魔境(5) フェムトの王都

 フェムトの農村の人々は、決して悪に染まった者達では無かった。


 素朴な人間そのものだ。


 クラオ団長が言っていた「遺伝子異常による野蛮な人間」というのは、彼らにも当てはまらないだろう。


 そもそも、テキル星開拓団の宇宙基地に入って来る情報は、バティカから送信される情報だけのはずだ。


 にも係わらず、クラオ団長の元には「遺伝子異常による野蛮な人間の発生」が問題として報告されていたのは違和感しかない。


 これまで色々な可能性を考えて来た。


 しかし、情報を知れば知る程、俺達が見た現実と情報の乖離かいりが起きている気さえする。


 集めた情報の辻褄つじつまを合わせようとしてきたのがそもそもの間違いなのかも知れない。


 俺自身が知った情報でさえ、正しい情報かどうかなんて分からないんだ。


 なので全てを疑う事から始める必要があるのかも知れない。


 そう。


 俺も「大きな嘘に騙されている」可能性だってある訳だ。


 洗脳の恐ろしいところは、「洗脳された人間は、自分が洗脳されている事が分からない」という事だ。


 なので、俺がこれまで信じてきた事さえ一度疑う所から始める必要があるのだろう。


 そもそも、クレア星で俺は最初に何を疑った?


 惑星開拓団の人間が、惑星の神となって、その星の価値軸を決めていくと考えていたはずだ。


 事実、テキル星は正にその通りで、クラオ団長が龍神となり、遺伝子操作によって創造したドラゴンや龍をテキル星の「生きた御神体」にしていた。


 そして、俺はこう考えたはずだ。


 敵と呼ぶべき存在は、惑星開拓団の中にいるかも知れないと。


 そもそも「敵」とは、「俺が生きたい世界」の姿を「傲慢な価値観で汚す存在」と考えていた筈だ。


 俺が生きたい世界とは、地球の記憶を辿って見た「古き良き昭和の日本」を想像したのではなかったか?


 しかし、それが正解かどうかが分からずに、あの時はその考えを払拭したんだった。


 じゃあ、「俺が生きたい世界」ってそもそもどんな世界なんだ?


 この星はどうだ?


 魔王がどんな悪者かはまだ分からないが、これまでに出会った国や街の人々の話だと、どうにも強欲で傲慢な奴の様だ。


 そんな「敵」がいなくなれば、俺はこの星でさえ「生きたい世界」に出来るかも知れない。


 しかし、それはまだ早計で、まだまだ先に疑うべき事がある。


 この星に来て最初に着いた国、バティカ王国ではまず最初に誰を疑った?


 そう、ルークと名乗った自称魔術師だ。


 情報津波によって、ルークが嘘をついている事を見抜いた事と、同じ宇宙船でやってきたプレデス星人を薬漬けにして奴隷の様に扱い、貴族や騎士団に売っていた事を知ったが故に悪者と決めつけ、そして神罰と称して殺害した。


 他の貴族や騎士達についても、情報津波で人と成りを調査した上で必要に応じて罰を与えたが、それは同じ宇宙船でやって来たプレデス星人を「神の下僕しもべ」と定義したからであって、実際のところ俺にとっては彼らがどうなろうと知ったこっちゃ無い筈だ。


 実の両親との別れでさえ悲しくも何とも無かった俺が、ちょっと同じ宇宙船に乗った程度の他の人間に情など湧くはずもない。


 それを踏まえて考え直すと、ルークが悪人だったかどうかさえ疑わしい。


 奴のした事は、もしかしたら遺伝子の安定供給によってこの星の統治を安寧に導いていたのかも知れず、俺がルークを殺した事は、そのバランスを崩す事になっているかも知れないとさえ考えられる訳だ。


 そう考えると頭がおかしくなりそうだ。


 殺してしまった相手が「実はいい奴でした」なんて事だとしたら、俺だって平静では居られない。


 なので、俺達にとって「ルークは悪人であって貰わなければならない」存在となった訳だ。


 人の命を奪えば、もうその命は元には戻らない。


 なので、もし誰か他の人間を殺してしまったとしたら、俺達は「自分達の存在意義を守る為」に、「その人間を悪人である事にし続けなければならない」という事になるだろう。


 しかしそれを続けて行けば、その人間の遺族や近親者の恨みを買い、それが更に広まれば、やがてこの星の人々は俺達を「魔王」と呼んで恐れる事になるんじゃないか?


