東の大陸

「どこまでも続く海。どこまでも続く空」

 とガイアが言った。「まるで、ガイア星の太平洋みたいだね」

 と荷台から誰にともなく言う。


「タイヘイヨウ?」

 とティアが訊いた。


「ええ、ショーエンさんの方が詳しいですが、ガイア星で一番広い海の名前です」

 とガイアが答える。


 俺がガイア星を目指している事を知っているティア達は、ガイアの言う「ガイア星の情報」をデバイスに記録している様だ。


 きっとそれも、俺の役に立ちたいという気持ちがそうさせるのだろう。

 本当にティア達は俺の為に色々と頑張ってくれていると思う。


 今、俺達は足漕ぎ飛行機でメチル王国から東に向かって飛んでいる。


 エイムの神殿で俺達が勇者として担ぎ上げられてから1か月が経過していた。


 この1か月の間は色々な事があった。


 エイムの街では石鹸の流通が始まり、それはメチル王国内の一大産業としてあっという間に広まった。


 国民は農業を行いつつ、空いた時間を石鹸の製造に費やし、エイムの街をはじめ、メチル王国内の全ての街で石鹸の製造が定着し始めていた。


 貴族達のサポートもあったが、契約に則り、エイム商会が流通の全てをマネジメントしていた。


 水酸化ナトリウムの製造はティアが創造した発電機の量産によって、主に海に近い街で行われ、植物油の製造は農地が多いエリアで作られた。


 それらを融通し合って石鹸の製造が行われた為、結果としてメチル王国全体が石鹸の流通で利益を得る事になった。


 石鹸の大量生産が始まってからというもの、北のノシア王国、南のオスラ王国、南西にあるイスラ王国への輸出も始まり、特に海と農地の環境に恵まれたオスラ王国は「第二の石鹸名産地」として発展を遂げられそうな勢いがあった。


 たった一つの商材が発展するだけで、国民の大半がその豊かさを享受できるようになり、それはミリカが広めた庶民用の衣服の流通へも効果を現した。


 結局はそういう事だ。


 人々が経済的に豊かになり「何をすれば豊かになるか」が解れば、人々は「もっと豊かさを享受したい」と思う様になり、それは人々に希望を抱かせ、やがて新しい商品の渇望へと繋がり、それは人々が「もっとこんな物を作ってみたい」という夢に繋がり、それがまた経済の発展に寄与してゆく。


 人々には自尊心が生まれ、「誰かに必要とされる自分」を「個人」として定義していく事が可能になった訳だ。


 そこには「個性的な人間」を生む土壌が出来上がり、それをお互いが認め合う事で「文化の多様化」が形成されていく。


 バティカでは比較的「一つの概念を崇拝する文化」があったが、メチル王国では「多様な概念を認めあう文化」が生まれ、人々は「可能性を追求できる」事を知った。


 それは、それぞれの国の特性を活用する為の「連携」を生み、その連携が「更に大きな事」を出来るようにしていった。


 そしてそこにサルバ商会長が「スパゲッティ」を投入して普及させた。


 食材の種類が増える事により、小麦の活用方法が広がり、それはパンの製造だけでなくパスタの製造へと販路を広げ、まだ未熟ではあるが「調理の可能性」をも広げ始めている。


 ティアが作った発電機は、ややこの星の技術レベルにそぐわない技術かも知れないが、「この星の資源だけで生産可能な技術」というルールは破っていない。


 この星には資源が豊富にあり、人の数も充分に居る。


 彼らの平和と安寧に必要だったのは「きっかけ」であり、「遺伝子」ではなかったという事だ。


 しかし、それでも彼らには払拭できない不安要素があった。


 それが「魔王」という存在だ。


 人知を超えた「魔法」を使うとされる「魔王」の存在を懸念し、各国の王族は勿論、貴族の者達も「魔王」の侵攻が来る事を懸念していた。


 しかし、エイムの街で現れた「勇者と8人の従者」の噂はメチル王国の耳にも入り、国王の希望もあって、俺達は王城に呼び出された。


 宿屋で料金分の宿泊をした俺達はエギル伯爵の招待でしばらく貴族の館に住まわせてもらったが、王城の呼びかけに応える為に飛行機で王城まで移動すると、メチル王国の王都の民も皆が俺達を「龍神の使い」として崇める結果となった。


