テキル星(4)シーナの憂鬱な一日

「いい朝だねぇ・・・」

 と俺は、窓から射す朝日がベッドの足元を明るくしているのを見てつぶやいた。


 王城に来て2日目の朝、シーナは目覚めてから「トイレに行ってくる」と言って部屋を出て行ったきりまだ戻ってきていない。

 まぁ、王城の中には俺達を「御使い様」と呼んで崇拝すうはいする者が多いから、どこかで足止めでも食っているんだろう。


 何かあればデバイスで連絡が来るはずだしな。


 ティアはまだ眠っている。

 昨日は初めての体験をして、身体が睡眠を欲しがっているのだろう。


 昨夜は初めてティアと一つになり、夫婦らしい関係になれたと思う。

 ティアは俺を愛してくれているし、俺もティアが愛おしい。


 これからも大切にしなくちゃな。


 俺は、シーナが部屋を出て行ってから、10分くらいが経っても帰ってこないので、色々考え事をしていた訳だが、これまでの情報を整理していてどうにもに落ちない事があった。


 クラオ団長から聞いた話と、バティカ国王から聞いた話に、どうにも矛盾を感じているのだ。


 クラオ団長から聞いた話だと、この星を開拓する時に、この星の生物の遺伝子を組み替えて人間を作って、それらを繁殖させて人々を増やしたって事だったよな。


 で、そいつらの遺伝子には欠陥があって、どうにも野蛮な生き物になってしまったのだと。


 で、純粋なプレデス星人を招き寄せて、野蛮な彼らを統治する為に作った国家が「バティカ王国」だ。


 プレデス直系の純潔のバティカ人は、王族や貴族になって国を統治していったと。


 しかも現地人とも繁殖行為を行って、プレデス星人と現地人のハーフを生ませて育てていったと。


 で、子々孫々と世代が移るごとにプレデスの血が薄くなってきちゃうから、定期的にプレデス星人を連れてきて、繁殖に利用してきたと。


 で、しばらくはそうして統治して、貴族達に他の国を作らせていったと。


 ところが、そうして繁殖してきたはずの子孫達の野蛮さはむしろ狡猾こうかつになっていって、しまいにゃバティカ王国に攻め入ってきたんだよな。


 で、丁度その時にテキル星を引き継いだ、現在の神であるクラオ団長が、攻めて来た野蛮人共を恐怖で統治しようとしてりゅうを作って惨殺ざんさつしたのが100年前だ。


 でも国王から聞いた話だと、純潔のバティカ人の商人が居て、商人の血筋を欲しがる現地人はバティカ人の商人を待ち焦がれてたんだよな?


 で、現地人が商人を取り合って、しまいにゃ殺しちゃったりするようになったから、商人が減って、しまいにゃ居なくなっちゃったんだよな?


 で、商人が来なくなってバティカ人の血が薄くなるのが嫌で、他の国はバティカ王国に攻め入って来たんだよな?


 これらが全て事実だとすれば、バティカ国民ってのは純粋なプレデス星人なんかじゃなくて、現地人とプレデス人の混血のはずだ。


 本当に現地人とプレデス人のハーフやクォーターが野蛮で狡猾な遺伝子を持っているのなら、このバティカ王国の中でも色々な事件が起こってて然るべきじゃないか?


 バティカ王国と他国の違いは「統治しているのが、純潔のプレデスの血統か否か」しか無いよな?


 いや、でも・・・


 と俺は、インチキ魔術師が奴隷にしようとしたプレデス星人の事を思い出した。


 あれは、に売るつもりだったんだ?


 バティカ国内の貴族達に売ろうとしたのか、それとも外国の貴族に売ろうとしたのかで意味が大きく変わってしまう。


 外国の貴族に売るつもりだったとしたら、その目的は分かりやすい。

 勿論、金を稼ぐ為でもあるだろうし、外国の貴族はプレデスの遺伝子を子孫に残せるからバティカに攻め入る理由がつぶせる。

 やり方に問題はあるが、むしろ自称魔術師の奴は、バティカの平和の為にいい仕事をしたとも言えるだろう。

 しかし、やはりそれでは、わざわざ「奴隷にする理由」が分からない。



 逆に、「バティカ王国内の貴族に奴隷として売ろうとしていた」のだとすると、元々純血のプレデス星人の中だけで交配してきたはずの貴族が、新たなプレデス星人の大人を必要とする理由は何だ?


