たくましき商魂3

「あいつの腰を見てみろ」


「腰……? あっ!」


 少年の腰を見てダマハもジケが何を言っているのか理解できた。

 ジケは木札を腰につけている。


 懐に入れられないのだからしょうがない。

 どこかに隠しておくわけにもいかないし多くなってくると持っている方法はどうしても限られてしまう。


 そして少年も腰に木札をつけて持っていた。

 その枚数はジケよりも多かった。


「あいつは一人だ。なのにあの枚数」


 まだ試練が始まって一日しか経っていない。

 それなのに十枚以上も木札を持っているジケよりも明らかに多い木札を集められる方法なんてあまりない


 大規模な戦闘を生き残ったか、次々と相手から襲いかかってきたか、それぐらいである。

 ジケとしては木札の数から両方かもしれないと思っていた。


「ずっと留まって補給品の近くにいる。みんな補給品が欲しくて動き回ってるのに見つからないわけがない」


 補給品を狙って襲いかかってくる相手を返り討ちにした。

 だから少年は木札をたくさん持っているのだ、そうジケは思った。


「まあ、多少の事情はありそうだけど」


 補給品をかけての戦いなんかを誘発して戦わせたなんて可能性もある。

 ただその場合でも残った一番強い子を少年が倒したことにはなるのだ。


 いずれにしても勝てるだろうと手を出すには危険な感じがある。


「……なあ、あんた」


「俺か?」


「そうだ。あんた、神女の婚約者ってやつだろう?」


「ああ、その通りだ」


 少年はジケに声をかけてきた。


「……神女は別の国の貴族だって聞いていたけどあんたは貴族っぽくないな」


 貴族のお相手は貴族というのは常識だ。

 しかも地位が高いほどに相手の地位も高ければならない。


 なのにジケは良い意味で貴族らしい偉ぶったところがないと少年は思った。

 貴族のような溢れ出る気品はないが思慮深さを感じた。


 貴族であった神女の婚約者ならば貴族でいけすかないやつだろうと思っていた。


「あんたは商人か?」


 なのに少年はジケから自分に近いものを感じていた。

 冷静沈着で相手をよく見ていて利益を考えて動いている。


「……俺はジケだ。フィオス商会のジケ」


「フィオス商会?」


「そうだよ。俺は自分の商会を持ってるんだ」


「……それはすごいな!」


 少年の目が少し開いた。


「俺はイカサ・ミドリ。ミドリ商会の……跡取り候補だ。よろしく」


「よろしく」


 近づいてきたイカサは手を差し出してきて握手を求めてきた。

 ジケは笑顔を浮かべて応じる。


「フィオス商会では何売ってるんだ?」


「えっ? うちでは……」


 なんでそんな質問するんだと思いながらジケは答える。


「馬車……それも揺れない?」


「後は寝る時に使うマットレス。これも評判良いんだ」


 イカサの細い目が輝いている。


「ふんふん……なかなか面白いね」


「そうか? ならよかった」


「…………なあ」


「なんだ?」


「俺と組まないか?」


「はっ?」


 予想外の言葉にジケは思わずポカンとしてしまう。


「ミドリ商会と取引しないかって言ってるんだ」


「……へぇ」


 面白い提案だとジケは思った。


「俺にメリットは?」


「それに食料もやるし、この試練では協力関係を築こう。もちろんミドリ商会はフィオス商会と取引する……はず。そうすればラグカへの販路拡大だろ?」


「最後だけなんだかフワッとしてるな?」


「……ちょっと事情があってな」


 跡取り候補とも言っていたし跡を継げるか確実ではないのかもしれない。

 イカサが跡取りになれば取引してくれるだろうけど、跡取りにならなければ保護にされる可能性もあるということなのだろうと理解した。


「俺はもう商会長だから取引をすることはできる。そっちはそうじゃなさそうだな」


「う……」


 口約束だけで将来のことを決めるのは普段ならいいかもしれないが取引の場ではよくない。

 特に物もないのに希望だけで取引なんかできやしない。


 痛いところをつかれたとイカサが怯む。


「き、木札もやる! 商会同士の取引は……ちょっと保留してくれ」


 流石に急ぎすぎたとイカサは思った。

 他に邪魔されることもないところで、たまたま出会った胸踊る相手を逃すまいと焦ってしまった。


 ないものを提示して交渉しようとしたなんて商人失格だと少し落ち込む。


「ふっ……いいぜ」


「えっ?」


「取引しよう。そうだな……食料と木札、その代わりに俺はラグカの他のやつとは商会としての取引をしないでお前に優先権を与える」


「……なんかずるくないか?」


 一気に立場が逆転したような感じがしてイカサは笑顔を引きつらせた。


「これが取引ってもんだろ? 取引するなら……俺たちは今のところ仲間だ」


「木札……半分でいいか?」


「取引成立」


 ニヤリと笑ったジケと苦笑いを浮かべるイカサが再度握手する。

 こんなところ、こんな状況でも商魂たくましいイカサとジケは一時的な同盟を結ぶことにしたのであった。

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