグラスに「この兵器は爬虫類騎士くらい簡単に殺せるぞ」というメッセージを送っているのだ。


 つまり「この兵器があれば、魔王でさえ倒す事ができるかも知れない」という事を暗に伝えているという事なのだ。


 俺はもう一押し、分かりやすく伝えてみる事にした。


 俺は更におどけた様な仕草で、

「聞けば、この大陸の南東の果てには、人々を苦しめる魔王が居るという。もしこの兵器があれば、たとえ悪辣あくらつな魔王といえども生き残る事は困難でしょう!」

 と言ってケラケラと笑って見せた。


「貴様! 言わせておけば!」

 と声を荒げて剣を抜いたのは、やはりレベル2601だった。


「おい!やめろ!」

 というダグラスが制止する声も聞かず、爬虫類騎士は馬を駆って俺の方へと向かってくる。

 馬上で剣を構えるその様は、確かに常人とは思えない怪力の持主の様だし、兜の中の顔は、少し竜の鱗に覆われたかのごとく変質し、目は白目が黄色く変色して、まるでワニの顔の様だった。

 口元は兜の覆いでよく見えないが、きっときばでも生えている事だろう。


 俺は迫りくる爬虫類騎士の方に左手のレールガンを向けて、

「せっかくの商談を台無しにするとは、おバカな騎士さんだ」

 と苦笑しながら「さようなら」

 とだけ言って小型レールガンを撃った。


 俺の左手から「シュッ!」と一瞬金属的な音が鳴ったかと思うと「パァァン!!」と大きな音を立てて爬虫類騎士の身体が肉片となって四方八方へとはじけ飛び、残された馬が音に驚いてその場で前足を宙に上げていななくのと同時に、馬上に残っていた爬虫類騎士の下半身がドサリと地面に落ちて、その場に血だまりを作った。


 俺がダグラスの方を見ると、ダグラスは爬虫類騎士から俺を守ろうとするかの様に剣を抜いて俺の前に出ようとしているところだった。


 しかし、はじけ飛んだ爬虫類騎士の姿を見て目を見開き、まるで何が起こったのかわからないといった様に、茫然とその場で立ち尽くしていた。


 ユグルとシュベールも同様に、あんぐりと口を開けて呆気にとられた顔をしており、無言のまま俺とレベル2601の下半身とを交互に見ている。


 俺は苦笑しながら、

「なあ隊長さん。これは正当防衛って事でいいんだよな?」

 と言ってクビをかしげ、「まあ、俺達を連行しようとしても、あの女騎士みたいな犠牲者が増えるだけだがな」

 とニヤリと不敵な笑みをたたえてダグラスを見た。


「お前達はいったい・・・?」

 とダグラスが口を開いた。


 俺はキャリートレーを浮かべてその上に仁王立ちになり、キャリートレーをダグラス達が見上げる程度の高さまで上昇させて、3人の騎士を見降ろしながら、

「俺達の正体は、この国の人々を魔王から解放する為に来た、龍神の使いだ」

 と言った。


 俺の言葉に耳を疑ったかの様な3人の騎士は、その場からピクリとも動けなくなっていた。


 驚いて動けなくなっているのかと思ったが、よく見ればシーナが音波兵器を作動させていて、どうやら3人の動きを制限している様だった。


「くっ! まるで壁があるかの様に前に進めん!」

 とダグラスが口にしながら「何をした!?」

 と俺を見上げて訊いた。


 俺は仁王立ちのまま、

「なあに、俺の話を聞きやすくする為に、少し動けなくしただけだよ」

 と言った。


「龍神の使いと言ったな?」

 とダグラスは言い、「なら、お前達なら、魔王を倒せるという事か?」

 と続けた。

 ユグルとシュベールが驚いた様にダグラスの方を見て

「隊長!?」

 と声を上げた。


 ダグラスは馬上で俺から目を離さないまま、

「ユグル、シュベール。もしかしたら我々は、救世主と対峙たいじしているのかも知れんぞ」

 と言った。


「救世主?」

 と俺はダグラスを見ながら、「お前達は、魔王から解放されたいと願っているのか?」

 と訊きながら、ダグラスに情報津波を使ってみた。


 ダグラスは頷き、

「もしお前達が本当に龍神の使いだというのなら、今や竜人の横暴に壊されつつある我々の国を、救ってほしい」

 と言って目をつむった。


 敵かも知れない俺の前で目を瞑る行為は、騎士にとっては死を覚悟するレベルの服従を示す行為でもある。

 その姿を見たユグルとシュベールは驚いて剣を抜き、ダグラスを守ろうとダグラスの前に進み出ようとしたが、シーナの音波兵器によって前に進めず、二人とも剣を手にしたまま俺を見上げていた。