 考えられるとすると、身内での結婚ばかりで遺伝子に異常が出て来たとかそういう事なんだろうが、それは王族でも同じ事が言えるはずなのに、国王も王妃も遺伝子異常が起きている様な様子は無かったし、もしそういう事が起こっているなら、もっと国を挙げての対策に乗り出しているはずだ。

 何もコソコソ内緒でやる事じゃないだろう。


 なら、クレア星から連れて来たプレデス星人と、バティカで生まれ育ったプレデス星人との違いって何だ?


 遺伝子的な違いなんて何も無いはずだ。


 と、そこまで考えて、俺はハッと息を飲んだ。


 ・・・・・・いや、ひとつだけがあるな。


 そう、だ。


 この星では、デバイスは王族だけに許されたものらしい。

 しかし、デバイスは自分だけが装備していても、こんな中世ファンタジーな世界じゃ役に立たない。


 が、この王城だけは別なんじゃないか?


 何せ、この王城には電気が通じてる。

 恐らく、神殿にも電気が通じているはずだ。

 何せ、元々は研究所があった場所なんだからな。

 おそらく、デバイスでしか動かないがあるはずだ。


 で、インチキ魔術師はデバイスの製造機を持っている。

 しかし、それは500年以上も昔の旧型のデバイス製造機だ。


 俺がプレデス星で学んだ事に、デバイスの歴史なんかもあったが、その技術力は50年ごとに大きく進歩していて、500年前のものだと、せいぜい惑星通信とか、家電を動かすとかの簡単な機能しか無かったはずだ。


 つまり俺達が装備しているデバイスみたいに、情報を収集したり、データを検証したりは出来ない仕様な訳だ。


 で、王族だけが代々受け継いでいるデバイスってのは、王城の電気製品を操作する為に必要な物でもあるだろうが、宇宙基地との交信に必要な機器というのが最も重要なのだろう。


 王族にとって、宇宙基地と交信するという事は、つまりは神と交信するという事だからだ。


 それは「技術による機能」という解釈ではなく「魔法による奇術」という解釈をしているのかも知れない。


 という事はつまり、王族も「デバイスの本当の意味は知らない」という事か?


 あくまで伝承により、王族は「王族の証を身に着けなければならない」程度の話しか伝わっておらず、実際にその伝承を守る事で、王城の電気製品を操作できて良かったね~みたいな話か?

 でもその程度の事の為にデバイスを重宝するとも思えない。

 王城にはこれだけのメイドが居るんだ、そんなのメイドを雇えばいくらでも代用が効くはずだ。


 そもそも、インチキ魔術師は研究所でデバイスを製造していたプレデス人の家系だ。

 デバイスの本当の機能を知っていてもおかしく無いんじゃないか?


 で、バティカの貴族に「デバイスが使える奴隷」を売りつけ、貴族が「デバイスで様々な情報収集が出来る」ようになり、やがて行き着くところは・・・


「貴族による、国家転覆・・・、クーデターってところか?」

 俺はそう声に出していたようだ。


 俺の隣でティアが目を覚まし、「うーん・・・」と唸って伸びをしている。


「やあ、おはよう。ティア」

 と俺は言って、ティアの額にキスをした。


 ティアは

「おはよぉ」

 と言って俺を見たが、昨夜の事を思い出したのか、急に顔を赤くして枕に顔を埋めてしまった。


「んん~~!」

 と枕に顔を埋めながら声を上げ、バタバタと足をバタつかせたかと思うと、ピタっと動きを止め、やっと枕から顔を上げたかと思うと、俺の身体に抱き着いてチュっと額にキスをした。