 となると、この国で「魔王」と呼ばれる奴らが、本当に「敵」と呼ぶべき者なのかは俺がこの目で見て置く必要があるだろう。


 まるで中世ファンタジーの様なこの世界に居ながら、それでもやはり「魔王はプレデス星人」である事を俺達は知っている訳で、同郷のよしみで、魔王と呼ばれるに至った理由は知っておきたいと思うんだよな。


 だってそうだろ?


 プレデス星の法に照らせば、俺だって本質は「強欲」だ。


 努めていい子にしていたから優良児として育つ事ができたけど、油断すれば俺だって逮捕されてレプト星に送還された可能性だってあった訳だ。


 なので、ここの魔王とやらが、どういう理由でレプト星に送還されたのか、そして、どうして魔王を名乗っているのか。これを知るまでは、俺の中での「敵認定」を確定的なものにしたくないんだよな。


 これまで、何となく話の流れで「魔王を倒す」なんて言ってきたけど、俺の頭の中でその考えは一度リセットするべきだろう。


 俺が求めているものが何なのか、もう一度よく考える必要がありそうだ。


 俺が目指すものは「統治」だ。


 魔王はある意味では「統治に成功」しているし、ある意味では「統治に失敗している」とも言える。


 俺の価値観で見れば歪な形ではあるが、魔境の国は統治できているとも言えるよな。


 ただ、他の国から支持されていないあたり、やはり統治に失敗しているとも言える訳で。


 前世の地球でもそうだった。


 世界を支配しようとしていた覇権国家は存在したが、その国の国民が例え幸福だったとしても、他国を侵略していた為に、他国からは忌むべき国として認識されていた訳で。


 日本だって、昔は幸福な国だったと感じていたが、それは日本国民だったからそう感じていただけで、実際は発展途上国等で奴隷の様に物を安価で作らせたり、過酷な労働をさせていただりしたかも知れないよな。


 それを「統治の成功」と呼ぶかどうかは「どこの国の視点で見ているか」によって大きく意見は分かれる事だろう。


 俺が望むのは「その星の全ての人々が幸福と思える世界」だ。


 これは不可能だろうか?


 中世ファンタジーの小説なんかでよくあるテーマだ。


「光があるところには、影が生まれる」


 ってな。


 全てを光で包む事などは不可能なのかも知れない。


 だけど、それでも俺は強欲でありたい。


「全ての人々が幸福になる為の統治を目指す」

 と俺は声に出してしまった様だ。


 ティアとシーナが俺を見て、ティアは無言で頷き、シーナは

「ショーエンなら出来るのです」

 と言っている。


 俺は二人の顔を見て頷き、

「ああ、やってやるさ」

 とそう言った。


 俺達はフェムトの農村を出て、自動車で南に向かって走っているところだった。


 俺はフェムトの農村で聞いた「遺伝子組み換え植物」を強いて来た魔王に対して尋常では無い怒りを覚えた。


 それは、前世の地球でも同じ事が起こっていたからだ。


 地球では、2001年頃から西欧諸国の企業が日本に入り込み、その大半が「金融・製薬・IT業」だった。


 2017年頃には、日本のITはほぼ外資系企業に席巻され、製薬企業も半分近くが外資系で染まっていた。


 特に酷かったのが農薬を作る企業で、その企業は農地の雑草を除去する為の除草剤を広く日本国内に普及させていた。


 しかし、除草剤を撒けば、農作物まで枯れてしまうので、そうならない様に「除草剤では枯れない様に遺伝子を組み替えた種子」を販売し、その種子の技術で特許を取り、契約した農家には「その種子しか使わせない」というルールを設けたのだ。


