魔境(2) 魔境の都市オーム

「これでいいのです」

 とシーナが言った。


「よし、じゃあ試してみよう」

 と俺が言った。


 何をしているかというと、ドラゴンのデバイスとの通信回線を俺達みんなで共有出来るように、シーナに設定してもらっているところだ。


 何せドラゴンが装備しているデバイスは、およそ1000年前の代物だ。

 今朝俺のデバイスでドラゴンのデバイスと通信するのにも、かなり近寄らなければ情報通信が出来なかったし、前世の通信で例えるなら、128キロバイトのモデムでインターネット接続している様なもので、俺達が伝えたい事をドラゴンのデバイスに伝授しようとしたら、相当データ量を絞らないと、ドラゴンのデバイスがフリーズしかねないのだ。


 そこで、シーナに頼んでドラゴンのデバイスの通信容量を拡大する改造を行ってもらい、俺達が遠隔地からドラゴンと通信出来るようにしてもらったのだ。


 俺はデバイスでみんなに

「通信テストだ。みんなこの無声通話が聞こえるか?」

 と送ってみた。


「聞こえます」

「大丈夫です」

「聞こえるのです」

「よく聞こえるわ」

「我にも聞こえておる・・・」


 と各々から返事があった。


「よし、大丈夫そうだな」

 と俺は言って「シーナは本当にすごいな」

 とシーナの頭をなでなでした。シーナは珍しく恥ずかしいのか、くすぐったそうに肩をすくめているが、その表情はいつもよりも嬉しそうだった。


 これまでにも何度も使ってきたが、無声通話とはデバイスを通じて、脳の中で組み立てた会話をそのまま発信するので、実際に声には出さないが、脳は音声として認識できるという技術だ。


 いわば、夢の中で大声で叫んでも夢を見ている本人は眠っていて声など出していないのと同じで、夢の中では音声として認識しているけども、実際には無声で話しているのと同じ信号伝達を行っているというものだ。


 ま、この知識はシーナの受け売りなんだけどな。


 で、この無声通話をドラゴンも使える様にしたので、今そのテストを行っていた訳だ。


「よし、これでみんなドラゴンとも通信が出来る様になったし、シーナの通信中継器をうまく設置できれば、離れていても通信が出来る筈だ」

 と俺は言って、みんなの顔を見渡した。


 みんなは頷き、何だかドラゴンを味方に付けた事に安堵している様にも見える。


「それにしても、ドラゴンを下僕しもべにしてしまうなんて、ショーエンさんは本当にすごいですね!」

 とメルスが言い、みんなも同意する様に何度も頷いている。


「ショーエンなら当然の事なのです」

 とシーナは言うが、ぶっちゃけ今回の交渉は俺にとってもヒヤヒヤものだったぜ。


 このドラゴンの事を夢で見た事が無ければ、俺はパニックになってドラゴンを攻撃してたかも知れないし、情報津波でドラゴンの過去を見ようと思う事も無かったかも知れない。


 けれど、目の前にいるドラゴンが、クレア星の学生寮で見た夢に出て来たドラゴンとだと感じたのには、やっぱ何かあると思うんだよな。


 そしてその「何か」として思い当たるの物と言えば、やはり「あの本」しかない。


 だって、偶然にしては出来過ぎだもんな。

 何か俺が制御できない力が働いているとしか思えないじゃん?