 とある貴族は「空を掛ける馬車に乗り、神のごとく王城へと現れた勇者一行」という伝記にまで残したというのだから、さぞかし飛行機を目の当たりにした者は驚いた事だろう。


 王城でメチル国王の謁見を行った俺達は、王城での歓待を受けた後、一晩を王城で過ごし、翌朝には東の大陸へ旅立つ事となった。


そもそも、俺達は王国に探索隊を組織してもらい、それを俺達が指揮をする事を提案していたのだが、この世界の兵士達というのは、何も戦争の為の組織では無いらしく、毎日の様にどこかで起きる獣の被害から街や国を守る事が仕事の半分で、あとは治安維持の為の警察的な仕事が残りの半分を占めているらしい。


 結局、魔境への探索など兵士達に出来る訳が無いという事で、俺達「龍神の御使い」に全てが押し付けられたという感じだったな。


 とはいえ「出来る限りの支援をする」という事で、王城からは様々な物資を提供され、それらを飛行機に積めるだけ積んで旅立ったという訳だ。


 こういう所は、前世で子供の頃に遊んだRPGとはえらい違いだよな。


 ゲームの中の勇者は、王様からは小銭と竹槍しか貰えなかったもんな。


 魔王を倒す依頼をするにしてはケチな話だぜ。


 まあ、ゲームの中の勇者は、民家に不法侵入したり勝手に家の物を漁っていったりとメチャクチャしてた訳だから、どっちもどっちだけどな。


 そんなこんなでメチルの王都を離れた俺達は、広い草原に出てから飛行機モードで離陸をし、ガイル達を荷台に乗せた状態での飛行訓練を行った後、そのまま東の海へと舵を切り、現在に至るという訳だ。


「しかし、ずっと海ってのも、見ていると恐ろしくなってくるもんだな」

 と俺が言うと、ティアは俺の腕にしがみ付いて

「もし落ちたらと考えると少し怖いわね」

 と言っているが、シーナに至っては、

「ショーエンが居れば安心なのです」

 と言いつつ俺の腕にしがみ付いている辺り、セリフと行動がかみ合っていない様だ。


 それにしても・・・


 と俺は進行方向の水平線を見ながら考えていた。


 テキル星の直径は確か1万6千キロ位だったはずだ。


 現在は高度100メートルくらいで飛行中なので、水平線までの距離はおよそ40キロメートルといったところか。


 高度をあまり高くしないのは、この星の気流に巻き込まれない為というのもあるが、気温が下がる事への懸念と、空気が薄くなるかも知れない懸念からだ。


 バティカから山脈を越えた時は千メートル位の高度を飛んでいたが、気温の低下と共に、体感としてはあまり感じなかったが、やはり空気は若干薄かった。


 東の大陸までの距離が解らない以上、気温が低く空気も薄い場所での飛行は危険が過ぎるというものだ。


「かれこれ4時間は飛んでるはずだけど、東の大陸ってなかなか見えて来ないもんだな」

 と俺が言うと、ライドが

「そうですね。あと3時間はシンの光があるので大丈夫ですが、日が沈むと星の光を頼りに飛ばなければならないので、できれば早く大陸に着くか、どこかの島にでも着陸したいところですね」