 それまでは、育った作物のうちの一部を、翌年に植える種子として確保していた農家達は、契約によってそれを禁じられ、毎年新しい種子をその会社から購入しなければならなくなった。


 そしてその農地はいつしか「遺伝子組み換え作物」しか育てられない土地となり、2020年頃には、日本の農地の7割が「遺伝子組み換え専用農地」に変貌してしまったのだ。


 そうしてできた作物は主に加工食品用として使われ、スナック菓子やパン、麺類等へと姿を変えた。


 そうする事で、食品衛生法に則った「原材料の表示」で「遺伝子組み換えの有無」の表記義務を逃れており、消費者はその原材料が遺伝子組み換えなのかどうかを知る事さえ出来なかったのだ。


 結果、インスタント食品やスナック菓子を好んで食べる人々ほど子供が出来にくい体質になってゆき、2020年頃には不妊手術を施す女性が2割を超える事態になっていた。


 更に遺伝子組み換え食品には、癌になるリスクが高まる研究結果もあった。


 遺伝子組み換え種子を製造している企業の実験結果でもマウスの実験で160日後に全てのマウスに悪性の腫瘍ができる事が分かっていながら「90日の実験で、マウスの健康に何も被害は無かった」という結果を公表しただけで、160日後の実験データは全て闇に葬られていたのだ。


 しかし、東側の大国が隣国に武力侵攻して制圧した研究所から見つかった実験データから「遺伝子組み換え食品を食べさせ続けたマウスは160日後に全て悪性腫瘍が現れた」という事が発覚した。


 ところが、厚生労働省では「遺伝子組み換え食品と不妊や癌に直接の関連性は認められない」としてかたくなにその情報を認めようとはしなかったし、メディアの報道では「東側の大国のデマだ」と伝える有様ありさまで、結局2035年もその方針は変わっていなかった。


 とはいえ、普通の野菜や肉が完全に無くなった訳ではなく、2035年にも自然な方法で作られた食材はあった。


 しかし、食肉も「自然肉」などは高額過ぎて殆ど食べられなかった。


 いわゆる「牛肉」なども「牛質の培養肉」が流通の8割を占めていて、生きていた牛を捌いて食肉を取り出した肉は「自然牛肉」と呼ばれ、とても高額で俺の様な庶民にはとても手が出せる食材では無かったのだ。


 鶏肉でさえそのような扱いで「自然鶏肉」などは、百貨店でしか見る事は無く、100gで1200円位で販売していたものだ。


 それを覚えているからこそ、同じ様な世界を創ろうとしている魔王を許せないし、俺は怒りに震えたのだ。


 魔王を討ってやる!


 そう思ったのは、そうした記憶があったからこその本当の気持ちだ。


 しかし、魔王への怒りは感じるものの、やはりルークと同じ様に殺してしまうのは「殺すべき敵」と認定してからにしたいのだ。


 前世の地球がそんな状態だったのは、一部の支配者が「支配しやすい人間を作る為」というのが見え見えだった。


 しかしここでは、明らかに技術力に差がある文化レベルで、しかも通信技術も短波ラジオしか無い。


 そんな状態で、国民を愚民化させたり、人口を削減したりする必要があるだろうか?


