魔境(1) 初めての闇夜

「今、丁度0時を回ったな」

 と俺が言うと、俺の右後ろに座っているティアが

「そうね」

 と答えて伸びをした。


 食事を終えた俺達は、3人ずつのグループを作って交代制で見張りをし、残りの6人がテントで睡眠をとる事にしていた。


 イクスとミリカとテラのチーム。ライドとメルスとガイアのチーム。

 そして俺とティアとシーナのチームだ。


 睡眠は3時間交代という事にしたが、俺達は22時から見張りをしていて、丁度2時間が経過したところだった。


 あと1時間が経てば、今度はライド達のチームと見張りを交代し、最後にイクス達のチームが見張りを行う事にしている。


 テントの横には自動車を留めていて、8個のランタンを周囲に20メートル間隔位で半径30メートル位の円形に配置している。


 俺達は背中合わせで座って、全方向を視認出来る様にしていた。


 背中に二人の体温が伝わり、二人は俺の背中に体重を預けている。


 ランタンの光は周囲5メートルくらいしか照らさないので、ランタンを設置している20メートルの間の10メートルは薄暗闇に包まれているが、もし何かが通っても気配を感じる事は出来るだろう。


 もし俺達を襲う獣が現れても、30メートル以上離れた場所で視認できる筈だから、手元にあるレールガンで攻撃すれば、充分に迎撃出来るだろう。


 上空を見ると、星々の光が無数に見える。


 こうしていると、ここの景色も地球と何も変わらない。


 敢えて違いがあるとするなら、月が無い事くらいか。


 テキル星が属するシン星系も、巨大な星雲の一部に属するせいか、空の端には天の川の様な星雲の筋が見えている。


 夕方に周囲を探索した感じでは危険な感じはしなかったが、しかしその時に感じた一抹の不安を今も抱えていた。


 自分でも不安の正体が解らない。


 見落としは無いはずなのだが、どうにも落ち着かないのだ。


「なあ、シーナ」

 と俺はシーナに頼ってみる事にした。


「俺は夕方位から、この広場に嫌な感じがしてるんだが、シーナがこの広場に感じる不自然さみたいなものがあれば教えてくれないか?」

 と俺が前方の森があるであろう暗闇を見ながら言うと、シーナは頷いたのか、背中の左側に微かなシーナの挙動が感じられた。


「不自然さですか…」

 と言いながら辺りを見回している様だ。


「敢えて言うなら、この広場の形が正円では無いのです」

 と言った。


「それがどうして不自然なの?」

 とシーナの言葉にティアが反応した。


 シーナは「う〜ん」と少し考えてから

「自然に出来た広場なら、日光と風の流れに影響された形になる筈ですが、ここはそうでは無いのです。逆に人工的なら、もっと正円に近い形で作る筈なのです」

 と言って、「ショーエンは、昔この近くに住んでた人の集会場だろうと言っていたのです。だけどこの広場は正円ではなくて、傘が開いていないキノコみたいな形をしているのです」

 と続けた。


 なるほど、確かにそうだ。


 俺が無意識に感じていたのはそういう事かも知れない。


 丸い円形の広場ではあるが、森を歩いていて、それが正円で無い事は分かっていた。


「確かにそうね。歩いてる時は全然気にならなかったけど…」

 とティアは言いながら辺りを何度も見回している様だ。


「ダメね。暗すぎて目視は無理ね」

 と言いながら「サーモセンサーの距離計測機能を使えば、形が把握できるかも知れないわね」

 とデバイスでキャリートレーを呼び出し、荷物の中からサーモセンサーを取り出した。


 ティアは立ちあがってサーモセンサーを起動し、水平にレーザーを照射しながらその場でグルリと一回転して見せた。


 するとサーモセンサーに取り付けられた小さなモニターに「表面温度:17.82度。気温:18.46度」という表示と共に、レーザーを照射した対象物までの距離が図になって表れた。


 そこに現れた図の形状は、例えるなら、早く抜きすぎた松茸の断面の様でもあり、角を丸く削った前方後円墳の様でもあった。


「何だろう・・・、まるで、巨人が自分の周囲と川までの森を焼き払ったかの様な形ね」

 とティアが言ったのを聞いて、俺は身がすくむ気がした。


 巨人?


 焼き払った?


 木の根も残さずに?


「もしティアの言う通りなら、一体どれだけ巨大な火炎放射器を使ったんだろうな」

 と俺は冗談めかして言い、「まるで龍神がフレアブレスで焼き払ったみたいに、木の根まで焼き尽くせる兵器が・・・」

 と俺はそこまで言って口をつぐんだ。


 フレアブレス?


 何もフレアブレスは龍神だけの専売特許って訳では無いんじゃないか?


 俺が夢で見たドラゴンだって、同じ事ができやしないか?


「ティア! もう一度さっきの図を見せてくれ!」

 と俺は少し大きな声を出していたようだ。

 ティアはビクッと驚いた様に俺を見て、

「ど、どうしたのショーエン?」

 と言いながらサーモセンサーのモニターを俺に見せた。


 この形・・・


 もしもドラゴンが川の方を向いたまま、首だけを動かして自分の周囲を焼き払ったとしたら、こんな形になるんじゃないか?


