閑話・誰も知らない戦い
「我が孫と我が孫の相手を狙う愚か者はいたか?」
「はっ、おりました。全員捕えてあります」
「必要なことを聞き出したら処理しなさい」
オーイシが首都に持つ別邸の一室で、一人の男がオーイシの前で膝をついている。
「警告はなし。手を出した者は全員殺せ。それが今後他のものへの警告になるだろう」
「承知いたしました」
「それにしても毒にも動じなかった……というのは本当か?」
「本当でございます。解毒薬を渡そうとしていたのですが全く毒が効いていない様子でしたので接触いたしませんでした」
「どうやったのかまでは知らないがウルシュナの相手はただ腕っぷしが良いだけではなさそうだな」
オーイシは嬉しそうに笑う。
ジケの戦いは決して孤独なものではなかった。
神炎祭の管理は神宮が行っているしかなり厳格なルールの下で運営されていたが、全ての要素を排除しきるのは不可能である。
たとえばダマハには王様の息がかかっていた。
他にも内部の様子を知るためにお金を渡して情報を横流ししてもらっている人がいたり、直接人を送り込んでいる人だっているのだ。
「毒を盛るなど卑劣な真似を……もっと私の名前を出しておくべきだったか?」
「あまり大将軍の関わりを匂わすのもいかがなものかと……」
「何にしてももう終わったことであるからな」
ラグカには王様や神宮にも劣らないような権力を持つ大将軍という役職がある。
大将軍は二人いて、一人はケンセイ・カリモト。
ウラベの祖父にあたる人である。
そしてもう一人がオーイシ・ウエノサカであった。
お金持ちだろうか、なんてジケやウルシュナは思っていたけれどお金持ちどころのものじゃなかった。
「しかし悲しいかな、もう娘も含めて帰ってしまう……」
オーイシは寂しそうな表情を浮かべる。
「ルシウスはともかくサーシャやウルシュナにはもっと帰ってきてほしいのだがな……」
またしても神女に選ばれまたしても神女を辞退することになった。
こうなると時折帰ってくるようになっていたサーシャの足もまた遠のいてしまう。
「相手の年齢にもよるかもしれないが次の王はウラベの小僧の可能性が高いだろうな」
「……そうですね。ジケ様がいらっしゃらなかったらウラベ様がご優勝でしたでしょう」
「ウラベはジケのことも気に入っていたようだな」
「……ええ、確かに」
ジケとウラベの戦いを思い出す。
ウラベは戦いを楽しんでいるようだった。
人生において切磋琢磨できるライバルとなる存在は必要でジケとウラベもそうした関係になれる可能性がある。
「ケンセイに連絡を取れ。ウラベと少し話がしたい」
「どうなさるおつもりですか?」
「サトルのやつもジケには感謝しているだろうが立場がある以上表立ってジケやウルシュナのことを受け入れることはできない。だがウラベが王になれば状況は変わる。大将軍も後ろにいれば文句があっても口にできる人などいなくなる。ウルシュナの結婚式ぐらいこちらで開くこともできるかもしれない」
オーイシは窓から外を見る。
サーシャの時は晴れ姿を見届けてやることができなかった。
ルシウスとの結婚や神女の立場を捨てて国を離れることは認めたが、国内での立場もあって対外的には沈黙を貫くしかなかった。
だが歳をとりくだらないプライドなど捨てるべきだったとオーイシも後悔している。
今度は色々働きかけてでももっと早くサーシャやウルシュナが帰って来られる状況を作り出す。
ウルシュナがジケと結婚する頃には誰にも文句を言わせないぐらいにはしてみせるとオーイシは思っていた。
「ともかく今回のことで関わった者は全て処理するのだ。この機会に調子に乗っている神宮の連中に大将軍というものを教えてやれ」
「承知いたしました。失礼いたします」
男は頭を下げると立ち上がり、部屋を出ていく。
「いや……引退してサーシャのところに世話になるのも悪くないかもしれないな。何にしてもだ、娘が、そして孫娘が幸せそうでよかった。ルシウス、ジケ、感謝するぞ」
オーイシはフッと笑った。
今頃神宮の連中は悔しさで地団駄を踏んでいるだろう。
そしてこれから後悔することになるだろう。
優勝したジケの願いを妨害しようとしている愚かな行いの代償を支払うことになるのだから。
「ウルシュナとジケの平穏は私が守ってみせる。これが私の……娘にしてやれなかった罪滅ぼしだ」
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