魔境(4) ショーエンの怒り
「見えて来たな」
俺は空から前方に広がる農業地帯を見渡しながらそう言った。
広大な農地にはいくつかの農道が走っており、その脇には農家と思しき木造住宅が点在しているのが見える。
フェムトの王都はもっと南にある様だが、まずは農家の様子を見て、どこまで魔王に浸食されているのかを見ておく必要はあるだろう。
飛行機の高度を下げながら着陸できそうな場所を探して旋回していると、農地の東側に少し開けた草原があるのが見えた。
その先には集落もある様で、人々の様子をうかがうには丁度良いかも知れない。
「よし、あの集落の手前の草原に着陸するぞ」
と俺は言いながら更に高度を下げて、草原に向かって進んだ。
飛行機の操縦なんて生まれて初めてだが、体勢を安定させる機器が備わっているおかげで、バランスを崩したりはしなかった。
操縦は自転車を運転する感覚で出来るし、エンジンがある訳では無いので、静かで夜でも目立たないだろう。
早朝にオームを出発してから1時間程度飛んだと思うが、夜明けの日差しがまだ昇りきらないうちにフェムトの農村に到着できたのは運が良かった。
まだ人々が起き出していない時間帯なので、農村付近の草原に飛行機を着陸させても、目撃者は少なくて済みそうだ。
飛行機はぐんぐんと高度を下げて、残り数メートルの高さまで降りて来た。
翼の角度を立てて、翼に風の抵抗を受けさせる事で徐々に速度を落として飛行機の高度も落としていける。
やがてズズンと車輪が地面に着く音がして、無事に着陸する事が出来た。
「お見事です。初めての操縦でこんなにスムーズに着陸させられるなんて、さすがショーエンさんですね」
とライドが言った。
「いや、この飛行機の操縦のしやすさのおかげだよ。ほんと、いい乗り物を作ってくれてありがとうな」
と俺が言うと、メルスとライドは少し照れた様に笑って
「光栄ですね」
「有難うございます」
とそれぞれが応えた。
俺が飛行機を停止させると、ライドとメルスが翼を折りたたんで自動車モードへと変形させる。
「さて、ここからどうしますか?」
とメルスが訊いた。
俺はメルスを見ながら、
「お前達は小型のレールガンを装備して、あの農村の入口あたりで待機していてくれ」
と言って農村の入口辺りを指さした。
農村は簡単な柵で仕切られただけで、城壁の様な壁は無かった。
農村の入口と言っても、柵の切れ目に簡単な門があるだけで、おそらくは獣の類が入って来ない様にする為だけに作られた柵なのだろう。
「ショーエンさんはどうするんです?」
とライドが訊いた。
「俺は、ティアとシーナを連れて、ちょいと村人達と話をしてみるつもりだ」
と言ってティアとシーナの顔を見ると、ティアとシーナは何も言わずに頷いた。
「ここでは、龍神の使いとして振舞うんだよね?」
とティアが確認する様に訊いた。
「ああ、そうだ」
と俺は頷き、「お前達は、女神の様な位置づけだ。打合せ通りに頼むぜ?」
と俺はティアとシーナの顔を見て言った。
打合せ通りとは、俺が神の使いとして人々を会話をしている間、二人は何も喋らずに話を聞きながら表情を変えて相手を見ているというものだ。
これは、前世にどこかの本で読んだ「メラビアンの法則」を応用したものだ。
メラビアンの法則というのは、別名「7対38対55ルール」とも呼ばれ、人々が会話から情報を得る時の比率が「言語情報7%、聴覚情報38%、視覚情報55%」で構成されているという実験結果によって提唱されたものだ。
つまり、俺の言葉を聞いた相手は、俺の声のトーンや顔の表情から93%の情報を得ており、言語の意味など7%程度の情報量でしかないという事だ。
しかし今回は、村人にとっては未知の相手との会話となる。
何せ、俺は神の使いとして話しかける訳だからな。相手も言葉を選んで話をするだろうし、相手を警戒させて無口になられても困る訳だ。
なので、相手が話しやすい様に、ティアとシーナには無口な女神として俺の脇に佇んでもらい、相手のセリフに対してちょっとした顔芸をしてもらおうという訳だな。
俺が相手の話をもう聞きたくないと思った時には、二人は興味が無さそうに上を向き、できるだけ情報を引き出したい時には、二人がずっと微笑を称えて相手を見ている事で、相手はペラペラと情報を話し出すという仕掛けだ。
