魔境(3) フェムトへ飛び立った日

「ようこそおいで下さいました、御使い様」

 とオーム国王が俺達に言った。


 今、俺達はオームの王城の中の王の間に居る。


 まるでバティカ王国の王の間と同じ作りで、なんだか見慣れた光景だ。


 王の間には、国王の他に、神官長のヨークと俺達9名が国王の正面に立ち、そして鎧を着た騎士6名が俺達を囲む様に立っていた。


「お話は伺っております。魔王フェムトより、我々をお守り頂けるとか」

 とオーム王は言いながら、玉座を立って5段程ある階段を降りて俺達の元まで歩いて来た。


 そして俺達の前で右手を胸に当て、片膝をついて俯くと、

「龍神の御心に心からの感謝を」

 と言った。


 周りの騎士も立ったまま軽く頭を下げている。


 騎士達が膝を着かないのは、いつでも国王を守れる様にだろう。


 やっぱバティカやメチルの様な、侵略者の危機に晒されていない国の騎士とは違うようだな。


 俺達に対しても気を抜いてはいない様だ。


「顔を上げよ、オーム国王」

 ここのところ、龍神の使いらしくあろうとしている俺自身だが、段々とこうしたセリフも板に付いて来たのかも知れない。


 国王はうやうやしく顔を上げ、俺の胸辺りまで視線を上げた。


 俺は国王を見ながら、

「神官長より話を聞いているかも知れないが、俺達は龍神クラオの命を受けて西の大陸にあるバティカに降り立った」

 と言いながら両手を上げ「しかし、この大陸に住まうドラゴンより話を聞けば、今や魔王がこの大陸を侵略していると言うではないか」


「はっ! その通りで御座います」

 と国王が視線を少し下げて答える。


「それで俺達が魔王を討つべくここに来た訳だが・・・」

 と俺は言ってひとつ大きく呼吸をし、「先ずは隣国フェムト王国についての情報が欲しい」

 と言った。


「承知致しました」

 と国王は言って、これまでの歴史について語りだした。


 国王の話はこうだ。


 東の大陸は、古来西の大陸より来た神の子孫と云われるバティカの民によって開拓された大陸で、最初におこされた国がこのオーム王国だという。


 そしてオーム王国を軸にして、東の果てにデレス、南にフェムト、南東の山脈に囲まれた場所にフルート、そして、南東の山脈を越えた大陸の果てにレグザという王国を築いたそうだ。


 ところが、南東の果てにあるレグザ王国に4人の魔王が現れ、ほんの数年で王国の文化を掌握し、やがてレグザ国王の崩御ほうぎょと共に国王の座を奪取し、国の名をレプトに変えて統治を始めたのだそうな。


 その統治は人々を豊かにしたかに見えたが、過剰な豊かさはやがて人々を強欲にし、そしてその強欲を満たすだけの文化の発展を求めて人々が争う様になったんだとか。


 やがてレプト王国は、さらなる富を求めて、北にある王国デレス、山脈に囲まれた王国フルートと交易を始め、徐々にレプトの文化を広めて浸透させて行ったそうだ。


 その文化とは、人々に欲望を生み出し、快楽を得させるものらしく、その快楽の対価として金銭を得るというものらしい。


 その結果、金銭の有無が人々の価値を判断する基準となり、人々は過剰な金銭を得る為に様々な悪事を始め、やがて金銭の貸し借りが始まり、返済が滞ると略奪を行う者まで現れたんだとか。


 レプト王国政府はそうした略奪者を逮捕して集めたものの、彼らを軍隊に引き入れて訓練し、やがては交易相手であったデレスとフルートを武力で侵略したようだ。


 やがて、デレスはレプトの植民地の様な国に成り下がり、堕落した国王の後釜として、新たな魔王が即位し、現在のデレス王国があるという事だ。


 更に、山脈に囲まれたフルート王国も同様にレプトに侵略され、暗殺によって国王は殺され、新たな国王として魔王が即位したという。


 フルートは山脈に囲まれているという自然の要塞に囲まれた立地を生かして、主にレプトを繁栄させる為の侵略部隊を創設し、軍備の増強を図り、南のフェムトを侵略したのが20年前の事。