 人間を一瞬で蒸発させるだけの高温のブレスだ。木の根も残さずに、焼き払う位の事は出来るんじゃないか?


 だとしたら、ここはドラゴンの住処すみかなんじゃないのか?


「ティア、シーナ。これは可能性の一つだが・・・」

 と俺はティアとシーナを見ながら「もしかしたらここは、ドラゴンの巣かも知れない」

 と言った。


 二人は「ええ?」と言って驚いたが、シーナはすぐに

「魔境にはレプト星から来た罪人が居るかも知れないのですから、遺伝子操作が得意な人が居てもおかしくは無いのです。その可能性は考えておくべきなのです」

 と言って辺りを見回した。


「今は放棄された巣かも知れませんが、遺伝子操作されたドラゴンという動物が居た場合、この場所は獲物も多いし、きっと住むには良い場所なのです」

 とシーナは続けた。


 その通りだ。


 今まで何故気付けなかったのだろう。


 人間サイズを基準にした視点でしか考えていなかったなんて。


 俺達が龍神の使いとして行動していて、龍が敵になるだなんて考えもしなかったからか。


 どちらにしろ、俺達が事は確かな様だ。


「さすがシーナだぜ。俺もうっかり油断をしていた様だ。俺達が手も足も出ない敵が出るかも知れない事を想定し忘れるだなんて、俺も傲慢ごうまんになったもんだな」

 と俺はそう言った。


「今夜だけでも無事に過ごせればいいんだが・・・」

 と俺は呟きながら周囲を何度も見回した。


 大体こういう悪い予感ってのに限って当たるものだと思ったが、空に異変は感じられない。


 とその時、背後でガサガサと音が鳴り、俺はハッとして音がした方を振り向いた。


 するとそこには

「あ、おはようございます」

 と言いながらテントから出てくるライドの姿があり、「まだ20分前ですが、目が覚めてしまったので、僕もここに居ますね」

 と立ち上がって、その場で両手をあげて伸びをした。


「メルスとガイアは?」

 と俺が訊くと、ライドは肩をすくめて

「メルスはもう起きてますよ。今、ガイアさんを起こしてるところだと思いますので、10分以内には起きてくると思います」

 と言った。


 そうか。


「ところでショーエンさん」

 とライドが声を掛けてきた。「ガイアさんとテラさんも、ガイア星を目指しているんですよね?」

 と言うライドに、

「ああ、そうらしいな。何の偶然かは知らないが、あいつらの名前もガイアとテラだ。ガイアが惑星で、テラってのはガイアの衛星の名前だぜ」

 と俺が言うと、

「そうなんですね・・・」

 と言って少し間を置き、「ガイアさんもテラさんも、僕と同じクレア星の出身だと聞いて、僕も色々ガイアさんと話してみたんですけど、彼らはとても変わっています」

 と言った。


 ああ、そうかもな。


「何が変わってるんだ?」

 と念のため俺は訊いてみた。


「そうですね・・・、ガイアさん達の知識が、ガイア星に偏り過ぎているというか・・・」

 と言いながら手を顎に充てて、「ガイアの知識は、エネルギー資源に関する情報も化石燃料の情報ばかりで、その他の化学知識は平凡です」

 と言い出した。


「学園をDクラスで卒業したという事でしたが、それにしてはガイア星についての話はものすごく詳しくしてくれるんです」

 と続けるライドに、俺の隣で一緒に聞いていたシーナが

「作り話という事は無いのですか?」

 とライドに訊いた。


 ライドは首を横に振って

「分かりません・・・、でも、聞けば聞くほどにリアリティがあって、まるで目の前に情景を思い浮かべられる程なので、とても作り話には思えないんです」

 と言った。


 同じく俺の隣にいたティアが

「テキル星の惑星疑似体験施設を使ってたみたいだから、そこでの情報を分析したって事じゃないのかな」

 と言ってライドを見たが、ライドは少し頷いただけで

「そうかも知れませんが、疑似体験で得られる情報だけでは、食べ物や飲み物の味までを語る事は出来ないと思うんです」

 と言った。


 ああ、まあそうだな。ライドの感想はごもっともだ。


 まったくガイア達め。


 余計な事をしゃべるなって言っておいたのに、結局は守秘義務の重さを知らない子供という事か。


 友達から聞いた秘密を「絶対に誰にも言っちゃだめだよ」と言いながら次々と他の人に話してしまうアレと同じ感覚なんだろうな。


 社会人になると、守秘義務をおかせば色々とペナルティがあるから、恐ろしくて誰にも話せない情報なんてものは沢山あった。


 俺も前世の若い時に派遣社員で働いていた会社で、秘密を守る為の誓約書を書かされたりしたもんな。それをやぶったら損害賠償を求められる様な内容だったし、たかが派遣社員にそんな責任負える訳が無いのに、だけど怖かったから、確かに秘密は守ったんだよな。