 そして今度は元気な声で、

「おはよう!」

 とティアが、まだ少し赤い顔のまま言った。


 初体験の後のティアがどうなるかと少し心配していたが、杞憂きゆうで済んだようでよかったな。


 俺はそんな事を思いながら、ほほ笑んだ。


「そういえばシーナは?」

 とティアが部屋にシーナが居ない事に気付いて訊いた。


「ああ、かれこれ20分くらい前にトイレに行くって言って部屋を出たんだけどな」

 と俺が言うと、丁度シーナが部屋の扉を開けて帰って来たところだった。


「おはよう!シーナ」

 とティアが元気に挨拶をすると、シーナは

「おはようなのです」

 とあまり元気の無さそうな声で返した。


「どうしたの?シーナ、何か元気が無いみたいね」

 とティアはシーナの異変に気付いている様だ。


「な、何でも無いのです」

 とシーナは取り合わず、ベッドに上って俺の左腕にしがみ付いた。


 俺はシーナの頭を撫でながら、

「随分時間がかかったな。何か面白いものでも見つけたか?」

 と訊くと、シーナは俺の腕に顔を埋めたまま首を横に振り、

「何も無かったのです」

 と言った。


 その時、部屋の扉がノックされ、

「おはようございます。御使い様」

 とメイドの声が聞こえた。


 俺は起き上がってベッドを降りて扉まで歩き、

「やあ、おはよう」

 と言いながら扉を開けた。


 部屋の前にはメイドが3人居て、それぞれが両手に俺達の衣装を持ってたたずんでいた。


「おはようございます。ショーエン様」

 と正面のメイドが言い、「お召し物をお持ち致しました」

 と言って、顔を上げた。


 どうやら、昨日の浴室に居たメイド達の様だ。


「ああ、ありがとう」

 と俺は言いながらメイド達を招き入れると、一人は俺に

「どうぞこちらへ」

 と言って、手に持った衣装を壁際の家具の上に置いた。


 他の二人もベッドの方へ歩み寄り、

「衣装のお着換えをさせて頂きます」

 と言って、ティアとシーナをベッドの縁に立たせようとしている。


 ああ、着替えもメイドがやるんだな。

 と俺は理解した。


 俺の前に居るメイドは、俺のガウンの腰紐を解き、ガウンを肩からファサっと床に落とした。

 全裸になった俺の前にトランクスを両手に持って膝を付いた。


 俺は足を上げてトランクスに足を通し、もう片方の足もトランクスのもうひとつの穴に通すと、メイドはトランクスを腰まで上げた。


 俺がティア達の方を見ると、ティアとシーナも全裸にされて、俺と同じ様に白いショーツを履かせてもらっているところだった。


 朝日を浴びたティアとシーナの肢体が眩しく、俺が見惚みとれていると、ティアがそれに気づいて顔を赤らめた。

 シーナはじっとこちらを見つめていて、少し頬を赤らめながら、何やら険しい表情をしている。


 なんだ? 恥ずかしいから見るなって事か?


 メイドはシャツとズボンも同じ様に俺に着せ、最後にジャケットの袖に腕を通し終えるまでを手伝ってくれた。


「ありがとう」

 と俺はメイドに言い、ティア達の方を振り向くと、ティアもシーナも衣装の着用は完了しているようだ。


「朝食のご準備が整っております。お食事になさいますか?」

 と訊いてきたので、俺はティア達にも訊いてみた。

「ええ、お腹が空いたわ」

 とティアが言い、シーナは

「ショーエンが行くなら行くのです」

 と言った。


「じゃ、朝食に行こう」

 と俺が言うと、二人のメイドは部屋に残ってベッドメイクをするようで、一人のメイドが俺達3人を朝食会場に案内してくれた。


 朝食会場に着くと、昨日と同じで大きなテーブルに沢山の料理が並べられていた。


 王城の連中は、いつもこんな朝食を食べてるのか?

 とも思ったが、これでは無駄になる食材が多すぎて「さすがにそれは無いだろうな」などと考えていると、メイドの一人が

「こちらへどうぞ」

 と昨日と同じ席に案内をしてくれた。


 既にライドとメルスが席に着いていて、

「ショーエンさん、ティアにシーナも、おはようございます」

 と挨拶してくれる。

「よお、おはよう」

 と俺はいつも通りに挨拶をして席に座った。


「イクス達はまだ来てないのか?」

 と俺が訊くと、

「そのようですね」

 とメルスが応えた。


 それから数分経って、イクスとミリカがメイドに先導されてやって来るのが見えた。

「よう、おはよう」

 と俺が声を掛けると、イクスとミリカは

「みなさん、おはようございます」

 と声を合わせた。

 二人はメイド達に促されて席に着くと、ミリカがシーナに話しかけていた。


「ねえシーナ、今朝の着替えってどうしたの?」

 とミリカが訊くと、シーナは

「メイド達にやられたのです」

 と言って、ちょっと不機嫌そうだった。

「そうよねぇ、ほんと、やられたって感じよね!」

 と珍しくミリカも不機嫌そうだ。


 やられたって、何の事だ?