 と応えた。


 そうだよな。


 海の上には照明なんて無いし、天気がいいからまだいいが、この先も好天に恵まれるとは限らない。


「そうだな」

 と俺は言って、「どこか着陸できそうな島があれば、今日はその島で夜を明かすとしよう」

 と続けた。


 すると、ガイアが自分の手提げ袋から何かの筒を取り出し、

「じゃあ、これを使って下さい」

 と言って、俺にその筒を手渡した。


 俺はそれを受け取り、ズシリと重いその筒を見て

「おお! 望遠鏡か!」

 と言った。


 俺は今まで、みんなの高い技術力に頼ってあまり気にしていなかったが、前世でも航海をするならコンパスと望遠鏡は必需品だったという事を思い出した。


 幸い、ライドの配慮でコンパスは元々飛行機に装備していたのだが、望遠鏡は思い付かなくて積んでいなかったもんな。


 ガイアの話では、望遠鏡はこの星でも街で買える位にポュラーな商品らしく、イスラ王国では鉱石の採掘をする為に、鉱山の麓から採掘スポットを探す為に望遠鏡を使うのが日常的なんだそうだ。


 なるほどな。


 俺は望遠鏡を伸ばして両手で持ち、水平線に沿って見てみる事にした。


 進行方向の左から水平線を舐める様に右へと視線を動かしていく。


 すると、進行方向の少し右の方に、うっすらと黒い雲の帯の様なものが見える気がした。


「んん?」


 と俺は望遠鏡から見える景色を見ながら、その雲らしき姿を追う。


 それはまるで水平線の上に浮かぶ黒い雲の様に見えたが、雲にしては形がおかしい。


 まるで宙に浮く岩石が横に連なっている様にも見え、やはり雲と呼ぶには不自然だ。


 おそらくは蜃気楼みたいなものだとは思うが、魔境と呼ばれる世界に向かう俺達だ。もしかしたらファンタジー全開な「浮遊島」みたいな世界だってあるかも知れない。


「誰か、海面温度を計れる物を持ってないか?」

 と俺が訊くと、ティアが

「サーモセンサーがあるけど、何に使うの?」

 と訊いて来た。


 俺はティアの顔を見て

「進行方向の少し右の方に、黒い雲か岩石の様なものが宙に浮いて見えるんだよ。あれが浮遊島なのか蜃気楼なのか確認したくてな」

 と言った。


 ティアは「わかった」と言って、荷台から30センチ位の筒を取り出し、

 海に向けてレーザーを照射した。


 すると、ティアが持っている筒の表面に「28.35度」と表示される。


 なるほど。


 上空の気温は14度くらいしか無いのに、海面温度は28度以上あるとなると、あの岩石の様なものは、やはり山脈か何かの蜃気楼だろう。


 海面が熱く上空の空気が冷たいと「下位蜃気楼」という光の屈折による視覚誤認が生じる。


 夏場のアスファルトに空の景色が映って水たまりがある様に見えるアレと同じだ。


 逆に、海が冷たくて空が熱いと、陸にある山などが、鏡で映したみたいに空に逆さを向いて映ったりする事もあるが、それは「上位蜃気楼」と言って、夏の北極や南極でしか見られないタイプの蜃気楼だ。


