#3 創作仲間
二階の一室に戻ったあと、我にかえった僕は小説補佐なんていう意味不明な役割を押し付けられたことに抗議した。頷いたときはどうかしていたのだ。
思いつく限りに言い訳をしてみた。こんな感じだ。
「僕はこの街に転校してきたばかりだからなにかと忙しいんだ」
「部活動もなく友だちもいない。なら暇確定じゃないか」
「高校三年生だから受験勉強もあるし?」
「勉強はいつでもできるだろう。たった一時間くらいの息抜きは必要だ」
「いやでも、小説補佐なんて何したらいいか分からないし」
「すごく簡単なことだよ。これが失敗するなら受験なんて元より失敗するレベルだ。だから君にできないわけがない」
「え、ええと……ちなみに、何をさせるつもりなの?」
「小説の題材をこの街にしようと思う。だから適当に写真を撮ってきてほしいんだ」
それならできそうだな、といつの間にか思わされていた。
「君もこの街には慣れていないんだろう。なら好都合じゃないか」
「うん、たしかに、そうかも?」
「写真を撮るのが趣味なんだとでも言って、クラスメイトを誘えばいい。無下にされることもないだろうし、友だちだってできる。違わないか?」
「……違わない」
なんだか魅力的な提案な気がしてきた。元より趣味といえる趣味もない中で景色を眺めるのは好きな部類だ。撮影という趣味があるだけで親しみを持たれるかもしれない。気のいい友だちだってできるかもしれない。
そのついでに撮った写真をヒナセに共有する。……うん、悪くない。
そういうわけで、次の日は少し足取りも軽く学校に向かったのだ。一限目になり、三限目が過ぎ、昼休憩を終え、そして放課後まで時間が経つまで。
僕はひとりだった。
いや正確には何人かと会話はした。例えばおはようとか、うんとか、ばいばいとか。けれど皆にはそれぞれの輪があるようで、楽しそうで、僕はそれを眺める側に落ち着いてしまった。友だちがほしい気持ちより諦めの気持ちが競り勝った感じだ。
まぁいいけどさ。撮影が趣味とか言っても地味だし、バンドをやってるとかボルダリングをやってるとかみたいに響きが格好いいわけじゃないし。すぐに興味をなくされて別の話題にいってただろうし。別に言えなくていいんだけども。
そこでふと幽霊少女のヒナセを思い出す。彼女は屋上から飛び降りて無傷だった。それは世の理を無視している不可解な存在だ。普通ならあり得ないし信じない。けれど僕は自分の目で見たものは素直に信じるタイプだった。
「……幽霊なのかはさておき、もう少し付き合ってみるか」
「幽霊がどうかしましたか?」
「うわあ!」
独り言に返事がかえってきた。しかもすぐそばで。
びっくりした勢いで椅子を引いて飛び上がった僕は、すぐさま声のした方へ振り向いた。
黒縁眼鏡をかけたクラスの女子生徒である。柳のようにひっそりと立っていた。彼女とは何度か会話をした記憶があって、名前はたしか……ええと、なんだっけ。
ああそうだ、思い出した。
「日野さんどうしたの」
「いいえ丹尾です」
「あっ、ご、ごめんなさい」
名前を間違えられた方はいい気分ではないだろう。すぐさま謝罪をする。表面上は丹尾さんに変化はなく、淡々とした口調で「気にしてないです」と答えられた。
僕が席に座り直したのをみて、丹尾さんが口をひらく。
「それで幽霊がどうしました? まさか見たんですか」
「ううん、見てないよ。噂は噂に過ぎないからね」
もちろん見たんだけど正直に答えることはしない。本気でいると言ってしまえば、友だちができるどころか頭がおかしい認定をされてしまうだろう。
「そうですか」
丹尾さんは黒縁眼鏡の奥でふいっと視線をそらした。
「幽霊なんていなくていいですからね。それがいいです」
なにを考えているかよく分からないひとだった。
そこで丹尾さんの目がついっと僕の机に置かれたスマホに向いた。ディスプレイには今しがたまで調べていたこの街の地図が表示されている。
「どこかに寄っていくんですか?」
「あ、うん。来たばかりだから歩き回ろうと思って。特にここといった目的があるわけじゃないんだけど……あ、それと写真も撮影する予定」
「写真を?」
「うん、小説の資料にするんだって。まぁ僕が書くわけじゃないけど」
「小説」
無表情から眉根を寄せた表情に少しだけ変化した。
「友だちはできそうですか?」
どうやら友だちがいないのを心配されていたらしい。大丈夫です。きっといつかは友だちができているはずです。ううん、こういう心配されるのって恥ずかしい。
僕が曖昧な笑いを浮かべていると、丹尾さんの可愛らしい両手がこちらに突き出された。スマホが握られている。ついでに何かのアカウントも表示されている。
「交換しましょうか」
「あ、え、はい」
そして流れのまま丹尾さんと連絡先を交換した。お情け交換だ。
丹尾さんからきたのは非公開マークがついているプライベートのアカウントらしい。ざっと見た限り本人の投稿は見当たらず、他の投稿内容を少しばかり拡散しているだけだ。なんだか丹尾さんのイメージそのままだった。
「創作仲間ですね」
「え?」
「私も絵を描くので。風景画とか、それに色々」
ええと、つまり僕が小説に関わっているから、絵を描く丹尾さんに創作仲間認定されたのだろうか。もしかしてお情けの連絡先交換ではない?
うーん、でも小説補佐って創作仲間扱いされていいのかな。
少し不安になる。とはいえ、
「がんばってください」
「うん、がんばる」
頑張れと言われたら頑張らざるを得なくなる。資料集めはちゃんとしなければいけないなという意識に切り替わってきた。外堀埋められてないよね、これ。
丹尾さんは最後に戸締まりのことを言い残すと静かに立ち去っていった。教室には誰もいないので本来はそれだけを伝えにきたのだろう。
去り際、丹尾さんの背中を見送ると人差し指に絆創膏が巻かれていた。先ほどはスマホの裏に隠れて気づかなかったらしい。
利き手側の怪我だと絵を描くのに支障ありそうだし、早く治るといいなと思いながら戸締まりを終わらせた。
幽霊なんて存在しない ツキぽんず @tsuki_ponzu
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