基本的に人間は相手を喜ばせたいと考えている。
それは、いらぬトラブルを避けて、自らの安全を確保する為の本能だ。
なので、臆病な者ほど相手に媚びたり気に入られようとしたりするという傾向があり、今回の作戦も、まずは神の使いである俺に一定の恐怖心を感じさせた状態で、二人の笑顔を見せて話を聞きだすという手法を取ろうとしている訳だな。
「とりあえず、俺が神の使いに見える必要がある訳だが、何かした方がいいかな?」
と俺は自分の姿を見てティアとシーナに訊いてみた。
衣装はミリカの最高傑作を着こんでいるし、それはティアとシーナも同様だ。
これだけでも充分なピグマリオン効果は得られそうなのだが、ここは魔王が治める国だからな。
もう少し何かインパクトを与えられるものがあった方がいいかも知れない。
「バティカでは、みんなキャリートレーに驚いていたのです」
とシーナが言った。
おお、そういえばそうだったな。
「よし、じゃあティアとシーナはキャリートレーに乗って俺に付いて来てくれ。俺のキャリートレーはティアのトレーに接続しておいて、必要な時には俺も使う事にしよう」
と言いながら俺は自動車からキャリートレーを取り出し、デバイスで操作を始めた。
ティアとシーナも各自のキャリートレーを操作し、自分の身体を乗せて1メートルくらいの高さで浮遊させた。
俺はティアのキャリートレーに自分のトレーを接続し、接続中はティアのデバイスの操作に従う様に設定しておいた。
「よし、じゃあ行くか」
と俺が言うと、メルス達が「お気をつけて」と声を掛けてくれた。
俺は右手を上げてそれに応え、農村の入口の門の脇の柵を飛び越えて中に入った。
時計を見ると、時刻は朝の6時を回ったところだった。
舗装されていない農村の中央通りを歩きながら周囲を見回す。
この村の住居はほとんどが木造で、所々に馬屋がある。
こんな農村でも道路の脇には側溝が設置されていて、所々にマンホールらしき蓋があるのを見ると、ここでも水道や下水の設備が整っている事が分かる。
バティカやメチルもそうだったが、ここも基本的なインフラは整備されている様だ。
住宅の屋根は、木の皮で作ったらしい瓦のようなものが敷き詰められていて、建築技術は低くない様だ。
10分程歩くと、村の中央広場と思しき空間に出た。
広場を囲む様に小規模な店が並んでおり、食事処や雑貨屋らしき看板が見えているが、どれも木造の小規模な店ばかりで、農村の住民しか訪れないのかも知れない。
中央広場を抜けて更に奥へと進むと、
鍛冶屋は農具の手入れを行う所だろうし、倉庫も収穫物を保管する倉庫という事なのだろう。
ここは本当に農業に特化した村の様だった。
宿屋らしき建物が無いかと探してみたが、中央通りの突き当りまで行っても宿屋は見当たらなかった。
「小さな村ね」
とティアが言った。
「そうだな・・・」
と俺は言いながら村の先に続く道を見ていたが、どうやらこの道は、どこかの街に通じている様だ。
先の方で道は石畳で舗装されているのが見えるし、距離が遠くて内容はよく見えないが、石畳で舗装されたあたりには標識らしきものも見える。
「あの先に街か何かがありそうだが、とりあえず、村の中央広場まで引き返そうか」
と俺は言いながら振り返った。
するとシーナがキャリートレーの上で目を瞑り、右手を自分の右耳に充てて、何かを聞き取ろうとしている様な仕草をしていた。
「シーナ、どうした?」
と俺が訊くと、シーナは左手の人差し指を自分の唇に当てながら俺を見て、
「何か聞こえるのです」
と言って、また耳を澄ませている。
俺も耳を澄ませてみたが、俺には何も聞こえない。
俺はティアの方を見たが、ティアも首を横に振って「何も聞こえない」というジェスチャーをしている。
俺とティアはシーナの方を見て、シーナの反応を待った。
念のため、俺はデバイスで時刻を確認すると「6:29」と表示されていた。
そして、時刻が「6:30」に変わった途端、街の建物のあちこちでザワザワと人々の活動する音が聞こえだした。
それは食器が鳴る音であったり、水が流れる音であったり、近くの住居からは人の声らしきものも聞こえてくる。
「なんだ?」
と俺は言いながらシーナを見ていると、シーナは目を開けて俺の方を見て
「音が消えたのです」
と言った。
いやいや、むしろ音が鳴りだしたところだぞ?