 しかし、フェムトの侵略は、何も武力に頼るだけでは無かったらしい。


 侵略されたフェムト王国は、国王が健在の間は文化の侵食を受けていたという。


 文化の侵食とは言うが、最初は商人らしい集団が「どんな病気も治る薬」を売込みに来たんだとか。


 その薬を、獣の毒に侵された狩人に飲ませたところ、すぐに苦痛が無くなり、皆が驚いたそうだ。


 なので、フェムトの国民は、むしろ魔王の統治の方が良いのではないかと考える者も現れ、王国は革新派と保守派に対立した時期もあったんだとか。


 が、万能薬と謳われたレプトの薬は、常用すると効き目が薄くなり、やがては幻覚を見る様になり、薬が切れると気がふれた様に暴れ出す者も現れたんだそうな。


 そして、オーム国内でその薬が広まっている事に危機感を感じた国王が、フェムトに居るレプトの商人を追放したのだが、これがレプトを不快にさせたらしく、商人の入国を迫る為との建前で軍隊が侵略してきたんだそうな。


 なるほどな。


 その薬ってのは、麻薬の事なんだろう。


 確か、前世の地球の歴史でも「アヘン戦争」なんて事があったな。


 イギリスが中国を植民地にしようとアヘンという麻薬を売りつけて、それを拒む中国を武力で侵略しようとして起こった戦争だったっけか。


 それと同じ事が、フェムトにも起こってたという訳だ。


 それから数年後、フェムトは革新派の隆起によって国家を転覆させられ、今の魔王が王座に就いたという事らしい。


 で、フェムトの魔王は、人間を強力な兵士に変える秘術を使うんだそうで、そうして強化された軍勢がオーム王国に攻め入って来たのが20年前の事という訳だ。


 ふむ、ドラゴンの細胞を人間と掛け合わせて屈強な亜人を創造している様だから、遺伝子操作に長けた奴がフェムトの魔王という事なのだろう。


「前回の侵略は、龍神様…、いや、ドラゴンと申しましたな。ドラゴン様のおかげで我々は国を守る事が出来たものの、ドラゴン様も酷く傷付き、次の侵攻に不安を抱えているところで御座いました」


 とオーム国王は言って顔を上げた。


「そうか。で、魔王軍とやらは戦場でも怪しげな魔法を使うと聞いたが?」

 と俺は国王を見て訊いた。


「はい。その通りで御座います」

 と国王は更に話を続ける。


 魔王軍が使う魔法は多岐に渡り、特に雷を操る魔法と、一瞬で炎を生み出す魔法を使うという。


 ふむ。


 雷を操るというのは、電気か電極を使ってコントロールしているのだろう。

 恐らくは雷雲を作る為に、ヨウ化銀を空中に散布している可能性もある。


 昨日の嵐も、フェムトによる攻撃の一環なのかも知れない。


 一瞬で炎を生み出すというのは、恐らくはマッチかライターみたいな話だと思うが、どうだろうな。


 俺はポケットからライターを取り出し、

「一瞬で炎を生み出すというのは、こういう事か?」

 と言いながら、ライターで炎を点けて見せた。


 すると、国王も周りの騎士達も

「おお…!」

 と声を上げて驚いている。


「さすが御使い様! 魔王軍はその炎を使って兵糧に火を点けたり、農地を焼いたりしていましたが、御使い様も炎を生み出す魔法をお使いになれるならば、フェムトの軍勢も侵攻に苦慮せざるを得ないでしょう!」

