船に向かって

 渓谷に他のウッドベアの個体や脅威となる個体がいないことを確認して渓谷の通行は再開された。

 ミニウッドベアに襲われて怪我をした人もいたもののエニを含めゼレンティガムでも治療をできる人は同行させていたので大事には至らなかった。


 こうして渓谷の安全を守ったジケたちは帰ってきたのであるが休んだのも束の間、今度はラグカに向けて出発することなった。


「緊張するか?」


「んー、まだ分かんない」


「まあそうか」


 馬車に揺られながら一緒に来ているウルシュナを見る。

 今回のメンバーはちょっと少ない。


 ウルシュナは当然行くのだけどリンデランはいない。

 安全の確保できない他国に一緒に行くことはパージヴェル、ルシウス両方から許可が出なかったのである。


 非常にリンデランは不満そうだったけれどヘギウス家まで巻き込むことはできないので仕方ない。

 何が起こるか分からない以上行かせないのが一番の対策なのだ。


 そしてエニはジケについてくるつもりだった。

 危ないところに行くのならむしろついていくと言ってエニも聞かなかった。


 こちらは特に貴族の争いにはならないので自己責任でついてくることになっていた。

 エニはいるのだけどミュコはいない。


 こちらは船で渡ることやある程度の滞在が予想されるために公演などのスケジュールを考えるとどうしても同行できなかったのである。

 だから今回一緒なのはエニとウルシュナとなっている。


 いつもの見知ったメンバーではあるが、ウッドベアを倒しに行った時よりは少ないのだ。

 危険な場所に行くので全員で行かないことは当然なのだけど、ウッドベアの時のことを思い出すと馬車が広く感じられる。


 馬車の外に向けると騎士たちの姿が見える。

 ジケが乗る馬車の前にはサーシャが乗る馬車が走っていて、それらの馬車を囲むように馬に乗った騎士たちが護衛してくれている。


 その中にはルシウスもいた。

 騎士たちは名目上サーシャやウルシュナを守るための人員ではあるけれど、仮にジケがラグカで負けてしまった時にはウルシュナを連れて逃げるための戦力となることに同意した人たちだった。


 ウルシュナのために命を投げ出すこともいとわない精鋭部隊ということである。

 この人たちが命を投げ出すことがないようにしなきゃなと思うとジケの責任も意外と重たく感じられる。


「にしても……船旅か」


 前に船に乗った時は落ちた。

 悪魔教のせいではあるのだけれど良い思い出とは言い難い。


 過去でも海や船に関わる話というのは色々あって、ただ関係なく聞いている分にはよかった。

 しかし実際船に乗ろうと思うとそんなことがあるかもしれないと頭をよぎってしまう。


「なに? 船怖いの?」


「怖いってわけじゃないけど……」


 怖いとまではいかないけれど、いかに万全の準備をしていても事故は起こりうるものだから不安はある。


「まっ、いざとなればフィオスもいるしな」


 仮に船から落ちてもフィオスがいる。

 以前船から落ちた時もフィオスのおかげで助かったのでフィオスがいれば安心だと膝の上のフィオスを見る。


「よほどのことないと船なんて沈まないよ」


 船が沈むと事件として目立つので多くあるように思うけれど日々かなりの量の船が海の上を行き交っている。

 総量から考えると実際の事故の確率はそれほど高くもない。


「分かってるよ。それにルシウスさんが用意した船だからそんなに心配もしてないさ。船での長旅が初めてだから緊張するってぐらいだよ」


「私も船は初めてだしなぁ」


「ウルシュナはどうなんだ?」


「……実は私もあんまり長いこと船に乗ったことないんだ」


 サーシャはウルシュナをラグカに連れて帰ったことがない。

 だからウルシュナも船には乗ったことがあるけれど船旅までになると初めてだった。


「……まあ! 暗くなって心配しても仕方ないしなるようになるさ」


「そうだね」


「何かあったら私のこと助けてよ?」


「……もちろん助けるさ」

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