と俺は思いながらも
「どういう事だ?」
とシーナに訊くと、シーナは辺りを見回しながら
「さっきまで、通信電波が飛ぶ音がしていたのです。でも、今その音が消えたのです」
と言った。
なるほど。
人間の耳には聞こえないはずの電波の波長を、シーナはその卓越した感覚で聞き取る事が出来たのだろう。
「この農村に通信電波が飛んでいるって事か?」
と俺が訊くと、シーナは頷いて
「そうなのです」
と答えた。
「驚いたな・・・」
と俺は言いながら辺りを見回すと、あちらこちらから人々の生活音が聞こえてくる。
「聞こえて来たのはとても単純な電波音なのです。おそらくは短波だと思うのです」
とシーナは俺とティアの顔を見ながら言い、「小電力で発する事が出来る上に、減衰も少ないから、単純な音声データなら短波に乗せて飛ばせるはずなのです」
と続けた。
なるほど。
前世で言うところの「短波ラジオ」ってやつと同じ理屈か。
「そこの民家を覗いてみよう」
と俺は一番近くにあった民家の方に駆け寄り、窓の端から中を覗いてみる事にした。
窓から見える部屋は居間の様な部屋らしく、奥にダイニングが見えている。
そこに夫婦らしい男女が居て、ダイニングテーブルの上に建てられた金属の棒の様なものに祈りを捧げているのが分かる。
俺はその金属棒に意識を集中してみた。
すると頭の中がザワザワとして、緩やかな情報津波がやって来る。
あの棒はシーナの言う通り短波ラジオの様なもので、朝6時半になると「神のお告げ」という名の下に音声が流れる仕組みになっているらしい。
その内容は「今日も魔王フェムトに尽くす事で平穏な生活を送れるぞ」というもので、人々が勤勉に働く様に毎朝そうした放送を流している様だ。
電波の発信地はどうやらフェムトの王都らしい。
なるほど、こうしてフェムトの魔王は国民にプロパガンダを行っていた訳だ。
初歩的な技術とはいえ、これはマスメディアだ。
前世でも、テレビやラジオ、新聞などのメディアがプロパガンダを手助けしてきた例はいくらでもある。
しかし、これは逆に利用する事もできるかも知れない。
シーナなら、簡単に電波ジャックできるんじゃないか?
「シーナ。お前が感じ取った電波は、いわゆる短波ラジオだ。王都から発せられた音声データを受信しているのがあの金属棒の様だな」
と俺は小声で言うと、シーナは頷きながら聞いていた。
「で、あの金属棒には小さいながらスピーカーの様な機能も備わっているみたいだから、俺達が流したい情報を流布するのにも使えそうだよな?」
と俺が言うと、シーナは俺の考えを見抜いたかの様に頷き、
「ショーエンの声を電波に乗せて、あの受信機に飛ばす事なら簡単に出来るのです」
と言った。
俺はニヤリとして頷き、
「よし、じゃあ早速やってくれ」
と俺が言うと、シーナはキャリートレーに乗せている中継器を起動し、すぐに電波の周波数を合わせだした。
「準備できたのです」
とシーナが言って俺を見る。
この村の皆はまだあの金属棒に祈りを捧げているはずだ。
シーナが電波ジャックしているこの瞬間に、俺の声を乗せれば、この村の人々は俺の声を聞く事になるだろう。
俺はデバイスを通じてシーナが準備した中継器に向けて音声を流し始めた。
「フェムトで農業を営む者よ。今日、龍神の使いがこの村を訪れる。彼らはお前達を救う者達だ。彼らはお前達に問うだろう。お前達は偽りの無い言葉でその問いに答えよ。さすればお前達は龍神の守りによって救われるだろう。村の中央広場に集まるが良い」
と俺はそこまで言ってシーナの顔を見た。
シーナは頷き、中継器の電源を切って通信を遮断した。
「よし、ここまでお膳立てができれば問題ないだろう。メルス達も中央広場に呼び寄せようぜ」
と俺は言い、デバイスでメルス達に、中央広場まで来る様に通信を送った。
「了解」
と簡単な返事がメルスから届いたのを確認し、俺達も中央広場まで移動する事にしたのだった。
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俺達が村の中央広場に着いた時には、既に広場には人だかりが出来ていた。