 ティアが計った海面温度の情報から察するに、俺が望遠鏡で見たのは「下位蜃気楼」で見えた山脈という事だろう。


「ライド、進行方向1時の方角に山脈が見える。大陸かも知れないから、進路を1時方向に向けてくれ」

 と俺が言うと、

「了解です」

 とライドは舵を少し右に切った。


 飛行機は緩やかに方向を変えて、進行方向を少し南向きに変えた。


 ここから蜃気楼とはいえ山脈が見えるんだから、仮に山脈の標高が2000メートルくらいあるとすると、200キロ以内には陸地があるという事だろう。


 飛行速度はおよそ180キロ程度だから、1時間程で着陸体勢に入れるはずだ。


「あと1時間ちょっとで陸に降りれそうだな。もし平地がある様なら、そこからは自動車モードで進む事にしよう」

 と俺が言うと、

「それは楽しそうですね」

 とメルスが言った。「空の旅もいいですが、地面を感じながら進む方が僕は好きです」

 と苦笑する。


 やはり、ライドは空を飛ぶのが好きだし、メルスは陸を走るのが好きなんだな。


 ライドは束縛から自由を渇望し、メルスは単調な世界から波乱の冒険を望んでいるといったところか。


 しかし、ファンタジー漫画なんかだと、海賊とか軍艦みたいなものが海を駆け巡るってのが見せ場だったりすると思うのだが、この世界ではそんな冒険活劇みたいな事は見た事が無いし、そもそも海を渡れる様な大きな船を見た事が無い。


 戦艦は勿論、海賊の話などは聞いた事も無い。


 オスラ王国では漁をすると聞いていたが、もしかしたら船で沖まで出る漁では無いのかも知れないな。


 岸で網でも張ってるのだろうか、まさか一本釣りなんて事は無いと思うのだが・・・


 今度オスラ王国に行く機会があれば、どんな漁をしているのか見てみたいもんだ。


 しかし・・・


 と俺は思った。


 この星に来てから、ずっと思っていた事なのだが、バティカに居た「自称魔術師」を除けば、この星は平和過ぎやしないか?


 いや、平和なのはいい事なのだが、クラオ団長が言ってた「現地人は野蛮」ってのが未だに分からない。


 そもそも、100年前に現地人の軍がバティカに侵攻した話だって、メチル側の主張では「交渉団を道中の獣などから護衛する為」だって事だし、エイムの街で人と触れ合えば、彼らが嘘をついてるとは到底思えない。


 メチルの王都でも盗賊や強盗が街を襲うなんて話さえ聞いた事が無いし、複雑な組織がある訳では無いにも関わらず、街の統治も国の統治もとても平穏だ。


 前世の地球じゃ、小学校で40人位のクラスメイトが集まれば、必ずと言っていい程何かのトラブルや揉め事が発生したもんだ。


 放っておいても自然とクラス内カーストが構築され、クラスを纏めるリーダー的な存在が現れたかと思えば、イジメられて不登校になる子まで現れる。


 企業でもそうだ。2割の人間が8割の人間の給料を稼いでいるっていう「パレートの法則」でも実証された通り、「働きアリ」の大群には真面目に働く2割の蟻がいて、働かない8割の蟻を除外すると、今度は残った2割の蟻の中の8割が仕事をサボりだす事が分かっている。