「ショーエンはどう思う?」

 とティアが俺に訊いた。


「ガイア達の事か?」

 と俺が訊き返すと、ティアは「うん」と頷いて俺を見る。


「あいつらは、少し特別なんだよ」

 と俺は言い、ティアやシーナ、そしてライドの顔を見まわした。


「俺がガイア星を目指すのは、ガイア星が特別な星だからだ」

 と俺は言った。「そして、その特別さに偶然気付いた事がきっかけで、俺は猛勉強をしてガイア星に詳しくなった」


 と、これこそ作り話なのだが、デバイスに記録した作り話の設定をそのまま語る事にする。


「この星に来る前にもお前らに話したと思うが、レプト星を脱走した罪人達は、ガイア星を蝕んでいる」

 と俺は語りだした。


 ガイア星は人類の楽園ともいえる惑星なのに、それを独占しようとする強欲な連中がいて、俺はガイア星を奴らから取り戻したいと考えている事。


 ガイアやテラも、俺と同じ事を考えている事。


 ガイア星の知識に詳しいのは俺も同じで、詳しくなる為のきっかけは「ただの偶然」だった事。


 ただ、ガイアとテラの目的は「ガイア星に移住する事」であって、俺の目的は「ガイア星を救う事」という違いがあるという事。


 なので、ガイア星に移住する予定者であるガイアとテラは、俺の「保護下にある住民」なのだという事。


「だからあいつらを俺達の仲間にしようと考えたという訳だ」

 と俺は言った。


「さすがショーエン、やっぱりすごいのです」

 とシーナは頷き、「既に統治を実演レベルで出来ているのが、特に凄いのです」

 と言って俺の左腕に抱き着いた。


 そうしているうちに、テントがガサガサと音を立て、

「おはようございます」

 とメルスが出てきて立ち上がった。


「ガイアは?」

 と俺が言うと、メルスは首を横に振り、

「ちっとも起きてくれません。どうしましょうか?」

 と言うので、俺はため息をつきながら

「しょーがねーなぁ」

 と言ってテントの中を覗き、ムニャムニャと言いながら寝ているガイアの上に中腰でまたがり、両手でガイアの左右の頬を、バチン!と強めに挟む様に叩いてやった。


「ハッ! な、何!?」

 とガイアは飛び起き、キョロキョロと見回して俺の顔を見て目を丸くしている。


「おい、起きろ。見張りの交代時間だ」

 と俺が言いながら身体をどけると、


「あ、ああ・・・、ごめん。すぐ起きるよ」

 と言って四つん這いになり、隣で寝ているテラの方を確認して、ほっとした様に息を吐くと、少し屈んでテラのおでこにチュっとキスをしてからテントの外に出てきた。


「よし、交代要員が揃ったな」

 と俺は言い、「俺達が見張りをしている間に異常は無かったが、お前達には注意して欲しい事がある」

 と3人の顔を見渡してから、ティアの方を見て

「ティア、説明できるか?」

 と訊いてみた。


 ティアは頷きながら俺の隣に並び、ライド達3人の顔を見渡した。

「ショーエンが言った通り今のところ異常は無いけど、ちょっと気になる事ができたから、今から言う事をよく聞いて欲しいの」

 と前置きをし、


「まだ未確定の情報だけど、この場所は、ドラゴンの巣かも知れない」

 とティアは言った。


 ティアは森の中に不自然に存在するこの平原とその形状について語り、クラオ団長以外にも遺伝子操作で龍に似た生物を創造した者が居るかも知れない事。


 更にショーエンの考えでは、この規模の平原を木の根も残さずに焼き尽くせるのは「ドラゴンによるフレアブレス」くらいだろうという事。


「そしてそのドラゴンが、私達の味方とは限らないという事よ」

 とティアは言って息を吐き、「だから周囲はもちろん、空にも注意を払って欲しいのと、仮にドラゴンが出た場合は、ショーエンを司令官として統率をしてもらうから、絶対に手出しをしないで、私たちを起こして欲しいって事ね」


「分かりました」

 とライドとメルスは声を揃えて言い、

「本当にドラゴンなんて居るの?」

 とガイアが言った。


 ティアはため息をつき、

「未確定の情報だと言ったはずよ? それに、テキル星開拓団のクラオ団長は龍を創造してこの星に放った事は事実なんだから、魔王というのが同じ事が出来ないなんて考える方が甘いわよ」