 と国王は言っているあたり、やはり「一瞬で火を点ける」というのはこの程度の話だったんだな。


 火炎放射器みたいなのが相手だと、ちょっと色々考える必要があったが、この程度なら何とか対応出来そうだ。


 しかしあとひとつ訊いておかなければならない事がある。


「侵略者は、まるでドラゴンの様な姿になる者が居たと聞いたが?」

 と俺が効くと、国王は頷き、


「その通りで御座います。その力は人間とは思えぬ強さで、弓矢ごときでは倒せませぬ。剣や槍で何とか倒せるものの、我々の軍勢の被害が大きく、あの鱗に覆われた生き物が更に多勢で攻めて来たなら、次はドラゴン様でも王都を守る事は難しいかも知れませぬ」

 と言って顔を伏せた。


「そうか。分かった」

 と俺は言ってティアとシーナの顔を見た。


 ティアとシーナは俺の顔を見ながら頷くと、

「ショーエン、ここで少しレールガンを増産しておきたいわ」

「音波兵器も増やしたいのです」

 と言った。


 そうだよな。


 やっぱ、敵が遺伝子操作でドラゴノイドみたいな人間を創造しているのだとすると、その固い皮膚を貫通出来る様な武器が欲しいもんな。


 俺は頷くと、

「国王よ、俺達は今日より1週間後にフェムトに向かう事にする。色々準備を整えたい。それまでの住処と、俺達の望む資源を準備せよ」

 と言って国王を見た。


 国王は立ち上がって頭を下げ、

「お望みのままに」

 と言ってヨークを見て「神官長よ、御使い様の仰せに従う者を神殿よりかき集めて参れ」

 と言った。


 俺達の斜め後ろで控えていたヨークは深々と頭を下げて

「仰せのままに」

 と言って一歩下がり、「では、御使い様方は、後ほど神殿までお越し下さいませ。これからお部屋と下僕をご用意させて頂きます」

 と言って踵を返し、足早に部屋を出て行ったのだった。


 -----------------


「とりあえず、ひと息つけそうだな」

 と俺が言うと、ティアとシーナも頷いて、

「そうね。昨日の野宿は嵐が来たりドラゴンが出たりで大変だったもんね」

「そうなのです。身体が汗でベタベタするので、早くお風呂に入りたいのです」

 と言っている。


 今俺達は神殿の客室に通されていた。


 部屋は4つ用意してもらった。


 いつもの部屋割りで、俺はティアとシーナと同室だ。


 神殿の客室は王城ほど豪華では無かったが、シングルサイズのベッドを3つ並べてあり、3人が並んで眠れる様に配置されていた。


 他の部屋も同様に人数分のベッドが用意されている事だろう。


「神殿の裏庭で武器の製造が出来そうなスペースがあったから、明日からはそこで作業をしないとね」

 とティアが言った。


「ああ、そうだな。お前達に任せっきりになるが、宜しく頼む」

 と俺が言うと、ティアとシーナは頷いて

「任せて」

「任せてほしいのです」

 と返した。


 俺が部屋にあったソファに腰かけると、ティアとシーナが俺の両サイドに腰かける。


 俺は背もたれに身体を預け、今後の事を色々と考える事にした。


 まずは隣国のフェムトの事だ。


 南東の果てにあるというレプト王国に居るのがラスボスという事なのかも知れないが、隣国のフェムトを治めているのもレプト星から来た魔王だ。


 これまでの事を考えると、魔王と言えども基本的にはプレデス星やクレア星の価値観が軸になっているはずだ。


 ただ、強欲で傲慢であるが故に「人をたぶらかして人心を掌握しょうあくする」といった事が主な手法になっていったのだろう。


 そして、それがうまくいかない相手には武力で威嚇いかくし、自分の思う通りに動かしているという訳か。


 緩やかな恐怖政治ってところだな。


 しかも、何らかの方法で情報を操作して人々の心を惑わしているあたり、プロパガンダも行われている様だ。


 プロパガンダといえば、宗教もそのひとつと言えるだろう。


 このテキル星には神話がある。