 つまり、社会の中では8割のサボる者が自然に発生する様になっていて、真面目に仕事をするのが2割というバランスが、まるで暗黙のルールであるかの様になっていた訳だ。


 けれどこの星は違う。


 高度な技術はまだ無いが、怠け者は少ないし、むしろ「8割が働き者」と言っても過言では無いだろう。


 富は貴族や商会に集中していたが、農家の者達も生活に不満は無さそうだったし、経済的に豊かではなくとも、心は貧しく無かった。


 だから余計にそう思うのかも知れないが、この星の現地人が「野蛮人」なんて話は、現地人と触れ合えば触れ合う程信じられなくなるのだ。


 クラオ団長は「現地人とプレデス星人が交配してできた子孫は狡猾で野蛮」だと言っていた。


 しかし俺が見た限りでは、サルバ商会長の様に商人として抜け目の無い人間というのは居たが、クラオ団長が言う様な「狡猾で野蛮」な人間なんてのに出合った事は無い。


 むしろ、貴族達も意外とピュアだし、憎めない人々だと思えてならない。


 しかし、エイムの街の貴族達も言っていたが、これから向かう大陸は「魔境」と呼ばれ、「魔王」が統べる国があるという。


 なので、「狡猾で傲慢、そして野蛮な連中」と言うのは、レプト王国を名乗る「魔王一派」の事を指しているのかも知れないな。


 そんな事を考えているうちに、正面にうっすらと海岸線らしき影が見えて来る。


「ショーエンさん、見えてきましたよ」

 とライドが言った。


「ああ、こりゃあ・・・、大陸だな」

 と俺は言った。


 近づけば近づくほど眼前に広がる海岸線の長さが明瞭になって来た。


 これは島なんて規模じゃない。


 大陸だ。


 つまり、「魔境の大陸」という事だろう。


「よーし、みんな。前方に大陸が見えて来たぞ」

 と俺は言いながらみんなを見渡した。

 飛行機を操縦する3人以外が俺の方を見た。


「これから上陸するのは、メチルの貴族が言っていた魔王が統べるという魔境の大陸だ」

 と俺は話し出した。


「これから何が起こるかは分からんが、なーに、恐れる事は無い。ただ、注意が必要だってだけの事だ」

 と俺は言い、これからの注意事項について簡潔に話す事にした。


 まずは「魔法を使う」という連中が居たとしても、それは「高度な技術を使っている」というだけの事で、恐らく俺達の技術力を超える事は無いだろうという事。


 ただし注意しなければならないのが、相手が「残忍である可能性」を否定できない事。


 つまり、俺達よりも低い技術力だったとしても、殺傷力の高い武器や兵器を持っていれば、いくら俺達でも対峙すれば無事では済まないという事だ。


 なので俺達は、場合によっては逃げる必要もあるし、また場合によっては人を殺すかも知れないという事。


 とはいえ平和的に物事が解決できるのならば、むやみに命を奪う事はしない事。


 そして何より、俺達全員が無事にメチル王国に戻れる様に、決して誰も死なない事。


 これらを絶対のルールとして、仮に俺達が通信できない距離まで離れてしまったとしても、決して慌てず、合流地点を目指す事。


 大体こんなところだ。


「という訳で、合流地点を決めておかなければならない訳だが・・・」

 と俺が言うと、今度はティアが仕切り始めた。


「私達の合流地点は、ショーエンの居る場所。又は目指す場所にしましょう」

 とティアが言い、ガイアとテラを除くみんなが

「そうしましょう」

 と賛同した。


 ガイアは

「ショーエンさんが居る場所なんて、はぐれてしまった時にどうやって分かるんです?」

 と訊いた。


 ほんとだよ。俺も知りたいぜ。


 するとシーナが「ふふん」と鼻で笑いながら、


「ショーエンが居る場所が分からなければ、ショーエンが居る場所を探せばいいのです」

 と言った。


 ガイアとテラはアングリと口を開けたまま固まってしまい、

「な、何ですかそれは? どんな超能力なんですか?」

 と言った。


 するとティアまでがドヤ顔で、


「そんなの決まってるわ」

 と言って「信頼よ」

 と続けた。


 すげーな、みんな。

 そんなんで俺を見つけるつもりなのか。


 と俺は思った。


「すごいですね、みんな。そんなんでショーエンさんを見つけるつもりなんですね」

 とガイアも俺が思っている事を代弁していたのだった。


 ---------------


「お疲れ様だな、ライド、メルス、イクス。長い間の操縦、大変だったろう」

 と俺は飛行機の操縦をしていた3人にねぎらいの言葉を掛けた。


「いえいえ、メルスが設計してくれた動力伝達が優秀だったので、それほど大変な事ではありませんでしたよ」

 とイクスは言うが、何が何でもそんな事は無いはずだ。


 5時間近く座っていただけの俺達でさえ疲れているんだから、ずっとペダルを漕ぎっぱなしだった3人が疲れていない筈はない。


 俺はイクスの肩を抱いて、背中をポンポンと叩き、

「いや、お前達はよくやってくれた。感謝しているぞ」

 と言い、次いでメルスとライドにも同じ様にハグをして感謝の言葉を改めて伝えておいた。


 3人とも俺とのスキンシップには随分と慣れていて、むしろ「信頼の証」を示された事を光栄な事だと認識しているようだった。


「これ位の事、今後もどんどん任せて下さいね!」

 とむしろモチベーションが向上している様だしな。


 俺は笑顔で頷き、

「これからも期待しているぜ」

 と言いながら、着陸した場所の周囲を見回した。


 ここに着陸するまでも少し大変だったのだ。


 大陸に到達はしたものの、海岸線のすぐ先に山脈が連なっていて、その手前側は広い森林地帯になっていた為、とりあえず山脈に沿って大陸を北上しつつ、着陸できそうな場所を探す事になったんだよな。