 と、少し強い口調でそう言った。


 ティアはまるで、「バカを相手にするのは億劫おっくうだ」とでも言いたげな感じだな。


 シーナも肩をすくめてガイアを見て、

「ショーエンがあなた達を保護すると言って無かったら、ここに放置して置き去りにしたい位のバカなのです」

 とこちらは容赦の無い言葉を投げかける。


 ガイアは「ええ?」と声を上げてから俺の顔を見て

「あ、あの・・・、こんな所に放置なんてしないですよね?」

 と心配そうに訊いてきた。


「お前達がガイア星を目指しているなら、目的地は俺達と同じだから放置はしないさ」

 と俺が言うと、ガイアは少しほっとした様だったが、「ただ、俺達のチームワークを乱す様なら、仲間では無くて荷物として扱うので、そのつもりで居ろよ」

 と俺が言うと、

「え・・・」

 と一瞬固まっていたが、ティアやシーナ達に睨まれてるのを感じて

「は、はい!」

 とガイアは背筋を伸ばし、軍隊の様な敬礼をした。


「宜しい」

 と俺はガイアを見て、「ガイアもテラも、恐らく自分が死ぬかも知れないなんて考えた事も無いだろうが、人間の命など、油断をすれば簡単に消し飛ぶぞ」

 と言った。


「事実、ショーエンさんはバティカで2人を処刑していますからね」

 とメルスが横から口を挟む。


 それを聞いたガイアは驚いて

「え・・・、本当に?」

 と俺とメルスの顔を交互に見てから、まだ信じられないのか、他のみんなの顔を見渡した。


 そしてみんなが「あれは仕方が無いよね」と頷いているのと、シーナが

「ショーエンの質問にちゃんと答えなかったあいつが悪いのです」

 と言っているのを見て、


「あ、あの・・・、これからはちゃんとしますので・・・」

 とガイアは俺を見て懇願するようにそう言ったのだった。


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「ねえ、ショーエン。起きて」

 というティアの声で俺は目を覚ました。


 ティアが暗いテントの中で上半身を起こして俺を見下ろしているのが分かった。

 シーナは俺の左腕を枕にして寝息を立てている。


「どうした?」

 と俺は訊いたが、テントが時折バサバサと風になびく音が聞こえ、デバイスに時刻を表示させた。


 03時11分。


 何でだろうな、いやな数字の並びだぜ。


 と俺は思ったが、その理由は分かっている。


 前世の日本で2011年に起こった大震災の日付を想起させる数字の並びだからだ。


 俺はシーナを起こさない様にゆっくりと左腕を抜き、身体を起こしてティアの身体を片手で抱いてティアの額に軽くキスをした。


「何かあったか?」

 と俺が訊くと、ティアも俺の額に軽くキスを返してから、

「ううん、そうじゃないんだけど・・・」

 と小声で言いながら、「だけど、ちょっと胸騒ぎがするの」

 と言った。


「そうか」

 と言って俺は、四つん這いでテントの縁から外の様子を覗いてみた。


 ライド達の姿を探したが、テントの縁から見える場所には居ない様だ。


 俺はテントを出て立ち上がり、周囲を見回すと、8か所に配置したランタンの内のいくつかが風を受けて倒れており、それを元に戻そうと3人が手分けをして作業をしている所だった。


 俺は乱れる髪を片手で押さえながら空を見上げてみたが、星の姿がどこにも見当たらない。


 空は漆黒の闇になっていて何も見えない。


 時折風が強く吹き、その風は生ぬるく湿っていた。


「これはマズいかも知れないな・・・」

 と俺は言いながらテントの縁を開けて、「ティア、みんなを起こしてくれ」

 と言った。


 ティアは

「わかった」

 と頷いて、シーナとミリカの身体を揺すって「シーナ! ミリカ! 起きて!」

 と声を上げていた。


 俺は立ち上がって風を感じながら「これは台風の前兆かも知れない」と思っていた。


 迂闊うかつだった。


 昨日、ティアのサーモセンサーを海上で使った時に気付くべきだった。


 海水の温度が高く空気との温度差があったから蜃気楼が見えていたというのに、夜になって更に気温が下がれば、海面温度と気温の差が更に広がり、水蒸気が低い高度で循環して、天候が荒れる事くらいは考えておくべきだったのに。


 しかも空には既に厚い雲がかかっているのか、辺りは本当の暗闇だ。


 ライド達もランタンの近くに居る間はいいが、これだけ暗いとテントの場所を見失うかも知れない。


 たった数十メートルの距離なのに、風でランタンの位置が少し変わっただけで位置を見失うかも知れないのだ。


 せめて地球の様に月があれば、月明りで景色が見れるかも知れないのに、雲で星が見えないってだけで、ここまでの暗闇になってしまうなんて!


 自分で自分の足元さえ見えない。


 目の前に手を広げてみても、その自分の手さえ見えない程の暗闇。


 これはヤバい、パニックに成り兼ねない。


 俺はテントの縁から中を見る。


 既にみんな起きていて、俺の顔を見て

「何があったんですか?」

 とイクスが最初に声を上げた。


「ああ、多分、台風が来る。森の縁まで避難したいが、外が暗闇過ぎて何も見えないんだ。ランタンはあとどれくらいある?」

 と俺が言うと、テラがカバンをゴソゴソと漁り、

「あと2つしかありません」

 と言った。


 今テント内を照らしているものを合わせて3つ。


「明るくできればいいの?」

 とティアが訊く。


「ああ、森の木々の影に身を潜ませる事ができる様に、そこまでの道筋が示せればいいんだが・・・」

 と俺が言うと、ティアとシーナは顔を見合わせ

「あれが使えるはず」

 と言って、キャリートレーの上にあった3つの筒を接続してビームライフルを組み立てた。

 そして、ティアは発電機の残りの蓄電量を確認し、モニターを操作しながら「うん、うん」と何度も頷き、

「ショーエン、いけるよ」

 と言って俺を見た。


 俺はティアがビームライフルで何をするつもりなのかは分からなかったが、ティアとシーナの意見が一致しているのなら大丈夫なはずだ。


「よし、やってくれ!」

 と俺は何も疑う事無く言った。


 ティアとシーナは組み立てたビームライフルをテントの縁から先端だけを外に出して、そのすぐ傍に発電機を起動して置いた。そして、ティアがビームライフルの出力を最小まで絞った状態で発動すると、まるでLEDのヘッドライトで照らした様に、直線的な光が森に向かって伸びた。