 龍神の神話だ。


 神の存在が信じられているが故に、人々は一つの価値軸をえる事が出来ている。

 つまりは神話を流布する事で、プロパガンダが完成していた訳だ。


 しかし、魔王達には神話なんて関係なく、自らを「魔神」として信仰させていてもおかしくはない。


 神の様な「魔法」を人々の前で使えば、この星の人々は容易く奴らを「神」として認識する事だろう。


 人々に流布された龍神を信仰するプロパガンダの上に、魔神を信仰するプロパガンダの上書きをしたといったところか。


 事実、俺達が「龍神の御使い」として認識されているのも、彼らにとっては「魔法としか思えない技術」を目の前で見せたからに他ならない。


 たかがライターで火を点けただけで「魔法扱い」だ。


 そして、これまでドラゴンの事を龍神として認識していたところから、あっという間に「龍神ではなく、ただのドラゴン」という認識に変えられるのだから、俺達の存在が「神の御使いとしか思えない」だけの何かがあったという事だ。


 この星の文化レベルなら、人々を洗脳するプロパガンダなど、プレデス星の技術力があれば容易い事という訳だ。


 敵もそれを認知したからこそ、レプト王国を統治できたんだろうしな。


 しかし、やっかいなのは遺伝子操作だ。


 ドラゴンの遺伝子を持ち帰り、人間の遺伝子と組み合わせる事で、爬虫類人間の様な生き物を作り出し、戦いを挑んできたという話を聞くと、奴らは確実にドラゴンの攻略を進められていると考えるべきだ。


 遺伝子操作について詳しい人間が居ない俺達にとっては、ドラゴノイドの様な手駒を増やされるのは宜しくない。


 なので、長期戦は愚策だ。


 奴らが簡単には追いつけない様な圧倒的な力を見せつけて、一撃で倒す事が出来なければ、奴らはまた俺達の技術を学んで次の攻撃をしてくるに違いない。


 そうなれば消耗戦だ。

 それは避けなければならない。


「さて、どうしたものかな・・・」

 と俺が声に出した時、部屋の扉がノックされ、


「御使い様、お食事のご用意が整いました」

 とシスターらしき女の声が聞こえた。


 俺がティアの顔を見ると、ティアは頷いて立ち上がり、部屋の扉を開けに行った。


 ティアが扉を開けると、そこには青い修道服を着たシスターが立っていて、少し顔を伏せたまま、

「御使い様、食堂にてお食事をご用意させて頂いております。ご案内いたします」

 と言った。


 ティアは

「ありがとう」

 と言って俺の方を見て、少し首を傾げながら「どうする?」

 と言った。


 そうだな。

 とりあえず、飯を食ってから考えるとするか。


 俺はシーナの手を取って立ち上がり、

「食堂で食べよう」

 と言って、扉の方に向かった。


 部屋を出ると他のみんなも廊下に集まっていた。


「では、食堂に案内してもらおうか」

 と俺が言うと、シスターはうやうやしく頭を下げて廊下を歩き、俺達に付いてくる様にと促した。


 俺達はシスターの後をゾロゾロと付いて行き、階段を降りたところにある大広間に通された。


 そこには大きな丸テーブルが一つ置かれていて、椅子が20脚ほど、等間隔に置かれていた。


 テーブルの上には既に皿が並べられていて、俺達は各々が皿の置かれた席に座る事にした。


 丸テーブルの向かい側には誰もおらず、俺達だけで食事をする様だ。


 シスターは6名いて、俺達が席に着いたのを見て、端から順番にワゴンに乗せた鍋のスープを皿に注いでいた。


 端からテラ、ガイア、イクス、ミリカ、ティア、俺、シーナ、メルス、ライドの順でスープが注がれ、次いで別のシスターが、もう一つの皿にパンを2切れずつ乗せて行った。


 スープはキャベツの様な野菜と玉ねぎと鶏肉を煮込んだものの様で、色は少し黄色くて透き通っている。スープの表面には少し油が浮いており、おそらく鶏肉から出汁をとって塩で味付けしたものなのだろう。


