温泉に入って2
「これが温泉の効能ってやつか。肩の調子はどうですか?」
ジケはニージャッドに目を向ける。
一応ニージャッドが来ている目的は肩の療養であるので調子が良くなればいいなと思う。
「ええ、温泉の効果かだいぶ良くなっている気がします」
ニージャッドはにっこりと笑う。
元より痛みの大部分はエニによる治療で治っていた。
多少の違和感が残るぐらいだったのだけど温泉に浸かっていると少しの違和感すら解けてなくなるようだった。
「良くなっているならよかったです」
良くなっているならば連れてきた甲斐もある。
たまにはこうして羽を伸ばすことも必要であるしミュコも楽しいと色々お得な旅行である。
「ななっ!」
「なんだよ?」
「あの小部屋なんだろ?」
ライナスが広い浴場の隅にある部屋を指差した。
「……なんだろな?」
脱衣所はまた別にある。
ならば小部屋は何をするための部屋なのかとジケは首を傾げた。
「ああ、あれは蒸し風呂らしいですよ」
「蒸し風呂?」
あまり聞いたことがないものだなとジケは思った。
「先ほど入った時に別の方から聞きました。あの中にお湯はなく温泉の蒸気が満ちているんです。高温の蒸気に身をさらして汗をかいた後水で汗を流すようで、血行などが良くなるそうですね」
「へぇ……」
面白い形態のお風呂だと思う。
蒸気を利用するならジケのところでもやれそうな感じがある。
「ジケ、外にも風呂があるみたいだ。そっちに行ってみようぜ!」
「おっ、行ってみよっか」
ライナスの誘いに乗ってジケも外にあるお風呂に向かう。
「また違った感じがあっていいな」
他のお風呂が室内にある中で一つだけ外にある露天風呂というお風呂があった。
空を見ながら入るのは室内とはまた雰囲気がある。
さらに露天風呂は木ではなく岩で囲まれた作りになっていてそれもまた面白い。
今は夜だけど昼でも趣がありそうだ。
「でさ〜」
「はははっ!」
「……ジケ! この声は……」
のんびりとお湯に浸かっていると女の子の声が聞こえてきた。
露天風呂は外である。
密閉されていたら外ではなく露天風呂ではなくなる。
露天風呂は男の方にのみあるのではなく女性の方にもある。
仕切りの高い塀こそあるものの隣の露天風呂に人が来れば声が聞こえてしまうのである。
ジケとライナスが露天風呂に来たタイミングで隣の女性の露天風呂にエニたち女性陣も来たようであった。
ワイワイと会話をしていて声が漏れ聞こえてしまっている。
「なあジケ」
「なんだよ?」
女子の会話に聞き耳を立てていたライナスがおもむろにジケに近づいてきた。
「ぶっちゃけさぁ……どの子が好きなんだ?」
「どの子って……」
「エニだけじゃない。タミとケリ、リアーネ、リンデランにミュコ、それにウルシュナ、あとはアユインもお前と関わりがある……みんな可愛い子だろ」
「確かにな……」
過去ではこんなに女性と接することもなかった。
ライナスが名前を上げたどの子もすごく容姿も性格もいい。
みんな関わりが深く、それぞれにちゃんと思い出がある。
「うーん……どの子も好きだぞ?」
「そーいうことじゃなくてさ……」
「分かってるよ。でもさ、選べないだろ?」
みんな良いところがいっぱいある。
ズルい答えだと思うけれどみんなのことが好きである。
ライナスが望んでいる答えじゃないことはジケももちろん理解している。
「恋愛的なことだと……分かんない」
過去においてジケはほとんど恋愛をしてこなかった。
エニと疎遠になってから女性と関わりはあまりなく、たとえ恋をしたとしてもジケは何も持たない貧民であった。
恋などできるはずがない。
今は今で色々な人と関わりがある。
恋をしたいとは思うけれど何をしてどうしたら良いのかわからない自分がいるし、何かを決めることでみんなとの関係性が変わってしまうことが怖い自分もいる。
「誰、か……なんならみんなってのはダメかな?」
「あんだって?」
「前にも言ったろ? 俺は俺を好きでいてくれる人が好きだって。相手が俺を好いてくれて、俺も好きになれる人なら俺は全力で応えたい。仮にみんな好きでいてくれるなら俺はみんなに答える。……最近の感じならそれぐらいの経済力はありそうだしな」
「ふへー」
「んだよその顔?」
「普段ワガママなんか言わないくせにこんなとこでみんなって答えるから」
ライナスは変な顔をしていた。
ジケが誰か一人に心を決めるなんて思ってないけどまさかみんな養ってやるぐらいに答えるとは思ってもなかった。
「俺もお前のこと好きだぞ」
「そっか。じゃあ俺も好きだぞ。俺がお前のこと養ってやるよ」
「……好きでいてくれるだけでいーよ!」
「うわっ!」
ジケは本気の目をしていた。
ライナスはなんだか恥ずかしくなってジケにお湯をかける。
ジケとしては本気も本気だ。
過去でライナスはジケのことを助けようとしてくれていた。
今でも大切な友達であるし困ったことがあればなんだって助ける。
好きでいてくれるなら、好きでいてくれなくてもライナスには過去の恩を返したい。
「ただよ。負けねーかんな」
「俺も負けないよ」
少しのぼせそうなので縁に座ってライナスと並んで空を見上げて眺める。
「ちなみに見た目的なところだとどの子が好みだ?」
「お前は赤い髪かな?」
「うぇ!? そ、それは!」
少しズルいと自分でも思う。
過去でライナスとエニは結ばれた。
しかし今はまだ結ばれていないしそんな雰囲気もない。
最初は二人のことを応援するつもりだった。
でも今はライナスにも負けたくないと思ってしまう。
きっとワガママな考えだろう。
けれどもちょっとぐらいワガママになって、自分らしくみんなと付き合っていこうと思う。
「ライナスはねぇ〜」
「……お前の話してるぞ」
ジケとライナスはしっとり話しているので隣の声がどうしても聞こえてしまう。
ライナスの名前が聞こえてジケとライナスは話を止めた。
「やめろってのに夜中水飲んでオネショして……」
「エニーーーー!」
「わっ!?」
「あははっ!」
てっきりと思って聞いていたのにエニがしていたのはライナスの暴露話だった。
顔を真っ赤にしたライナスが叫んでようやく向こうはジケとライナスが隣にいたことを知った。
「オネショしてもお前のこと好きだぞ」
「オネショは昔の話だ!」
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