 この一点を見極めない限り、魔王を殺す訳にはいかない。


 仮に殺すべき敵だったとしても、その目的とそこに至った経緯だけは絶対に知りたい。


 それを知らなければ、俺は前世の地球がそうなった経緯を本当に理解する事が出来ないからだ。


 情報津波は淡々とその者の行動や実績についての情報は流れてくるが、感情に関する情報はほとんど得られない。

 その者の行動から「疑問に思った」「興味を持った」などは把握できるが、複雑な心境に関しては、情報津波で得られる事はほとんど無いのだ。


 だからこそ、魔王とはきちんと「対話」する必要がある。


 俺が魔王を討つべきか、それとも改心させるべきかはそれから考えても遅くは無いはずだ。


 俺はティアとシーナの顔を交互に見ながら、

「お前達だけは、何があっても絶対に幸せにするぞ」

 と言い、脈絡も無くそう言われて照れた様にティアとシーナがはにかんでいたのだった。


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「多分、あれが王都ね」

 とティアが言った。


 2時間くらいは走っただろうか。


 途中に行き交う人のグループといくつかすれ違ったが、みんな馬車から俺達の自動車を見て目を丸くするうちに高速ですれ違う俺達に、誰も声を掛けてくる事は無かった。


「ああ、あれが王都だろうな」

 と俺も言った。


 長い壁に囲まれた城塞都市。


 門の入口には検問所の様に兵士が6人立っているのが見える。

 持っている武器は槍と剣の様だが、門の上には物見櫓ものみやぐらの様な場所がある様で、そこには弓を撃てる様に、細長い縦長の窓が並んでいた。


 なるほどな。


 窓の形を見ればどんな武器があるのかが大体見当がつく。


 縦長の窓は弓用だし、小さな四角や丸い窓があれば鉄砲を疑うところだが、そうした窓は見当たらない。


 物見櫓の更に上には手前に張り出した庇の様になっている部分が横に伸びており、そこは上から石等を落とす為の場所だと分かる。


 本当に、中世ヨーロッパの城壁を思わせる造りになっていて、戦い方の概念はどこに行っても変わらない事に驚くばかりだ。


「ティア、シーナ。あの城壁の形の意味は解るか?」

 と俺は訊いてみた。ティアは首を傾げて

「形の意味?」

 と返した。


「ああ。例えば、窓の形が何故縦長なのか、とかの意味だ」

 と俺が言うと、ティアとシーナは手を顎に充てて考え出した。


「窓が縦長なら、音波攻撃がうまくいかないのです」

 とシーナが言った。


 マジかよ。


 その可能性は考えて無かったぜ。


「そ、そうか。さすがシーナだ。いい着眼点だぞ」

 と俺が言うと、シーナはテヘヘと照れ笑いする。


 ティアも負けじと俺を見て

「あの城壁の高さなら、シンの日光で発電した電力を、無線で周囲に電力供給できるわね」

 と言った。


 え、そうなのかよ。


 まるでニコラ・テスラの放電実験みたいな事が出来るってのか。


「お、おう。ティアもさすがだな。俺はそんな答えを待ってたんだぜ?」

 と俺は言ってティアの頭を撫でた。


 するとシーナも頭を俺の方に向けて「撫でて」という仕草をしている。


 まったく、ほんとカワイイな、こいつらは!