メルスとライドが乗った自動車が村の広場の中心に停められていて、二人を囲む様に村人が集まっている様だ。
実は俺達の後ろにも人だかりが出来ている。
村の奥から中央広場に戻って来る間に、建物から出て来た住民達が俺達の姿を見て、
「龍神の御使い様だ・・・」
と口々に言いながら、ゾロゾロと付いて来ていたのだ。
俺達の衣装もそうだが、ティアとシーナがキャリートレーに乗って宙に浮いているのを目の当たりにすれば、さっきのラジオ放送の効果も相まって、住民達は一目で俺達がそれだと気付く事になった様だ。
俺はティアとシーナにデバイスの無声会話で
「じゃあ、お前達は女神モードで頼んだぜ」
と伝えておいたので、ティアとシーナはキャリートレーの上で、微笑を称えながら俺に付いてくる。
「おお! あれが御使い様じゃねぇだか?」
と、中央広場に集まっていた住民の一人が俺達に気付き、その声に人だかりの他の住民もこちらを見て、俺達の姿を確認すると、人だかりが二つに割れて、メルス達との間に空間を作ってくれた。
メルスとライドも自動車から降りて立ち上がり、俺達の方を向いて少し頭を下げる仕草をした。
その姿を見た村の住民達も、この5人の中の主人が俺である事を認識した様だ。
俺は、ティアのキャリートレーに接続していた自分のトレーを切り離し、俺もキャリートレーの上に乗って
「村の住人達よ、よくぞ俺の声を聞いて集まってくれたな」
と俺は住人達に向けて声を掛けた。
「ああ! 御使い様のお声を聞けるなんて・・・」
と声を詰まらせる女も居れば、宙に浮く俺達を不思議そうに見ている者もいた。
俺は住民の姿を見渡した。
俺の両脇にはティアとシーナが居て、その容姿に皆が見惚れているのが分かる。
なるほどな。
この村の住民は皆、プレデスの子孫では無さそうだ。
現地人同士で自然繁殖してきた人間達らしく、容姿にプレデスの遺伝子を感じさせるものは何も無かった。
そんな彼らにしてみれば、ティアやシーナの姿はさぞかし美しく見える事だろう。
俺は軽く右手を上げてざわついていた住民を制し、
「この村の長は名乗り出よ」
と言って辺りを見回した。
すると、住民達がライドの傍に立っている初老の男の方を見た。
初老の男は一歩前に進み出て
「私がこの村の長、リックと申す者です」
と言った。
その男は髪は白髪が混ざってグレーになっているが、長く伸びた髪を後頭部で結んでいて、何だかカンフー映画に出てくる役者の様にも見える。
服装は薄汚れた布の服を着てはいるが、おそらくは畑の土や泥の汚れが落ちていないだけだろう。
「リックと申したな。そなたに問いたい事がある」
と俺は言いながら、村長に対して情報津波を試してみた。
すると色々な情報が流れ込んでくるのを感じる。
男の名はリック。苗字は無く、この村の村長ではあるが自前の畑は持っておらず、各農家から集荷した野菜や果物を出荷分配する役割を担っているらしい。
街へ収穫物を売りに行くのが主な役目で、街で収穫物を相場より高く売る代わりに、多く得た利益をその街の役人に横流しするという悪事に加担している様だ。
最初はきちんと相場価格で販売しようとしていた様だが、「金を横流ししないと村の女を
魔王の短波ラジオ放送は、どうやらここ5年位前から始まったものらしい。
6年前にこの村が水害に遭い、それは「魔王への信仰が足りないからだ」と街の役人から、各家庭にあの通信棒みたいなものを設置させられ、その棒から聞こえる声が魔神の声だと言って、毎朝その声が聞こえたら祈る様にと言われていたらしい。
そしてこの5年間は天候不順も無く収穫が出来ている為に、魔神への祈りを欠かさず行おうとこの男が取決めたという事の様だ。
「毎朝、鉄の棒に祈りを捧げている様だが、その声の主が誰かは知っているか?」
と俺は訊いた。
村長は頷き、
「はい、魔神様のお声と存じております」
と言った。
俺は頷きながら、村人達を見回し、皆も同じ様に考えている事を情報津波を使って確認した。
なるほど。
皆が同じ様に考えているらしい。
「今朝は、その魔神の声の後に、龍神の声が聞こえたはずだな?」
と俺がそう言うと、村長はまた頷いて
「はい。より大きな声で御使い様が来られるというお声を聞かせて頂きました」
