両親の感謝
「ジケ、感謝しよう」
波の穏やかな夜。
船底に打ち付ける一定のリズムで波が打ち明ける音が響く中でもゆったりと時間は過ぎていく。
ルシウスとサーシャがジケに当てがわれた部屋を訪ねてきた。
フィオスと戯れていたジケはそろそろ就寝しようかと思っていたところであった。
「頭を上げてください……膝をつくことなんてありませんよ」
部屋を訪ねてきたルシウスはジケに向かい膝をついて頭を下げた。
王以外にルシウスが膝をつくのは初めてのことだった。
「私は国に忠誠を誓った身だ。だから君に忠誠は誓えない。だが君には感謝している。私、ルシウス個人としては君の願いがあれば私の全力を持って叶えると誓おう。国と娘は天秤にかけられない。あるいは同じぐらい大切とも言えるものだからな」
一人娘であるウルシュナのことをルシウスは非常に大切に思っている。
「たとえウルシュナのためなら命を捧げてもいい。今回も最後の手段としてはウルシュナを力尽くで連れて帰るつもりでいた。しかし他の国の中でそんなことを本当にできるかどうかはまた別の話だ。ジケ、君がいてくれなければどうなっていたか分からない」
今回の神炎祭でジケが負けたり、あるいはジケがいなかったら戦ってまでウルシュナを連れて帰るつもりだった。
けれどもラグカ国内で暴れて無事にウルシュナを連れ出せるかどうかは難しいところである。
実際ジケがいないとかなり厳しい状況だったのである。
「君はゼレンティガムの友である。この恩は決して忘れない」
子供相手に誤魔化すこともなく正直に感謝を伝えるのは流石ルシウスだなと思う。
「私は騎士じゃないから膝をつけることはしないけれどルシウスと同じくらい感謝をしているわ」
いつも目の奥にイタズラっぽい光を見せているサーシャも今は真剣な眼差しをしている。
「私はあなたが本当にウルシュナの婚約者ならいいのにと思うほどよ」
「それは……」
「分かっているわ。あなたはまだ若く、周りにあなたを慕ってくれる人も多い。ウルシュナは魅力的だけど他の魅力を持った子達もいるものね。でも英雄色を好むというから別にウルシュナだけに決める必要もないのよ?」
「サーシャ……」
ルシウスは思わず顔をしかめる。
一夫多妻は認められている制度である。
しかし自分の娘を唯一の相手としてではなく複数いるうちの一人としてもいいなんて発言はどうだろうと思う。
「あなただって私とウルシュナ同じくらいに愛してくれているでしょう?」
「それとこれとは……」
「愛が大きくてちゃんと養ってくれて……そして愛せるのなら私はいいと思うわ」
一人だけだからと涙を呑んで諦めるぐらいならみんな一緒に愛してもらえばいい。
そしてジケにはそれができる経済力と行動力、相手を思いやる力がある。
「今はまだ答えられないかもしれないけど考えておいて。いざとなったらルシウスのことは私が黙らせるから」
「…………ちゃんと私の意思も尊重してほしい」
「尊重すべきは当人の意思よ」
「くぅ……」
ざっくりと切り捨てられてルシウスはしゅんとする。
「まだ若いから色々と経験するといいわ。でもどこかで腰を落ち着けようと思ったら……ウルシュナのことも少し気にかけてほしいわ」
「……お約束はできませんが、覚えておきます」
「それでいいの。なんならあなたの周りにいる子全員抱いてしまえばいいのよ」
「サ、サーシャさん……」
またサーシャの目にイタズラっぽさがある。
だけどどことなく本気で言っているような感じも受ける。
「一人だろうとたくさんだろうとちゃんと愛せば文句なんて関係ないのよ」
「サーシャ、それはどうかと……」
「たくさんの女の子泣かせるぐらいならジケが死ぬほど努力すればいいの」
「あはは……」
とんでもないことを言ってくれる。
ジケは引きつったように笑うしかなかった。
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