 と俺はシーナの頭もワシャワシャと撫でる事にした。


 それにしても・・・


 てっきり弓用の窓と思い込んでた俺の浅はかさが恥ずかしくなるぜ。


 そうだよな。


 ここは中世ファンタジーみたいな世界だって思ってただけに、縦長の窓は弓で攻撃しやすくする為って考えてたけど、これってやっぱ俺の「思い込み」だよな。


 魔王はプレデス星人なんだ。


 俺の地球的な考え方の枠に収まってるとは限らない。


 むしろ、ティアやシーナの意見の方が、魔王の考えに近いのかも知れないぜ。


 そうしているうちに俺達の自動車は門の近くに到着した。


 門番らしき兵士達は、みんな俺達の方を見ている様だ。


 そりゃそうだ。


 この世界にはこんな乗り物は他に無いだろうからな、目立って当然というやつだ。


「よう、門番の兵隊さん達。調子はどうだい?」

 と俺は前世で見た映画のワンシーンを思い出しながら、フランクな感じで話しかける事にした。


 門番のうちの二人が槍を抱えてこちらに歩いて来た。


 どちらも体格は俺達よりも大きい。


 もしかしたら遺伝子操作で創造された人間の可能性もある。


「お前達は何者だ?」

 と門番の一人が訊いて来た。


 俺は自動車から降りて両手を上げて敵意が無い事を伝えつつ、

「ああ、俺達は西の大陸から来た旅の商人だ」

 と言いながら二人に対して情報津波を試していた。


 二人はフェムトの王都に属する軍隊の一員で、王都を囲む城壁にある東西南北の4つの門にある検問所で来訪者の検問を行う事を主な仕事としている様だ。


 左の男の名はユグル、右の男の名はシュベール。

 どちらもここから東にあるフェムト王国の街「フェルシール」で生まれた生粋の現地人の様だ。

 フェルシールは商業都市らしく、王都は政治と軍事の都市のようで、この二人は商人を名乗る俺達がフェルシールでは無く王都に来た事をいぶかしく思っている様だった。


「西の大陸だと? ならばオーム王国を通って来たという事か?」

 と二人は槍を俺の方に向けて警戒している様だ。


「オーム王国? そりゃ一体どこにある国だい? 俺達は空を飛んで海を渡ってこの大陸に着いた所だから、まだ他の国には行った事が無いんだよ」

 と俺はとぼけながら言った。


「空を飛んで?」

 と門番達は槍を構えなおして更に俺を警戒している様で、「そんな話が信じられるか!」

 と大声を上げる始末だ。


「ははは・・・、この大陸では空を飛ぶ乗り物を知らないらしいな」

 と俺は両手を上げながら自動車の方を振り返り、「なあ、ライド。こちらの人達に飛行機が飛ぶ姿を見せる事はできるか?」

 と話しかけた。


 ライドは

「勿論です」

 と頷き、メルスと共に自動車を飛行機モードへと変形させる。


 それを他の門番達も槍を構えて警戒しながら見ていた。


「兵士さん達、俺達は北の農村でここに王都があるって事と、東にフェルシールって商業都市があるって事しか知らないで来たんだ」

 と俺は言って、乗って来た飛行機を指さし、「で、俺達はこの乗り物を売り込む為に王都を選んで来たって訳だ」

 と続けた。


「でも、どうやらここには空を飛ぶ乗り物は無いらしいからな。とりあえず実物を見てもらうのが手っ取り早そうだ」

 と俺は言って、ライドにデバイスで「この周辺を飛んで見せてくれ」と伝えた。


「じゃあ、ちょうどこの辺りは広々してて離陸しやすそうなんで、ここで実演してみせよう」

 と俺が兵士達の方を見て言うと、俺の背後でライドがみんなを乗せたまま飛行機を方向転換させて走って来た道の方を向き、徐々に加速して、2百メートル位先で離陸して大空へと上昇を始めた。