 となると、情報津波を使える様にした「あの本」の不思議な力が働いていると考えるのが妥当だよな。


 とはいえ、情報津波は万能ではない。


 宇宙の真理に係る情報はほとんど得られないし、プレデス星の社会構造に関わる情報も得られない事が多かった。


 他にも出来ない事はあって、例えば、情報津波は「未来を知る事」が出来ない。対象の「過去の情報」を得る事は出来るが、直近の過去から大昔までさかのぼれる情報はチラホラあるにも関わらず、未来の情報は1秒先の事さえ得られない。


 今までに情報津波を使って何度も「未来予知」を試した事はあるが、うまくいった事は一度も無いんだよな。


 だから、今日このドラゴンに出会った事は偶然でしか無い筈なのだが、あの夢を見た時には、何故か「いつかこのドラゴンに会うんだろうな」って思ったのも事実だ。


 あの時はまだテキル星に行く事なんて話は無かったしな。


 不思議ではあるが、今はまだその原因を追究する段階にはない気がするし、この話はしばらく保留だな。


「まあ、日頃のみんなの仕事ぶりが良かったから、運が良かったって事かもな」

 と俺は、みんなの賞賛の言葉にかなり非科学的な感想で返しながら、ドラゴンを見上げた。


「なあ、ドラゴン。お前が守っていた王国に連れていってくれないか?」

 と俺はドラゴンに訊いた。


 ドラゴンは頷く代わりに翼を広げて俺達を見て

「ここから半時ほど北東に飛べば、そこにある」

 と言った。


 東の空は白々としてきて、まだ雲に覆われてはいるが、日が昇りだしたのが分かる。


 デバイスで時刻を確認すると「05:02」と表示されている。


「半時か…、今から飛んでも5時半に着いてしまうな」

 と俺は言い、「できれば直接王城に向かいたい。3時間後に出発すれば丁度いい時間に到着するだろう。それまでは朝食を摂って英気を養っておこう」

 とみんなの方を見渡して言った。


 みんなは「ハイ!」と声をそろえて返事をし、イクスは食事の準備を、メルスとライドは自動車を整備して飛行機モードへと変形させる。


 他のみんなはテントを片付けて荷物を飛行機へと積み込む事にしたのだった。


 -----------------


「ごちそーさまでした!」

 と俺が言うと、みんなも続いて「ごちそーさまでした!」と言う。


 今日の朝食はホットケーキにした。


 肉は昨日の夜に食べてしまったし、食材が小麦粉と卵と牛乳と調味料しか残っていなかったからだ。


 まあ、これから人間の住む王国に向かうのだから、食材はそこで調達すればいいだろう。


 これまでの経緯から察するに、王城と話を付ければ、新たな食材は入手できるだろうし、ここからそう遠くない場所の様だから、それほど心配する必要も無いだろう。


 ドラゴンは食事をしなかったが、ドラゴン曰く、毎日食事をする訳では無いらしい。


 基本的には肉食で、主に野山に生息する獣を食べている様だが、光合成も行うらしく、これまでも週に1度程度人間を襲う獣を食らっては光合成を行い、あとは川の水を飲んでこの巨体を維持してきたというのだから凄い。