 と俺は思い、ティアの方を見て、デバイスで無音通話で

「ティア、シーナ達の会話の意味は分かるか?」

 と訊いてみた。

 すると、ティアは少し下を向いて考えるような仕草をして、

「多分、分かる気がする」

 とデバイスを通じて返してきた。「なんていうのか分からないけど、ここのメイド達って、ショーエンの身体に気安く触れるでしょ? 多分、それが嫌なんだと思う」

 と言って俺を見た。そして、

「私もそう思ったから」

 と付け足した。


 あ~・・・ なるほど。

 ヤキモチか。

 って事は、ミリカもイクスの身体を気安く触るメイドに「やられた」って思ってる訳だな。


 言われて俺は頷き、学園に居た時のみんなのスキンシップの無さを思い返していた。


 そうだよなぁ。

 メイドさん達って、みんな女の人だもんなぁ。


 と俺は思いながら、多感な年頃の乙女達の心を理解するのは難しいもんだなと、思い知るのだった。


 ほどなくして部屋には国王と王妃、王子と姫が部屋に現れた。


「お待たせして申し訳ありません。御使い様方」

 と、国王が頭を下げた。それに王妃と子供達も続く。


「やあ、おはよう、国王と王妃、そして子供達よ」

 と俺は言い、「今日もご馳走になる事を感謝する」

 と続けた。


 今日もグラスに昨日と同じ飲み物が注がれ、国王達はグラスを手に俺の音頭を待っている。


 俺達もグラスを持ち上げ、

「今日もこの国の平和と安寧を祈って乾杯としよう」

 と言って「乾杯!」と声を上げた。


「乾杯!」

 と皆が続き、食事が始まった。


 なんだかな。

 この乾杯って、毎日やるのかね。


 俺はそんな事を考えながら食事をし、昨日と同じく腹八分目で手を休める。

 そしてグラスの酒を飲みながら、子供達の食事が終わるのを待っていた。


 国王には確認しておかなければならない事がある。

 そう、例の薬を飲まされた100人のプレデス星人の事だ。


 昨日の話も子供に聞かせたくないという国王だ。

 奴隷の話、ましてや国家転覆さえ匂わせる話を子供の前ではできないだろう。


 やがて子供達の食事が済んだようで、退屈そうにし始めた。


「王妃よ、そろそろ子供達を連れて行ってやってはどうだ?」

 と俺は言った。すると王妃は国王の顔を見て、国王が頷くと「恐れ入ります」と言って子供達と共に部屋を出て行った。


 国王は俺の意図を汲んだようで、

「何かお話がありそうですね」

 と言った。


「ああ」

 と俺は言い、「昨日、魔術師が召喚した者達はどうした?」

 と訊いてみた。


 国王は頷き、

「神のしもべ様には、神殿でお休み頂いております」

 と言い、「御使い様のおっしゃる通り、ルークが怪しげな薬を使って呪いをかけた様で、ルークにはその解呪にたらせております」

 と言った。


 なるほど。それであの自称ルークの姿が昨日の午後から見えなかったんだな。


 俺は頷き、

「して、国王よ。魔術師は、何故あいつらを召喚したのか理由を聞いたか?」

 と訊いてみた。国王は頷いたが、

「それが、ルークの話は的を得ず、はっきりした事は分かっておりません」

 と言った。


 なるほど。


 王家に関係の無い理由で召喚したというなら正直に話すはずだが、そうではないという事は、やはり王家の転覆でも狙っているのかも知れない。

 そもそもあいつは、情報津波によれば王族を影で操ってるって事だったからな。


 当の操られている国王にその自覚は無いようだが。


「そうか。ならば致し方無いが、ルークに申し伝えておけ。もし全員の解呪が叶わぬようなら、龍神は地の果てまでお前を追いつめて必ず食い殺すとな」


 俺がそう言うと、国王は青ざめた顔で

「し、承知しました。か、必ず申し伝えます」

 と言った。


「そうだ、国王よ。もう一つ聞きたい事がある」

 と俺は国王を見て、「王族には王族の証があると思うのだが、それは身体のどこにある?」

 と俺は訊いた。

 国王は質問の意図が分からないといった表情で俺を見たが、自分の胸の中心あたりに手を当てて

「こちらに」

 とだけ言った。


 まあいいだろう。

 細かい場所を知りたい訳じゃない。

 俺が知りたいのは、デバイスを装備しているかどうかだからな。


 俺は頷き、

「その証は王城の装備を動かす為に必要なものだ。大切にせよ」

 と言った。


 これはカマ掛けだ。

 俺は王城の秘密を知っているぞというジェスチャーのようなものだ。


 すると国王は

「はい、心得ております」

 と言って、「この国が存亡の危機にひんした時の為に、この証は子々孫々まで大切にする所存です」

 と頭を下げた。


 やっぱりな。

 国家存亡の危機に使うがあって、それを動かす為にデバイスが必要なんだ。


 ほんと、プレデス星人ってやつは、こういう罠にすぐハマる。

 こんなバカが付く正直者でも国家を統治できてるんだから、案外、俺でも簡単に統治できるんじゃないか?


