船の上での時間の使い方1

「もう見えなくなっちゃったね」

 

 ボージェナルに着いて1日休んで朝早くから船に乗り込んで出港した。

 船の帆が風を受けてグングンと船は進んでいき、いつの間にかボージェナルの港も見えなくなっていた。


 海の只中に船が一隻。

 ジケにできることは何もない。


「もう本当に後戻りは出来ないな」


「こうなったら船旅楽しむしかないよね」


「そんなのだって最初だけだぞ」


「……まあ周り水しかないもんね」


 ジケとエニで手すりに寄りかかりながら海を眺める。

 穏やかに揺れる水面は眺めていてもあまり面白くない。


 出発した最初は多少テンションが上がるけれど代わり映えもしない周りの景色に飽きが来るのは早かった。

 船旅を楽しむなんていうけれど船だからと楽しめるようなものは何もない。


 エニも小さくため息をつく。

 前向きに考えようとはしているけれど、薄々楽しむようなものがなさそうなことは察していた。


「海の人ってどうやって暇を潰してたのかな?」


「教えてあげましょうか?」


「サーシャさん」


「ふぁの……ふぁんで?」


 こうした船の上にいることも多い人はどうしているのかとエニは気になった。

 ただ寝ているだけじゃないだろう。


 頭を悩ませているエニの後ろからサーシャが近づいていた。

 ムニッとエニの頬を両手で挟んでニコッと笑っている。


 エニはどうして頬を挟まれたのか不思議そうな顔をしている。


「柔らかそうだったからよ」


 サーシャはムニムニとエニの顔を揉む。


「おかーさまー?」


「あら? あなたも可愛いわよ?」


「ふぉーゆーことふぁなーい!」


 ウルシュナはエニがどうしたらいいのか困っていそうなので止めに入ろうとした。

 するとサーシャはウルシュナに狙いを変えた。


 ウルシュナがサーシャの手を掴んで振り払おうとするけれど、サーシャの力が強くてウルシュナは頬を挟まれたままになる。


「それで海の暇潰し、教えてもらえるんですか?」


 ウルシュナがサーシャに勝てなさそうなのでしょうがなくジケが助け舟を出す。


「そうね。こうしていても楽しいのは私だけだから暇潰しの方法を教えましょうか」


「ふぁーなーひーてー!」


 ジケに声をかけられて力が緩んだ隙をついてウルシュナが脱出する。


「もう……」


 ウルシュナは唇を尖らせて頬をさする。


「船室に入りましょう。ここは風が強いわ」


 船を走らせる上で風が強いのはいいことであるけれど何かをしようと思う時に髪がはためくほどの風は邪魔である。

 ジケはサーシャについていって船の中に入る。


 ジケたちにはちゃんと船室が与えられているが騎士たち全員に個別に部屋を与えられるほどの部屋はない。

 甲板から降りたすぐの広い部屋で騎士たちは思い思いに休んでいる。


「会長」


「ユディット、調子はどう?」


「私は平気です。しかし……」


 ユディットが部屋の隅に視線を向ける。


「慣れたんじゃなかったの?」


「しばらく陸にいたのでまた元に戻ってしまったようです」


 そこにいるのは青い顔をして座り込んでいるニノサンがいた。

 ジケによって川に落とされたニノサンは商船に拾われて色々なところを回った。


 ニノサンは非常に船酔いする人で死にそうな思いをしながらも帰ってきたのだが、長い船旅で船酔いを克服していた。

 けれどしばらく船に乗らないうちにまた船酔いしてしまうようになったらしい。


 ニノサンによると吐かないだけマシになっているとユディットは聞いているけれど、青い顔でウツロな目をしている様を見ればどこがマシなのかと思わざるを得ない。

 近くにいると自分も船酔いしそうでユディットはニノサンから距離を置いていた。


「何やるんだ?」


 うたた寝をしていたリアーネもジケたちが降りてきたことに気づいて目をこすりながら近づいてきた。

 サーシャが丸いテーブルの上の荷物を乱雑に壁際に投げ捨てている。


 ジケもそれを止めはしないし何かをやるのだとリアーネの勘が言っている。


「暇潰しだよ」


「暇潰し? ……まあ船の中は暇だけどな」


 船の中で大きな剣を振り回すわけにはいかない。

 寝るのにも限界があるので何かやることが欲しいと思っていた。


「さて……船の中でやることといったらコレよ」


 テーブルの上を片付けて椅子に座ったサーシャはニヤリと笑ってそれを取り出した。


「これは?」


「船の中での暇潰しといえばコレ。カードよ」


 サーシャがテーブルの上に置いたのはカードの束だった。

 みると数字と図柄が書いてある。


「これで何するの?」


 ウルシュナがカードを手に取ってパラパラと見てみる。

 同じ図柄で数字が違うものが続いて、ある程度めくってみると図柄が変わってまた数字が一から始まる。


 ウルシュナとエニはカードで何をするのか分からないようだけどジケとリアーネはなんとなく分かっていた。


「これを使って色々とゲームをするのよ」


 いわゆるカードゲームというやつである。

 特に娯楽もない船の中では体を動かすことも難しい。


 そのためにあまりスペースを必要とせず手軽に遊ぶことができるカードが重宝されるのだ。

 他にもボードゲームなんてものもあるけれどサーシャはカードの方が好きだった。

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