 まったく、凄い生物がいたもんだ。


「俺達は飛行機に乗って移動するから、ドラゴンは先導して俺達を案内してくれ」

 と俺はドラゴンに指示をした。


 ドラゴンは「わかった」と言って広場の中央までズシン、ズシンと歩いて移動し、翼を広げてバサリバサリと羽ばたいて上昇を始めた。


 俺達が居る場所まで数十メートルの距離があるが、その風圧は台風並みで、飛行機が風に煽られて体勢を崩しそうになる。


「私達も上昇しますよ!」

 とライドが言ってペダルを漕ぎ始め、ドラゴンが放つ風圧にうまく乗る形で飛行機も上昇を始めた。


「これはなかなか、コツをつかむまでが大変ですね!」

 とライドは言いながらハンドルを操作して、飛行機の体勢維持に神経を集中している様だった。


 ほんと、ライドの機転ですぐにペダルを漕いでいなければ、風圧で後ろに飛ばされていたかもしれないぜ。


 巨大生物と行動を共にするってのは、なかなか大変な事だな。


 ドラゴンはバサバサと翼をはためかせて上空を北東に向かって進み、俺達の飛行機もドラゴンの少し後方の高い高度を保って飛行する事にした。


「この位置ならドラゴンの翼の風圧の影響を受けずに済みそうですね」

 とメルスは言いながら、ほっとした様に胸を撫でおろした。


「ああ、大変だとは思うが、何とか頼んだぜ」

 と俺は、前席でペダルを漕ぐライドとメルスとイクスに声を掛け、前方を飛ぶドラゴンの姿を目で追っていた。


 しかし・・・、あいつは本当にドラゴンなんだな。


 などと考えている内に、ドラゴンは上空の雲スレスレの高さを飛んでいく。


 俺達は飛行機の翼が雲に当たらない様に気を付けながら、ドラゴンと同じくらいの高度を保って付いて行く。


 北東に向かって飛行してから10分程度で山脈の切れ目に広がっていた森を越える事が出来た。


 森を越えると、広々とした丘陵地帯に出た。


 丘陵地帯の真ん中には、さっきまで俺達が居た場所へと続く川がウネウネと曲がりくねりながら流れていて、小さな丘の間を縫う様に視界の先まで続いていた。


 丘陵地帯には木々を伐採した跡もあり、恐らくこの先には人々が暮らす街か集落があるのだろうと想像できる。


 街道の様なものは見当たらないが、木造の住居らしき建物がチラホラと遠くの丘の上に建っているのが見える辺り、林業を営む者が居るのかも知れない。


「建物が見えるけど、どれも人が生活している様子は無いわね」

 とティアがサーモセンサーを建物に向けながら言った。


「どういう事だ?」

 と俺が訊くと、ティアはサーモセンサーの表示を俺に見せながら

「人間の体温付近の温度を検知する様に設定したんだけど、どの建物からも反応が無いのよ」

 と言った。


「そうか・・・」

 と俺は言いながら、ガイアから望遠鏡を借りて遠くに見える建物を見てみる事にした。


「うーん・・・」

 と俺は望遠鏡の中で建物を探し、丘の上に建つ建物を捉えた。


 そこに映っているのは木造の住居らしき建物ではあるが、木造の扉が半分割れていたり、建物の中には灯かりも無く、確かに人が住んでいる様子は伺えない。


「ティアの言う通りだな。人が住んでる様には見えないぜ」

 と俺は言い、望遠鏡を覗きながら情報津波を試してみる事にした。


 すると頭に軽い痺れがあって、建物の情報が流れ込んでくる。


 どうやらあの建物はこの辺に住んでた人間達の住居で、やはり人々は林業を営んでいた様だ。

 しかし5年程前に盗賊の様な者達によって居住者が殺され、やがて林業の利権ごと奪われてしまったらしい。


 しかし2年前にドラゴンが現れ、盗賊達はドラゴンの尾で薙ぎ払われて死んでしまった様だ。


 ここからは見えないが、どうやら近くに行けば、どこかの丘に盗賊達の群れが白骨化した状態でまだ放置されているようだ。


 なるほどな。


 これも、ドラゴンの葛藤の一つだったのだろう。


 人間を守る為に創造されたにも関わらず、人間を殺さなければならないという葛藤。