 そして俺はもう少し突っ込んでみる事にした。


「国王よ、王城の装備は俺も動かせるが、まさか魔術師に動かせるような事は無いだろうな?」

 と俺は訊いた。

 すると国王は

「それはあり得ません。ルークにもあの兵器を見せた事がありますが、ルークはそれの動かし方については存ぜぬと言っておりました」


「そ、そうか。ならば良い」

 と俺は言って、肩を落とした。


 見せてたあああ・・・

 しかも「兵器」って言ったあああ・・・


 ほんと、正直にもバカが付くと、これはもう本当にあれだな。バカだな。バカ国王だ。


 これは、俺が何とかしないと、俺達が旅に出た途端にバティカ王国が滅んじまうぜ。


 俺はみんなの方を見渡した。

 他のみんなは食事が済んだようだ。


 俺も食事はここまでにして、部屋に戻ろうと思った。


 考えなきゃならない事が山積みだ。


 俺は両手を合わせて

「ごちそーさまでした」

 と言うと、みんなも

「ごちそーさまでした」

 と声を合わせたのだった・・・


 -------------------


 食後はみんな別行動だ。

 ライドとメルスは裏庭に行って、集めた材料を加工して組み立ての準備をするらしい。

 どんな乗り物を作るのかは知らないが、あいつらに任せておけば問題無いだろう。


 イクスとミリカは昨日と同じで、イクスは料理、ミリカは衣装制作だ。


 俺達3人は、食後すぐに部屋に戻り、俺は考え事をしようとベッドにダイブし、仰向けに寝転がってため息をついていた。


「ショーエン、何か心配事なのですか?」

 とシーナがベッドに上って近寄って来ながら声を掛けて来た。

「おお、さすがシーナだ。よく分かったな」

 と言って、俺はシーナを抱き寄せて、頭を撫でてやった。

 ティアもベッドに上って来るが、少し離れたところで俺達を眺めている。

 シーナは「へへへ」と照れ笑いをしながら、

「ショーエンの為なら何でもするのです。何をすればいいのか教えて欲しいのです」

 と言った。

 俺はシーナの額にキスをしながら

「そうだなぁ・・・」

 と考えを巡らせた。


 とりあえず、これまでの様に国王からの情報だけを頼りにしている訳にもいかなくなった訳だ。


 となると、こちらで情報を収集して、自称ルークの悪だくみを暴いてやらねばならない。


 しかし、自称ルークも俺達には警戒をしている筈だから、下手に尻尾は出さないだろう。


 となると、自称ルークにバレない様に偵察を・・・


 とそこまで考えてシーナの顔を見た。


「ここに居るじゃん!」

 と俺は思わず声を上げた。


 そうだよ、シーナに頼めばいいんじゃん。


 通信技術でデバイスの傍受まで出来るんだ。

 自称ルークもデバイスは持ってたし、神殿に集めた奴らとも、隠し事をするならデバイスで会話するはずだ。


「なあシーナ。お前に頼みたい事があるんだが」

 と言うと、シーナはパアっと顔を輝かせた。

「何でも言ってほしいのです!」

 とシーナは急に元気になり、俺の身体をぎゅーっと抱きしめながら、鼻息荒く俺の胸に顔をこすり付けてきた。


 俺はシーナの頭を撫でながら、

「例のデバイスを傍受する玉、持ってるよな?」

 と俺が言うと、シーナは頷いて

「2個持ってるのです!」

 と言った。俺は頷いて

「それを神殿に仕掛けて、あのインチキ魔術師たちのデバイスを傍受したいんだ」

 と言うと、

「任せてほしいのです!」

 と言って立ち上がった。