と言った。
俺はまた頷いて、
「そうだ。俺達が龍神の使いだ。そして、お前達を救いに来た者だ」
と言って住民達を見渡す。
「この村の長よ。お前はこの村の収穫物を街に売りに行っているな?」
と俺が言うと、村長は頷いて
「はい。左様でございます」
と言って俺を見る。
「で、街の役人に脅され、金を役人に支払っているのであろう?」
と俺が単刀直入に聞くと、村長は目を見開いて
「い、いえ、あの・・・」
と口ごもった。
「良い、お前は村の娘を救う為にそうしているのであろう。正直に答えるがいい」
と俺が言うと、村長は微笑を称えるティアとシーナの顔を見ながら、おずおずと口を開いた。
「は、はい・・・。その通りで御座います」
と村長が声を絞り出すと、周囲の住民達が
「どういう事だ?」
とざわつき始める。
ティアとシーナはざわつく住民に向けて眉をひそめた顔つきを向け、黙ったまま自分の指を唇に当てて住民達を制した。
女神の様に美しいティアとシーナのその姿を見て、住民達は一斉に静まり返る。
「大儀であったな、村の長よ。よくぞ村の住民を守ってくれた」
と俺は言いながらキャリートレーの高度を1メートル程高く設定した。
すると、広場に集まった住民全体が見える様になり、いつの間にか200名近い住民が集まっている事を知った。
「よく聞け、この村の住民達よ。神はこの村の長を称賛している。お前達の利益を貪る街の役人共からお前達を守った事に対してだ」
と俺は皆に聞こえる様に言い、更に続けた。
「お前達が毎朝聞いている声は、魔王フェムトの声である。決して魔神の声などではない。それは本当の神の使いである俺が証明しよう。そして・・・」
と言って俺は両手を上げて天を仰ぎ、「神は俺達に、魔王を討てと命ぜられた。魔王は龍神とは相容れぬ思想の持主。龍神はお前達に安寧を求めているが、魔王はお前達に奉仕を求めている」
俺がそう言ってリックを見下ろすと、リックは膝をついて俺を見上げ、
「その通りです! 御使い様! 私たちは何をすればこの束縛から解放されるのでしょうか?」
と叫んだ。
俺はキャリートレーの高度を下げて村長の視線の高さまで降りた。
そして俺はリックの両肩に手を置いて、
「お前達は昔、貧しいながらも心は豊かな生活をしていたはずだ。しかし今、金は得られても、心の豊かさを失ったと感じている事だろう」
と俺が言うと、リックは目に涙を溜めながら
「その通りで御座います。フェムトの街が魔王の軍勢に侵略され、国王が変わった頃から人々の生活は変わりました。村はまだ何とか表面上は平穏さを保っておりましたが、街は既におかしくなっております。金が全てを支配して、人の心などどこかに置きやられてしまったかの様に・・・」
とそこまで言ってリックは声を上げて泣き出してしまった。
村人の一人がリックの姿を見ながら
「そうだよな・・・、昔はもっと、毎日が楽しかったよな」
と言った。
うんうん、俺の演説って、この世界の貧しい街にはだいたい当てはまる話だもんな。
「そうよ、子供達が少なくなったのも、未来に希望が見いだせないからだって、うちの旦那も言ってたもの」
なんと、少子化問題まで抱えていたのか。
「そうだ! 収穫量を増やすために新しい種子を使えって街の役人が持ってきた種子、あれで出来た野菜を食べてから、どうにも身体の調子が悪いと思っていたが、あれもきっと関係があるはずだ!」
という男も居る。
なるほど、ここでは遺伝子組み換え作物を作らされているのかも知れないな。
「そうだそうだ! 獣に食い散らかされない種子だと言って、確かに獣は寄って来なくなったけど、あれは毒の野菜を作らされてたんじゃないのか?」
と、農業地だけあって、農家からのそうした声が一番多い気がする。
なるほどな。
俺は前世で起こった遺伝子組み換え食品の事例を思い出し、
「お前達は、その野菜を収穫して村でも食べるのであろう? 病気になる者が増えたり、生殖行為を行っても子を成せなかったりする事が多くならなかったか?」
と訊いてみた。
すると、ほぼ全ての住民が何かしらの不調を訴えていた。