 山脈を右手に見ながらしばらく飛行を続け、徐々に北上してゆくうちに山脈が切れる場所に広い川と平地を見つけて何とか無事に着陸したものの、見える範囲に人工的な構造物は無く、そろそろ日も落ちて夕日が見えている事もあって、どうやって野宿したものかと考えているのだった。


「とりあえず荷物の中に飲料水があったと思うが、残りはどれくらいだ?」

 と俺が訊くと、イクスが

「あと12リットル程あります」

 と答えた。


 ふむ、今夜の飲み水にしかならない量だな。


「よし、じゃあイクスは料理の準備を進めてくれ。ミリカはイクスの護衛を頼む」

 と俺は言って、「ライドとメルスは飛行機を自動車モードにして、川の水を汲んで来てもらおうか」

 と指示をした。


「はい!」

 と言って二人は飛行機を自動車モードにするべく翼を折り畳んでいく。


 何度見ても凄い構造だぜ。俺の少年心がちょっと疼くよな。


「よし、じゃあ俺とティアとシーナで周囲に危険が無いかを見てくるから、ガイアとテラは、テント作りを頼めるか?」

 と俺が言うと、

「分かりました」

 と二人は素直に従った。


 ガイアとテラは、まだ俺達との交流が少ない。


 なのでまだ距離感を計りかねてるところはあるが、俺とは地球を接点とした価値観を共有できているし、このグループ全体のまとめ役としてティアが居る事も理解はしているので、俺達に馴染むのもそう難しくは無いはずだ。


 何せ、元はアメリカ人だ。コミュニケーション能力は低くは無い筈だしな。


「ティア、シーナ。俺達も行こうか」

 と俺は二人に声を掛けて、それぞれの手にレールガンとガイアが作ったランタンを持って出発する事にした。


 俺達が今いる場所は、北側がひらけていて川が見えている以外は、西も東も南も森だ。


 西側は森の向こうに海があるのが解っているし、南側は山脈が続いているのが解っているので、明日の朝は東に向かって陸路を進む事になる。


 空から見ていた感じだと、人間の住む集落の様なものは見当たらず、この辺りも川が近いというのに人の気配は全くしなかった。


 前世の地球の感覚で考えるなら、こういう場所には獣が出やすい筈だ。


 熊みたいな狂暴な動物に出くわすなんて願い下げだが、狼や山猫みたいな動物だって、俺達にとっては危険な生き物だし、ヘビやトカゲなどの小動物だったとしても毒を持つ生き物だと危険だ。


 他のみんなはプレデス星やクレア星みたいな「ゴキブリなんて見た事も無い」って環境しかまだ知らないだろうから、こういった森がいかに危険な場所かなんて理解できていないだろう。


