温泉街1

 出資しないかと言われた。

 それはウェルデンからの提案だった。


 ヘギウス商会としてはさっさと動きたいところであるが周りの目から隠れるようにして行動するために派手に動くわけにはいかない。

 当然お金の動きというのもあまりに目立つように動かすと周りにバレてしまう。


 そこでジケから出資してもらうことで多少お金の流れを誤魔化そうというのである。

 ついでに出資してもらったということで優先的にミスリルを売る理由にもなる。


 別にフィオス商会もそんなにお金が有り余っているわけではない。

 だからちょっとだけ出資した。


 そうしたら今度は出資者として現場の見学でもしないかというお誘いがきた。

 といっても実際は鉱山はまだ危険なので中に入れるはずもなく、鉱山の場所の確認ぐらいのものである。


 調べてみても鉱山の正確な場所というものは分からない。

 なぜならヘギウス商会でも正確な場所を公表していないからだった。


 なんという領地にあるのか流石に隠しきれないのでバレているが領地のどこに鉱山があるのかは慎重に隠されているのだ。

 つまり見学に来ないかということは鉱山の場所を教えてもらえるということである。


 ヘギウス商会なりの信頼ととらえてもいい。

 あんまり行く気はなかったのだけど鉱山がある領地に温泉があるという話を聞いてちょっと行ってみようとなった。


「おんせん〜」


「お〜んせん」


「おんせ〜ん」


「ご機嫌だな」


 タミとケリとミュコは楽しそうに歌っている。

 馬車での長旅といえば暇になりがちなのだけど三人はニコニコとして常に楽しそうで雰囲気を明るくしてくれる。


 今回温泉観光地に向かうということでタミとケリも連れていくことにした。

 久しぶりのジケとのお出かけで双子ちゃんも大喜び。


 そしてミュコも来ている。


「悪いけどお父さんが肩やっちゃってよかった」


 ミュコも来ている理由はミュコの父親であるニージャッドが体を傷めたから。

 大きな道具の整備中に肩をいわせてしまった。


 肩の痛みはエニが治したのだけどなんとなく違和感があるようで団員たちに休んでいろと言われて大人しくしていた。

 そんなタイミングで温泉に行くことになって、温泉に怪我などの治療の効果があるということでニージャッドも連れていくことになり、ならばとミュコもついてきたのである。


「流石にこの人数だと狭いな……」


「ならあっち行きなさいよ。空いてるよ?」


 馬車の中にはエニもライナスもいる。

 ジケがどこかいくならついてきてくれるエニはもちろん、今回ミスリルを必要としているのはライナスなのでライナスもついてきている。


 子供だから六人も乗れるけど、子供とはいえ六人も乗るとぎゅうぎゅうである。


「うーん、どうせならみんなと一緒がいいな……」

 

 ニージャッドは別の馬車に乗っていてそっちの方は空きがある。

 ただライナスにとってニージャッドは知らないおじさんに他ならない。


 流石に同じ馬車に乗っていくのは気まずさが強い。

 それなら女子多めのワイワイ空間で小さくなっている方が楽しくていいと思った。


「まあみんなで賑やか、いいじゃないか」


 最近色々と忙しかった。

 のんびりと温泉行って観光でもして多少鉱山を見学するのも悪くない。


「滅多なことじゃトラブルもないだろうからな」


「…………」


「なんだよ?」


「ううん、ジケが言うとなんか信頼できないなって」


「なんでだよ……俺がトラブル引き寄せているわけじゃないぞ」


 ーーーーー


 ジケたちがやってきたのはハンナーディカ領のムロワカという町であった。

 ハンナーディカ領では古くから温泉が湧いていて温泉と中心として経済が回っている。


 ムロワカはそんな温泉街の中でも多くの温泉があって大きな町となっていた。


「おっきい……」


「すごーい……」


 ムロワカにある中でももっとも高級な宿がローウォンで、ヘギウス商会が用意してくれていた宿だった。

 かなり大きな宿でジケも思わず驚いてしまうぐらいである。


 接客も丁寧でお宿の中でも最上級の部屋にジケたちは案内された。


「えっ!?」


「こちら高級寝具でありますアラクネノネドコを使用しております」


 部屋に案内されてなんとびっくり、ベッドにはジケのよく知るマットレスが敷いてあった。

 ローウォンではフィオス商会特製のアラクネノネドコを使っていたのだ。


 実はローウォンの経営にはヘギウス商会が関わっていた。

 前にヘギウス商会からアラクネノネドコの多めの発注があったのだがローウォンの一部の部屋にアラクネノネドコが設置されていたのである。


 高級寝具と銘打たれると少し気恥ずかしいような気もするがこうしたところで使ってもらえるのは嬉しいものだった。


「寝ることに関しては心配しなくてよさそうだな」


 ライナスはアラクネノネドコがあることに嬉しそうな顔をしている。

 ライナスも今やアラクネノネドコユーザーで兵舎の方にもジケからアラクネノネドコを買って持ち込んでいた。


 師匠であるビクシムに見つかってもう一個欲しいと頼み込んできたこともあった。

 アラクネノネドコがあればたとえ床でも快適に寝ることができるとライナスの中でも信頼がある。

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