 破壊神だ守り神だと人間達からは勝手なレッテルを貼られながら、それでもあのドラゴンは出来る限り人間を守ろうと考えて苦しんだんだろうな。


 なんとまぁ、心優しいドラゴンだぜ。


 クラオ団長が創造した龍には出会った事は無いが、何となく、クラオ団長が作った龍よりも、このドラゴンの方がな気がしてならないぜ。


「俺が思うに、あれは人間同士の争いで廃れた集落の一部だろうな」

 と俺が言うと、ティアは

「人間同士で・・・・・・」

 と言って顔を伏せ、「この大陸には愚かな野蛮人がいるのね」

 と言った。


「野蛮人・・・か・・・」

 と俺はティアの言葉を聞いて呟きながら、クラオ団長が言っていた「遺伝子異常の野蛮人」という現地人への評価を思い出していた。


 ドラゴンから情報津波で得た情報から察するに、やはりレプト星から脱走してきたであろう罪人が、この星に辿り着いた事が転機になっていると考えるのが妥当だろう。


 まずはこの、東の大陸にある都市に住む人々を見てから判断する他は無いようだな。


「ティア、まずは今から向かう王国の人々を見てみよう。魔境の中で、唯一ドラゴンが守り続けた王国だ。俺の予想では、メチル王国と同じ感じだとは思うんだがな」

 と俺はそう言いながらティアの手を握った。


 ティアは頷き、

「そうね。あの集落を襲った人間というのがその王国に居るとは限らないしね」

 と言った。


 その時、

「見えてきましたよ!」

 とライドの声がして俺は進行方向を見た。


 前方にドラゴンの姿があり、その左下辺りにうっすらと街の砦の様なものが見える。

 メチルの様な城塞都市という訳では無さそうだが、丘陵の谷間に道路が見えていて、両サイドの丘を結ぶ様に砦が建てられている。


 砦の奥はしばらく道路が続いているが、更に奥には集落が見えており、その更に奥に、細長い塔が建っているのが見えた。


「ショーエン! あの塔って・・・」

 とティアが俺の視線の先を追いながら、その塔を見ていた。


 まだ距離があるので正確な規模は分からないが、恐らく塔の高さは50メートル位あり、更に塔の奥には城壁の様な塀が続いているのが分かる。


 塀の周囲には堀があり、長い塀の南側に当たる部分に跳ね橋が掛かった門があるのが分かった。


「あれは・・・」

 と俺も声を上げた。するとシーナが俺の左腕に捕まったまま俺の顔を見上げ

「あれは、クレア星の惑星疑似体験センターで見た、テキル星の街と同じ配置なのです」

 と言った。


「ああ、そうだな」

 と俺は言った。


 その通りだ。


 俺達がクレア星の惑星疑似体験センターで体験した街そのものの配置だ。


「という事は、あの街の宿屋には商人達が集まる宿屋がある筈なのです」

 とシーナは言い、「あの商店街にも見覚えがあるのです」

 と街の姿が近づくにつれて、シーナは身を乗り出す様にして街の姿を見つめていた。


「ドラゴンが下降を始めましたね」

 とメルスが言った。


 やはりあの街の近くに着陸する事になりそうだ。


「よし、ドラゴンに続いて、俺達もあの塔の近くに着陸するぞ!」

 と俺が言うと、ライドが

「了解です!」

 と言ってゆっくりと下降を始めたのだった。


 ---------------


「ここね、丁度この角度から見た景色が、疑似体験で見た景色と同じになるわ」

 とティアが言うと、みんなもティアの周りに集まり、「へえ~」と言いながら塔を見上げていた。


 ドラゴンは少し離れた所に着陸し、南にある森を背にして俺達の方を見ていた。


 俺達は飛行機を自動車モードに変形させ、塔から50メートルくらい離れた所に集まっていた。


 俺はデバイスを使ってドラゴンに

「そこで待機していてくれ」

 と伝え、ティア達と同じ様に塔を見上げていた。


 塔の入り口には門番の様な鎧を着た兵士が2人立っていたが、ドラゴンと俺達を交互に見ながら二人で何かを話し合っている様だった。


「とりあえず、あの兵士達と話してみるしか無さそうだな」

 と俺が言うと、メルスが自動車の運転席に乗り込み、

「では、塔の麓まで移動しましょう」

 と言った。