「これ以上はレーザーの照射温度を下げられないけど、60度くらいだから森が燃える事は無いはずよ」

 とティアは言い、「これで大丈夫そう?」

 と俺に訊いた。


 俺は頷きながら

「さすがティアとシーナだな。完璧だ!」

 と言って立ち上がり、ライド達に向かって


「ライド! メルス! ガイア! ランタンを持って、光の方向に向かって森の入口で待機してろ!」

 と俺は叫んだ。そして自動車に乗り込み、ギアをバックに入れて自動車の荷台をビームを設置していない方のテントの縁に着ける。


「雨が降る前に避難するぞ!」

 と俺は叫び、「荷物を自動車の荷台に乗せるんだ!」

 と言って俺達はバケツリレーの様にして荷物を荷台へと積み込んだ。


 一通りの荷物を積み込んでいる間に、ライド達は全員照明の先に移動した様だった。

 ティアとシーナが自動車に乗る込む時に、ビームライフルをライド達のいる場所を照らしたまま持ち運び、テラとミリカは風に煽られながらも何とかテントを畳んで自動車に乗り込んだ。


「よし! 行くぞ!」

 と俺が言ってペダルを漕ぎだすと、自動車は驚くほどにスムーズに前進する。


 しかし、翼を畳んだ四角いボディは横風を受けて流されそうになる。


 それを何とか制御しながら、俺達はライド達の元まで移動する事が出来たのだった。


「ショーエンさん! みんな! 大丈夫ですか?」

 とメルスが声を上げた。


「ああ! みんなも大丈夫で何よりだ!」

 と俺は返事をして、「ティア、シーナ、有難う。ここまで来ればもう大丈夫だ」

 と言った。


 ティア達がビームの電源を消すと、途端に視界が暗闇になったが、次第に目が慣れてくるにつれて、ランタンの光のおかげで周囲の状況が見えてきた。


「まさか、森の中よりも広場の方が危険になるとはな」

 と俺は苦笑しながら言い、「よし、ここにテントを張るぞ」

 と言って、ロープを2本の木に縛り、テントをロープに掛けて垂れ下がったテントの両端を左右に引っ張り、地面に杭を打って固定した。


「一番原始的なテントの張り方だけど、これが一番丈夫で安心できるな」

 と俺が言うと、ガイアとテラが

「本当ですね」

 と頷いていた。


「自動車の荷物も一旦テントの中に移しますね」

 とライドとメルスがキャリートレーを操作して荷物をテントの中に入れていた。

 さらに、余ったロープで自動車を木々に縛り付けて固定する。


「これで風で飛ばされる事も無いでしょう」

 とライドは言い、テントの中に入って来た。


「この星に来てから、こんな天候に出会ったのは初めてだな」

 と俺が言うと、ガイアとテラが顔を見合わせて

「僕達も雨は何度か経験していますが、ハリケーンは初めてですね」

 と言った。


「バティカの方はずっと天気が良かったし、メチルでもそうだったから、この星で天候が崩れるなんて忘れていたぜ」

 と俺が言うと、ティア達も頷いて

「次は気圧計を作る事にするわ」

 と言っている。


「ああ、任せたぜ」

 と俺が言ったその時、テントにポツポツと雨が当たる音がして、その勢いがだんだんと強くなってきた。


「ああ、降って来たな」

 と俺は言い「雨が降る前に片付けられて良かったぜ」

 と言ってティアを見た。「ティアのおかげだな」

 と俺が言うと、ティアは照れた様に笑って

「当然の事をしただけよ」

 と言った。


 しばらく経つと雨はひと際強くなってきた様で、テントに雨が当たる音が大きくなっていた。

 そして風も強くなっている様で、テントがたなびく音も強くなってくる。


「これくらいなら大丈夫な様にテント生地を作っていますが・・・」

 とミリカがそう言った時、ひと際強い風が吹いた様で、テントがバタバタと大きな音を立てる。


 ミリカはイクスに抱き着きながら、

「大丈夫かしら・・・」

 と心配そうにしていた。


 ガイアとテラも抱き合いながら

「た、台風は怖いです・・・」

 と言って歯をカチカチと鳴らして震えている。


 そういえば、ガイア達は前世のアメリカでも大きな台風に遭ったらしく、隣の家の屋根が飛ばされていったり、自宅の壁が剥がれたりってのを体験して、台風に対して恐怖心があるみたいな事を言ってたっけな。


 さすがにここまで激しい風雨の上に簡素なテントでしか守られてないこの状況は、俺も怖い。

 だけど、リーダーの俺が怖がってると、みんなに恐怖が伝播してしまうからな。


 ここは無理をしてでも堂々と平気な顔を見せて、みんなを安心させてやらなければならないだろう。


 俺は何かみんなを安心させる言葉でも言ってやろうと立ち上がり、みんなの顔を見回したその瞬間、


 ガゴオオオオン!!!!


