木を切りに4
「なんの痕跡もないが、なんの痕跡もないということが分かる。推測の域は出なくとも痕跡がないことからも色々と予想はできるのだ」
痕跡がないということを紐解いてみると意外と情報はある。
戦いの痕跡がないということは木こりたちを一瞬で制圧するか、反撃も許さないほど圧倒的な相手だった可能性がある。
血痕がないのなら大きな怪我をさせないように木こりを倒すことが可能だったのだろう。
木こりを連れ去ったかもしれず、その場で食らうような魔物ではない。
さらに見てみると足跡などの痕跡もない。
大型の魔物であれば足跡ははっきり残るし、小型の魔物でも残っている場合は多い。
それなのに足跡もない。
少なくとも重たい魔物ではなさそうである。
「痕跡を残さず、木こりを怪我なく倒し、襲ったにも関わらずその場で食べることしないで連れ帰る魔物?」
痕跡が残っていないことから予想される相手の正体をまとめてみるけれどもどんな化け物だとジケは首を傾げる。
「私のこと見ないでよ。私も分かんないから」
「私も。魔物なんか詳しくないし」
ジケがウルシュナとエニに視線を向ける。
二人は視線を合わせて同じように肩をすくめた。
ジケと同じくそんな魔物聞いたこともない。
「ん? 私も分かんねーよ?」
ジケに視線を向けられてリアーネも堂々と答える。
冒険者として経験の多いリアーネも相手の正体を予想できないでいた。
できないならできないでも倒せばいいと考えるのがリアーネである。
「もしかしたら精霊のような魔物かもしれませんね」
「精霊?」
船を降りてようやく体調が元に戻ったニノサンが自分の魔獣であるイレニアを呼び出した。
光の大精霊であるイレニアは呼び出されてすぐにフィオスの前に飛んでいって一礼する。
ジケに抱えられたフィオスも答えるようにプルンと一度揺れる。
「精霊は強い力を持っています。こうして空を飛んでいるものも多いですし足跡などの痕跡を残さずにいられます」
イレニアはジケに対しても頭を下げるとフィオスの上に腰掛ける。
どうやらフィオスが許可しているようなのでジケは何も言わない。
イレニアがフィオスに乗ってもさほど重たくもならない。
「精霊が? でも精霊って何かしなきゃ人のことを攻撃しないんじゃない?」
「まあそうですね」
ウルシュナの意見を受けてニノサンはイレニアを見る。
たとえ契約していなくともイレニアは人を傷つける行為はしないだろうと思う。
「だとしたら妖精かね?」
「精霊と妖精って何が違うんですか?」
リアーネが口にした妖精という言葉にユディットが首を傾げる。
精霊は人を攻撃しなくて妖精は人を攻撃するような言い方をしているけれど、精霊と妖精の違いが分からないのだ。
「精霊は魔力に近い存在です。炎や水、光など魔法的な属性的エネルギーの化身が精霊です。対して妖精は物に近い存在。例えば花や木の妖精なんかのように物質の化身が妖精だと言われています」
「へぇ」
ジケもその説明を聞いて感心してしまう。
「実際に両者の境界線は曖昧なところがありますが精霊は基本的に人を襲いませんが、妖精には人を襲ったりイタズラしたりする種類のものもいます」
「人をさらう妖精って話もあるよね」
「それだって妖精のイタズラだし……さらわれたのは子供だろ?」
妖精が人をさらう話はジケも聞いたことがある。
ただジケが聞いた話では子供が急に失踪して探してみると村の近くに出た妖精がイタズラで子供をさらっていたなんてものだった。
確かに今の状況に近いものがあるけれど妖精が多くの木こりをイタズラでさらっていったとは考えにくかった。
「んー……まあそうだよね」
「それに一人二人なら分かるけど……こんなにたくさん誘拐する意味も分かんねぇな」
流石にこんなことになったらイタズラの範疇を超えている。
一応妖精も魔物な以上はどんな行動でもあり得ないと断定はできないが、完全に納得できる予想でもない。
「何にしても調査を続けよう。どこかに痕跡があるかもしれない」
ジケたちは他の木こりの担当区域を調査しながら少しずつ森の奥へと進んでいく。
「ん?」
「わっぷっ!」
「おっと、ごめん」
「ジケ、どうかした?」
ジケが急に立ち止まって振り返った。
少し後ろを歩いていたエニは止まりきれずにジケの背中にぶつかってしまった。
「今……何を感じたような気がするんだ」
魔力感知を広げていたジケは一瞬何かが感知に引っかかったような気がして立ち止まった。
ただ何が引っかかったのか分からない上にそれを感じた方を見ても何もいない。
引っかかったのも一瞬で消えてしまった。
魔力感知を集中させてみても引っかかった何かはもう感じられない。
「……何だったんだ?」
こんなこと一度もなかった。
何かを感知したのにそこに何もいない。
ジケは不思議そうに首を傾げたけれど何もない以上は立ち止まってもいられない。
気のせいだったのだろう。
そう思うことにしてジケはまた歩き始めた。
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