「ああ、そうしてくれ」

 と俺が言うと、みんなは自動車に乗り込み、自動車を塔に向けて走らせた。


「門番達が警戒しているみたいね」

 とミリカが言った。


 見ればミリカの言う通り、二人の門番は槍を構えて俺達の方を見ている。


「よし、この辺りで止めてくれ」

 と俺は、塔まで10メートルくらいの所で自動車を停めさせ、「ちょっとあいつらと話してみよう」

 と言って自動車を降り、ティアとシーナを連れて門番の方へと歩いて行った。


 俺達が門番の方へと歩いて数メートル進んだところで、

「そこの者達! そこで止まれ!」

 と門番が俺達に言った。


 俺達は言われた通りに立ち止まり、

「よお、ちょっと話が聞きたいんだが」

 と俺は門番に向かって声を掛けた。


 門番達は槍の先を俺達の方に向けたまま

「お前達は何者か!」

 と訊いて来た。


「俺達は西の大陸から来た、龍神の使いだ。龍神の命に従い、人々を救いに来た」

 と俺は言った。


「龍神の使い・・・だと?」

「ああ、そうだ。あそこにいるドラゴンは俺の下僕しもべだ。1000年の長きに渡り、お前達を守護してきたはずだが?」

 と俺が言うと、門番達は顔を見合わせて何かを話している。


 まあ、仕方が無いよな。


 いきなり龍神の使いが来たと言っても、簡単に信じられるものでも無いのだろう。


 しかし門番は槍を納め、

「これは大変失礼致しました! 龍神の御使い様!」

 と言って俺達に頭を下げた。


 何だ、簡単に信じるのかよ。


 と俺は肩透かしを食らった様な気もしたが、すぐそこにドラゴンも居るし、信じるしか無いのかも知れないな。


「あ、あの、御使い様! あちらのドラゴンが御使い様の下僕しもべという事は、龍神様は一体、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」

 と門番の一人が訊いて来た。


「ん? 本物の龍神は、天界に居るぞ。西の大陸の更に西の果てにある、バティカ王国の丁度真上が天界だ」

 と俺は言い、「2か月近く前に、俺達は天界よりバティカ王国に降り、そして昨日この大陸に渡って来たところだ。そして、あのドラゴンと合流して、ドラゴンにここまで案内をさせて来たのだ」

 と俺が言うと、門番達は「おお!」と声を上げて驚いている様子で、その場で片膝を着き、

「お会いできて光栄です! 御使い様!」

 と言って両手を地面に付いて頭を下げた。


「良い。頭を上げよ」

 と俺は、「御使い様モード」で接する事にした。


「俺達はここに来るのは初めてだ。そこの街を案内する者が欲しい。そして、王城に取次ぎをお願いしたいのだが、お前達に頼めるか?」

 と俺が訊くと、門番達は顔を上げ、


「あそこの跳ね橋を渡ればオームの街に入れます。真っ直ぐに進むと神殿が御座いますので、そちらの神官であれば王城への取次ぎが可能です!」

 と答えてくれた。


「そうか。では、神官の元へ案内してもらおうか」

 と俺が言うと、門番は

「いえ、神官様がこちらへお出迎えに挙がる様に致しますので、こちらで少々お待ち頂く事は可能でしょうか?」

 と訊いて来た。


 ふむ。


 よく解らんが、これがこいつらの流儀なんだろうな。


「良かろう。では、神官をここに呼ぶがいい」

 と俺が言うと、

「ハッ!」

 と返事をした門番達が、塔の扉を開けて中に入って行った。


「何だ?」

 と俺が見ていると、しばらくして塔の頂上から緑色の煙が出て来ている事に気付いた。


「あれが神殿への合図みたいなものなのかしら」

 とティアも煙に気付いて言った。


「疑似体験の時は、神官みたいな人がこの塔まで来てたのを見たよね」

 とティアが言い、シーナも頷きながら

「あれは何をしている所だったのかが気になるのです」

 と言った。


 本当にそうだ。


 疑似体験で見たあの光景が何年前の出来事なのかは分からないが、もしかしたら隣国からの侵略を警戒していたのかも知れないし、ドラゴンの飛来を気にしていたのかも知れない。