 という物凄い音がして微かに地面が揺れた。

「きゃああ!」

「うわああ!」

 とテント内に居た全員が悲鳴を上げた。


「みんな落ち着け! ただの落雷だ!」

 と俺は勢いでそう叫び、その場を落ち付かせようとしたのだが、実は俺もさっき少し悲鳴を上げてたのはみんなには内緒だ。


「みんな、デバイスに異常は無いか?」

 と俺が訊くと、みんな各自のデバイスを確認する為にしばらく黙っていた。


 そして一通り確認が済むと、

「大丈夫そうです」

「私も大丈夫そうです」

 とみんな問題は無さそうだった。


 良かったぜ。


 ここでデバイスをやられたら情報伝達さえ不安になってしまうからな。


 とりあえずホっとしたが、台風が通り過ぎるまでは油断が出来ない。


 外はゴウーっと風の音がうるさく、バタバタとテントも大きな音を立てて、テント内の俺達の不安を煽っているかの様だ。


 そして再び風が強くなったのか

 ゴオオオオ!

 というものすごい音がしたかと思うと、


 ドゴオオオオン! ドゴオオオオン!


 と2度続けて大きな音がして地面が振動した。


「うわああ!! かなり近いですよ!」

 と、ガイアが悲鳴を上げながら言う」


 俺も今回の振動は腹に来たぜ。


 と思った途端、風が弱まったのか、テントが急に静かになった。


 ポタポタと雨の音はするし、遠くで風の音はしているが、テントの周囲は風が弱まったのかも知れない。


「もう台風が過ぎ去るのか?」

 と俺はデバイスで時刻を見ると、4時20分と表示されている。


 40分くらい台風に見舞われてたとは言え、台風が過ぎ去るには少し早い気がする。


 もしかしたら台風の目の中に入ったのかも知れない。


 俺はそう思って、

「少し外の様子を見てみるぞ」

 と言って、ランタンを一つ手にしてテントの縁から顔を出してランタンで周囲を照らしてみた。


 すると周囲はランタンの光に反射する木々の姿が見え、遠くから雨風の音が聞こえていた。


「まだ台風の目って訳でも無いのか?」

 と俺はランタンを持ち上げて、見える訳は無いと思いながらも空を見上げてみた。


 すると、そこにはランタンの光に反射する黄色い二つの大きな目が俺を見下ろしていた。


 姿は分からない。


 ただ俺は直感で分かった。


 ドラゴンだ!


 しかし突然の事で身体が強張って動かない。


 下手に動けば全員が殺される。


「ふうーっ」


 と俺は深い深呼吸をして、自分の心を落ち着ける事にした。


 そして、テントの中に一旦顔を入れて

「みんな暫くじっとしていてくれ。俺が指示をするまで絶対に動くなよ」

 と言って、すぐに立ち上がってドラゴンの目を見返した。


 ネコの様な縦長の瞳孔をした巨大な二つの目。

 ドラゴンは呼吸をしているのかどうかさえ判らない程に静かに見下ろしている。


 俺は、夢で見たドラゴンを思い出していた。


 あれと同じならば、会話が出来るはずだ。


 夢で見たドラゴンは「人の繁殖を邪魔する者を刈る存在」だった筈だ。


「やあ、有難う。おかげで雨や風に打たれずに済むよ」

 と俺は、ランタンの光を反射する二つの大きな目に向かって言ってみた。


 すると、デバイスを通して音声通話が聞こえてきた。


「お前は人間だな?」

 という声は、夢で見たドラゴンの声とソックリだった。


 そうか・・・、と俺は思った。


 いつか出会う事があるだろうと思っていたあのドラゴンに、俺は出会ったんだな。


 と確信した。そして、ドラゴンの質問には


「ああ、そうだ」


 と答えた。


 ドラゴンは一瞬、少し目を細める様にしたかも知れない。


「混ざっていないのか?」

 とドラゴンは言った。


「混ざる? どういう意味だ?」


 と俺はドラゴンの目から一瞬たりとも目を離さずに訊いた。


「それとも、今から混ざる気か?」


 とドラゴンは続ける。


「何の話か分からない。何と何が混ざる事を言っているのか教えてくれ」

 と俺が訊くと、ドラゴンの二つの目が、今度は見た目に分かる程に細められた。


「我の記録とお前達の記録だ・・・」


 とドラゴンが言った。


 記録?

 記録を混ぜるかって訊いたのか?


 その記録って何だ?

 遺伝子の事を言っているのか?


