温泉街2
「これ作ってんのお前んとこなのにな」
ライナスは笑う。
アラクネノネドコはフィオス商会で作ったものである。
しかし宿の人はジケがフィオス商会の商会長であるということを知らずにアラクネノネドコが良いものだと自慢げに口にするのだ。
そりゃもちろんジケは良いものだとわかっている。
むしろジケの方がいいものであることを理解している。
そんなすれ違いがちょっと面白かった。
「まあ今日はヘギウス商会のお客様だからな」
ジケも軽く笑う。
フィオス商会の名前を出さない以上ジケのことをフィオス商会だとは思わないだろう。
ジケと知り合いでもない限り初見でフィオス商会の商会長だと気づける人は多分いないといってもいい。
フィオス商会も一部では名前が知られていて商会長が子供だという情報は出回っている。
ただジケは子供だということの他に特徴的な見た目をしているわけじゃないので子供だから商会長と繋がるのは難しい。
もしかしたらフィオスを見て気づく人もほんのわずかにいるかもしれないぐらいである。
「なーんかずるいよなぁ。こっちは師匠に絞られてる間にこんないいとこ提供してくれるところとお友達になってさ」
「……そうだな。俺ももっと努力しないとお前に離されちゃうな」
「そういう意味で言ったんじゃないけどさ。その意味なら別に離れるとも思ってないし。まあ……俺の方が少し上…………いや、だいぶ上ぐらいか?」
「イカサにもギリギリだったくせに」
「ギリギリじゃねえーし! 余裕だったし! なんなら手を抜いてやったぐらいだし!」
「必死だな」
「るせーよ!」
ベッドに座って軽く冗談を言い合う。
過去ではこんな機会も失ってしまっていたので大事にしたい時間だと思う。
「せっかくこんなところに来たんだしちょっとばかし外に出ようか」
良い宿なので食事も出してくれる。
だからどこかに食べに行くつもりはないが部屋にこもるよりどんなものがあるのか軽く見て回る方が有意義だ。
「よし、まあちょっと腹減ってるしなんか食べよーぜ」
「面白そうなもんあったらな」
ーーーーー
ニージャッドは先に温泉に入ると言って、タミとケリがついてくるならとついてきたグルゼイも部屋で休むと答えた。
だから子供たちとジケの護衛であるリアーネ、ニノサンで外出する。
「色んなところから煙が上がってるね」
ミュコが軽く上を見る。
何かが燃えていたりする煙ではなく町の至る所で温泉が湧いているので湯気が上がっているのだ。
温泉宿で泊まって温泉に入ることもあれば泊まらずとも入ることができる入浴施設もある。
「あれ美味しそう!」
「美味しそう」
温泉が多く湧き出る町だからの特徴もある。
温泉の熱気を使った料理というものがムロワカには普及している。
いわゆる蒸し料理というやつである。
タミとケリが見ているのは甘いお菓子だった。
小麦の皮で豆のあんを包んで湯気で蒸し上げた料理で艶やか見た目が目を引く。
宿の料理も絶品だと聞いているのであまりお腹を満たしてはいけない。
でもあれぐらいなら軽く食べられそう。
「ねー?」
「ねー?」
「ねぇー?」
「んじゃ買ってみようか」
「やった!」
タミとケリ、それにミュコまでジケにキラキラお願いオーラを出す。
ジケも美味しそうだと思うので買ってみることにした。
「すいません、これください」
「はーい。今蒸したてが……ありゃこれは……」
「どうかしたんですか?」
木で作られた四角い蒸し器を開けてお店の人が顔をしかめた。
「あ、いや……最近温泉が活発でね。蒸気の調整を失敗してしまったみたいだ。こっちは大丈夫そうだな」
蒸し上げるのに何か失敗してしまったようだ。
最初に開けた蒸し器ではなく別の蒸し器は上手くできていたようでそちらのものを購入した。
「美味しー!」
「ハムハム……」
「うん! 甘すぎず良い感じ!」
マンバンというお菓子らしく、一口食べてタミとケリは目を輝かせている。
中に詰まった豆のあんがほんのりと甘く、もっちりとした食感の皮もマッチしている。
「次はアレ!」
「アレも美味しそう!」
「あっちにあるのも良いな〜」
「私はアレが気になるな」
結局女子に振り回されるような形で色々と食べてしまった。
蒸しを中心として作られたものはジケにとっても目新しいものが多く楽しかった。
そこそこお腹もいっぱいになって宿に帰ったけれど宿のご飯もとても美味しくて大満足であった。
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