 そんな事を考えていると、突然塔の扉が開き、俺達が扉の方を見ると、

「お待たせ致しました!」

 と言って門番達が出て来るのが見えた。


「今、神殿に向けて合図を送りましたので、どうぞ皆様、こちらでしばらくお待ち下さい」

 と門番が言いながら俺達の元へ駆け寄って膝をついた。


「ああ、分かった」

 と俺は言ったが、正直俺は退屈していた。


 こいつらが敵ではないと分かったのだから、こんなまどろっこしい事をせずに、王城まで飛んで行きたい気分なのだが、王城の連中に俺達が敵では無い事を知らせるまでは、とりあえずこいつらのペースに合わせるしか無いからな。


 そうしてしばらく待っていると、長い塀の南側にある吊り橋がガラガラと降りる音が聞こえて来た。


「お、やっと来るみたいだな」

 と俺が言いながら見ていると、吊り橋がガシャンと降りた途端に、馬車が1台橋を渡ってこちらに向かってきた。


 メチルで見た馬車よりも地味ではあるが、2頭の馬に引かせた少し大型の馬車で、御者が2人居るのが分かる。


 やがて馬車が俺達の前に停まると、扉が開いて神官らしき初老の男が降りて来た。


「お待たせしましたな!」

 とその神官は言いながら俺達の方へ歩み寄り、俺の目の前で膝を折って中腰になると、

「龍神の側近の方々とお見受け致しますぞ! 私はオームの神殿の神官長、ヨークと申します」

 と言って俺達の顔を見回した。


「して、塔からは龍神が来られたとの合図が出ていたのですが・・・」

 と俺達を見渡し、そして門番の方を見た。


「龍神様はいずこに?」

 と神官が門番に訊いた。


「ハッ! 神官長にご報告申し上げます!」

 と門番は姿勢を正して神官長の方を向き、「あちらに控えておられるドラゴンは、どうやら龍神様では無いとの事で、こちらにおられる龍神の御使い様の下僕しもべだという事で御座います!」

 と言って、ドラゴンを指さした。


「何と!?」

 とヨークと名乗った神官長は目を見開き、「この王都を幾度となく救って下さったのが龍神様では無いと申すか!?」

 と言った。


 ああ、なるほど。


 あのドラゴンがこいつらにとっての龍神だった訳か。


「これは一体どういう事ですかな?」

 とヨークは俺達を見て訊いた。


 俺は努めて御使いらしい態度で佇み、

「聞いての通りだ。俺達は龍神クラオの使いだ。この国を守らせていたあのドラゴンは俺の下僕しもべだ」

 と言った。


「そんな・・・」

 とヨークはまだ信じられない様子だったが、俺がデバイスを使ってドラゴンを呼び寄せ、更に声に出して

「ドラゴン、こちらに来るがいい」

 と俺が言うと、ドラゴンはゆっくりと身体を起こしてドスン、ドスンと足音を立ててこちらに近づいて、俺達と20メートルくらいの距離を取って頭を下げた。


「ドラゴンよ。この人間は、お前が俺の下僕しもべである事が信じられんらしい。どうすれば信じてもらえるか教えてくれ」

 と俺が言うと、ドラゴンはヨークと門番を見てから俺を見て、

「我が主よ。人間がどうすれば信じるものか、我には分からぬ」

 と言った。


「我が・・・主・・・?」

 とヨークはドラゴンの言葉を聞いて、俺の顔とドラゴンの顔を交互に見ながら呆けていたが、やがて我に返ったのか、俺の方を向いて片膝を着き、兵士達がやってた様に地面に両手を付いて頭を下げた。