「おお!!」

 と兵士達が声を上げて飛行機の方を見て「ほ、本当に飛んでるぞ!」

 と相当驚いている様子だ。


 俺もライドが操縦する飛行機を目で追いながら、「この辺りをグルグル旋回していてくれ」とデバイスでライドに伝えた。


 俺は兵士達の方に身体を向け、腕を組んで仁王立ちになり

「どうだい? あんた達はどうやら手練れの兵士だ。この国は軍需が盛んだと思ってこの王都を目指して来た訳だが、この乗り物は、あんた達の国には取るに足りない物かい?」

 と訊いた。


 俺は兵士達が集まってコソコソと何かを話し合っているのを見ながら

「いやいや、あんた達にとって取るに足りない物だってんなら、あんた達が言ってた、オーム王国とやらに売り込みに行くがね」

 と言いながら右手を振り「オーム王国ってのは、北の方にあるって事でいいのかい?」

 と言って兵士達の方にゆっくりと近づいていった。


「い、いや、待て! 分かった!」

 と兵士の一人が俺に言い、「しかし、我々だけでお前達を門の中に入れて良いかどうかを判断できない」

 と槍を脇に納めながらそう言った。


「じゃあ、どうすりゃいい? 俺達は商人だ。時は金なりって言ってな。あまり時間を無駄にはしたくないんだが?」

 と俺が言うと、さっきの情報津波で情報を得たユグルという兵士が、もう一人のシュベールという兵士に

「俺が隊長に報告してくる。お前がここを何とかしてくれ」

 と言って俺の方を見て「そういう訳で、しばらくここでお待ち頂けるか?商人どの」

 と訊いて来た。


 俺は仁王立ちのまま頷き、

「ああ、でもなるべく早く頼むぜ。さっきも言ったが、俺達にとっては時間は貴重だ。1時間以内に戻ってこないなら、俺は北の王国を目指す事にする」

 と言うとユグルは少し考え、

「す、すまないが、1時間は短すぎる。場合によっては王城への取次ぎが必要になるかも知れん。せめて3時間位の時間が欲しい」

 と言ってきた。


 なるほど。

 こいつ、なかなか誠実な奴っぽいな。


 いい加減な奴なら、すぐに戻ると言いつつ戻らない事もあるだろうし、俺達がゴネたところで、適当に理由を付けて俺達をどこかに監禁する事だって出来るはずだ。


 だけど、こいつはきちんとこの場で俺と交渉をしようとしている。


 つまりこの兵士達が所属する軍隊は、組織としてきちんと統率もれているし、兵士達もきちんと教育を受けて訓練もされているという事だ。


「そうか、なら2時間待つ事にしよう。それ以上は商人として待つ事は出来ないな」

 と俺は、兵士達が槍を納めたのをいい事に、強気でそう言った。


 いや、だってそうだろ?


 さすがに槍を向けられて平気で居られる俺じゃないぞ?