 次の料理が出て来るのかとしばらく待っていたが、特に何も出て来る気配は無い。


「これだけか?」

 と俺が言うと、シスター達は少し身体を強張らせた。


「も、申し訳ございません。今はこれしかお出しできるものが御座いませんでして・・・」

 と言って恐縮していた。


「いや、構わん」

 と俺は右手を上げて言い、「では頂こうか」

 と言ってスプーンを手に取った。


「いただきます」

 と俺が言うと、他のみんなも「いただきます」と声を上げる。


 俺はスープを一口食べてみた。


 ほのかな塩味と、鶏肉の旨味を感じる。

 やはり鶏肉と塩で味付けされただけの質素なスープだった。


 次にパンを千切って一口食べてみる。


 ほのかな小麦の香りがするが、バターを使っている訳でも無く、随分とシンプルなパンだ。


 メチル王国ではもっと豊かな生活をしていた様に思ったが、オーム王国ではこれが普通なのだろうか。


「シスター」

 と俺は一番近くに立っていたシスターに声を掛けた。


 シスターは一瞬ビクっとしたが、すぐに俺の元に近寄り、頭を下げて

「御用でしょうか」

 と訊いて来た。


「うむ、聞きたい事があるんだが」

 と俺はシスターの横顔を見ながら「この国の民は、いつもどのようなものを食べているんだ?」

 と訊いた。


 するとシスターは少し考える様に押し黙っていたが、やがて少し首を横に振り、

「この国の民は・・・、今はあまり食べ物が御座いません」

 と言った。


「どういう事だ?」

 と俺が訊くと、


「この数年、収穫の季節になると強い風雨が吹き荒れる様になり、畑が浸水して作物があまり採れなくなってしまったのです」

 とシスターが答える。


「昨日の嵐もそうか?」

 と俺が訊くと、シスターは頷き、


「今年は早目に収穫した野菜がありましたが、それでも半分以上の畑が浸水してしまったというお話を聞いております」

 と言った。


「そうか。では、ここにある食事はご馳走なんだな」

 と俺は言いながらスープとパンを交互に食べた。


 俺達が一通り食事を済ませると、シスター達が食器を片付け始めた。


 俺はそれを眺めながら、ティアに

「どう思う?」

 と訊いてみた。


 ティアは頷き

「うん。気象をコントロールされてる気がするわね」

 と言った。


「だよな」

 と俺も頷き、「なら、解決策もあるよな」

 と俺はニヤリとして言った。


「そうね」

 とティアも頷いた。


 つまり、フェムトの魔王は気象をコントロールしてオーム王国の弱体化を図っている訳だ。


 この数年間に渡り弱体化させてきたという事は、そろそろ軍勢を率いて攻め入って来てもおかしくないという事だろう。


 この国の軍隊がどれほどの規模かは分からないが、国民に食べさせる食事がこれ以下なのだとすれば、軍隊もまともな食事は出来ていないだろう。


 となると、今攻め入られたら、この国は簡単に篭絡ろうらくされてしまいそうだ。


 ドラゴンは街の外に待機させているが、ドラゴンが気象をどうこうできる訳でも無いし、俺達がどうにかしなければならないだろう。


 となると、ここは先手必勝の策を講じなければなるまい。


 1週間かけて準備をするつもりでいたが、もっと急ぐ必要がありそうだ。


 俺はテーブルが片付けられたのを見て

「ごちそーさまでした」

 と言った。


 すると他のもんなも「ごちそーさまでした」と声を合わせる。


 そして俺が立ち上がるのを見てみんなも席を立った。


「シスター達よ、苦しい世情にも関わらず、精一杯のご馳走を準備してくれた事に感謝する」

 と俺は言いながらシスター達を見回し、「出来るだけ早く、必ずや魔王を討ち取って見せよう」

 と言った。


 -------------------


「お風呂が無いのは残念だったのです」

 とシーナが言った。


 その日の夜、昼に食べたのと同じスープとパンを夕食として出され、食後に「湯あみはできるか?」と俺がシスターに訊いてみたところ、神殿には風呂が無いので、桶に湯を張って身体を洗って欲しいという事だった。