 俺は情報津波でダグラスの言葉に嘘が無い事を確認し、

「いいだろう。救ってやろう」

 とだけ言って、キャリートレーの高度を下げて着地した。


 俺はデバイスを使ってシーナに「いい仕事をしたな。だけど、ここらで動ける様にしてやってくれ」とメッセージを送り、

「お前達を動ける様にしてやろう」

 と言って、シーナに合図を送った。


 すると音波兵器の力が消え、ユグルとシュベールが前のめりに転んでガシャーンと鎧が擦れる音がした。


 ダグラスは目を開けて一歩だけ前進し、

「俺達には大した金は無い。魔王を倒してもらう為に、我々は何をささげればいいだろうか?」

 と、その場で膝をついて訊いた。


 もう完全に俺に服従している事を態度で示そうとしている様だ。


 人間の騎士がここまで示してくれているならもう危険はないだろう。


 俺は少しだけ言葉を選び、

「魔王の首を狩れる場所までの道のりを捧げよ」

 とだけ言った。


「魔王の首を狩れる場所・・・」

 とダグラスはつぶやきき、「王城の王の間か」

 と言って、ユグルとシュベールを見た。


「おい、ユグル。確か来月にオーム攻略の為に各魔王がフェムトに集まる話があったな?」

 とダグラスが言うと、ユグルはその場で立ち上がり

「は、はい! 来月の3日に、デレス、フルート、レグザの王がフェムトに集い、4日にはレプトの魔王も参加するので、警備を厚くせよとの命令が出ておりました!」

 と答えた。


 ダグラスは頷き、

「御使い様。お聞きの通り来月の4日には、この大陸の全ての魔王がこの国に集結致します。5人の魔王の首をまとめて狩れる場所を捧げられる様に、我々が裏で準備をさせて頂くという事で如何でしょうか?」

 と俺の前で膝をついたまま、今度は俺を龍神の御使いとして対峙していた。


 その姿にユグルとシュベールも顔を見合わせ、ダグラスと同じ様に膝をついて俺の前にひれ伏し、

「御使い様。どうか宜しくお願い致します」

 と言って頭を下げた。


 俺は想像以上の可能性に少し興奮していた。


 5人の魔王を一度に成敗できるチャンスが来るってか?


 来月の4日といえば、あと2週間ちょっと先の話だ。


 しかし、たった2週間でこの星の問題の大半を片付ける事が出来るのだとすると、これはものすごい事だ。


 クラオ団長も俺達の事を認めざるを得ないだろうし、惑星開拓団の歴史の中で、これほどの問題解決をして見せた例など、どれほどあるというのだろうか?


 これは俺にとっては大きなチャンスだ。


 ここで最大級の成果をあげ、この成果をネタに「ガイア星への移住」を請願すれば、学園を卒業してすぐにでも地球に行けるんじゃないのか?


 俺は少し深呼吸をしてダグラス達を見下ろしながら、


「いいだろう。俺達は一度この国を離れ、来月の2日に仲間を連れて再びここにやって来る」

 と言い、「それまでにお前達は、魔王に忠誠を誓っている竜人の騎士達を魔王の護衛に就かせる様に調整しろ」

 と付け加えた。


「魔王と竜人をこの世から消し去ってやる」

 と俺はそう言いながら、振り向いて飛行機モードになった自動車にキャリートレーを乗せて俺自身も後部座席に乗り込んだ。


 そして俺は、まだ膝を付いている3人に

「龍神の名に賭けて、俺達は必ずここに戻って来る。魔王が集う場所が決まったら、その場所を中心にして、正確に4方向に200メートルずつ離れた場所で火を焚いて煙を天に昇らせよ。その煙の中心に、俺達は降り立つ事とする」

 と言ってライドに合図をし、前進を始めた飛行機の座席に身を沈めた。


「はい! 必ずや!」

 というダグラスの声が遠ざかっていくと、飛行機は広場の縁をカーブしながら加速して、ライドの卓越した操縦によって、器用にも何とか離陸を果たし、フェムトの王都の上空に飛び立ったのだった。


 俺は遠ざかるフェムトの王都を見降ろしながら、

「とうとう来たな。もうすぐだぜ」

 と語気を強めてそう言った。


 他のメンバーも俺の言葉の意味をどこまで理解したかは分からないが、力強く頷いていた。


「では、オームの北門まで飛びますね」

 とライドがメルスと一緒にペダルを漕ぎながら言った。


「ああ、頼む」

 と俺は短く言い、ティアとシーナを抱き寄せて「この星での生活はどうだった?」

 と訊いた。


 ティアとシーナは顔を見合わせ、

「ショーエンと一緒なら、どこでも楽しいよ」

 とティアが言いながら俺の右腕に自分の腕を絡め、シーナも頷きながら、

「そうなのですよ」

 と言って、俺の腕に頭をもたれさせて目を瞑った。


 俺は黙って頷き、二人の体温を感じながら空からの流れる景色を見ていた。


 もう目の前まで来たぞ。


 魔王の首は、すぐそこだ!

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