始まる神炎祭1
「やっぱり普通の馬車は揺れるね……」
「そうだな」
流石に船に積んで馬車を運ぶわけにはいかない。
だからラグカでは徒歩での移動だったのだけどオーイシの厚意で馬車を貸し出してもらった。
しかしオーイシが持っている馬車は品質は良くとも普通の馬車である。
つまり揺れるのだ。
普段からフィオス商会の馬車に乗ることに慣れてしまうと普通の馬車の揺れが余計に大きく感じてしまう。
「ちぇっ、うちの馬車が恋しいな」
同じく馬車に乗るリアーネが顔をしかめる。
馬車が揺れるものだということを久しく忘れていた。
「歩きとどっちがマシかな……」
「そりゃ馬車……だと思うけど」
歩きの方がマシなら馬車なんてものなくなっているはずだとジケは思う。
「ほんとかねぇ」
今なら歩きの方がマシかもしれないなんてリアーネは思った。
「せっかくなんだから乗らなきゃいけないだろ?」
「どうせ歩きと同じ速度なんだから変わらないだろ」
今馬車はゆっくりと走っている。
なぜなら騎士たち全員を乗せられるような馬車ないので騎士たちは歩きでついてきているからだった。
「ウルシュナは今頃爺さん婆さんに可愛がられてんのかな?」
「多分な」
ウルシュナはジケたちと一緒にはいない。
ジケが乗った馬車の二つ前を走るオーイシとユミカの乗っている馬車にウルシュナは乗っているのだ。
ジケの乗った馬車の一つ前にはルシウスとサーシャが乗っていた。
「爺さんと婆さんか……親も知らないからどんなもんなのかも分かんないな」
「俺も親も祖父母いないさ」
「私も」
リアーネは孤児院出身である。
親の顔なんか知らない。
もちろん祖父母の顔も知らないのである。
ただそれはリアーネだけではなくジケとエニも同じだ。
「まあ私の場合は小うるさい母親みたいなのはいたけどな」
リアーネは孤児院にいたので育ててくれたシスターがいた。
聖職者というより小言の多い母親みたいな人だったとリアーネは思っている。
そのせいで信仰心は芽生えなかった。
「親ってもんは知らないけど……家族ってもんは今はいるだろ? 少なくとも俺はリアーネの家族だと思ってるから」
「ジケ……」
リアーネは驚いたように目を見開いた。
親がどんなものかは知らないけれど家族の温かさや賑やかさは知っているつもりだとジケは思った。
一緒にいる仲間たちはみんな家族のようなものである。
みんながどう思っていようとジケはそう思っているのだ。
「ははっ! 確かにそうだな!」
リアーネは笑った。
確かに言われてみればそうかもしれない。
賑やかで楽しく、互いが互いを尊重して助け合い、強い絆で結ばれている。
これを家族と言わずしてなんという。
「家族か……そうだな。そーなるとジケはお父さんか?」
「えっ?」
「家族の中心、大黒柱だろう?」
「でもお父さんってかお母さんみたいな感じ」
「確かにな。そんな感じもある」
「そんな感じあるか……?」
リアーネとエニにお母さんやお父さんと言われてジケは困惑する。
ジケがイメージする親っぽさなんて自分にはあまりないだろうと思っている。
「なんにしても……大切な人ってこったよ」
「……ありがとな、リアーネ」
「にゅ……柄にもないこと言ったな」
良いこと言って気恥ずかしくなったリアーネは頬を赤くする。
ジケのことを感動させてやろうなんて思ったのに言葉を口にすると恥ずかしさを耐えられなかった。
「ウルシュナも家族だから守るのかな?」
「……そうだな。ウルシュナももう家族みたいなもんだ。相手がウルシュナだろうと、リンデランだろうと……エニ、お前だろうと俺は同じようにするよ」
「……ん」
エニは顔を赤くした。
少し困らせてやろうと意地悪っぽく言ったのに真剣な目をして返されてしまった。
そんな人だって分かっていたけどやっぱりズルいと思わざるを得ない。
「私は?」
「もちろんリアーネでもさ」
「ふっ、あんがとな」
その場しのぎの言葉ではなく例えリアーネが同じようなことになってもジケは助けるつもりだ。
リアーネもそれが分かるから嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「でもよ、本当に結婚するつもりは……ないよな?」
「ウルシュナとか? そりゃ嘘の婚約者だから当然だろ?」
「それならいいけどよ……」
リアーネは少しホッとした。
仮初の婚約者と言いながらも二人が望めばそのまま本当になってしまいそうなこともあり得ない話ではないと感じる。
ウルシュナがこのまま本物の婚約者になりたいだなんて言うとは思っていないけれどこのまま婚約者でもいいとは思っていそうだとリアーネは見ている。
癖の強いサーシャもいることだしちょっと心配である。
ジケが結婚することはきっとそのうちあるのだろうと思うのだけどそのことを考えるとなぜか少しモヤッとすることがある。
「私は……嘘でも婚約者ってなんかやだな」
「エニ……」
「今回は仕方ないけど」
「みんなにも相談せず決めて悪かったよ」
そういうことじゃない。
とは思うけれどジケは家族と同じぐらい大切に思っているウルシュナを助けようとしているのだ。
あまり責められもしない。
「もうすぐキヨウに着くみたいですよ」
馬車の中にちょっと微妙な空気が流れたところで御者をしているユディットが声をかけてきた。
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