お食事会1

「いらっしゃい」


「招待ありがとう」


 ジケは護衛であるリアーネを引き連れてヘギウス家を訪れていた。

 出迎えてくれたリンデランがニコニコとして手を広げるので応じて軽くハグをする。


 フェッツからミスリルならヘギウス商会に聞くといいと教えてもらったのでウェルデンに会えないかと連絡を入れた。

 すでに現役を引退して息子に紹介を任せているフェッツは比較的余裕があるけれど、ウェルデンはまだ商会長として忙しく動き回っている。


 いきなり行ってもいませんということもありうる。

 だから会う約束を取り付けてからと思っていたのだけど、ウェルデンから帰ってきたのは食事会への招待だった。


 なんでもヘギウス家ではウェルデンも集まってみんなで食事をするらしくその場にジケも呼ばれたのだ。

 家族水入らずの場にいて大丈夫なのかと思ったが、なぜかリンデランの方からも待ってますというお手紙が届いたので行くことにした。


「えへへ……お久しぶりです」


「久しぶりだな」


 ウルシュナを助けて戻ってきてからもタイミングが合わなくてリンデランと顔を合わせていなかった。

 改めて見るとリンデランは綺麗な顔をしているなと思った。


「ウーちゃんのこと……ありがとうございます」


「当然だ。友達だからな」


「私にとっては大切な親友だから……またウーちゃんが帰ってきてくれて嬉しいです」


 リンデランはヤキモキとしていた。

 ウルシュナがラグカに連れ去られてしまう危機だったのに何もできずに待っていることしかできなかった。


 国際問題に発展したらラグカから帰って来られなくなる可能性まであったのだからリンデランが関わるわけにはいかなかったので仕方ない。

 ウルシュナが帰ってきてくれてリンデランは嬉しかった。


 最近はジケやエニなど友達も増えたけれどもっと幼い頃から一緒にいるウルシュナはリンデランにとって唯一無二の親友なのである。


「でも……」


 案内するために横を歩くリンデランの頬が少しプクッと膨れたのをジケは見た。


「婚約者……のフリしたんですよね?」


「ん? ……まあ、しょうがなくな」


「ふぅーん……」


 ちょっと怒ってるような、すねているような、そんな気配をジケは感じる。

 リンデランとしても複雑な気持ちだった。


 ウルシュナを助けるためには必要なことだったと理解はしているのだけど、そのためであっても、仮のであってもジケがウルシュナの婚約者になったということにチクリとした胸の痛みを感じてしまう。

 こんな醜い感情持ってはいけないと思っているのに胸の痛みは抑えられない。


 ジケとしても婚約者を名乗ったことを怒っているのだなということは分かっている。

 というかエニもしばらくすねたように怒っていて落ち着くまで困ったものであった。


 ただジケから何かアピールしようとすると変にこじれる可能性もある。

 下手に言い訳など並べ立てようとはしないでリンデランの中で消化してもらうのを待つしかない。


「本当に……結婚はしないですよね?」


「しないよ。仮だからな」


 サーシャなんかはそのまま結婚しちゃえばいいじゃないとカラカラと笑っていた。

 一緒に国についてきたイカサも仮の婚約者だったことに驚いていた。


 何もなければなし崩し的に、なんてこともあり得たかもしれないがルシウスが父親としての意地を見せた。


「なら……いいです」


 そう言ってリンデランは一歩ジケと距離を詰めた。


「おお、来たか」


 ジケが食事をする部屋に到着するとすでにみんなは席に着いていた。

 ヘギウスの当主であるパージヴェルを始めとして妻であるリンディア、そして今回招待してくれたウェルデン夫妻と息子夫婦、孫まで揃っていた。


「ご招待ありがとうございます」


「来てくれて嬉しいよ。こちらが私の妻のリッフンだ」


 ウェルデンの方の家族と会うのは初めてである。

 リッフンは上品な貴族女性で、息子夫婦と孫もしっかりとした人だった。


 ウェルデン、そして息子は結婚が早くて孫である人もジケよりも年上の成人でもう商人としての教えを受けている。

 むしろパージヴェルの方が子をなすのが遅かった。


 戦争に行っていたのだから仕方ない側面もあるのだけど貴族としては遅い方である。

 リンデランの両親も恋愛結婚でゆっくりと愛を育んだので比較的遅めの子であったのだ。

 

 一通り挨拶をしてジケは席に着いた。


「わ、私もいいのか?」


「もちろんだ。ジケの護衛なら家族も同然だろう」


 護衛としてきたのにジケの隣にはリアーネが座っている。

 いいのかと思うけどいいのだ。


 ヘギウス家との関係はそんなに浅いものではない。

 今日護衛役だったのは運が良かったということである。


 ジケの逆隣にはリンデランが座っていた。


「まずは食事を持ってこさせよう」


 パージヴェルが声をかけると使用人が料理を運んでくる。

 並べられる料理はどれも美味しそうで良い匂いが部屋の中に漂っている。


「今日もまた無事にみんなでこうして集まることができた。生きていることに感謝を。こうして会えることに幸せを感じよう。温かい食事の前に不要な挨拶はいらないな。乾杯。好きに食べるといい」


「それじゃあありがたく」


 パージヴェルが軽い音頭を取って乾杯して食事が始まる。

 一応最低限のマナーは守ってヘギウスのみんなが手をつけてからジケも食べ始める。

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