閑話・神女になった友人よ
「こんな立派なところに寝かされて」
サーシャは墓石に花を置いた。
「あなたはきっと変わらないのに周りが変わったのね」
墓石に声をかけるサーシャの表情は優しく、そしてどこか寂しげであった。
墓石にはレイナ・トモヤミと書いてある。
サーシャとルシウスが来ていたのはラグカの代々の神女が眠っている墓所だった。
「あなたはそんなこと思っていないと思うけど……私の代わりに神女になってくれたのだものね」
レイナは神女である。
サーシャが神女としての役目を捨てて国を離れた後次に神女に選ばれたのがレイラであった。
そしてサーシャとレイナは友人だった。
いや、親友である。
交流こそ広くあれど友達と呼べる人が少なかったサーシャにとって数少ない友人といっていい人がレイナなのだ。
今回ウルシュナが神女に選ばれたということには一つ前の神女が亡くなったという裏の意味もある。
「ようやくあなたにちゃんとお礼が言えるわ。そんなものいらないって……お土産でも持ってこいって言いそうだけど」
神女の墓所は簡単には入場を許されるところじゃない。
今回ウルシュナが神女に選ばれたということで特別にサーシャとルシウスが入ることを許されたのだ。
「病気だってね……元気だったあなたがそんなことで亡くなるなんて世の中分からないわね」
サーシャの友人ということはサーシャと年齢は変わらない。
なのに亡くなったのは病気が原因だった。
神官による神聖力の治療で治せるものもあれば中に話すことができない病気というものも存在している。
レイナはそうした病気のために若くして神女の座を退くことになったのである。
「……手紙書いてくれたわね。神女に選ばれて嬉しいって。私は嫌だったけどあなたは神女が名誉なことで、どんなことでもできるって憧れてたから」
ラグカの多くの人は神女になることに大なり小なり憧れを持っている。
サーシャのように反発する人は珍しい方なのである。
「よく知りもしない人と結婚するのだけはちょっと嫌って言っていたわね。……私は神女なんかよりも愛する人を選んだ。とても幸せだけど……あなたは幸せだったかしら?」
ルシウスと出会って恋に落ちた。
元々神女になんかなりたくないと思っていたから余計にルシウスとの恋で思いは強くなった。
今でもその判断を後悔することはない。
「幸せならいいわ。きっと幸せだったでしょうね。私に娘ができたことは手紙で伝えたわよね。だいぶ大きくなったの。もう少しほとぼりが冷めたらラグカに連れてきてあなたに会わせたかった」
膝を抱えるようにしゃがんでレイナの墓石に声をかけるサーシャをルシウスはただじっと見つめていた。
「それにね、ウルシュナにいい彼ができたの。まだちゃんとした彼ではないけど良い子でウルシュナも私も気に入っているわ。神炎祭にも勝ち抜いたのよ。いつかきっとウルシュナのことを受け入れてくれると嬉しいわね」
私は許さないぞとルシウスは少し顔をしかめる。
「あなたにも娘がいるんだってね。うちの子よりも小さいらしいけど会わせてみたかった……」
サトルとレイナの間にも子供がいた。
まだ小さいために表には出てきていなかった。
「また……コマメのお菓子一緒に食べたかったわね。母親になった苦労や娘の自慢を……しあいたかったわね……」
サーシャの声が震えているとルシウスは感じた。
ただ後ろにいるから表情までは分からない。
「たくさんが話したいことがあった。向こうの国では楽しいことも大変だったこともたくさんあったわ。あなたも神女として大変だったでしょう? 楽しいことも……たくさんあったでしょう?」
神女の立場を捨てて国外に逃げたのでレイナと直接会うことは難しかった。
時間が解決してくれればまた会うこともできただろうと思っていたのに、長い時は友人を奪ってしまった。
ポタリと雫が地面に落ちる。
「私は生きるわ。あなたの分まで。……素敵な旦那と可愛い娘と……もしかしたらウルシュナのためにこんなところまで来てくれる息子ができるかもしれない。死んだ後ってどうなるのか分からないけど待ってて。ヨボヨボになるまで生きるから。たくさんお土産話持っていくから。ウルシュナが私と同じ選択をしたからまたしばらくはここに来られないわ。またね、レイナ」
サーシャは墓石をそっと撫でると立ち上がった。
「…………雨が降ってきたな」
「そうね」
ルシウスは空を見上げる。
そこには雲一つない青空が広がっていたのであった。
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