特にこの10年近く、どこの家でも子供が生まれていないとの事で、原因が分からず困り果てていたらしい。
「このままでは村が滅びてしまうところで、街に行く度に役人様にどうすべきか訊いていたのですが、魔神様に祈りを捧げれば良いと言われるだけで・・・」
間違いない。
魔王とやらは、遺伝子組み換え食品で不妊になる様に仕向けている。
又はここの村人たちは、魔王にとっては実験用のモルモット扱いといったところか。
「この村の住民達よ、目覚めよ! お前達は、魔王に騙されていたのだ! 俺達が魔王を討ち、必ずやお前達を自由にしてやろう。それまでは魔王に屈する振りをしつつ、伏して待つがいい!」
と俺は高らかに宣言し、住民達を見渡した。
住民達は「おおー!」と声を上げて俺達に祈りを捧げ始めた。
「龍神の御使い様! どうか我々をお救い下さい!」
とリックは地面にひれ伏す様にして俺達に祈りを捧げた。
俺は頷きながら辺りを見回し、住民のほぼ全員が俺達に期待しているのを確認していた。
もしかしたらスパイがいるかも知れないと思って情報津波を使って異端分子を探してみたが、どうやらこの集団の中には見つからなかった。
ふむ、とりあえず魔王が俺達の敵って事で確定できたのは良かったかな。
どんな奴が魔王なのか、分からない事はあるにしろ、俺はこれまでの話を聞いて、魔王の正体がだいたい見えて来たとも思っている。
魔王のやっている事は、前世の地球で行われていた世界支配と同じ構図だ。
強欲で傲慢な人間てのは、結局どこの星に居てもやる事は同じなんだな。
前世では、西側の大国がメディアを使ったプロパガンダで世界中を騙していた。
「正義の国」と自ら名乗り、行っている事は「マッチポンプ」の繰り返し。
つまり、自らマッチで火を点けて火事を起こし、自らポンプで消火して、メディアで英雄と持ち上げさせる連中が居たという事だ。
奴らは自国民の命すら虫けらの様に扱っていた。
石油利権を得る為に、他国を「独裁国家だ!」と難癖をつけては「平和の為」と称して侵略し、住民まで爆撃で殺しておきながら、メディアの報道では「敵の基地を爆撃しました!」とか都合の良い情報ばかり流していた。
敵国が反撃してきたら「自国民を攻撃しています!」などとウソの報道を流し、西側の民衆の同情を買って「あの国の元首をやっつけろ!」という世論を作り上げる。
民衆心理とは簡単に踊らされるものなのだ。
自らを「正しい人間」だと自覚している者ほどその罠にハマりやすい。
おかげで前世の日本では、世界に渦巻く陰謀の数々が実在する事など、誰もが信じず、そして罠に落ちて行った。
その昔、ナチスドイツの総督、ヒトラーが言っていたんだがな。
「民衆は、大きな嘘に騙されやすい。小さな嘘は自分でもつくが、大きな嘘は怖くてつけないからだ」
ってな。
民衆を騙すには、誰もが恐くてつけない様な壮大な嘘を付けばいいという訳だ。
世界規模で放映される報道番組でさえも、大きな嘘を、まるで本当の事の様に垂れ流す大手メディアに、一体どれだけの人間が騙されてきた事だろう。
その騙された連中にさえ虐げられてきた前世の俺自身を思い出すと、本当にドス黒い怒りしか沸いてこない。
この星の魔王も同じ様な嘘でプロパガンダをしている様だが、俺からすれば、嘘のレベルが低すぎるぜ。
この世界の魔王とやらは、随分とチンケな統治をするもんだ。
前世の地球の支配者は、もっと狡猾で高次元なワルだったぞ?
この世界の魔王の度量が知れるってもんだ。
俺は胸の内からムクムクと湧き上がる怒りの炎が大きくなるのを感じていた。
それは人生ごと虐げられてきた「前世の自分自身」から受け継がれた怒りでもあり、この星でその縮図を見せられる嫌悪感から来る怒りでもあった。
今世と前世の怒りを重ねてこの星の魔王にぶつけてやろう。
どうせこの星を強欲で支配しようと目論む連中だ。
容赦などしない。
泣きわめいて許しを乞うても許しはしない!
魔王がどんな美しい女だったとしても許さねぇ!
俺が最も嫌いな統治をしてやがるってだけで万死に値するぜ!
待っていろよ、魔王共!
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