商人の師匠

「ミスリルですか……」


 ジケにツテがないのなら他の人に聞いてみるしかない。

 こうしたものを探すなら商人だろうとフェッツのことを訪ねた。


 ミスリルを探しているというとフェッツはやや渋い表情を浮かべる。


「基本的に私の商会での取引はないですね。時にミスリルが含まれた商品を扱うこともありますがそれも単発でのものです」


 ひょっとしたらフェッツのところでなんて淡い期待もあったけれどフェッツもミスリルを扱ってはいなかった。


「ミスリルの産地といえばケンデールカンのセンベル鉱山、リヨナのダンムランドノ鉱山、オードノンデのルーチ鉱山が三大ミスリル鉱山として有名です。しかしどこもここからは遠い。一番近くてケンデールカンですね」


 扱いがなくてもミスリルの産地が頭の中に入っているのは流石である。


「そもそもミスリルは流通が少なかったのだが今は特に管理されている」


「管理ですか?」


「そうだ。ケンデールカンを中心としてミスリル鉱山を抱える国が集まって協議の上でミスリルの流通量や流通先を決めている。すでに流通しているものを除いて新規のミスリルは決められた商人にしか扱うことも許されていないのだ」


 ミスリルを勝手に売り捌かされて価格が下がっても困る。

 そのためにミスリルを産出している国で協議して産出や流通を制限していた。


 新しく採掘されたミスリルの流通先もほとんど決まっていて新しくミスリルを取引したいといっても参入することはできない。


「ただ落ち込むことはないぞ。一つ聞いてみるべき先がある」


 フェッツはニヤリと笑った。


「聞いてみる先……どこですか?」


「君もよく知っているヘギウス商会だよ」


「へ、ヘギウスですか?」


 ここでヘギウスの名前が出てくるなんてとジケは驚いた。


「ヘギウス商会は古くから続く商家であったが今や大貴族だ。パージヴェル殿の功績で大貴族となったけれどその前に商人から貴族になるきっかけがあるのだよ」


 パージヴェルは戦争で活躍して四大貴族となったのだが戦争で活躍したから貴族になったのではない。

 その前からヘギウス家は貴族である。


「それがミスリルの取引なのだ」


「えっ?」


「この国には以前ミスリル鉱山があった。そこから産出されるミスリルを取り扱っていたのがヘギウス商会だったのだよ」


 ミスリルの取引で財を成したヘギウス商会は金を惜しみなく使って貴族にまで成り上がった。

 さらにヘギウスから生まれた英傑であるパージヴェルがさらにヘギウス家を押し上げて今があるのだ。


「当時の名残で今でもヘギウス商会はミスリル連合の一員です」


 ケンデールカンを中心としたミスリルを管理している団体をミスリル連合という。

 同時にもミスリル連合は存在していてヘギウス商会はその一員だった。


 周辺国にミスリル鉱山がなく他にミスリル連合に所属しているような商会もなかったのでヘギウス商会は周辺のミスリル取引を独占した。

 だから大きな利益を生むことができたのである。


「今はもうこの国のミスリル鉱山は廃坑になっている。だがいまだにヘギウス商会はミスリル連合の一員だから……ミスリルの取引もあるかもしれない。君ならばヘギウス商会とも関係があるから聞いてみるといい」


 残念ながら今はもうミスリルの産出は行われていない。

 けれどもヘギウス商会はミスリル連合の末席に名前を連ねている。


「もしかしたら取引もあるかもしれないし、情報ぐらい持っているだろう」


「ありがとうございます、フェッツさん」


 聞いてみてよかった。

 直接ミスリルの話ではなくともミスリルに繋がりそうな情報を得ることができた。


「それよりも……」


「それよりも?」


「また何か新しいことをしようとしているようですね?」


 フェッツの目がギラリと光る。


「えと……」


「聞いたところによりますと色々試しているそうですね?」


 どこから聞くのだ、そんなこと。

 完全に商人の目をしたフェッツに正面から見据えられると結構緊張する。


 フェッツとしてはジケが動く時には何かがあると注目している。

 貧民街では有名になっているジケが何かを完全に秘密にして動くのは難しい。


 少し前にしばらく家を空けていたようだがその前に色々実験のようなものをしていて、戻ってきてからも試しているようだという情報をキャッチしていた。


「んーと……」


 どうせなら相談してみようか。

 そんなことを考えてジケは今やっていることをフェッツに話してみた。


「お風呂……しかも貧民向けにですか。面白そうなことを考えますね」


「あまり利益とかは考えてないんですけどね」


「半分慈善事業のようなものですか。平民に広げるつもりは?」


「場所や人が確保できれば考えますけど」


「ふむ……これは面白い……」


 真剣な目をしてフェッツはジケから聞いた話の内容を考え始める。

 ある意味ジケがやることだからフェッツも真面目に受け取って真面目に考える。


「少し考える時間をください。相変わらず素晴らしいアイディアです」


 フェッツはニコリと笑う。

 いまだに後援になってよかったと思わせてくれるジケのことますます応援したくなる気持ちであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る