「こ、これは大変な失礼を致しました! 御使い様、どうかお許しを・・・」

 とヨークは言って少し身体を震わせている。


 俺は両手を上げて

「良い。顔を上げよ、神官長」

 と言ってから「そんな事よりも、俺達はお前に、王城への取次ぎを頼みたいのだ」

 とヨークを見下ろした。


 ヨークは頭を下げたまま

「お、王城へのお取次ぎの件、確かに承りました!」

 と言ってから、「しかし・・・」

 とヨークは額に汗をかきながら、次の言葉を選んでいる様だ。


「どうした? ヨークよ」

 と俺が訊くと、ヨークは少しだけ顔を上げて、


「お、恐れながら・・・」

 と言葉を絞り出した。


 ヨークの話によると、これまでこの国で「龍神」として祀られていたのは、ここにいるこのドラゴンの事だそうで、王城の連中を含め、全国民がこのドラゴンの事を龍神だと思い込んでいるそうだ。


 ところが、龍神だと信じていたドラゴンが、実は龍神では無いとなると、王城でも混乱が生じるかも知れないので、それをどう説明したものかと悩んでいるとの事だった。


 ふむ、なるほどね。


「ならば、とりあえずは俺達を龍神の使いとして王城に案内するが良い。このドラゴンとの関係については俺が直々に国王に話してやろう」

 と俺はヨークに言った。


 ヨ-クは深々と頭を下げ、

「し、承知致しました・・・」

 とまだ不安そうではあるが、身体を起こして俺達を馬車に乗る様に促した。


「ヨークよ。馬車には俺と俺の妻達だけが乗る事にしよう。後はあの自動車で街に入るので、案内するがいい」

 と俺は言い、メルス達に

「俺はこの馬車に乗って街に入る。メルス達は自動車でこの馬車に付いて来てくれ」

 と言った。


「はい!」

 とメルスが返事をし、運転席に座って自動車を馬車の近くに寄せた。


 ヨークは自動車を見て

「な・・・、何ですかな、この乗り物は?」

 と不思議そうに見ていたが、俺が

「これは、この地上に存在する資源を使って、俺達が天界の技術で作った乗り物だ」

 と言うと、ヨークは驚きながらも納得をした様に

「そういう事で御座いましたか、承知致しました」

 と言って馬車の扉を開けて俺達にも乗る様にと促した。


 俺達は促されるままに馬車に乗り込み、最後にヨークが乗り込んで、御者に

「神殿まで」

 と言って扉を閉めた。


 扉を閉めると馬車の中は意外と静かだった。


 車輪が木製で鉄の板を表面に打ち付けているせいか、乗り心地はゴトゴトしていてあまり良くなかったが、板バネ式のサスペンションが付いている事と座席がフカフカしているせいか、あまりお尻も痛くはならないし、騒音もひどくは無かった。


 座席は進行方向とその逆向きの2か所にあり、丁度3人ずつが横並びに座れるだけの幅があった。


 進行方向に向いた座席に俺達が座り、後ろ向きの座席にヨークが座っていた。


 ヨークは緊張した面持ちで俺の両側に座るティアとシーナの顔をチラチラと見ながら、俺の顔を見ては目を逸らすという事を続けていた。


 いやいや、何が何でも緊張しすぎだろ。


 神官長と言えば、メチルだと貴族相手に演説してたあいつみたいな役職だろ?


