神女じゃなく、ウルシュナ5

「くっ、また!」


 またしてもイアイを見切られ、ジケにギリギリのところで剣をかわされてしまう。

 さらにジケはそのまますぐに反撃を繰り出し、ウラベは苦々しい顔をして距離を空ける。


「どうする? その技は見切ったぞ」


 もはやイアイは通じない。

 できるならここで勝負を終わらせてくれれば楽なのにとジケは思う。


「……本来イアイは一撃必殺の技だ。何回もやりすぎたね」


 ウラベはフッと笑う。


「それでも見切るなんて普通の人じゃできないけど……君はすごいよ」


「じゃあ……」


「だから僕も本気でいくよ」


「まだやるのか!」


 ウラベの体を濃い魔力が覆い、一瞬でジケと距離を詰めて切り掛かる。


「剣の流れは水のように、剣の意思は火のように」


 ジケはちょっとだけズルいなと思ってしまう。

 レッドワイバーンのカンノから与えられる圧倒的な魔力が全ての攻撃に込められている。


 一撃一撃が重たく、防御するだけでもかなりキツい。

 みんなから魔力をもらえるようになって最初の頃のフィオスとは比べ物にならないほどに魔力は増えた。


 それでもまだまだウラベが持つ魔力の足元にも及ばない。

 加えてウラベの剣の技量はかなり高い。


 才能に満足せず努力を続けていることが剣を交えて分かるのだ。


「嫉妬しちゃうなぁ」


 ジケだって完璧な人間ではない。

 魔力が多くあったなら、強い魔獣だったらと考えたことはある。


 もちろんフィオスが強いことは分かっているけど圧倒的な魔力を目の前にするとそうした力を羨ましく思うのは人として当然なのである。


「でも……俺はあんたを乗り越える」


 ジケは魔力を剣に集める。

 ウラベからしたら指先程度の魔力かもしれない。


 でも少なかろうがフィオスが、そして仲間たちが与えてくれた魔力なのである。

 ジケは自分に才能なんてないと思っている。


 過去の知識、そして過去に何もできなかった後悔から弛まぬ努力を続けてきた。

 ウラベにだって負けない努力と手放さないと誓った仲間たちと今度こそはと心を通わせたフィオスとの絆がジケにはある。


「どんなものだって切ってみせる」


 そして少ない魔力でも戦えるようにとグルゼイに剣を習った。


「ウルシュナも大事な仲間なんだ。神女じゃなく、ウルシュナなんだ!」


 ジケが剣に魔力を込めて振った。


「なっ……!」


 ウラベも剣に魔力を込めていた。

 通常のぶつかり合いならば魔力の大きいウラベの方が有利である。


 しかしジケの剣はウラベの剣を切り裂いた。


「どうやったら……木の剣で木の剣を!」


 グルゼイがジケに叩き込んだ技術はたとえ火かき棒でも魔法を切り裂くことを可能にする。

 魔法も魔力も全てのものを切り裂く。


 木剣が木剣を切り裂くというあり得ないことだってあり得るものにしてしまう。


「お前は強かったよ。でも俺だって頑張ってんだ。負けるわけにはいかないんだ!」


 ジケが剣を振り下ろす。

 ウラベば防御するように剣を上げたけれどない刃では防ぐことはできなかった。


「……さすがだな…………負けたよ……でも次は…………負け……ない」


 肩から斜めに切り裂かれてウラベがゆっくりと倒れる。


「……もう次のことか」


 どこまでも戦いを楽しんでいるのだなとジケも思わず笑ってしまう。

 審判がウラベのところに駆け寄ってきて状態を確認する。


 なんでも切れるが流石にウラベを本気で切ったりはしていない。

 ただ思い切り木剣で攻撃されたのでウラベは気絶してしまっていた。


「…………しょ、勝者ジケ!」


 審判が一度困惑したように観客席に視線を向けた。

 そこには険しい顔をした人たちが座っていて、苦々しい表情で一度頷いた。


 それでようやくジケの勝利が宣言される。


「おっと」


 ワッと会場が沸き立ち、フィオスがジケの胸に飛び込んでくる。

 ウラベが担架で運ばれていってステージの上にはジケとフィオスのみが残された。


「ジケ!」


「ウルシュナ!」


「私、信じてたよ! ジケならやってくれるって!」


 いつの間にかサトルもウルシュナがステージまで来ていた。

 感極まっているウルシュナは飛び込むようにしてジケに抱きついて顔を赤くしている。


「優勝おめでとう。君は神炎祭を勝ち抜き、優勝を手にした。神女の相手としてふさわしいものであるという力の証明を成し遂げた! 君はこれから神女の夫として王になるだろう。だがその前に神炎祭を勝ち抜いた君の願いを一つ叶えよう。どのような願いでもこの国の総力を上げてできることなら叶えよう」


 王様であるサトルが話し出すと会場がピタリと静かになる。

 労いと称賛、そして神炎祭の優勝者への賞品としてジケの願いを国の力で叶えてくれる権利が与えられた。


「俺の願いは一つです」


「なんだ? 言ってみるといい」


「ウルシュナを国に連れて帰ります。ウルシュナは神女じゃなく、俺は王にならない。帰るべき場所に帰って、またいつも通りに暮らすんだ。これが俺の願いです」


「ふむ……」


「そんなの認められるか!」


 分かっていた願いであるがあたかも意外だったというようにサトルはリアクションしてみせた。

 サトルの答えに注目が集まったけれど、何かを言う前に観客席の方から怒号が聞こえてきた。


 声を上げたのは審判がウラベの状態を確認した後で一度視線を向けた方であった。


「神女を連れていくだと! そのようなこと許されるはずがない!」


 顔を真っ赤にして怒りを露わにしている男はジケのことを睨みつけている。


「こんな願いは無効……」


「黙れ!」


「なっ……」


 騒ぎ立てる男をサトルが叱責する。


「神炎祭におけるルールはお前たち神宮が決めたものだ。私にすら変えられない絶対的なルールなはずだ」


「そ、それは……」


「自ら定めたルールに則るのが筋だろう。ジケ、お前の願い聞き受ける。神女を連れて帰るといい」


 ジケはサトルが男にバレないようにニヤリと笑ったのを見た。


「ただ神炎祭はこの後祝いの宴へと移る。それに参加ぐらいはしていくといい。これにて神炎祭の試練を終了とする! 優勝者はジケ! その願いは神炎祭のルールにより受け入れられた!」


「そ、そんなこと認められるかー!」


 サトルの宣言によって全てが終わった。

 本来ならば未来の王を皆が称賛するところなのだけどジケは王にならずに国に帰ると言ってしまった。


 非常に複雑な空気の中、ジケは堂々とウルシュナの手を引いてステージを降りたのであった。

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