ミスリル鉱山、何潜む5

「毒でもない……」


 グルゼイは切り落とした首を指でなぞって手についた血をこすり、そして舐めとった。

 グルゼイは毒に通じている。


 毒でミノタウロスが死んだのなら血液に毒が残っていてもおかしくないのだが血液にも毒はない。


「師匠、何をしているんですか?」


「腹の中を見ている」


 外傷もなく毒でもない。

 ならばなぜミノタウロスは死んだのか。


 未知の敵などという不確定な要素で終わらせるのはリスクが大きすぎる。

 グルゼイは体の中を見れば分かるかもしれないと剣で腹を切りさばいていたのである。


「……何もないな」


「そりゃあ腹の中身だけ攻撃して倒すなんてこともできないだろうし……」


「そうではない」


「どういうことですか、師匠?」


「胃が空っぽだということだ。それだけじゃない。他の臓器にも何も入っていない」


 一通りミノタウロスの内臓を掻き回したグルゼイは剣の血を払う。


「何も入っていないと……何なのですか?」


「いつもは察しがいいが今日は違うようだな」


「……俺にも分からないことはたくさんあります」


「ふっ、そうすねるな」


 少しムッとしたようなジケを見てグルゼイが笑う。

 こうして子供っぽさが出ると少しは可愛げもあるというものだ。


「こいつが死んだ理由は餓死だ」


「……餓死、ですか?」


「腹の中には何も入っていない。しばらく何も食べていなかったのだろうな。そうしてこいつはここで野垂れ死んだ」


 腹を開いて分かったのはミノタウロスの内臓の中には何もないということである。

 胃だけでなくその下の臓器の中に至るまで食べ物の残りなどなく空になっていた。


 腹の中が空なこととミノタウロスが死んでいたことを合わせて考えるとミノタウロスは坑道の中で食料を確保することができずに死んでしまったと考えられた。


「でも……」


 仮に餓死したとする。

 となると先ほど倒したミノタウロスとの違いがまた疑問になる。


 先ほど倒したミノタウロスは元気だった。

 暗闇という状況下であったためにジケにあっさり倒されてしまったもののわずかな音を聞いて素早くガードし、足を切られれば大きく叫び声を上げた。


 餓死寸前のような雰囲気は全くなかった。

 ミノタウロスは生命力も強いので多少お腹が減ったぐらいでは死にはしない。


 死ぬほどの時間が経っているということになる。

 餓死したミノタウロスは餓死するようなお腹の具合で鉱山の奥深くまで入ったのだろうか。


 それとも先ほど倒したミノタウロスよりもだいぶ前に鉱山に入って、たまたまその後別のミノタウロスが鉱山にやってきたというのか。

 そうなれば崩落の原因となったミノタウロスまで合わせると三体のミノタウロスがいて、一つの鉱山の中に集まったなんて偶然では片付けられない。


「なーんかあるよな……」


 誰にも何が原因は分からない。

 ただ鉱山の中で何かが起きている。


 訳の分からない状況にライナスはため息をつく。


「より気を引き締めて進むぞ」


 坑道内は暗闇でジケとグルゼイには魔力感知がある。

 たとえミノタウロスが大量にいても遅れをとることはないが崩落の危険がある坑道で暴れられたらどうなるか分かったものではない。


「ええと……こちらです」


 ビリードが内部図を確認して迷子にならないように慎重に先に進んでいく。


「あっと……」


「どうしたんですか?」


「ミスリルの鉱脈が近いようです」


 ビリードが持っている魔道具のランプの光が急に弱くなった。

 後ろの方でコワクナが持っているランプも同じだった。


 ランプの光が弱くなったのは魔道具の不具合ではない。

 ミスリルの鉱脈が近くて魔道具がうまく作動しなくなったのである。


「ここからは松明に切り替えます」


 もちろん無策に来ているわけじゃない。

 魔法や魔道具のランプが使えなくなったらただの火を使えばいい。


 ビリードは荷物の中から松明を取り出して火をつける。

 真っ暗な坑道の中では松明もそれなりの明るさがある。


 ランプのようにオンオフが簡単ではなかったり戦いながらでは扱いにくいけれども照らすだけなら十分だ。

 ランプの安定した明かりと違って松明の炎は動くたびに不規則に揺れて光の具合も不規則に揺れ動く。


 ほんのちょっと冒険感が増したなとジケは思いながら頭の片隅でミノタウロスがどこから来たのか考えていた。


「……あれ?」


「ジケ、どうかした?」


 ミノタウロスがいるかもしれない。

 魔力感知を広げていたジケは突如感じた違和感に足を止めた。


「師匠……俺の魔力感知おかしくなってしまったのでしょうか?」


「いや、お前の感覚は正しい」


「なになに? どうしたの?」


「この先が感知できないんだ」


「感知できない?」


 まるで暗闇のようだとジケは感じた。

 先の方まで魔力感知を広げていたのだが急に感知ができなくなって真っ暗になった。


 ただ魔力感知そのものができなくなったわけじゃない。

 かなり先の方でぽっかりと感知できない暗いところが広がっていて、その間はちゃんと感知できている。


 つまり先に感知できない何かがある。

 自分が悪いのかとグルゼイを見たけれどジケが特別悪いわけではなさそうだ。

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