 シーナはキャリートレーに積んだ袋から通信中継器を2台と傍受用の玉を一つ取り出した。

 そして、中継器のうちの1台をベッドの脇に置いて、もう一台を担いで

「神殿に行ってくるのです!」

 と言って、部屋を出て行ってしまった。


「おお・・・、頼んだぞ・・・」

 という俺の声は既に届かなかった。


 ------------------


 シーナは中継器を小脇に抱え、神殿に向かって歩いていた。


 途中で数人のメイドとすれ違ったが、誰にも話しかけようとは思わなかった。


 だいたいここの王城の連中は気に入らない。


 べたべたとショーエンに触れようとするし、お風呂でもショーエンの裸を見てたし。


 私もばっちり見たのですが・・・


 とシーナは思い出して顔を赤らめたが、ぶんぶんと頭を振って、


 今はそれどころじゃ無いのです!


 と心の中で言いながら、スタスタと王城の扉を潜って神殿の方に向かった。


 神殿は大きかったが、傍受用の機器の出力を最大にすれば室内全体をギリギリ傍受する事ができるだろう。


 シーナは神殿の外壁周りをグルグルと歩いて回りながら、傍受用の玉を忍び込ませる事が出来そうな場所を探していた。


 神殿には沢山の窓があるが、開いている窓は2階の高さにある窓しか無かった。


 シーナは中継器を神殿の外壁の目立たないところに沿わせて設置し、傍受用の玉をポケットに入れて、2階の窓までよじ登る事にした。


 ショーエンみたいに「ひとっ飛び」とはいかないけれど、ここの重力なら私でもよじ登れるのですよっと!


 と心の中で言いながら、意外とスイスイとよじ登る事が出来た。


 開いている窓から中を除くと、自称ルークが、100人近い大人達とデバイスで会話しているようだった。


 今朝の国王との話だと、あいつは今頃解呪を頑張ってるはずだったけど、解呪は既に終わったのか、そもそも解呪なんて必要が無かったかのように100人と何か話してるのです。


 この距離なら大丈夫なのです。


 と、シーナは傍受用の玉を窓の縁に設置して、傍受の玉を起動した。


 シーナはすぐに壁をするすると降りて着地し、先ほど設置した中継器も起動した。


 そして周囲に誰も居ない事を確認すると、タッタッと走って王城に向かった。


 これで良し!

 これで良しなのです!


 と心の中で叫び、王城の扉を潜ったところで、はあはあと肩で息をしながら立ち止まった。


 シーナは辺りを見回し、数人のメイドがシーナを見ているのを感じていた。


 あいつらにはショーエンに触れさせないのです。


 とシーナは、何食わぬ顔で部屋に戻ろうと歩き出した。


 それにしても・・・


 とシーナは廊下の真ん中で立ち止まり、昨日の事を思い出していた。


 私はショーエンが好きなのです。

 私はショーエンと結婚したのです。

 昨日はお風呂でショーエンの裸も見たのです。

 それにショーエンも私の裸を見てたのです。

 す、すごく恥ずかしかったけど、私はショーエンになら、何をされてもいいのです。


 なのに・・・


 昨日は私が先に眠ってしまって、ベッドの揺れで目が覚めたら、ティアがショーエンにあんな・・・、あんな事をされてて・・・


 とみるみる顔が赤くなる。


 ショーエンのアレが、ティアのアレにアレして何度も何度も出たり入ったりして・・・


 とシーナは頭がクラクラするのを感じながら、同時に自分の下腹部が熱くなるのを感じていた。


 あれはズルいのです!

 ティアだけズルいのです!