 解らない。

 解らないが、多分そうだ。


 だけど、迂闊な回答は命取りだ。


 俺が確信を持てる事だけを答える必要がある。


 俺はドラゴンの目を見ながら、情報津波を試みた。


 すると、俺の頭がグラグラと揺れる。


「うう・・・!」

 と俺がうめき声を出してしまう程の情報量だ。

 次いで側頭部をプレス機で押し潰されるかの様な痛みが襲う。


「っく!」


 俺は片目を瞑り、情報津波を少しでも軽減しようと試みる。

 幾分痛みは和らいだが、それでもガンガンと頭痛がする。


 俺の頭の中に一つの風景が浮かぶ。


 まるで上空に居るかの様な高さの視点。

 おそらくこのドラゴンの視点だ。


 目の前にはローブを着た金髪の男が一人、宙を浮いている。

 何故かは分からないが、この男がドラゴンを創造した張本人だとすぐに理解した。


「お前には、何者にも傷つけられず、何事にも屈せず、そして長い年月の間滅びる事の無い肉体を与えた」

 とその男が言っている。


「これから、私と同じような姿をしたという種族がやってくる。彼らはこの星で繁殖し、人類の文明を作り上げるだろう。しかし、この星には人間を食料にしようとする動物も多く生まれてしまった」

 その男はそう言ってドラゴンの耳元までフワフワと移動し

「お前には、彼らに迫る脅威を排除してもらいたい」

 と言って、手に持っていた大きなデバイスの様な玉を、ドラゴンの耳の奥に埋め込んだ。


 ドラゴンは

「分かった。それ以外は我の本能のままに生きるが、それで良いな」

 と、デバイス越しに男に語り掛け、

「ああ、そうしてくれ」

 とその男は言いながら、ふわふわとドラゴンの元を離れていった。


 そして、数百年の時を掛けて人類は繁殖を行い、この大陸に5つの国を作った。


 その間には森で生まれた獣達が何度も人間の街を襲い、立ち向かう人々を食い殺し、農地を荒らした。


 その度にドラゴンは獣達を焼き払い、人間達の文明を守って来た。


 人々は繁栄をし、ドラゴンを神獣として崇め、時には食べ物を捧げて感謝の言葉を口にしていた。


 ドラゴンはそれを心地よいと思い、それからも人間達を見守った。


 それから数百年の時が流れ、人々の繁栄が続いていたある日、空から小さな船が地上に落ちた。


 そこからは4人の人間が現れ、一つの国に住まう事になった。


 その4人の尽力があって、その国の繁栄は加速し、やがて人々は更なる富を求めて争いを始めた。


 おかしな事が起きた。


 人々が、これまで共栄してきたはずの同じ人間が住む他の国に侵攻を始め、殺戮を始めた。


 そして、4人のうちの一人がその国の王となり、その国の統治を始めた。


 やがてその国も同じ様に繁栄を極め、同じ様に別の国へと侵攻を始めた。


 すると、4人が最初に住んだ国も、別の国に侵攻を始め、同じ様に殺戮を行い、更に別の国にも侵略を行い、やがて4つの国の王が、彼らに取って代わった。


 ドラゴンは人間を守る使命を帯びているが、人間同士が殺し合う場合の対処が分からなかった。


 なので、残った一つの国に赴き、その国を守護しようと思った。


 すると、一番近くにあった彼らの国が攻めてきた。


 ドラゴンはどちらの人間も殺さない様に、一つだけ残された平和な王国を守ろうとした。


 しかし、攻めてきた人間達は、ドラゴンの身体を傷つけるだけの武器を使い、ドラゴンの身体を切りつけた。ドラゴンは苦痛を感じて抵抗した。その抵抗によって、侵略者達の大半を殺してしまったかも知れない。やがて生き残った侵略者達は、自分達の国に引き返す時に、ドラゴンの血や肉のかけらを拾って持ち帰った。


 それから100年近くが経った。


 ドラゴンの身体は回復していたが、再び隣の王国から1000人近い兵が現れた。


 侵略者の力は、以前とは比べ物にならない程強力になっていた。


 ドラゴンの身体は前回よりも切られ、えぐられ、多くの傷を負った。


 そしてドラゴンは気付いた。


 よく見れば、彼らはドラゴンの血肉と混ざっていた。


 人間の身体にトカゲの様な頭をしていた。


 人間の姿のままの者も居たが、ドラゴンが尾で薙ぎ払うと、その頭はトカゲの様に変化し、身体には鱗が現れた。


 ドラゴンは、相手が人間では無いと思い、侵略者をフレアブレスで蒸発させた。


 すると、侵略者は跡形も残さずに蒸発した。


 今回は人間の王国を守れたが、次はどうなるか分からない。


 ドラゴンはボロボロに傷ついた身体を癒す為に、大陸の西の端まで飛び、川の近くの森の一部を焼いて、そこを拠点にする事にした。


 ここからは人間の王国まで遠く無い。


 身体が癒えたら、また王国に戻ればいい。


 しかし、癒える前に奴らが侵略してきたら、ドラゴンもろとも王国も滅ぶだろう・・・


「ドラゴン!」

 と俺は目を瞑ったまま声を上げた。


「俺達は、混ざっていない人間だ!」

 と俺は言い、「俺は、お前の創造主と同じ種類の人間だ!」

 と続けた。


「・・・・・・創造主と・・・同じ?」

 とドラゴンが問う。


 俺はデバイスでキャリートレーを呼び出し、テントから出してその上に乗った。


 そしてゆっくりと上昇して、ドラゴンの鼻先まで移動した。


 その間に俺は両目を瞑って情報津波を払い、頭痛が遠のいていくのを感じていた。


「そうだ。俺はお前の創造主と同じ種類の人間だ」

 と俺は、ドラゴンの鼻先でもう一度そう言った。


 そして、ドラゴンが感じているであろう感情を、俺なりに考えた。


 創造主の言い付け通りに人間を守ってきた挙げ句、強欲なレプトの罪人にたぶらかされた人間達の姿を見せられ、過剰な繁栄の上に更なる強欲で外国を侵略する人間達が、同じ人間を殺戮してゆく姿までを見せつけらる。