 ああいう肝の据わったヤツが神官長の役職になるもんだと思っていたが、必ずしもそうとは限らないのかも知れないな。


 俺はずっと黙っているのも間が持たないと思い、気になっていた事を聞いてみる事にした。


「神官長よ、隣国がこの国に侵攻してきた一番近い時期とはいつ頃だ?」

 と俺が言うと、ヨークは沈黙が破られた事にほっとしたのか、少し表情を和らげて


「は、かれこれ20年前になります」

 と言った。


「という事は、120年前にも一度大群が攻めて来たという事か?」

 と俺は、ドラゴンから情報津波で得た情報を思い返しながら確認してみる事にした。


「伝承によると、130年前に隣国フェムト王国が魔王軍に侵略され、レプト王国の傘下になったと宣言がされたという事でした・・・」

 とヨークが話し出した。


 ヨークの話はこうだ。


 およそ130年前に隣国のフェムト王国が魔王軍の侵略に遭い、レプト王国の傘下になったという。


 そして、その10年後にフェムト王国軍がオーム王国に侵攻して来て、オーム王国は軍隊を以て応戦したが、戦況は不利であったと。


 ところが戦の途中にドラゴンが現れ、侵略者を激戦の末に追い払い、オーム王国を守護したという。


 傷ついたドラゴンは侵略者が撤退したのを見届けると、どこかへと飛び去ってしまったという。


 その時はドラゴンがどういう存在かをオーム王国では理解をしていなかったが、およそ90年前に西の大陸からオーム王国にやって来た旅の商人が、それは龍神だという話をしており、そして王城にその話が伝わって、神殿を建てて龍を祀る様になったんだとか。


 ふむふむ、つまりはクラオ団長が創造した龍の情報と、あのドラゴンの情報がここでごちゃ混ぜになったって事だな。


 で、およそ20年前、再びフェムト王国から魔王軍が侵略してきたが、その時にもドラゴンが王都を守ってくれたと。


 しかし、その時の魔王軍は「竜の様な頭をした人間」が大半を占めていたらしく、ドラゴンが侵略者を退治はしてくれたものの、ドラゴンもかなり傷ついてしまったんだとか。


 その戦いを見ていたヨークは、ドラゴンが戦いが終わって西の空へと飛び去るのを見て、ドラゴンへ供物を届ける組織を作り、西の丘陵地帯に龍神への供物をささげる為の神殿を作るべく、その資材の伐採の為に、丘陵地帯に集落を作って作業を行っていたらしい。


 ところが、5年程前にその集落が魔王軍の手先と思しき盗賊達に襲撃され、龍神への供物として用意されていた動物達は奪われ、集落は盗賊達のアジトになってしまったんだとか。


 しかし、ほんの2年程前にドラゴンがその集落の盗賊達を排除し、その後はオーム王国への脅威はまだ訪れていないんだそうな。


 なるほどな。


 あの廃墟になっていた集落はそういう事か。


 情報津波で得た情報とも合致するし、おそらく事実なんだろう。


「そうか。よく解った」

 と俺は言い、「この魔境において、魔王軍の脅威は早々に排除せなばならんだろう」

 と続けた。


 ヨークは額の汗を拭いながら

「おっしゃる通りでございます。しかし、命からがらオーム王国までのがれて来たフェムトの民の話では、魔王は恐ろしい魔法を使う様で、手に持つ杖を一振りすれば、大雨を降らせて雷を落とす事も出来るとか・・・」

 と言って、最後の方は声が震えていた。


「大雨を降らせて雷を落とすか・・・」

 と俺が呟き、ティアとシーナの顔を交互に見た。


 ティアは俺と目が合うと、

「ここの大気成分なら、ヨウ化銀を中空に撒けば雨は降らせられるし、電極を作って操作すれば、私でも雷をある程度の狙った場所に落とす事は可能よ」

 と言った。


 ま、そうだよな。


 そしてシーナは

「電磁波を増幅して放てば、遠隔地から奴らのデバイスを使えなくする事が出来るはずなのです」

 と言っている。


 え、そんな事も出来るのかよ。


 と俺は思ったが、

「ティア、シーナ。お前達が居れば、魔王とやらの魔法に対抗する事も可能だろう」

 と言って、ヨークの顔を見た。


「神官長よ。魔王とやらが使える程度の魔法なら俺達でも使えるぞ」

 と言ってニヤリと笑って見せた。「あのドラゴンには人間を守る使命を与えていた為に、お前達は勿論、侵略者をも傷つけぬ様にと考えていた様だ」

 と続け、


「しかし、これからは魔王とやらに神の裁きを与えねばならんと考えている」

 と俺は言い、「その裁きは、龍神に変わり、俺達が下す事にする」


 と言ったのだった。

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