 私も結婚したんだから、私にも・・・


 とシーナはショーエンと自分が繋がるところを想像し、心臓がバクバクと鳴り始めるのを感じていた。

 頭が痺れた様な感覚になって、目眩が強くなり、足に力が入らなくなる。


 あ・・・、また・・・


 とシーナは、ショーツに湿気を感じていた。


 昨日の夜もそうだった。

 眠っているフリをしていたが、ティアとショーエンの行為の一部始終を、デバイスに記録しながら、耳はショーエンとティアの声と、身体がぶつかり合う湿った音を聞いていた。瞼の裏に二人の肢体が絡み合う様を想像しながら、悔しい思いと共に、下腹部への異常な疼きを感じていた。


 今朝だってそうだ。

 目覚めてからデバイスの記録をこっそり見返していた。


 見ているうちにバクバクと心臓が高鳴り、ショーツに湿気を感じて慌ててトイレに行ったが、いつまで経っても来ない尿意に、諦めて紙で拭いた時に感じた身体に電気が走る感覚。

 何事かと手にした紙を見ると、その中心に粘り気のある透明な染みが付いているのを見て、昨日のティアを思い出し、恥ずかしさでトイレからしばらく出られなかった。


 20分近く両腕で自分の身体を強く抱きながらトイレにこもり、ようやく落ち着いて部屋に戻れば、ティアがショーエンに抱き着いているのを見て、胸の奥が針で刺されたみたいに痛くなって・・・


 そしてあのメイド達!


 いきなり部屋に入って来たと思ったら、ショーエンの服を脱がしてショーエンの身体をベタベタさわって!


 シーナはそこで深呼吸をした。


 はあ・・・


 でもいいのです。


 ショーエンは私を必要としているのです。


 今もこうやってミッションを遂行しているのです。


 これがうまくいったら、私もショーエンと・・・、ティアみたいに・・・


 シーナは「ふんっ」と鼻息を吐き、廊下を走る様に、ショーエンが居る部屋に帰るのだった。


 -----------------


 少し時間はさかのぼる。


 シーナがショーエンに

「ショーエン、何か心配事なのですか?」

 と言ってベッドの上を四つん這いで近付くのを見ていた。


 ショーエンが心配事?


