木のクマを倒せ!2
「日が落ちたらウッドベアを攻撃する」
そのまま戦ってもよさそうなのに一度拠点まで下がってきたのには理由がある。
基本的に魔物と戦うのは日中である。
明るいとか人間そのものの活動時間だからとか様々な理由があるけれど、天然の魔物が持つ魔力は夜になると強くなるなんてことも言われるのが大きな理由である。
実際強くなるのかどうかはっきりとはしていない。
クトゥワなんかは夜という人間が不利になる状況で戦わないために誰かが言い出した方便だと言っていた。
理由が何にしても昼間に魔物と戦い、夜は休むというのが通常の人間の動きなのである。
だが何にでも例外というものはある。
その一つが植物型の魔物である。
植物型の魔物は夜よりも日中の方が強くなる。
日の光が何とか、なんてことをジケも聞いたことはあるけれど細かくは知らない。
けれどもこちらはクトゥワも認めるぐらいの話で、昼の方が植物型の魔物は強いのである。
そのために植物型の魔物と夜に戦うという選択肢が出てくる。
ただし他の魔物の存在があったりするので植物型の魔物を狙い撃ちできるならというのが条件になる。
それでも強力な相手なら少しでも弱い時を狙って戦いたいのは当然である。
今回についてウッドベアは植物型の魔物、かつ渓谷に他の魔物は少なくてウッドベアのみと戦えることから夜に攻撃することにしたのである。
渓谷入り口の拠点まで戻ったジケたちは早めの夕食の準備をする。
「いざ戦うって思うと緊張するね」
そんな風にいいながらもミュコはとても緊張しているとは思えないぐらいにパクパクと料理を食べる。
本当に緊張はしている。
けれどこれまで歌劇団として大きな緊張もある舞台を経験してきた。
加えてたとえ緊張していても飯を食わねば力が出ないという歌劇団の方針があるのでミュコも緊張していてもご飯はしっかり食べるのだ。
リンデランは少食で、エニやウルシュナは普通ぐらい、そしてミュコは体が細いのに結構食べる。
おかわりをしてリンデランの分をちょっともらっても食べてしまった。
「よしっ! お腹もやる気もいっぱい!」
しっかりご飯を食べたミュコはニカッと笑う。
ミュコのパワフルな元気さがどこから来るのかよく分かるようである。
「まあ俺たちはそんなに戦わないけどな」
「えっ!?」
フッと笑うジケの言葉にミュコは驚いた顔を向けた。
「当然だろ? ルシウスさんたちいるんだから」
そもそもジケも魔物を倒すのではなく騎士たちが戦う様子を見学して経験の糧にするためにやってきたのである。
経験豊かな騎士を前にしてジケが前に出て戦うなんてことはない。
騎士だって子供であるジケやミュコに戦わせるようなこともしない。
いざとなれば戦うつもりはあるけれどメインの戦力ではないのだ。
「……ぶぅ」
「んなすねるなよ」
ミュコとしては戦うつもりだった。
華麗な双剣術を見せて魔物を倒し、ジケをはじめとしてみんながすごいと褒め称えることを想像していた。
想像はあくまでも想像なのでそこまでうまくいかないだろうことは分かっていたけれどちょっと不満である。
「えいっ!」
「ぶぅ〜」
ミュコは頬を膨らませている。
ウルシュナが指で頬をつつくと口から空気が抜けていく。
日も傾いて空が暗くなり始めたのでジケたちも再び渓谷の中に入っていく。
魔法使いが魔法で火を出して明かりを確保して進んでいく。
最初にウッドベアを確認した広くなっている場所にウッドベアはいた。
地面に座り込み、空を見上げるようにしてぼんやりとしている。
ウッドベアは植物型の魔物なので夜は活動が抑えめになる。
ただ植物なために睡眠などを必要としないのでただただぼんやりとしているだけなのだ。
「まずは魔法で一斉攻撃を仕掛けるぞ!」
安全に倒せるならその方がいい。
ウッドベアは開けた狙いやすいところにいて、まだ騎士たちに気がついていない。
先制攻撃を仕掛けるチャンスだとルシウスは判断した。
魔法を使える騎士たちが前に出る。
その中にはエニもいる。
だけど同じく魔法使いであるリンデランは前に出ていない。
ウッドベアは植物型の魔物である。
植物といえば炎に弱いのが定石である。
そのために炎を扱えるエニが前に出て、氷を扱うリンデランは下がっている。
正直リンデランだってエニには及ばないものの炎は扱える。
けれど得意でないなら魔力を温存しておくべきであるというのがルシウスの判断である。
「えいっ!」
「ブゥー」
「それ流行ってるのか?」
今度はリンデランが頬を膨らませてミュコがつつく。
さっき見たばかりの光景だなとジケは思った。
「ジケ、頑張るから見ててよ」
エニが自分の杖であるディスタールでジケを小突く。
ジケと共にアカデミーのドールハウスダンジョンをクリアしてエスタルからもらった杖はすっかりエニの体の一部のようなものである。
「ああ、分かった。期待してるぞ」
今でもオロネアに師事しているエニの魔法の実力は日々高まっている。
ゼレンティガム所属の魔法使い騎士にも負けていないんじゃないかとジケは思っている。
「あ、うん……」
見ててと言ったけど真っ直ぐに答えられると少し気恥ずかしくてエニは顔を赤くしてジケから視線を逸らす。
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