温泉に入って1

「ジケ君!」


「あれ!? リンデラン!?」


「来ちゃいました!」


「来ちゃいました?」


 食事を終えて宿の部屋に戻ってみるとニッコニコのリンデランがいた。


「ジケ君が来るというので!」


 大人しくていかにもお嬢様感のあるリンデランであるが実は行動力もある。

 ジケと会うまではウルシュナに手を引かれることも多かったがジケと会ってから聡明さが良い方向に花開いた。


 しっかりと状況を見極めて必要な時は押せる子になったのだ。

 今回ヘギウス商会に関わる用事であるのでリンデランに情報は筒抜け。


 ジケが行くならばとリンデランもやってきたのである。

 名目上はヘギウス家の跡取りとしてヘギウス商会の大事な仕事を見学するという目的だがそんなものただの建前だ。


「タミとケリも元気ですか?」


「おじさんお久しぶりです!」


「おじさんも元気?」


「ええ元気ですよ」


 リンデランの護衛としてヘレンゼールもついてきている。

 ヘレンゼールはいまだにタミとケリを可愛がってくれていてたまにふらっと家に現れては二人にプレゼントを渡していく。


 タミとケリがいることを知っていてリンデランの護衛を引き受けたのではないかという可能性すらある。


「えへへ、会えて嬉しいですか?」


「……そうだな。会えて嬉しいよ」


「私もです……」


 リンデランは軽く頬を赤らめる。


「むっ……遅い時間になっちゃうよ」


「お、おい、脇腹つつくなよ」


 唇を尖らせたエニがジケの脇腹を指でつつく。


「ふふ、エニちゃんもお久しぶりです」


「そういえば……そうだね」


 エニもラグカに行っていた。

 ジケは少し前にヘギウス家に行ったからリンデランと会っているがエニはしばらくリンデランと会ってなかった。


「リンデラン〜! 私もいるよ〜!」


「ミュコちゃーん!」


 ミュコはパッと手を広げてエニに抱きつく。

 ここら辺の人懐っこさはミュコの大きな武器である。


「これから風呂に行くつもりなんだ。リンデランは……」


「私も行きます!」


「そっか、じゃあ行こう。まあ……男女は別だけど」


 ローウォンが高級温泉宿となっているのには理由がある。

 その理由とはなんといっても温泉が良いからということだ。


 町の中を見て回って分かるように町には至る所で温泉が湧いている。

 さらに面白いことに温泉というのも一つ同じものじゃない。


 湧き出している場所によってちょっとずつ温泉の成分が異なるらしく温泉が持つ効能も違うのである。

 他の宿では大体一つ温泉を引いているのだがローウォンでは三つの温泉を引いている。


 それぞれ効能の違う三つの温泉に入ることができるために宿の中でも良い宿になっているのだ。

 もちろん今回やってきた目的に温泉もある。


 天然で温泉が湧き出ているこの町とは少し状況が違うけれどジケもお風呂事業をやろうとしている。

 何かしら参考になることもあるかもしれない。


「おぉ〜」


「こんなの初めてですね」


 宿の美味しいご飯を食べたジケたちは目的の温泉にやってきた。

 広い浴場にはいくつもの入浴スペースがある。


「独特の匂いがするな……」


「温泉の匂いってやつだな」


 ライナスが鼻をヒクヒクとさせている。

 あまり嗅いだことのない匂いが充満していてちょっとクラクラとする気分だった。


 その匂いの正体は温泉に含まれる成分によるもので近くに温泉がないとあまり嗅ぐものでもなかった。


“まずは体を流してから入るんだぜ”


 温泉に行くといった時のイカサの言葉を思い出す。

 ラグカで風呂に入ることも多かったイカサは別に温泉にも惹かれないらしく、むしろ留守の商会を任せてくれと張り切っていたのできていない。


 ただ温泉の作法があると軽くジケに教えてくれていた。

 イカサの助言に従って体をしっかり流して清めてから温泉に入ることにする。


 温泉も種類があって怪我に効くようなもの、疲労回復効果があるもの、魔力回復効果があるものなんてそれぞれに特徴がある。

 ちなみにお宿の人に聞いてみたら魔獣も一定の条件を満たしていれば人と入れる。


 毛が抜けてお湯が汚れないとか一緒に入っても大丈夫な魔物は温泉に一緒に浸かれるのだ。

 毛が生えていたりする魔獣は魔獣専用の貸切風呂があるらしくそちらで入ることもできるらしい。


「どうだフィオス?」


 頭にタオルを乗せるのも流儀だと聞いたのでフィオスの上にも折りたたんだタオルを乗せてやる。

 白乳色のお湯に浮かぶフィオスからは心地よい感情が感じられた。


「こうしてお湯に浸かるのも悪くないな」


 ジケにならってタオルを頭に乗せたライナスはホッと息を吐き出した。

 実は兵舎にもお風呂がある。


 しかしたくさんいる兵士たちが訓練終わりにどっと入る上にライナスのような新米は終わりの方に入るしかない。

 残されたものはあんまり綺麗とはいえないぬるま湯で、使ってなんかいられず体の汗を流すぐらいであった。


 だからちゃんとしたお風呂に入るのは初めてであるといってよかった。


「普通のお湯よりポカポカする気がするな」


 ジケはお湯を両手で掬う。

 白く濁った温泉はただの水を温めたお風呂よりも体を温めてくれている気がする。

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