 どちらも守ろうとした結果、強欲な侵略者達に傷つけられ、自分の血肉を奪われる。


 やがて、自分の遺伝子を埋め込まれた人間モドキが侵略を凝り返し、遺伝子を分けた者が遺伝子の祖であるドラゴンを倒そうとする。


 一体何を守るべきなのだろう。


 何が間違っているのだろう。


 このままでは最初に創造主に与えられた使命が果たせそうにない。


 だから・・・


「ドラゴンよ。お前は新しい使命が欲しいのだな?」

 と俺は言った。「最初の創造主はお前に人間を守れと命じたのだろう。しかし、人間同士が争うならば、お前はどちらにも手は出せない」


 ドラゴンは再び大きく目を開いて俺を見る。

「侵略者は・・・、人間では無くなった」

 とドラゴンは言った。


「だけど、お前は侵略者の国を滅ぼそうとはしなかったな?」

 と俺が言うと、ドラゴンは再び目を細めて、


「・・・街に住む人間は、まだ・・・、混ざっていない・・・」

 と言った。


 なるほど。

 魔境の街といえども、全員が遺伝子操作された訳では無さそうだ。


「よし、ならば俺が新たな使命を与えよう」

 と言いながらドラゴンの耳元へとゆっくりと移動を始めた。


 暗闇の中で耳の位置など分からないが、近くまで行ければいい。

 デバイスが検知できる距離まで行ければそれでいい。


 俺はドラゴンを刺激しない様に気を付けながら、ゆっくりとキャリートレーを操作して、ドラゴンの耳元まで移動した。


 俺のデバイスに、ドラゴンのデバイスの位置情報が表示された。


 よし、これで情報通信が出来る。


 俺は自分のデバイスをドラゴンのデバイスに近距離接続し、情報を転送できる位置のまま、こう言った。


「今この時から1年間、お前は俺の命令に従え。俺はこの星の平和を目指す者。そしてお前への感謝を伝える者だ」

 そして、俺達がこれまでにやって来た事の情報、そしてこれからやろうとしている事の情報をドラゴンのデバイスに転写してゆく。


 情報量は大した事は無いのだが、ドラゴンのデバイスは情報の受け取りが非常に遅い。俺は情報がスタックしない様にと慎重に情報を送信していた。


 ドラゴンは何も言わずに目をつむり、デバイスの情報を読み取っているようだった。


「・・・・・・我の新たな主よ。主の生い立ちと目的を理解した。今この時より、我は主の命に従おう」

 とドラゴンは言って目を開いた。


 そしてドラゴンは首を伸ばして天を仰ぎ、何かから解き放たれたかの様に首を何度も振ってから、地の底から響いている様な、そして耳をつんざく様な咆哮ほうこうを天に向けて放った。


 その咆哮は地面を揺らし、空の雲を突き抜けて天空へと響いた。


 後には穴の開いた雲が残り、雲に空いた穴から薄いく星の明かりが光の筋となって地上に届いた。


 咆哮に驚いた他のメンバーが次々とテントから飛び出して俺の元に集った。


 ドラゴンは雲の穴から降り注ぐ光の柱を背景にして、ゆっくりと俺達を見降ろし、


「新たな主と共に歩く人間達よ・・・、どうか主の望みのままに、地上の秩序を狂わす者を排除し、人間達を救い、そして導いてくれ・・・」

 と言った。


 その姿を見上げた他のメンバーは、状況が飲み込めずに硬直したまま動けなくなっていたが、

「みんな、このドラゴンは、今この時より俺の下僕しもべとなった。期間限定ではあるが、最強の仲間が出来たと思って、これからも仲良くしてやってくれ」

 と俺が言うと、


「へ?」


 という、ガイアの間の抜けた声に俺が笑ったのをきっかけに、みんなの硬直は解けた様だった。


 空の大半はまだ雲で覆われているが、いつの間にか、台風は過ぎ去っていたようだった。


「ドラゴン、お前のおかげで台風の被害に遭わずに済んだよ。感謝する」

 と俺が言うと、ドラゴンは目を瞑り、そのまぶたからは涙が一滴ひとしずくだけこぼれ落ちた。


 そしてドラゴンは翼を広げて前足を地に着けて頭を低くし、


「こちらこそ・・・、感謝する・・・」


 と、それは短い言葉ではあったが、ドラゴンが感じて来た1000年近い歴史と長年に渡るどうしようも無い葛藤と苦しみから解放された事に対する、心の底からの感謝の様に、俺は感じたのだった。

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