仕方ないよね

「ジー……」


「うわっ!? ……いで!」


 目の前にエニの顔があって驚いたウルシュナはベッドから転げ落ちた。

 船の中の部屋は限られる。


 そして女性の数も限られている。

 なのでウルシュナとエニとリアーネは同じ部屋で休んでいた。


 ウルシュナの様子は明らかにおかしかった。

 時々急にボーッとしては顔を赤らめたりしているのだ。


 目の前にエニが迫っていても気づかないぐらいにぼんやりとしてしまっている。


「いてて……」


 頭を打ちつけたウルシュナは涙目で起き上がる。


「まーたぼんやりしてる」


「えっ、あ、それは……」


 エニが急に現れたなんて思ったほどなのだ、自覚があってウルシュナは顔を赤らめた。


「なぁーに考えてたのかなぁ?」


「うっ! えっと……」


 ウルシュナは顔を真っ赤にした。


「ジケのことでしょ?」


「えうっ!?」


 ズバリ言い当てられてウルシュナは動揺してしまう。

 ウルシュナが時々ぼんやりとしていたのはジケのことを考えていたから。


 神炎祭が終わるまでは神女のこととか神炎祭の結果が気になって他のことを気にかける余裕はなかった。

 しかしこうして終わってみると別のことが頭を占め始めた。


 仮とはいえジケが婚約者となり、自分のために頑張ってくれた。

 そのことが妙に嬉しかったり恥ずかしかったりという色々な思いがふと頭の中をぐるぐると回ってぼんやりとしてしまう。


「惚れた?」


「ふええっ!?」


 ベッドに寝転がったエニがムッとした表情でウルシュナの頬を指先でつついた。


「ほ、惚れて、なんてこと……」


「ウソついたら怒るよ?」


「……………………なくないかも」


 消え入りそうな声でウルシュナは答えた。

 最初に出会った時にはジケにこんな想いを抱くだなんてことはありえないと思っていた。


 リンデランがジケのことを気にしていることは知っていたしエニもいるしミュコもいる。

 好きになっちゃいけないとまでは思わないけどそうした相手ではないはずだった。


 でもいつ頃からか意識していたのかもしれない。

 身分の違いがあっても分け隔てなく、初めて出会った時からウルシュナのことを守ろうとしてくれていた。


 サーシャも何かとジケのことを薦めようとしてくるし気づいたら惚れていたのかもしれないとウルシュナは気がつく。

 ウルシュナは怖くてエニのことが見られなくなった。


「ごめん……」


「なんで謝るの?」


 エニはウルシュナの頬をつっつき続けている。


「それはその……」


「……好きになっちゃうのは仕方ないよ」


「エ、エニ……」


 ウルシュナが視線を戻すとエニは柔らかく微笑みを浮かべていた。


「だって……ジケ、かっこいいもんね」


 エニはもう一本手を伸ばして挟み込むようにウルシュナの頬をつつく。

 見た目もかっこいいし何より心意気や行動がかっこいいと思っている。


 弱い人を守り、強い人に媚びることはしない。

 優しさもあるのに強くて、だけど傲慢ではない。


 触れ合えばきっと好きになってしまう人。

 だからジケと会うことも多いウルシュナがジケに惚れてしまっても仕方ないとエニは思う。


「でも大変だよ?」


「大変?」


「頭も良くて勘も鋭いのにさ……あいつ鈍いから」


 エニは口を尖らせる。

 ウルシュナがジケを好きになる前からエニはジケが好きだった。


 男女として好きだと直接伝えたことはないけれどアピールはしてきたつもりだった。

 それでもジケは気づかない。


 気づいて無視してるならぶん殴ってやるとエニは思う。


「お、怒らないの?」


 ウルシュナは不安げな目でエニを見る。

 ジケも友達だけどエニも友達。


 貴族としてのウルシュナでない自分で接することのできる数少ない相手だ。

 エニの思いだってウルシュナは分かっている。


 それなのにジケのことを好きになってしまったらエニは怒るだろうと思っていた。


「怒んないよ」


 ぶにっとウルシュナの頬を潰す。


「ぜーんぶジケが悪いんだもん」


 好きになるのが悪いのではなく好きにさせてしまうジケが悪いのだ。

 好きになってしまうことはどうしても仕方ないことである。


「好きになるのはしょうがないよ。でもさ……負けないよ」


 エニはまっすぐにウルシュナの目を見ている。

 優しいけれど決意にも満ちたような瞳にはマイナスの感情など浮かんでいない。


「エニ……」


 ウルシュナは思わずウルッとしてしまう。

 こんなに正面から思いを肯定してくれて、それでも友達でいてくれることもまた嬉しかった。


「みんながジケを好きになっちゃうのはもう止められない。でも私は誰にも負けないんだ」


「……じゃあ私もちょっとだけ……好きでいようかな」


 まだエニやリンデランから奪い取ろうと思うほどではない。

 でもジケが見てくれると嬉しい。


 だから思いに蓋はしない。

 恥ずかしいけどほんの少し自分の思いを受け入れてみる。


「いいんじゃない、それで」


「……へへ、ありがと」


「かぁ〜青春だな」


 同部屋なのでもちろんリアーネもそこにいた。

 エニとウルシュナの青春物語を見てなんだか甘酸っぱい気持ちを抱いている。


「そう言いながらリアーネもジケのこと好きでしょ?」


「むっ……それは……まあ、そうだな」


 今度はリアーネがエニの言葉に頬を赤くする。

 よくよく考えるとリアーネもそんなに変わらない。


 最初は人としてジケに惚れ込んでいたけれどリアーネのことをしっかりと女性としても大事にしてくれるジケはリアーネにとっても大事な人であった。


「やっぱり大変だね」


「でしょ? 大変」


「ほんと、大変だな」


 女の子三人で笑う。

 波に揺られる船室で行われた女子の会話であった。


 ーーー第十四章完結ーーー

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