 ティアにはショーエンに心配事があるようには見えなかった。


 ショーエンはいつも堂々としていて、いつも私を助けてくれて、いつも私達を見てくれる。


 むしろ、私の不安なんてお見通しとでも言いたげなショーエンが、いったいどんな心配事を持っているんだろう。


 そしてシーナがショーエンに抱き着く姿を見て「大丈夫、ショーエンならシーナの事も大切にしてくれる」と漠然ばくぜんと考えていた。


 でも、ショーエンの私に対する気持ちと、シーナへの気持ちは、何かが少し違う。


 それが何なのか、私にはまだ分からない。


 でも、シーナの気持ちは私にはよく分かる。

 だって、シーナは私と同じで、ショーエンの事が大好きだから。


 昨日の私は、ショーエンにものすごく深く愛してもらえた。


 今までに感じた事の無い感情が芽生え、私はもうショーエン無しでは生きていけないとさえ思った。


 それはシーナも同じはず。


「任せてほしいのです!」

 とシーナが言って、立ち上がった。


 ショーエンに仕事を任されて、さっきまで元気が無かったはずなのに、あっという間にいつものシーナだ。


 やっぱりショーエンは凄い。


 そして、私は、そんなショーエンの妻なんだ。


「神殿に行ってくるのです!」

 と言って元気に部屋を出て行くシーナ。


 それを「おお・・・ 頼んだぞ・・・」と、何だか苦笑しながら見送るショーエン。


「ねえ、ショーエン」

 と私が声を掛けると

「ん?どうした?」

 とこちらを振り向くショーエン。


 ショーエンは右腕を広げて、まるで「こちらにおいで」と言ってる様に私を誘う。


 私も吸い寄せられる様に、ショーエンに近づいていき、その腕に抱かれる。

 ショーエンの胸に顔をうずめ、ショーエンの匂いをいっぱいに吸い込む。


「好き・・・」

 と自然に声が漏れる。

 ショーエンは私の背中を両手で抱いて

「ああ、俺もだ」

 と私の頭に軽くキスをする。


 ああ・・・ なんて幸せなんだろう。


 この気持ちが何なのか、ずっと考えてた。

 学園に居た時から、ずっと。


 そのころから、身体にも異変が現れた。


 時々感じる胸の奥の痛み。

 それはチクチクと胸の奥を針で刺すような・・・


 そして、時々感じる下腹部の疼き。

 でも、それは嫌な感じじゃなくて、何だか甘美な疼きでもあった。


 初めてショーエンが寝ている隙にキスをした時に感じた、全身に電気が走るような感覚・・・ そしてその後に来る甘美な疼き。


 その疼きを感じる度に、ショーエンへの気持ちが吹き出しそうになった。


 初めて3人で惑星疑似体験センターに行った時、ミリス星の宿屋で見た男女の生殖行為。


 あんなに人間同士が触れ合って、しかも一糸纏わぬ裸の状態で・・・


 とても驚いたけど、もしあれが「ショーエンと私の姿だったら」と考えてしまった。


 すると胸が締め付けられる様な感覚に襲われて、息をするのも苦しくなった。

 そして胸の奥から下腹部に走る電気の様な甘い疼き。


 疑似体験センターを出る時に、ひんやりとした下着の湿りを感じて、あわててトイレに行った。


 でも、それは私の見た事の無い状態だった。

 何かの病気かも知れないと思って、デバイスで情報を集めたら、クレア星の夫婦の生殖行為の情報に行き着いた。これは相思相愛になった女性の身体に起こる現象だと知った。

 そして、それが生殖行為を求める自然な現象なのだとも。


 そして私は知った。


 私は、ショーエンと生殖行為がしたいんだ。


 それからも私はショーエンの身体にできるだけ近づいていたかった。


 なのに、その時は「生殖行為がしたい」という気持ちを知られるのが恥ずかしくて、手を繋ごうと言ってくれたショーエンの手さえ触れる事が出来ずに逃げてしまった。


 その後もレストランでは平気な顔でいるようにしてたけど、ショーエンを見ている時、ショーエンが私に話しかけてくれた時、私の胸の奥は、何かのポンプを絞ってでもいるかの様にキュンキュンと鳴って下腹部に電気が走っていた。


 もう感情が爆発しそうになっていた。


 なのに、帰り道でショーエンは、シーナに「どんな男と結婚したいんだ?」と訊いた。


 衝撃だった。


 それは、私にこそ訊いて欲しいセリフだった。


 しかもシーナは臆面も無く、堂々と、まるでそれが当然でもあるかの様に


「ショーエンに決まっているのです」

 と答えた。


 私は怖くなった。


 もしもショーエンがシーナと結婚したら、私はどうなってしまうのかと。


 だから思わず言ってしまった。


「私には・・・聞かないの?」


 私は言ってからハッとした。


 これはショーエンが決める事なのに、私がこんな事をショーエンに求めるなんてしていい訳が無い。


 ショーエンなら、いつも私達に優しく接してくれる。

 それに、私が多くを望まなければ、いつでもショーエンとは触れ合っていられる。


 ショーエンは、そういう人だから。


 だけど、ショーエンは私に言った。


「俺はお前と、結婚を前提に付き合いたいと思っているぞ」


 その後の事はあまり覚えていない。


 ただ、自分では制御が出来ないほどに心が大きく揺さぶられて、ただ涙が止まらなかった事だけは覚えている。


 石像の様に固まったシーナの恰好が、何だか可笑しくて、揺さぶられた心のせいか、自然と笑ったような気もする。


 ショーエンは凄い人。


 私の心をここまで揺さぶって、私をティアという一人の人間にしてくれた人。

 私が「私でいいんだ」と信じさせてくれた人。


 そして、私の大切な友達、シーナの事もきっと、大切にしてくれる人。


 そんなショーエンを、昨夜は私が独り占めにしてしまった。


 とても幸せな時間だったけど、今日のシーナは朝から元気が無かった。


 きっとシーナは知ってたんだと思う。


 もしかしたら昨夜の私達の事も・・・


 私がショーエンとシーナに感じていた、この胸が苦しくなるような気持ちを、シーナも抱いてたんだと思う。


 だから今日は、ショーエンをシーナにゆずろう。


 ショーエンならきっと大丈夫。

 私の事を一人にしたりはしない。

 そして、シーナの事も。


 だって、私もシーナも、今はショーエンの妻なんだから。


 デバイスに刻まれた「ティア・ヨシュア」の名。

 私の家名は、ショーエンと同じになったんだ。


 この繋がりは、簡単には切れない。


「愛してる・・・」


 私は、ショーエンの胸の中でもう一度そう言った。

「ああ、俺もだ」

 とショーエンも言ってくれた。


 だから大丈夫。

 ショーエンは、私を愛してくれているから。

 だからこんな事が言えたんだ。


「ショーエン、今日はシーナを愛してあげてほしい」


 そう言った時、背後で部屋の扉が開く音が聞こえたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る