 結果、俺達は部屋に運ばれた3つの桶の湯で身体を洗って布で拭くだけしか出来ず、何となく疲れも取れないままに部屋で寛ぐ事しか出来なかったのだ。


「まあ、そう言うなよシーナ。これでも石鹸で洗えるだけマシなんだからな」

 と俺が言うと、シーナは微かに石鹸の香りをさせながら

「ショーエンがそう言うなら、私も我慢するのです」

 と言って俺の左腕に絡みついて来た。


「それにしても、この国もかなり厳しい状況よね」

 とティアも髪を拭きながら言い、「シーナもちゃんと髪を拭かなきゃだめよ」

 と言って、持っていた布でシーナの髪を拭いていた。


「ああ、ここまで弱体化させられているとは思わなかったな。俺達がここに来るのがもう少し遅かったら、オーム王国は滅びていたかも知れないぜ」

 と俺が言うと、シーナはティアに髪を拭かれながら

「でも、ギリギリ間に合ったから、この国は救われるのです」

 と言った。


「で、ショーエンはどんな策を考えているの?」

 とティアが訊く。


「私も聞きたいのです」

 とシーナも続く。


「そうだなぁ・・・」

 と俺はソファに座り、腕を組んで目を瞑った。


 敵はプレデス星を知る人間だ。


 子供騙しの様な攻撃では簡単に対応されてしまうだろう。


 気象コントロールや遺伝子改変さえ可能な連中だ。


 それだけの技術力を持っている上に、麻薬を使って人心掌握を試みるあたり、相当な悪知恵を持っている者が魔王として君臨しているのだろう。


 しかし、フェムトの軍勢がオーム王国に攻め入った時の話を聞く限り、敵は剣や槍、そして弓矢を使って攻撃してきたという。


 つまり、武力はあくまで「人海戦術」でしか無いのではないか?


 高い技術力があるのだから、もっと強力な兵器を作っていてもおかしくない。


 にもかかわらず、わざわざそんな原始的な攻撃をしてくる理由は何だ?


 可能性はいくつか考えられるが、最もあり得そうなのは「軍勢に危険な武器を持たせられない」という事だ。


 どういう事かと言うと、魔王が統治している国でありながら、国民はその統治に満足していないかも知れないという事だ。


 その場合、国民に強力な武器を持たせてしまうと、いつ魔王達に刃を向けるか分からない。そうならない様に、軍勢には原始的な武器しか持たせないというものだ。


 しかし、魔王が圧倒的に国民に支持されている場合はその理論は通用しない。


 もし国民の支持が高い魔王であるにも関わらず、原始的な武器しか使えない軍勢を使うとなると、その理由は大きく二つ。


 一つ目は、あえて国民には原始的な武器しか持たせず、自分達の技術力を「魔法」と認知させておく為。


 この場合、魔王とやらが持っている武器は、この星で開発したものではなく、レプト星から持ち出したものしか無い可能性も高い。要は、自分達では強力な兵器を作れないという事だ。


