信頼してくれる国
「はぁーあ……また海の上か」
木こりたちを救ったということで木材を優先的に回してもらい、船の修理を素早く終わらせた。
色々とはあったもののそれほど滞在日数も食われなかったので余裕を持ちながらの航行は続く。
リアーネは船旅にため息をつく。
最初に行った肉料理のレストランで肉を食い溜めてきたけどまた魚の日々が続くのかと思うと気が重くなるのだ。
「どこに行くんですか?」
「眠れないから風に当たってくる」
ようやく船に慣れてきていたのに一度停泊して陸上の宿に泊まったから何もかもリセットされてしまった。
船の底に当たる波の音、それによって軋むような船の音、不定期な揺れと眠りたくても眠りを妨げる要素が多い。
海の男たちはいつでもどこでも関係なく寝られているけれどジケはそうじゃない。
回帰前の経験はあるし陸地でならどこでも寝られるような自信はあるけれど海の上はやはり勝手が違う。
ジケは目が冴えてしまったので少し風にあたろうと甲板に出てきた。
外に出てみると割といい風が吹いていて夜だが船を走らせていた。
「ルシウスさん」
甲板にはルシウスがいた。
騎士たちも魔物を警戒してくれているのだが全員が常に警戒しているのではなく交代で武装状態を保っていた。
今ルシウスは担当ではないので武装を解除して腰に剣だけを差した軽装であった。
「ジケ。どうした、眠れないのか?」
ぼんやりと暗い海を眺めていたルシウスはジケの方を振り返り微笑みを浮かべる。
「そうです、船の上で寝るのは大変です。ルシウスさんは何か考え事ですか?」
「色々とな。君のことは信じているが……万が一のことも考えねばならない」
平然としているようなルシウスだったが胸の内で考えることは多い。
ジケに任せるしかないというところもルシウスにとっては申し訳なく思ったり情けなかったりするのだ。
「一つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
「国は今回のことに介入してくれないんですか?」
ウルシュナはただの女の子じゃない。
貴族令嬢、しかも国内でも大きな家門のご令嬢であるのだ。
たとえ神女なんてものに選ばれたとしても好き勝手に連れて行くことなど許されない。
そこについて国は関わらなかったのだろうかとジケは思った。
「もちろん抗議してくれたさ」
ウルシュナを神女として連れて行こうとすることを止めようとルシウスは国にも協力をお願いしていた。
もちろん娘であるアユインの親友で国を支える貴族の令嬢であるウルシュナを守ろうと王様はラグカに抗議を入れていた。
「けれど奴らはそれでは止まらなかった」
そのような強権的な振る舞いを取るのなら国交断絶もありうるとまで王様は言ってくれた。
しかしそれでもなおラグカは止まらず、国交断絶もいとわないと答えたのである。
「それ以上に国に何ができる? 一人のために戦争は起こせない。それにラグカはこうして船で遠くにある。戦争するにしても負担は大きい」
国としての持てるカードは切ってくれた。
けれどそれ以上のものはもはや出せない。
国交断絶まで行けば次に取りうるのは戦争であるけれど簡単に戦争をちらつかせるわけにはいかない。
ラグカは海を渡った国で戦争を仕掛けるのは容易ではないし内戦やモンスターパニックの影響から立ち直ったばかりで国力も弱っている。
それにウルシュナのためという大義名分があったとしても国として戦争をすることに正当性や理解を得られるところまではいかない。
無理に戦争などしてしまえばルシウスやウルシュナが批判されることにも繋がりかねない。
ルシウスは王様が悲しそうな目をして申し訳ないと言ったことを思い出していた。
何も王様が悪いわけではない。
王として考えるべきは国であり、ウルシュナのために国全体に迷惑はかけられないのだ。
「国はよくやってくれた。だがそれでもラグカが引かなかったのだ」
だから結局乗り込んでいって正面からウルシュナが自由になる方法を取るしかなかった。
「ただ何かあっても私やウルシュナのことは守ってくれるそうだ」
相手が武力を持ってウルシュナを連れ去ろうとするなら国としてのそれは看過しない。
そしてルシウスがこうして兵力を持ってラグカに行くことも本来ならば国として止めるべきところを見ないふりをしてくれた。
「何か問題を起こしても国は知らんぷりだ」
諸刃の剣のようなことではある。
何をしようと国としては関与しないということは国の助けも得られないということである。
ただし何かしても知らないのだから国としては暴れて帰ってきてもルシウスをゼレンティガムとして受け入れるということにもなるのだ。
何かしてやれることはない。
けれども帰ってくる場所にはなってあげる。
王様らしい決断だなとジケは思った。
何があっても帰る場所があるというのは心強い。
「だから国を恨まないでくれ。王は王としてできることをしてくれた。今も我々待ってくれているかもしれない」
「信頼してくれる王様のためにも帰らなきゃいけないですね」
「そうだな。何の憂いもなく堂々と国に帰ろう。……少し帰るのが怖いがな」
「何でですか?」
「きっと帰ったら仕事が溜まっている」
「……なるほど」
ルシウスは小さくため息をついた。
心配の中には今頃デスクに処理すべき書類が増えているのだろうなというものもあったのである。
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