 なのでえてガイアとテラをイクス達の元に置いて来た訳だ。

 前世でバーベキューを楽しんでた奴らだからな。


 そこらの動物に対する対処方法は、俺なんかよりも詳しいはずだ。


 俺達は西の森から順番に反時計回りで歩いて行き、木々の根っこに足を取られながら、慎重に周囲の状況を探っていた。


 まだ空は夕日が赤く染めている時間だが、森の中は既に暗い。

 とはいえ、さすが若い肉体は目が慣れるのも早い。

 俺は自分の肉体の若さに感謝しながら一歩一歩足を進めた。


 所々で鳥の鳴き声がする。


 注意深く見ていると、木の枝には小さな鳥が木に巣を作っているのが分かる。


 俺は少し屈んで足元の土を一つかみ持ち上げてみると、そこには小さなミミズみたいな虫が数匹混ざっていて、この森の土壌を糧にしている事が見てとれた。


 今のところ大型の動物の気配は無いが、地面には虫が居て、木々に鳥の姿があるのだから、食物連鎖の体系はあるはずだ。


 これだけ豊かな緑があり、ところどころに見た事の無い果実も成っているあたり、果実を食べる草食動物は居るはずだし、となれば、それらの草食動物を糧とする肉食動物だって居る筈だ。


「ティア、シーナ。気を付けろよ。この森には、俺達を襲う動物が居る筈だ」

 と俺が言うと、ティアとシーナがブルっと震えるのが分かった。


「う、うん。気を付けるね」

 とティアは言いながら周囲への警戒を怠らない。

 シーナは俺の左腕の肘辺りを掴んで

「ショーエンは私が守るのです」

 と言っている。


「それにしても、足元がデコボコで歩きにくいのです」

 とシーナは、木々の根っこで時々足を滑らせながら文句を言っている。


「ああ、そうだな。木々の生えている間隔が狭いから、根っこ同士がぶつかり合って歪になっているんだろうな」

 と俺は言いながら、常にイクス達の居る広場が見える距離を保ちながら森の中を歩いていた。


 そうなのだ。


 この森は木々の間隔が狭すぎる。


 おかげで木々は森の奥へ行く程に高く伸び、枝葉が日光を浴びられる様にと成長している訳だ。


 ああ、そうか。

 と俺は思った。


 ここまで木々が密集しているという事は、クマの様な大型の獣は居ないはずだ。


 こんな鬱蒼うっそうとした森を生活拠点とするなら、身のこなしが不器用な大型の動物は住みづらいだろうからな。


 なので小型の草食動物が多く住み、それらを狙う中型の肉食動物が居ると考えた方がいいだろう。


 となると、やはり警戒すべきは山猫や狼の様な動物だろうな。


 俺がそんな事を考えながら歩いているうちに、俺達は南の森から東側へと移動するところだった。


 日光は随分と沈んだ様で、空は既に群青色へと変わっていた。


 まだ暗闇にはなっていないが、足元はランタンの光が無ければもう見えない。


 東の森は山脈の切れ目と川の間にある森で、日の光が豊富に浴びれる場所だからか、木々よりも地面から生える雑草が多い。


 こういう場所にはヘビやトカゲといった動物が居そうなので、足元にはより注意を払わなければならない。


「ティア、シーナ。一旦森の外に出て、外から確認する様にしよう」

 と俺は言った。


「うん。でもどうして?」

 とティアが訊く。


「こういう雑草の茂った場所には、毒を持った小型の動物が住む事が多くてな。間違って動物を踏んだりしたら、俺達を敵だと思って攻撃してくるかも知れない」

 と俺が言うと、ティアは

「毒はまずいわね。私達、解毒出来る物なんて持ってないもんね」

 と言いながら、ランタンで足元を照らしながら慎重に森の外へと移動を始めた。


 シーナも俺の足元をランタンで照らしながら、

「どんな動物も見逃さないのです」

 と言って俺の左袖をつかみながら付いてくる。


 1分程で無事に森は抜けたが、気を張っていたせいか、森を出た途端に「ふうーっ」と3人は同時に息をついた。


「特に危ない獣の気配は無かったのです」

 とシーナが言う通り、これだけの森なのに、見える範囲には危険な動物の気配は無かった。


 もっと森の奥に行けば色々な動物が居るのかも知れないが、わざわざ危険な場所まで行く必要も無いだろう。


「よし、イクス達の処へ戻ろう」

 と俺は2人に言い、みんなの元へと歩いたのだった。


 -----------------


 今日の夕食は肉祭りの様だった。


 王城で貰った鶏肉と豚肉をティアが作った発電機で冷却器に通電して冷やしていたのだが、日光が無いと発電が出来なくなるので、蓄電している電力の消耗を抑える為に、生肉は全部食べてしまおうという事になったのだ。