 これなら勝ち目は大いにあるのだが、もう一つの理由だとそう簡単にはいかない。


 二つ目の理由とは「強力な兵器を作れる資源が無い」場合だ。


 この場合は、俺達もこの国では強力な兵器を作れない事になる。


 となると、手持ちの武器だけで対抗しなければならなくなるので、かなり厳しい戦いになるかも知れないという訳だ。


 そこで俺達が打てる手とは何か。


 思いついた方法は二つある。


 一つは、フェムト王国に潜入し、情報戦を仕掛ける事だ。


 フェムトの国民を情報で惑わし、魔王を倒せば富と名声と自由を手にする事が出来るという情報を流し、俺達を救世主に見せかけて民衆を味方に付けるという戦略だ。


 二つ目は、魔王の暗殺だ。


 今俺達が持っている最も強力な武器はレールガンだ。


 これは射程も長いし威力も申し分ない。

 魔王の位置さえ把握できれば一撃で倒せるだろう。


 強欲で傲慢な魔王なら、おそらくは富を独り占めにしている事だろう。


 ならば、魔王を暗殺して国の統治機能を失えば、民衆は統率を失って、新たな統治者を望む様になるはずだ。


 そこで仮の政府として俺が統治をすれば、フェムトを手中に収める事が出来るのではないだろうか。


「って感じで、二つの作戦を並行して行うのがいいかも知れないな」

 と俺は言った。


 ティアとシーナが俺の顔を見て頷いた。


 偽情報の流布と魔王の暗殺。


「そうね。なら、私達が最初にやるべきは、この国に兵器を作れるだけの資源があるかどうかの確認と、フェムトの民衆の意識調査ね」

 とティアは言いながら目を開き、俺の顔を見た。


 俺は頷き、

「そういう事だな」

 と言った。


「それなら、私に出来る事がありそうなのです」

 とシーナが顔を上げて「フェムトの王都に中継器を設置して、私達の誰かが情報を収集すれば、その情報をショーエンと共有できるのです」

 と言った。


「シーナ、それはいいアイデアだぜ!」

 と俺は言いながらシーナの頭を撫でて、「敵情が分かれば、打つ手が見えて来るからな」

 と言った。


 シーナは「ふふふ」と得意げに笑い、

「任せて欲しいのです」

 と言ってドヤ顔を見せたのだった。


 ---------------


 翌朝、俺達は神殿の裏庭に集まり、今後の計画について情報を共有する事にした。


「という訳で、フェムトの情報収集を行うべく、中継器を設置するチームを作りたい」

 と俺は言い、ティア、シーナ、ライド、メルスの4人を、俺と共にフェムトに行くメンバーにする事にした。


「で、イクス、ミリカ、ガイア、テラ。お前達には、俺達がフェムトに情報収集に向かっている間、この王国の文化発展に寄与して欲しい」

 と俺は言い、4人にそれぞれの指示を与える事にした。


 イクスには食材の育成と保存食の製造方法の伝授、更にパスタの製造技術の浸透と料理メニューの普及などを任せる。これは喫緊きっきんの課題と言えるだろう。

 まともな食べ物が無い国が発展できる筈は無いからな。


 ミリカには、オーム王国の民衆へ、衣服の流通を任せる。


 ガイアとテラには、マッチとアルコールの普及と、更に資源採取を依頼した。


「みんな、任せたぞ!」

 と俺が言うと、みんなは「はい!」と声を揃えて返事をした。


 よし、みんなの息が揃っている時ってのは、大体何でもうまくいくもんだ。


 俺はそう思いながら、部屋の外にいるシスターに、神官長を呼んで来る様に指示をした。


 ほどなく神官長のヨークが俺達の部屋に現れ、

「まだここに来られてから2日目だというのに、もう出発なさるのですか?」

 と訊いて来た。


「ああ、事は急を要するようだ。今のうちに手を打たねば、近いうちにフェムトは軍勢を差し向けて来る気配があってな」

 と俺が言うと、ヨークは目を見張って

「何と! それは本当ですか?」

 と声を張り上げた。


「お前達は気付いていないかも知れないが、一昨日の嵐もフェムトの魔術の仕業だろう。既にこの国は兵糧が尽きている。それを見越せば、奴らはすぐにでも軍勢を寄こすに違い無かろう?」