 まぁ、仮にこいつらが槍で攻撃してきたとしても、槍が俺に届く前にティアとシーナがレールガンでこいつらを打ち抜くだろうけどな。


 今も飛行機に乗っているティアとシーナは俺の身の安全を守る為に上空から常にレールガンを兵士達に向けているはずだ。


 それに、ライドとメルスは上空を飛びながら、城壁の内部を確認しているはずだ。


「わ、分かった。何とかする!」

 とユグルは言い、「では、シュベール。後は頼んだぞ!」

 と言って踵を返して門の中へと走り、壁の向こうに姿を消したかと思うと、少ししてから馬に乗って街の奥へと駆けて行くのが見えた。


 俺は上空を見てデバイスでライドに「戻ってこい」と短くメッセージを送り、飛行機が旋回を止めて着陸体勢に入ったのを見てから兵士達の方を見た。


「もうすぐ仲間がここに降りて戻って来るが、もし良ければ誰か空を飛ぶのを体験してみないか?」

 と俺は言ってみた。


 兵士達はまた顔を見合わせて

「おい、どうする?」

 などと話し合っている様だったが、シュベールが一歩前に進み出て

「申し出は有難いが、隊長の許可なく勝手な事は出来ない。お仲間が戻ってきたら、とりあえず門の外で待ってもらう事になるだろう」

 と言い、他の兵士達を見て「お前達も勝手な考えを起こすんじゃないぞ」

 と他の兵士をたしなめていた。


 ほどなくライドが操縦する飛行機が道路を滑走路にするが如く着陸体勢に入り、俺達が通ってきた道路の奥からこちらに向かって無事に着陸した。


 そして飛行機は減速しながら俺達の元に迫って来て、丁度俺が居る場所の5メートル程手前で停止した。


 やっぱライドの操縦技術はすげーな。


 こんなにピッタリと俺のいる場所で止められるなんて、今の俺には真似出来そうに無いぜ。


「いや、すごい乗り物だな。陸を走る姿にも驚かされたが、まさか本当に空を飛べるなんて思わなかった」

 とシュベールが言いながら近づいてくる。


「ああ、この乗り物は、西側の大陸では既に普及を始めていてな、まだ数は少ないが、ライセンス契約で製造方法も伝えてあるから、すぐに大陸中に広がるだろう」

 とこれは嘘ではあるが、俺は平然と話した。


 そして城壁を見上げながら、

「ここも城塞都市の様だし、あんたらを見てれば立派な軍隊があるのは想像は出来るが、西の大陸の兵器の前では子供のおもちゃみたいなもんだ」

 と言って兵士達を見ると、兵士達が少しおののく様子が見て取れる。


 俺は構わず続け、

「しかし俺はね、極端な武力の差ってのは世界のパワーバランスを損ないかねないと思っていてね」

 と言って肩をすくめ「こちらの大陸の武力があまりに弱いと、西の大陸の国々から侵略されかねないと思った訳だよ」


「我々の武力が弱い・・・だと?」

 とシュベールが少し不満そうに言った。


「ああ、機嫌を損ねたなら申し訳ない」

 と俺は両手を肩の高さまで上げてシュベールを制し、「もしこの大陸の武力が弱かったらって話をしただけで、実はこの国の武力について、俺達は何も知らないんだよ」

 と言った。


 するとシュベールは槍を一度ドンと地面に打ち付け、

「我がフェムトの軍隊は、この大陸でも屈指の武力を誇っているぞ」

 と話し出した。


「ほほう、それはどれほどの戦力だ?」

 と俺は、うまく話を引き出せた事に内心ほくそ笑んだ。


「我らが盟主であるフェムト王は、北のオーム王国への侵攻の際に立ちはだかった竜なる魔物にも引けを取らず、むしろ竜の肉を持ち帰り、わが軍の兵士を竜人に変化へんげさせる技を授けたのだぞ」

 とシュベールはご機嫌に話し出す。「しかもその竜人の力は通常の兵士よりも数倍の力を持ち、その身体は竜のうろこに覆われ、そこいらの剣や槍では簡単に傷つけることもままならん程だ」

 とペラペラと続けるシュベールを俺はニヤニヤしながら見ていた。


 こいつ、ちょっと兵士としては駄目な奴かも知れないな。


 自軍の情報を、どこの馬の骨とも分からない俺達にペラペラ喋る奴だもんな。


 ま、喋らせるように仕向けたのは俺なんだけどな。


「へえ、そりゃすごいな。でも、その竜人ってのが最強の兵士なのだとしたら、西側の大陸の兵力には敵わないと思うんだが、もっと強い奴は居ないのかい?」

 と俺は更に情報を引き出そうとシュベールを焚きつけた。


「ああ、勿論いるぞ」

 とシュベールは自慢気に話す。「我が軍の隊長は、フェムト王より授かった不思議な呪術で街に水害を起こす事が出来るのだ」

 と言った。


 なるほど、これがオームの王城で聞いた話の奴か。


「水害によって浸水した街や道路では、どんな軍も行軍出来まい? そこにフェムト王が更に恐ろしい呪術によって攻撃をする事も出来るのだ」

 とシュベールは今やこちら側のスパイかと疑いたくなる程に機密情報と思われる情報をご機嫌に話し続けている。


「ほほう、それは凄いな! で、それは具体的にどのような技なんだ?」

 と俺が訊くと、シュベールは

「それはなぁ・・・」

 と言いかけて、ようやく自分が機密情報を話している事に気付いたのか「いや、すまん。今までの話は忘れてくれ」

 と言い出した。


 ふむ、こいつから聞ける話はここまでの様だな。


「いやいや、済まなかった。俺も余計な事を訊いてしまったみたいだな。今までの話は聞かなかった事にしよう」

 と俺は言ったが、当然の事ながらこれまでの会話は全てデバイスに記録している。


「じゃ、さっきの兵士さんが戻って来るまで、ここらで待たせてもらう事にするよ」

 と俺は言って、いつの間にか翼を折り畳んで自動車モードになった車に乗り込み、座席に座って待つ事になったのだった。




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