 イクスは塩コショウをまぶして焼いた肉を、切り分けて皿に盛りつけていく。


 そして俺が宇宙船の中で伝授した焼肉のタレを用意していて、みんなは皿に盛りつけられた肉を次々とタレに付けて食べていた。


 ガイアとテラも

「めちゃくちゃ美味しいですね!」

 と言って興奮している様だ。

「キャンプファイヤーが出来ないのは残念だけど、このジャパニーズ焼肉ソースは絶妙に美味しいね」

 とテラが言うと、ティアが

「ジャパニーズ?」

 と聞きなれない単語に反応していた。


 俺は慌てて、

「ああ、ティア。ジャパニーズってのは、俺がガイア星で目指している国の事でな。焼肉のタレはその国の文献にあるもので、俺がテラにそう教えたんだよ」

 と思いついた作り話でその場を取り繕った。


 俺はガイアとテラのデバイスに

「あまり地球の事をペラペラしゃべらないでくれ。俺達が転生者だって事は秘密にしておかないとチームワークが壊れかねないぞ」

 とメッセージを送っておいた。


「それにしても、この広場を偶然見つけられて良かったですね」

 とライドが言った。


「川も近いし、ぽっかりと森に穴が開いた様に綺麗な円形だし、人工的な感じはしませんが、自然の不思議を感じますよ」

 とライドは言いながら、周囲に広がる森を見ている。


「ああ、そうだな」

 と俺も言いながら辺りを見回し、もう暗闇に紛れて見えなくなった森の姿を見た。


 確かにそうだ。


 この場所は、森の中にポッカリと空いた楕円形のハゲみたいな場所だ。


 楕円の短い方が直径にして200メートルくらいだろうか。


 その中心で俺達はテントを張っている訳だが、周囲は見通しがいいし、危険を早めに察知できるのはありがたい。


 人工的な感じはしないが、自然に出来た様にも思えない。


「もしかしたら、昔はこの近くに人が住んでいて、この場所は何かの集会場みたいな場所だったのかも知れないな」

 と俺は何となくそんな事を言いながら、脳裏に何か違和感を感じていた。


 何だろう、この違和感は・・・


 まるで、何か大切な事を忘れているかの様な感じだ。


 そう考えると、少し不安になって来る。


 何だろう・・・、何か大切な物を見落としたか?


 森の中には危険な獣の気配は無かった。


 毒を持っていそうな小動物にも気を付けた。


 西の森の奥は海岸だから脅威は少ないはずだ。


 南の山脈側は確かに危険かも知れないが、山にも木々が茂っているから、肉食の獣が居たとしても、わざわざ山を下りずに山の中で狩りをすればいい。


 それに、肉食動物の獲物は草食動物だ。


 川の近くとはいえ、小動物は天敵から身を隠す場所を行動拠点にするだろうから、わざわざこんな広々とした平原に出て来るよりも森の中に居た方が安全な筈だ。


 俺達がテントを張るのに、ここ以上に適した場所は無い筈だ。


 なのに、何かを見落としている気がしてならない。


「どうしたの?ショーエン」

 とティアが俺の皿に肉を盛りつけて持ってきて、少し心配そうな顔で俺を見ていた。


「ああ、すまない」

 と俺は言って皿を受け取り、肉を頬張りながら「イクスは肉の仕込みが巧いな」

 と言った。


 シーナも

「この肉は、いい肉なのです」

 と言いながら、かわいいほっぺをモグモグと膨らませている。


 大丈夫な筈だ。


 始めて来た大陸で、少し神経質になっているだけだ。


 俺は心の中で、そう自分に言い聞かせていたのだった。

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