 と俺が言うと、ヨークは脱力した様に膝を着き、

「何と・・・、あの嵐までもが魔術だというのですか・・・」

 と頭を左右に振りながらそう言った。


「なあに、雨を降らせたり雷を操作するなど、俺達にも簡単に出来る事だ。恐るるに足らんよ」

 と俺は、ヨークを少し元気付けようとしてそう言い、「なので、俺達は今すぐに出発するが、この事をお前から国王に伝えておいて欲しい。更に、4人の御使いをここに残していくので、お前達はこの4人に最大限の協力をして欲しい」

 と続けた。


 ヨークは

「仰せのままに!」

 と言って立ち上がり、「では、せめて神殿の門までお見送りさせて頂きますぞ」

 と俺達を神殿の入り口まで案内した。


 神殿を出ると、ライドは門の内側から自動車を外に出し、メルスと共に整備していた。


 俺はそれを横目に、見送りに来たヨークに

「では、数日後にまた会おう」

 と言って、自動車の運転席に乗り込んだ。


 ティアとシーナも前席に座り、ライドとメルスが後部座席に乗り込んだ。


 荷台には4つのキャリートレーを積み込み、通信中継器を6台と、大型のレールガンが1個。そして発電機を積み込んだ。


「よし、出発だ」

 と俺は言いながらペダルを踏み込むと、自動車は軽快に加速を始める。


 まったく、いつ乗ってもこのギヤ比の効率化には頭が下がる思いだ。


 前世でこんな乗り物が作られていれば、地球はもっとクリーンな星だったろうにな。


 俺は少し振り返って、どんどん小さくなっていくイクス達の姿を見ながら、デバイス通信で「俺達の留守るすを頼んだぞ」と送っておいた。


 するとすぐに「お任せを」と帰って来る。


 通信感度は良好だな。


 神殿にも中継器を設置したので、山脈を越えなければオームに残るイクス達ともデバイス通信は可能だろう。


 念のため、南東の山脈の頂上にも中継器を設置したいところだが、それはフェムトの様子を見てからでも遅くない。


 俺達は神殿から中央通りを通ってオームの街の門を潜り、ドラゴンが控えている平原に出た。


「ドラゴンよ。俺達はフェムトの様子を見て来る。お前はこの街を襲う人間が現れたなら、迷わずそれらを駆逐しろ。それが人間であったとしてもな」

 と俺はドラゴンにデバイスで指示をしておいた。


 ドラゴンは翼をバサリと一度だけはためかせ、「了解した」とデバイスで返事をしてきた。


 よしよし、ちゃんとコミュニケーションできてるな。


「よし、ライド、メルス。 ここらで飛行機モードに変形して、ここからフェムトまでは空を飛んで行こう」

 と俺が言うと、ライドは

「了解しました!」

 と言って、後部座席から自動車の天井を動かして、メルスと強力しながら翼の形状に変形させていった。


 なんだ、これって走りながらでも変形できるのか。


 すげーな。


「よし! 離陸するぞ!」

 と言って俺がレバーを引くと、飛行機は軽々と上空へと舞い上がった。


 始めて前席でペダルを漕ぐティアとシーナも

「気持ちいいね!」

「風がすごいのです!」

 と言いながら、長い髪を激しくなびかせながら顔に当たる風を楽しんでいる。


 そうさ。


 俺達は魔王を討つ。


 だけど怖がる必要なんて何も無い。


 特別研修とはいえ、これは学園のカリキュラムであり、学びの一環なんだ。


 これまでもみんなで学びを楽しんできたはずだ。


 だから今度も楽しめばいい。


 俺の両脇で風を受けるティアとシーナ、そして、俺達の後ろで楽し気に地上を見下ろしているライドやメルス達の様に。


 しかし俺の中には一抹の不安があった。


 その不安が何から来るものなのかは分からない。


 小さな不安の種。


 何かを見落としているのではないかという、小さな不安の種。


 俺は俺の中にあるそんな小さな不安の種を、まるで握りつぶそうとでもするかの様に、ティア達の笑顔を見ながら一緒に笑い、大空の空気を吸い込んでいたのだった。

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